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それぞれの日常5

 直ぐに目につくのはそんな感じだった。行き交う人々は小さすぎて細かなところまではよく見えない。
 暫くの間街並みを眺めた後、反対側に在る防壁とその外側へと目を向ける。
 防壁は厚さどれぐらいだろうか。上で見張りが余裕ですれ違えるぐらいの幅は在るが、人間界を囲んでいる防壁に比べれば薄い。それでも防御力は比べるべくもなくこちらが上だろう。
 防壁の上には見張りが行き交っている。人間と似たような姿形の者も居れば、軟体生物っぽい者も居る。爬虫類のような見た目も珍しくはない。
 手足の数も千差万別で、中には背中から羽が生えている者も居て、低空ながらも飛んでいた。
 細部までは距離があるので分からないが、多種族が共生しているのが分かる光景だ。
 そんな彼らの手には様々な武器や盾が握られているが、防具も含めてその全てが何かしらの魔法が組み込まれた装備のよう。
 防壁の外周側には何かしらの武器っぽいものが取り付けられているが、それも魔法道具だ。もしかしたら、あれが話には聞いていた対空用の魔法道具かもしれない。
 ここは魔法道具が溢れているなと、人間界での感覚からすると、ただただ驚愕するばかり。それもどの魔法道具も上質な物ばかりだし。
 何となくだが、魔法道具無しでも強そうな者達ばかりなので、そこに魔法道具が加わって更に強そうだ。それこそ、ここを落とす事なんて出来るのかと思うほどに。
 それでもまぁ、死の支配者達であればそれが出来てしまうのだが。実に恐ろしいものだ。
 そうして防壁の様子を観察した後、防壁の外へと視線を動かす。
 防壁の外は、相変わらず巨大生物跡と同じ地面ではあるが、その上を敷設された道が通っている。
 まだ各方面に一本ずつだが、おそらく四方に道が延びているのだろう。上から視た限り、綺麗な道だ。
 そして少し遠く、道の一本が延びている先には大きな湖が在る。あれが海擬きだろう。魔法跡が在った場所の少し先か。
 魔法跡よりも広い湖なので結構離れた位置に造られているというのに、端の方が割と街の近くまで届いている。
 あそこに海に住んでいた種族が暮らしているのだろう。街から延びた道は、湖の中へと続いている。あれは意味が在るのだろうか?
 不思議に思いつつも、単なる道しるべだろうと思い至る。多分あの先に水の中の街が在りますよという案内だろう。
 残念ながら上から眺めた限り、海の種族は確認出来ない。街の中にも何人か居るのかもしれないが、プラタ謹製の魔法道具のおかげで陸上生物と大きく違わないらしいからな、こんな様々な種族が入り混じる場所で分かる訳もない。
 他には別の道の先に何か在るも、そちらも防壁の様なもので囲まれているので、あれはおそらく街なのだろう。プラタには聞かされていないが、街が幾つあるか問うた訳ではないしな。
 賑やかなのはいい事だと思いつつ、周囲を見渡す。街と道と湖以外は相変わらず何も無い場所だが、それでも街が在るだけで随分と印象が変わってくる。
 道だって立派な物が出来上がっているし、もう人間界よりもしっかりとしているかもしれない。あとは街として機能しているかだろう。
 ・・・・・・それにしても、これだけ街や道が整っていると、既に国と言えるだろう。少なくとも、その辺りの小国よりは立派そうだ。軍事力も高そうだし。
 人口がどれぐらいとかは知らないが、それでもそれなりに多そう。その辺りはプラタであれば把握している事だろう。
 街と道と湖。見渡した光景にはやはりそれしかない。最初の何も無かった時を思えば十分過ぎるとは思うが、まだ途中といった感じは否めない。とはいえ、ここに拠点を築き始めて大して経っていないので、やはり十分過ぎるのだが。
 むしろよくここまで築けたものだと驚愕してしまうのが普通の反応なんだとは思うが、なんだかんだとプラタ達との付き合いが長いと、これぐらいではそこまで驚かなくなってきていた。
 それがいい事だとは思えないが、ちょっとやそっとの事では動じなくなってきていると思えばいい事なのだと思う・・・思いたい。
 さて、気持ちを切り替えてもう少し外の光景を眺めてみるか。
 湖の方は水中の様子が分からないので詳しい事は分からないが、とにかく大きな湖だ。あれは魔法道具で海水を満たしているらしいが、どれぐらいの魔法道具なのだろうか? あの大きな湖を見たら気になってきた。数で補っているのか、質で補っているのか。
 別の街は流石に防壁で中までは見えない。高台が防壁よりも高いといっても、距離があると見えないのはしょうがない。高台が建っている街の反対側の街並みでさえ、そんなに見える訳でもないのだから。
 ましてその奥に拡がる防壁外の様子はぼんやりとしか見えない。それでも、道と街っぽいものは確認出来る。
 ただ、四方に延びている道の一つ先だけ何も無い。あの方角は人間界が在った方角とは反対側か。ボクには未知の世界だが、もしかしたら外部との道なのかも。
 あとはここがどれぐらい広いか気になるが、一応確認出来た街の数は三つで、それに湖が一つ。プラタの話では、湖の中にも街が在るらしいので、全部で四つの街が在るのか。十分過ぎる広さだな。街一つでもかなり大きいし、これだけで国と言えそうな気がしてきた。
 実際の光景を目の当たりにすると、一気に現実味が出てくる。そうか、国を創ったのかと。

