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それぞれの日常6

 プラタが転移してきた後、プラタの先導の下、白い小部屋を出る。
 小部屋を出るとその先にはとても広い部屋が在り、部屋の中ほどに遮るように長机が置かれている。その向こう側には様々な種族の者が座っていた。
 しかし、机の向こう側の人数の割には、机のこちら側の人数が少ない。

「ここは?」
「転移装置を使用する者を管理する場所です」

 扉を開いてボクを通した後、後ろで扉を閉めたプラタに問い掛けると、そんな答えが返ってくる。よく見ればボク達が出てきた部屋の左右にも扉がずらりと並んでいた。
 その扉の一つ一つに転移装置の置かれた小部屋が続いているのだろう。

「それで、この後はどうすればいいの?」
「通常ですと、まずはあの場所にて各拠点の責任者の許可証を提出し、それと共に名簿に使用者の名前を記入するか、担当の者に名乗って代わりに記入してもらいます。併せて転移装置の使用理由と行き先も記入か申請します。それらを終えた後、確認して問題がなければ、転移の使用許可が下ります」
「なるほど」
「その使用許可が下りなければ、触れても転移装置は稼働しません。ですので、この作業は必須です。転移後に申請せずに転移しようとしても意味が無いようになっております」
「ふむ。なるほど」

 鍵付きの転移装置なのか。それは凄いな。

「じゃあ、まずはあの場所に行けばいいのかな? でも、何人も居るけれど、申請は何処ででもいいの?」
「はい。言語の違いによって分けているだけで、手続きはどの窓口からでも行えますが、今回はその必要は御座いません」
「そうなの?」
「はい。ご主人様に煩わしい手続きは不要ですので、直ぐに転移予定の拠点に移動して頂けます。もしくは、現在ここを管理しているセルパンの顔を見ていきますか?」
「そうだね、セルパンの様子を覗いてみよう」

 それは個人的な予定のひとつだったのだから丁度いい。
 ボクがそう答えると、プラタが軽くお辞儀をしてセルパンの許へと案内してくれる。
 セルパンの許へは、机の終端の壁から行けた。その壁は魔法の壁だったらしく、特定の者だけが通れるらしい。
 壁の中に入ると、そこは広めの個室。
 中には机や長椅子や棚などがあり、飲み物や食べ物も置いてある。全体的にゆったりと出来るように造られているので、休憩室か何かだろう。
 プラタはその部屋を突っ切り、部屋の奥に在った扉から更に先へと進む。ボクはプラタに促されるままにその奥へとついて行く。
 扉の先は短い廊下で、その先にまた扉が在った。
 プラタが扉を開いて中へ入るように手振りで伝えてきたので、中に入る。
 その扉の先は、何も無い小さな部屋であったが、そこにはセルパンが居た。

「ようこそいらっしゃいました。我が主」

 大きさは、普段の人間よりも一回りぐらい小さなやつではなく、逆に人間よりも一回り大きな姿であった。
 そんな姿だが、ボクが部屋に入る前から器用に頭を垂れて迎えてくれる。その姿はいつも通り。

「仕事中にごめんね」

 まずは突然の来訪を詫びる。思いつきだったので、事前に報せずに来たからな。

「主の来訪を拒む理由は御座いません」

 しかし、セルパンはそう言って頭を振った。

「そう? 邪魔でないならいいけれど。それで、仕事の方はどう?」

 フェンとの交代制とはいえ、各拠点間の転移を管理しているとプラタから聞いている。
 今回は利用している人数が少なかったが、あれはプラタの計らいだろう。窓口の人数を思えば、普段はそれなりに賑わっているのかもしれない。
 そうであれば、各拠点間の交流も意外と活発なのかもな。それか単に仕事で必要な書類が結構分散しているので、行き来が激しいとか。
 まあなんにせよ忙しそうな気がするので、とりあえずそれを尋ねてみた。