「・・・・・・」

 いや、ホントどうしよう。まだお飾りだからいいが、なんだか大ごとになってきたぞ。
 とはいえ、もう動き出したのだからしょうがない。分かっていた事だ、あとは受け入れる覚悟を持つだけで。

「・・・さて、次は何処に行くの? それともここから何か見せたいものが在るの?」

 十分周囲を見渡した後にプラタに問うと、プラタは「では、戻りましょう」 と言って、来た時に使った転移装置に近づいていく。手を繋いだままなのでそれについて行き、プラタが転移装置に触れると一階部分へと一緒に転移した。
 一階部分に到着すると、プラタに続いて外に出る。
 外に出て扉が閉まるとプラタが手を離す。そうすると、目の前に在った高台が消失した。プラタと手を離した事によって、また見えなくなったようだ。
 これほどまでに完璧に姿が消えるのは、敵側からすれば厄介ではあるが、味方側であれば頼もしい。しかしこれ、プラタが居なくても入れるのかな?

「プラタ。この建物って、プラタが居ない時でも入れるの?」
「はい。入る分には問題ありません。姿は消えていても、そこに在るのは変わりありませんので」
「まぁ、それは確かに。でも、見えないと入り口を探すのが大変じゃない?」
「それでしたら、ここで警備をする一部の者達には高台を可視化できる魔法道具を所持させておりますので、その者達には問題なく視る事が出来ます」
「そうなのか。それなら大丈夫だね」
「はい。逆にその魔法道具を所持していない者がここに入ったとしましても、入れるだけで上には行けない様になっております」
「ああ、そうなんだ」

 だから高台の中ではずっとプラタが手を繋いでいたのか。もしも途中で手を離したら上階には行けなかっただろうし、上で手を離していたら、そのまま落ちていたのかもしれない。
 その場合、咄嗟の事で対応出来なかったかもしれないから、確率はかなり低いとはいえ、最悪死んでいたかもしれないな。そう思うと、ゾッとする。
 そんな防犯対策が施されていた高台を後にすると、プラタと共に拠点に戻っていく。
 その道中、折角だから先程高台から見た景色についてプラタに質問してみる事にした。

「そういえば、ボクが住んでいるあの拠点の先にも大きな建物が在ったけれど、あれが前に話していた人型以外の種族が暮らしている場所?」
「はい。近い姿形の者達を集めた場所で、そこで情報の精査や纏めなどの同じような仕事をさせております。他にも在るのですが、先に在った大きな建物には身体が大きな種族を集めておりますので、その分大きな建物となっていた訳です」
「じゃあ、他にも似た施設は在るって事?」
「はい。仕事内容は似た様なモノですが、ある程度専門性を持たせる為に種類によって分けていますし、それにあまり情報が一ヵ所に集中するのはよろしくないと判断いたしました」
「なるほど」

 全てプラタ達に任せているのでボクはその辺りは把握していない。なので、それがいいとプラタ達が判断したならばそれでいいのだろう。個人的にも問題があるとも思えないし。ただ、何か調べ物が出来た場合に面倒そうだなぐらいにしか思わない。