「やりがいは在りますが、流石に皆規律を守っているので平和なものです」
「そっか。ならよかったよ」

 規律を乱そうとする者は何処にでも一定数は居るものだが、ここはそうではないらしい。まぁ、もしも問題を起こせばセルパンが対処するうえに、その者は追放処分になりかねないのだから、よほど不都合がない限りは規則を遵守するだろう。聞いた限り、理不尽な規則はないようだし。
 問題がないようで安堵しつつ、セルパンも嫌がっていないようなので大丈夫そうだ。見た感じ元気そうだし・・・とはいえ、魔物に疲労とかないのだが。魔力濃度さえ安定していれば、魔物はそれだけで元気に生きていられる。
 それから久しぶりのセルパンとの会話を楽しんだが、これから拠点の責任者と会う予定があるので、あまり遅くなってもいけないと思い、適当なところで話を切り上げる。セルパンとであれば、話そうと思えば何処からでも会話が出来るからな。
 セルパンに別れを告げた後、プラタに続いて部屋を出る。
 部屋を出た後は来た道を戻り、あの長机が部屋を区切っている部屋に戻ってきた。
 そのまま来た時とは別の小部屋に入り、やはり中に在った同じ見た目の転移装置をプラタが起動させて、ボク達は別の拠点へと転移した。
 転移した先は相変わらずの小部屋だが、今度は白くない。
 やや濃いめの茶色をした壁紙の部屋で、ボクが住んでいる拠点で使った転移装置が置かれていた部屋に似ていた。
 プラタの案内でその部屋から廊下に出る。拠点の造りは同じようなものらしい。ただ縮尺が違うだけで。
 ここは全体的に大きい。天井までの高さも何メートルあるんだろうか? 幅もまた広くて、ボクが住んでいる拠点の倍ぐらいはありそうだ。
 建物がこれだけ大きいという事は、ここに住んでいる者達も大きいという事なのだろう。とはいえ、巨人ではないだろう。巨人は森を守っているようだし、ここではそれでも狭いと思うからな。
 とりあえず責任者に会えば判ると思うので、大人しくプラタの後について行く。ここでも誰にも会う事はない。プラタはその辺、徹底しているからな。
 少し歩いたところで、大きな扉の前に到着する。周囲の木製っぽい見た目の扉とは異なり、そこだけ鉄製のような鈍色の頑丈そうな扉。
 ギギという硬い物同士が擦れる嫌な音が僅かに響き、扉が開く。ここはあちらの拠点ほど行き届いていないのかもしれない。
 プラタが扉を少し開いて先に中へ入ると、何事か手短に会話らしきものをしたような音が開いた扉の隙間から漏れ聞こえてきたが、内容はよく分からなかった。そもそも会話であったのかも定かではないしな。
 それに、直ぐにプラタが扉を大きく開けて部屋の中に招き入れてくれたので、気にする余裕も無かった。
 部屋の中に入ると、そこは広い部屋であった。しかしそんな事よりも、部屋の主であろう相手が床に座って頭を下げているのが目につく。
 それにしても、床に座って頭を深々と下げて、やっと頭の位置がボクの胸元辺りというのも大きなものだ。
 その部屋の主は人間っぽいという事はなく、見た感じ巨大な動物か。ただ、それでも手足の長さが異なるので、四足歩行という訳ではないのだろう。
 こちらに向けられている頭に木の枝のような立派な角を二本生やしているが、他はよく分からない。
 紺色の服で身を包んでいるのだが、とても大きな服なのでボクが数人入れそうな気がするな。
 そんな相手が、どことなくビクビクしたように頭を下げていた。まあ何というか、この状況も流石に慣れたな。最近会った街のお偉いさんも、最初はこんな感じだったし。
 とりあえず頭を上げるように伝えると、ゆっくりと頭を上げてくれる。上げられた顔はやはり人間のものではなく、動物のそれであった。
 クリっとした真っ黒のつぶらな瞳に、大きな口。鼻は小さく、口の上に縦に裂け目があるだけの様に見える。
 肌は茶色で、毛皮っぽいごわごわした感じに、短い黄緑色の毛が生えている。
 耳は大きめのものが角の後ろ側に付いているが、時折ピクリと動く様は少し可愛い。
 自己紹介された後は、プラタが代わりに会話を行ってくれるので、ボクはプラタの勧めで近くの長椅子に腰掛ける。
 包み込むような柔らかさの長椅子だが、如何せん部屋の主に合わせてか大きいので、浅い部分に腰掛ける形になった。その結果、柔らかさが仇となって、お尻が沈んで後ろに転がりそうな感覚に襲われる。
 それもまぁ、足を伸ばすようにもう少し深く腰掛けた事で少しは改善されたが、それでもやはり少々不安定だな。
 そんな事を考えながら長椅子に腰掛けている間にも、プラタと責任者との話は進んでいく。
 一応内容はある程度は解るので、反応しないように気をつけつつ、頭に入れていく。極力表情にも出ないように、能天気なぐらい穏やかな表情のまま、二人のやり取りを眺めている。
 話の内容としては、まずは改めてのボクの紹介。その後は仕事の進捗状況の確認や、問題がないかの確認。街の様子や要望についてと、とにかく多岐に渡るが、それらはプラタが答えてくれている。直ぐには答えが出せないものは、持ち帰って検討するという事でその場は濁していた。
 そんな会話がしばらく続き、区切りのいいところで話は終わった。要望なども大体出尽くしたのだろう。
 とはいえ大きな問題は無いようで、話し合いは穏やかに終わる。その頃には昼も過ぎていたので、責任者自ら食堂へと案内してくれた。
 ここの食堂は向こうの拠点の食堂よりも広いが、相変わらず誰も居ない。いつの間にか連絡していたのかもしれないな。
 料理も責任者自ら持ってきてくれたが、お偉いさんを使い走りにしているみたいで気が引ける。でも、これもまた最近少しずつ慣れてきてしまった。
 この拠点、というか国か。に於いて、実体は別にして、地位で言えば国主であるボクが一番偉い事になるからな。まあ実際は、全てを管理しているプラタが一番偉いのだろうが。
 そのプラタが進んでボクの下に就いているのだから、やはり偉いのはボク、という事になってしまう。お飾りとはいえ、そこにはまだ慣れないものだ。
 まぁ、最近お偉いさんと会うようになったばかりだからな。もしも国主である自覚とか慣れとか言われても困ってしまうが。
 その辺は追々慣れていくとして・・・慣れればいいが。とにかく、地位で言えばボクが一番上なのだから、流石に無様な姿は見せられない。実際はどうかは別にしても、やはり自分達の上に立つ者には堂々としていて欲しいものだろうからね。