「拠点の場所も、この街一ヵ所に集中させるのではなく、他の街にも築いております」
「行き来は大丈夫?」
「各拠点を繋ぐ為に転移装置を各拠点に設置しておりますので、それを利用すれば容易に往来が可能です」
「そっか。やっぱり転移は便利だね」
「はい。ですので、その分管理はしっかりしております。拠点から拠点に移動するにも直接転移出来るようにはせずに、一度転移地点を集中させている中継場所に転移させ、そこから他の拠点へと転移させるようにしております。そして、そこには管理する者を置いて転移を利用した者を逐一記録させております。何かありましても、管理者が護るでしょう」
「そうなんだ。管理者って? 生半可な者では務まらないでしょう? 記録を付けるのも大変そうだし」
「転移記録を付ける者は複数用意して、交代制で行わせております。中継地点の管理者につきましては、フェンかセルパンが交代で就いております」
「ああ、あの二人はそこに居るんだ」
「はい。他にも役目が在りますので、二人での交代制としております」
「なるほどね」

 あの二人であれば問題ないだろう。むしろあの二人に勝てるような住民が居れば、それはそれで見てみたいぐらいだ。
 フェンとセルパンの二人の詳細な戦闘力は知らないが、それでもあの二人がもの凄く強いのは知っている。管理者として常時就いているのはどちらかのみらしいが、それでも十分だろう。おそらくだが、プラタやシトリーでも容易には倒せないと思う。少なくとも、プラタやシトリー相手でも時間稼ぎは確実に行えるだろうな。それ程の者であれば、各拠点を繋ぐという重要地点の防衛を安心して任せられるというモノだ。

「ですので、各拠点の行き来は容易でありながら、しっかりと管理されております」
「そっか。拠点も大分出来てきている様だったからね」
「はい」

 確かフェンとセルパンは拠点の基礎の構築を担っていたはずだ。その二人が管理者をしているという事は、高台から見たように、拠点はもう大分完成しているという事なのだろう。

「この街もだけれど、あと二ヵ所地上に街が在ったね。既に結構な規模だったようだけれど、街によっても種族を分けているの?」

 拠点を出た時にここの街の様子を見た限りではあるが、そんな感じではなかった。なので、もしかしたら違うかもしれないが、ボクが見たのは僅かでしかないからな。

「ある程度は環境が似た種族を集めてはいますが、そこまで厳密に分けている訳ではありません」
「なるほど。他の街もここと似たような感じ?」
「はい。特色についてはこれから出していければと考えております」
「そっか。という事は、今のところ海の街以外は似たような感じという事か」
「そうなります。申し訳ありません」
「ん? 別に謝る事ではないでしょう。折角移住してきたんだ、ちゃんと暮らせているならそれでいいさ」

 正直、プラタ達が何を目指しているのかボクは知らない。なので、皆が安心して暮らせるのであれば、それでいいと思っている。所詮はお飾りの国主な訳だし、それぐらい気楽でも許されるだろう。
 というか、それ以上を求められても応えられないからな。そもそも国主自体が分不相応な訳だし。

「それに、街以外にも道もしっかりしたのが出来ていたね。あれだけちゃんとした道は人間界ではそうそうお目にかかれなかったよ」
「道以外にも、街中に各街を繋ぐ転移装置も設置しております。各街を訪れる際は、住民は主にそちらを利用しております」
「そうなんだ。まぁ、その方が早いし便利だからね」
「はい。勿論、その場所の管理はしっかりとしております。警備も厳重にしておりますので、簡単には悪用出来ないでしょう」
「それなら安心だよ」