 食事の方は美味しかった。しかし、やはり慣れない場所だからか、美味しかったとは思うのだが、細かな味の感想は覚えていない。
 そんな緊張した食事を終えると、プラタ達と一緒に食堂を出る。
 こちら側の拠点にはもう用事はなかったので、食事を終えたら転移して戻る予定。だったのだが、責任者の提案で急遽少しここの拠点を見て回る事になった。
 とはいえ、縮尺が異なるぐらいで、基本的に拠点の造りは向こうと同じだ。もしかしたら拠点は全てこうなのかもしれない。
 それでも縮尺はこちらが大きいので、廊下を歩くだけで何だか小さくなった気分になれて少し新鮮だった。
 夕方まで拠点内を責任者の案内で見て回った後、日が暮れる前に転移装置の在る場所に移動する。
 転移装置を起動して中継地点に移動すると、そこを経由して自室の在る拠点に戻った。
 拠点に戻った時には日が暮れていたようだが、とりあえず食堂に移動して食事を摂る。
 相変わらず一人の食堂というのは寂しいものの、向こうの変に緊張した食堂よりはゆったりと食事が出来るので、あっちの食堂よりはこっちの食堂の方が好きだな。
 夕食の料理は肉料理が中心であったが、野菜や果実も在って中々に豪勢であった。勿論味も良く、美味しかった。
 なんだかんだで現在は人間界に居た頃よりも良い食事をしているなと思う。環境も整っているし、人間界を出たのは正解だった。
 だがその代償として、国主なんてモノに就任してしまった訳だが・・・しかしこうなってくると、世界を見て回ることは諦めるべきなのだろうか?
 一応荒野の先まで来られた事で満足するという選択肢も在るが、それでは人間界を出た意味があまりないからな。やはりどうにかして外に出たいものだ。プラタに頼めば外に出してくれるかな? 案内も頼みたいしな。
 何だかどちらが主人か分からなくなってきたなと思うが、プラタの方が世界に精通しているのだから、今の状況では頭が上がらない。ここに居るだけでもお世話になりっぱなしだし。
 もっとも、別に現状に不満がある訳ではない。衣食住全て揃っているし、魔法の修練も好きなだけ出来るうえに、なにより広いお風呂まで在る。
 国主といえどほとんど名ばかりなので、変な(しがらみ)も無いし。何より、元々ボクはあまり活発に外に出て人と交流するような人間でもなかったからな。こうして引き籠れるのであれば、文句はない。
 ・・・世界を見て回りたいという欲求も在るにはあるが、考えてみれば、世界の眼を完全に使いこなしてしまえば、それはここからでも可能だろう。現にプラタはそうしている訳で。