 街中に直接移動出来るのであれば、それは便利な反面危険でもある。その辺りの管理もしっかりしているのであれば安心だろう。拠点間を繋ぐ場所もしっかりと管理しているようだし、そこまで心配もしていなかったが。
 それにしても、転移だらけだな。便利だからそれはいいのだが、人間界での事を思えば、夢の様だ。
 人間界では転移はかなり難しい魔法で、使い手自体ほぼ居なかったからな。転移装置もダンジョンでしか見なかった気もする。無論、ボクが見る機会がなかっただけで、お偉いさんの近くには在ったのかもしれないが。
 とにかく、こうも当たり前のように転移が活用されているというのも変な気分だ。ボクでも最近転移装置を初めて創ったばかりだし。未だにあれは改良中だからな・・・少なくとも、割り込みできないようにはしたいところ。いくら相手がプラタでも、あれは口惜しかった。
 そんな話をしている内に、拠点に到着する。
 相変わらず大きな建物だが、外から見るとその威容がよく分かる。見上げてみると、こちらを見下ろしているような圧を勝手に感じて、思わず緊張してしまうほど。
 拠点を囲む防壁辺りからでもそれなので、建物の真下に到着して直接下から見上げると、正しく圧巻。今にもこちらを押し潰してきそうだ。
 そんな事を密かに思いつつ、プラタの後に続いて拠点の中に入っていく。
 拠点に戻ってきた時には夕方だったので、これから夕食を用意してくれるらしい。食堂に移動しながらプラタが教えてくれた。今日はどんな料理が出てくるのか楽しみだ。ここの食事は美味しいからな。
 食堂は相変わらず広いが、誰も居ない。もはやこれにも慣れてきたな。元々一人は慣れていたし。
 少ししてシトリーが食事を運んできてくれる。今回の料理は色鮮やかで、目を楽しませてくれた。
 味も良くて、全体的にやや甘めの味付けだった。その程よく甘い味わいが、何だか疲れた心に染み渡るよう。
 食事を終えると、少し休憩して今日はもう自室に戻る。
 自室に戻ると、お風呂に入った後に魔法道具の作製に入る。やるのは勿論、転移装置の改良。
 実際に稼働させている転移装置はそのままに、新しく創った転移装置を弄っていく。
 まずやるべきは割り込みの防止。プラタの件で口惜しいのも在るが、これを放置していては乗っ取られかねないし、敵が直接乗り込んでくるかもしれない。なので、結局ここは何としても改善しなければならない箇所である。
 もしかしたらプラタはそれを警告したかったのかもしれない。真意は定かではないが。
 とにかく、そこへと集中的に手を入れていく。対を成す転移装置以外は絶対に受け付けないように。

「プラタの転移装置だけが別の転移装置に干渉する方法ではないだろうが、とりあえず判っているものから潰していくか。同時に、他が干渉しないように独自の繋がりを強化しなければ」

 対を成すもう片方の転移装置を創造して、その繋がりを構築していく。元々ここまではしていたのだが、これを更に強化して他を完全に受け付けないようにしていかなければ。もう誰も割り込ませないように。
 その一心で転移装置に集中して弄っていく。元々ある程度は形が出来ていたので、それに沿って改良していけばいい。なので、魔法を開発するよりも遥かに簡単だ。
 ・・・それでもある程度形にするまでに一晩掛かったが。また明日も引き続き改良していかないとな。ボクには足りないモノが多すぎるので、こういう小さなことからコツコツと積み上げていくとしよう。





「世界に干渉出来る魔女ねぇ。確かに強いとは思うが・・・」
「な、何故効かない!!」

 眼前で肩で息をしている女性を、オーガストは期待外れといった目で見下ろす。

「それなりに強い相手とは会ったが、まぁ、貴方は結構上位だと思うよ。だから多少の敬意は示そう」
「お前は何者だ!?」
「それを今頃訊くのか。しかし、それに答える必要はあるのかね? これでも一応の礼儀として、攻撃してきた相手は敵として見る様に努力しているのだが」
「私じゃ、敵にはならないとでも言うのか!?」

 屈辱的だと言わんばかりに叫ぶ女性だが、オーガストはそれを聞いて、はてと首を傾げる。

「これだけ分かりやすく結果が出ているというのに、まだそれを言うのかい?」

 そう言って手を広げると、オーガストは周囲の惨状を示して女性へと問い掛ける。
 オーガストの周囲には深い傷跡が走り、地面には何ヵ所も大きな溝が出来ていた。そして、そこには地の底から溢れてきた溶岩が赤々と流れていて、オーガストを呑み込んでいる。
 他にもオーガストに向けて地面から幾本もの岩の槍が伸び、それは虚空からも伸びる事でオーガストを四方八方から串刺しにしていた。
 およそ自然で出来たモノでは無いそれだが、それ以上にそんな状況でも平然としているオーガストは、明らかに異様な存在だろう。

「それとも、温泉に入れてコリを解してくれているとでも言うのかな? ま、そんな事はないよね? 空間ごと対象をずらす事で切断しようとしたから、この通り空間が歪んでいる訳だし」

 虚空に手を伸ばしたオーガストは、僅かに風景がずれている空間に触れてそれを戻す。それを見て、女性は驚きに目を見開く。

「そんな、空間への干渉を私以外に出来る訳・・・」

 ありえないと呟くと、女性はそこで初めて芯からの動揺を見せた。

「はぁ。流石、この世界程度にしか干渉出来ないだけあるな。狭間の住民の侵入に気づいたようだからどんなモノかと思ったが、期待外れだ。これなら狭間の住民に任せていても何の障害にもならなかったな」

 完全に興味が失せたといった表情を浮かべたオーガストは、既に女性の存在を意識の外に追いやっている。
 それでも興味を失くされた方はそういう訳にもいかないようで、怯えの見え隠れする顔で女性はオーガストに問い掛けた。

「狭間の住民とは、突然世界に現れた異分子の事か!?」

 その女性の叫びに、何か音がしたなといった感じでオーガストは目を向ける。そこで女性の存在を思い出して、一瞬処理しておこうかと思ったが、狭間の住民の餌としては丁度いいかと思い直して放置する事にした。
 そう決めると、オーガストは姿を消す。
 結局オーガストが女性の問いに答える事はなかったが、それは単純に女性の言葉がオーガストに届いていなかっただけ。
 その女性もそれから少しして、オーガストの目論見通りに狭間の住民の餌となった。

「始まりの神に少しずつ近づいてきたな。それに比例して僅かに強い存在が増えてきたのは嬉しい事だが、それでも大した事がない。これでは世界を見て回るのも意味が在るのかどうか」

 世界の裏を歩きながら、オーガストは平坦な声を出す。それは誰に話すという訳ではなく自問しているような言葉なのだが、しかしその視線は誰かを見据えているようにも見える。

「世界の破壊は順調。創造の速度を上回っているが、それでも少しだな。破壊の速度は増しているようだが、もう少し狭間の住民を創造するとしよう。どうやら管理する世界が減れば、その分残っている世界が多少強化されるようだからな」

 変わらず平坦な声音ながらも、微かにそこに楽しげな響きが混ざる。それとともに、幾分かオーガストの口の端が上へと動いた。





 転移装置の改善に取り掛かって何日が経過しただろうか。
 朝から夕方まではプラタの案内で拠点や街を見て回った。その一環で各種族の代表や街の長とも会ったが、ボクはほとんど置物状態で、会話や要望を聞いたりは大体プラタがやってくれたので助かった。
 言葉は勉強していたのである程度は理解出来たが、言葉が分からないという建前でプラタが代わりに話をしてくれていたのだが、中には本当に言葉が分からない種族も居て、そちらももっと頑張らないとなと思い知る。
 ただそれでも流石はプラタと言うべきか、プラタは全ての種族の言葉をしっかりと解して、また操ってもいた。あの知識の量は脱帽するばかりだ。
 案内が終わったらまた語学学習も再開したいところだが、こればかりはプラタの都合が在るからな。シトリーでも全ての種族に対応できるのかな? 今度訊いてみよう。
 とはいえ、シトリーはシトリーで忙しいだろうから、たとえシトリーが全種族の言葉を理解していたとしても、そう気軽には習えないだろうが。
 とにかく、そういう訳でただ拠点を案内されていただけの時とは違って、急に色々な人物と面会した。人間界に居た時には考えられないぐらい沢山の種族と会ったが、見た事も聞いた事もない種族も結構いたので、それはそれでいい経験だったが。
 そんな日々の夜に転移装置を改良してきたが、大分完成してきた。転移可能な距離に関しては大して変わっていないが、これで対となる転移装置以外の干渉は受け付けないようになったと思う。
 あとはもう少し調べてみて、それについては終わりにしたい。次は転移可能距離を伸ばしたいところだな。





 朝になった。地下に居るので多分だが。

「時計も設置しないとな」

 魔法道具で散らかっている部屋を見回す。他には何も無いので、少々寂しい・・・魔法道具がかなり増えたからそうでもないか。
 色々創ったが、どれも実験の為に創ったので実用性はイマイチ。中には使える物も在るが、安全性までは考慮していないので、長期の使用には向いていない。
 この辺りも分解していかないと危ないのだが、折角創ったのに勿体ないなとも考えてしまう自分が居る。まぁ、そろそろ少しずつでも不要な魔法道具は分解していくが。
 流石に暴発はしないだろうが、安全性はそこまで気を配って無いから確実ではないものな。とりあえず手近な一つを手に取って分解しておく。