「ま、それが大変だし、不可能に近いんだが」

 食堂を出て小部屋に移動してから地下の自室へと転移した後、小さくそう呟く。
 世界の眼で世界を視るというのは、兄さんの身体に居た頃でも出来なかった事だ。もっとも、あれは単にボクの処理能力が追いついていなかっただけのようだが。兄さんはそれ以上の事をしていたようだし。
 いつもより少し早く帰ってこられたので、お風呂に入ってから寝床で横になる。それから転移装置を弄っていく。これが終わったらこの周辺の守護をしている魔法道具も改良しよう。今なら拠点の大体の大きさも把握出来てきたからな。
 しかし、あれに意味があるのだろうか? もうプラタの護りだけで十分なように思うのだが。むしろプラタの護りの方が固いし。
 それでも一人に頼りきるのも危険だと思うので、改良していくが。
 あれは建物の強化だけではなく、敵意や害意といったモノにも反応するように創っているのだが、そうすると住民などの感情にも反応してしまうので、この辺りの調節がまだ難しい。
 どこででも喧嘩ぐらいは発生するだろうし、そこまでいかなくともイラっとぐらいはすると思う。その度に反応していたら、いざという時に信用出来ないからな。
 今はその辺りを緩くしているので大して起動していないし、起動しても短時間光る程度に留めている。一応幾度か起動したので記録は残っているが、どれも侵入者という訳ではないし、おそらくこちらを害そうとしたものではないと思う。
 まあ何にせよ、今は転移装置の改良が先だ。これももう少しで終わるからな。新しい不具合とか見つからなければ。
 改良自体は寝ながらでも出来るので楽ではあるが、気づけば寝ている時があるからな。その時は疲れていたんだろうなと思うことにしている。
 まあつまりは、もう朝だ。
 確か昨夜の内に完成させたような気もするが、どうだったか。疑問に思いつつ確認してみると、なんか変な事になっていた。

「えっと、何でここがこうなっているんだ? こっちもだしあっちもだ。寝惚けていたにしてもこれは酷いな。これでは転移装置ではなくて空気清浄機ではないか」

 およそ理解出来ない仕上がりに困惑しつつ、これは寝惚けて弄った結果、暴発とかしかねないなと頭に浮かび、思わず背筋が寒くなった。これからは気をつけるとしよう。
 とりあえず変な改造を直した後、今後は横になりながら魔法道具を弄るのは止めようと固く誓う。流石に寝惚けて弄った結果、永遠に寝る事になるなんてのは嫌だからな。
 そうして魔法道具のおかしなところを直した後、分解するのも面倒になり、それをそこら辺に置いておく。これは実験用だから、常に持っている必要もないからな。
 改造した転移装置を置いた後、そこらに転がったままだった魔法道具を幾つか手に取り分解していく。こうやってちょくちょく分解しておかないと、直ぐに忘れてしまうからな。決めたからには少しずつ分解していこう。
 しっかりと起きた後に朝の支度を済ませると、朝食の用意を・・・ああ、そういえば食事の用意もプラタに任せたのか。任せっきりだが、料理は美味しい方がいいからな。こればかりは仕方がない。
 お風呂は昨晩入ったからいいか。別に何度入ってもいいのだが、これからプラタの許に転移する前に、もう一階層下に設置している転移装置を改良しておかないとな。現状だけでもかなり研究が進んでいるのだから。
 自室を出て地下三階へと移動する。地下は広いので移動だけでも時間が掛かる。これは、プラタを見習って移動の為に転移装置をそこら辺に幾つか設置しておくべきだろうか? そっちの方が便利だし、転移魔法を使うよりは安全だからな。

「少し考えておくか。ちょうど転移装置の改良をしている事だし、多少量産してもいいだろう」

 改良した転移装置の実証実験もしたいところだったし、丁度いい。とりあえず、地下三階に設置してある転移装置を改良してから考えるとしよう。
 これから自分で使う事になる転移装置なのだから、余計な事は考えずに集中して改良する。転移装置で失敗してしまったら目も当てられないからな。
 そんな事を考えながら地下三階に到着した後、目的の転移装置の前で立ち止まる。