「さて、お風呂にでも入ろうかな」

 昨夜は転移距離の改良をしていて、結局ろくに寝ていない。少し眠たいので、お風呂に入って目を覚ますとしよう。
 お風呂場に移動して、湯に浸かって目を覚ます。やはり部屋から直ぐに行けるのは便利だな。
 完全に目を覚ますと、準備をして転移装置を起動させる。大分安定してきたので、本体というか大きい方でなくとも安心して転移出来るようになった。
 そうして転移すると、小部屋に到着してプラタが迎えてくれる。

「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。プラタ」

 朝の挨拶を交わすと、部屋を出た。
 部屋を出ると、そのまま食堂に移動する。手持ちの食材は全てプラタに渡して、これからは朝食も頼む事にしたのだ。なので、現在手持ちには干し肉などの保存食があるぐらい。
 折角拠点を構えたのだから、これぐらいいいだろう。ボクは大して料理が出来ない訳だし。
 食堂に移動する。誰も居ない食堂は寂しくはあるが、流石にもう慣れた。
 少ししてシトリーが料理を運んでくる。今日は野菜中心の料理のようだ。
 料理を並べたシトリーが食堂を出た後、食事を開始する。
 味付けは酸味が強めだが、野菜の優しい甘さと滲むような苦みと調和がとれているので、これはこれで美味しかった。ただ、あまりお腹にはたまらないようで、やや物足りない感じもしたが。まあこれから動くからな、これぐらいで丁度いいのだろう。
 朝食を終えると、シトリーが食堂にやってきて食器を回収して食堂を出ていく。それから少し休んでから、ボク達も食堂を後にした。

「今日の予定は?」

 外に出たところでプラタに問い掛ける。
 毎度その日の予定はあまり聞いていないが、たまに気が向いたらこうして問い掛けていた。話題がそれ程ある訳でもないからな。

「本日は他の街を見て頂こうかと」
「他の街?」

 現在居る街以外にも街が在るのは高台から見たので知っている。しかし、今居る街ですら大して見て回っていないのだが。

「はい。他の拠点の様子も御覧いただきたく」
「なるほど。でも、この街も満足に見ていないけれど、いいの?」
「問題御座いません。次に御案内致しますのは、その街の管理者が居る拠点ですので、そこで顔合わせしていただきたく」
「つまりは今までと同じという事?」
「はい。まずは各責任者と顔を合わせていただきたく」
「分かったよ」

 顔合わせといってもボクは本当に顔を合わせるだけで、会話自体はプラタが行ってくれる。なので、ボクは言葉が解りませんといった顔で置物として居ればいいだけ。
 その際、下手に言葉に反応しないのが肝要なのだ。言葉が解らないという体でプラタが話をしてくれているので、たとえ話の内容が理解出来ていても反応しないようにしなくては、勘づかれてしまうだろう。
 そうなるとボクが相手をしなければならないので、面倒この上ない。お偉いさんとの会話とか、何を話していいのか分からないからな。
 ボクが頷いた事で、プラタは安堵したような表情で歩み始める。

「別の拠点という事は、転移で移動するの?」
「はい。他の者が使用する為に設置しております転移装置を使用致します。ですが、ご主人様が御嫌でしたら別の転移装置を用意いたしますが」
「いや、みんなのと同じでいいよ。フェンかセルパンが転移の中継場所を管理しているんでしょう? なら、久しぶりに顔を見たいし、丁度いいよ」
「畏まりました」

 プラタの後に続いて廊下を進むと、三階にその部屋は在った。
 そこは狭い部屋で、中には三角形の置物が置かれていた。その頂点には青白い半透明な球体が浮かんでいる。
 他には何も無いが部屋の中を観察してみると、転移装置付近を中心に部屋中に照準が向いた魔法が至るところに組み込まれている。これはきっと侵入者対策なんだろうな。
 組み込まれている魔法も容赦のないモノ。発動の条件は分からないが、許可が無い者には魔法が発動するのだろう。
 まぁ、ボクには発動しないからどうでもいいが。侵入者対策は容赦がない。とはいえ、ここまで侵入出来る者も相当なものだが。
 そんな部屋の様子を視た後、念のためにプラタに触れればいいだけか確認してから、転移装置に触れる。それで転移が起動して一瞬意識の漂白と浮遊感を覚える。
 それが収まり視界に色が戻ると、そこは白一色の狭い部屋だった。
 中央に拠点に在った転移装置と同型の物が置いてある以外には何も無い部屋。
 部屋の様子を窺いつつ、目が痛いほどの部屋の白さを眺めていると、僅かに遅れてプラタが転移してきた。

しおり