「さて、では改良していきますかね」

 転移装置に触れた後、中の魔法を組み直していく。
 それが済むと、今度はもう片方の転移装置を取り出して、そちらも対応するように魔法を組み替える。
 無事に両方の転移装置の改良を終えると、早速転移装置を起動させてみる事にした。
 改良はちゃんと出来ているはずなのだが、それでも最初の実験は緊張してしまう。とりあえず安全重視で組んだので失敗する確率はかなり低いだろうから、深呼吸して気持ちを落ち着かせたところで起動してみた。
 いつもの浮遊感と一瞬の意識の漂白を感じた後、世界に色が戻ってくる。それと共に地に足がついた安心感にも包まれた。何度味わってもあの浮遊感には少し不安を覚えるものだ。
 そうして転移装置を起動させると、無事に前日に転移装置を起動させた小部屋に転移していた。

「おはよう。プラタ」
「おはようございます。ご主人」

 待っていたプラタと朝の挨拶を交わすと、話題も無いので今日の予定について問い掛ける。
 そうして今日の予定についてプラタから聞いた後、部屋を出て移動していく。今日の予定地はまた別の街らしい。まあ正確には別の街の拠点だが。
 その前にまずは朝食をと、食堂に移動する。
 誰も居ない食堂で少し待っていると、シトリーが朝食を運んできてくれた。
 今朝の朝食は温かい汁物が主役らしく、具材たっぷりでちょっとピリッとする汁物や、ホッとするような優しい味付けの汁物など、数種類用意してあった。
 果実は無かったが、汁物と一緒にご飯が用意されていたので、十分満足できる献立。
 そうして温かい食事を終えると、少し休んで食堂を出る。
 食堂を出て廊下を進む。
 今日も転移装置を起動させて中継地点に移動したので、管理者であるセルパンに挨拶してこようかと思ったが、どうやら今日はセルパンではなくフェンが管理者をしているらしい。
 別に日替わりで交代している訳ではないらしいが、丁度変わる時だったようだ。
 それはそれで丁度いいと思い、プラタの案内で前日に行った管理者の部屋に移動する。
 部屋の中に入ると、昨日セルパンが居た場所にはフェンが居た。
 普段と違い少し大きな姿のフェン。セルパンの時にも思ったが、ボクより頭一つか二つ分高いだけで随分と迫力があるな。

「お久しぶりです。創造主」
「フェンも久しぶりだね」

 セルパンもだったが、フェンも随分と久しぶりだ。最近はボクの影の中にはどちらも居ないので、少し寂しかった。すっかりどちらかが居るのが当たり前になっていたからな。
 そう思えば、そろそろ実験も兼ねて三体目の魔物を創造してもいい頃合いかもしれない。訓練部屋は広くて頑丈だから、魔物創造をしても惨事にはならないだろう。
 どんな魔物が創造されるのか楽しみな反面不安でもあるが、今の身体の性能についての目安の一つにもなるかもしれないので、行うなら早い方がいいだろう。帰ったら考えてみよう。

「どう? ここの管理は」

 セルパンにしたのと同じ質問をしてみる。フェンとセルパンはボクが創造した魔物だが別の個体だからな、好き嫌いや向き不向きは在るだろう。

「問題御座いません。拠点の構築も順調で御座います」

 しかし、どうやらその心配は必要なかったようだ。

「そう。それはよかったよ」

 なので、そう返しておく。助かっているので、問題ないのであればこのまま頑張ってもらおう。拠点の構築の方はもうすぐ終わるだろうし。
 それから少し話をして、転移装置の許まで移動する。今日の予定が入っていないのであれば、このまま会話を続けるのだが、今日は昨日とは別の拠点を訪問する予定らしいからな。
 その際に、昨日同様にその拠点の管理者とも会うのだろう。であれば、待たせるのも申し訳ないからしょうがない。プラタのことだ、しっかりと事前通知していると思うし。
 プラタと共に目的の拠点への転移装置が置かれている白い小部屋に移動すると、プラタが転移装置を起動させる。そのまま最初にボクが転移して、一瞬遅れてプラタも転移した。
 転移先は、他の拠点と似たような小部屋。こちらは中継地点の小部屋と違って地味な色をしているが、目には優しい。
 ほぼ同時に転移してきたプラタが先に進んで扉を開く。
 転移装置での転移であれば、同時に転移しても転移地点が重なる事はない。とはいえそれも少人数に限られる。転移装置の起点の効果範囲内に入れる人数が上限なので、大体三人から五人といったところか。
 その辺りは設定次第なので、個人用で創られた場合は複数人は無理というのもあった。
 まあそれはそれとして、プラタの後に続いて廊下に出る。
 やはり拠点の造りは同じようなものだが、どうやら今回は縮尺も自室がある拠点と同じような感じらしい。という事は、ここに住む者達は人間と近い大きさの体格をしているのだろう。
 プラタは迷いなく廊下を進んでいくので、ボクは周囲を眺めながらその後について行くだけ。相変わらず誰とも会わないが、もはやこれが普通なように思えてきた。・・・そんなはずはないのだが。
 拠点を繋ぐ中継地点が、普段十数人の受付で回していると考えれば、拠点内ががらんとしている訳がないだろう。
 あまり深く考えないようにしてはいるが、他の者の業務に支障をきたしているのであれば、これも考えものだな。これからはプラタの要請だとしても、拠点の訪問や拠点を見て回るのは控えた方がいいのかもしれない。
 などと考えていると、プラタが一つの扉の前で足を止める。その扉は見慣れた大きさで、木で出来た扉であった。
 見たところ自室が在る拠点のように、金属の上に木の板や木目調の壁紙を張って木の扉っぽく見せている訳ではなく、本当に木で作られた扉のようだ。
 堅そうな木で作られたその扉は、取っ手の部分が大きくて掴みやすそう。というか、捩じくれた木の枝を曲げて何とか半円にしたようなその取っ手は、大きく張り出していて、掴むどころか腕を絡められそうなほど。
 それを掴み、プラタが扉を押し開ける。
 静かに開いた扉の中にプラタが入り、部屋の中の様子を確認した後、横に逸れてボクを室内へと促す。
 それに従ってボクが室内に入ると、そこには半透明の人型が跪いていた。
 見た事も聞いた事もない種族だが、何処となくスライムに似ている。確かシトリーも最初はこんな感じで半透明だったと思う。人型ではなかったが。
 もう何年も前の事なのでやや記憶が曖昧だが、確かそんな感じだったはず。という事は、この眼前で跪いている、おそらくここの責任者であろう者は、スライムの親戚か何かなのかな? シトリーはここまで大きくはなかったし。
 そう思っていると、跪いている者へとプラタが挨拶を促した。
 それに従い頭を下げたまま、責任者と思しき者が言葉を発して挨拶をしていく。
 透き通った綺麗な声音で、その声だけで判断すれば女性だろうか。鐘の音の様に清々しい声音での挨拶を終えると、再び黙った。というか、やはりこの者がここの責任者のようだ。
 相手の言葉は理解出来たが、それでも反応する訳にはいかない。ボクは他種族の言葉が解らないという設定なのだから。
 そう思っていると、プラタが訳して何と言ったのかを教えてくれる。その後にこちらも名乗り、プラタが相手に訳す。
 その後に顔を上げさせた責任者から、プラタが報告や要望などを聞いていく。その間やる事がないボクは、プラタに勧められた長椅子に腰掛けた。
 この辺りもいつも通りだな。
 プラタが責任者と話している内容を、素知らぬ顔で盗み聞く。まあ聞いたとしても、ボクではそれに答えられないのだが。
 そうしてプラタと責任者が一頻り会話を終えると、ここでも昼食を摂る事になった。そろそろ昼過ぎだが、お腹は空いているので問題ない。
 それに、もしかしたら拠点ごとに食事に特色があるかもしれないから少し楽しみだ。問題は人間が食べられるかどうかだが、その辺りは心配ないだろう。
 ここでも責任者の案内で食堂に移動していく。責任者は背丈が低く、身長百六十センチメートルぐらいか。
 見た目が半透明というのを除けば、人間と変わりない。残念ながら目や口なんかはないので表情は判らないが、どうやってか喋る事は出来る。この辺りはシトリーがスライム形態の時と同じく、身体を震わせて声代わりの音を発しているのだろう。
 綺麗な水が人の形をとっているだけの様な姿だが、服は着ている。必要かどうかはボクの基準では何とも言えないが、こうして着ているのだから必要なのだろう。おかげで前後が解るので、やっぱり必要かもしれないな。
 部屋から食堂まではやや遠かったが、それでも昼を少し過ぎたぐらいで到着出来た。食堂内は広いが、やはり誰も居ない。
 食堂まで案内してくれた責任者は、ボクが席に着いた後に一言断って食堂を出ていった。料理を取りに行ったらしい。
 それからプラタと二人で待つ事少し。特に会話もなく待っていると、食堂の扉を叩く音が響いた。

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