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破滅を齎す者

「・・・・・・さて、何から手を付けようか」

 人間界の東側に広がる森。そこは魔物達の楽園と化していた。
 そんな森の中で、オーガストは魔物達の間をすり抜けるように歩きながら進んでいく。近くの魔物はそんなオーガストなど存在していないかのように何の反応も示さない。
 オーガストはそのまま魔物達の中を進み、二体の魔物の前に到着する。

「ふむ。なるほど。これがめいの蒔いた種子、か・・・大して育ってはいないな。これは土が悪い。まあそれはいいとして、種の出来はそれなりだな。量産品としてはだが」

 魔物の目の前で観察しているというのに、その魔物は全く反応を示さない。しまいにはオーガストが魔物に直接触れて確かめたというのに、やはり魔物は何も反応を示さなかった。
 暫く観察したオーガストは、近くの木の上に一瞬で移動して枝の上に座る。

「まぁ、量産品として考えれば評価は出来るが・・・それでもお粗末だな。めいもこの程度か。及第点といったところだから、まだこれからだろうが・・・はぁ。現状、めいでも君には及ばないようだよ」

 枝の上に腰掛けたオーガストは、誰も居ない空間に声を掛ける。しかし、オーガストにはそこに誰かが居るのが見えているのか、相づちを打ちながら会話を続けていく。

「ふむ。そうだね。君の言う通り、あの魔物の種と土壌を改良してみてもいい。だが、それではつまらないだろう?」

 座っている木の近くに居る魔物達へと一瞬目を向けたオーガストは、苦笑するように肩を竦めた。

「ん? そうだね、それじゃあ軽く創ってみようか。あまり強すぎてもいけないだろうから、そこの魔物達を参考に、あれよりは優秀な魔物がいいだろうから・・・」

 そう呟いたオーガストは、近くに居る魔物達の横に手早く新たな魔物を創造する。
 オーガストが新たに創造した魔物は、幾つかの生き物を粗く潰した後に無理矢理くっ付けて形作ったような何ともおぞましい姿で、まるで取り出したばかりの内臓を適当に積み重ねたような気持ち悪さがあった。
 そんな醜悪な姿だが、それを除いても異様な雰囲気を纏っており、内包する魔力量はドラゴンなど霞むほど。それでいて完全にその魔力を支配しているようで、内部で無駄なく循環させて外には一切漏らしていない。推定される実力は、死の支配者の側近であるノーブルより一段か二段落ちる程度。

「こんなものか? にしても弱いな。もっと強くした方がいいのだろうが、隣の二体と比べると強すぎる気もするな」

 突然現れた魔物に警戒する姿を眺めながら、オーガストは失敗したかと自分の未熟さに呆れてしまう。

「そうだな・・・せっかくめいが種を蒔いた魔物達だ。あれの食料にするのは可哀想だから、あれに従えさせるか」

 オーガストはどうでもいいといった感じで創造した魔物に命令を下すと、おぞましき見た目の魔物は、隣で警戒している魔物達を軽く撫でる。ただそれだけで、撫でられた魔物達は衰弱して立つ事が出来なくなった。

「生命を啜る力は過剰だったようだな・・・この辺りの魔物はここまで弱かったか?」

 昔の記憶を引っ張り出すように首を傾げたオーガストは、眼下で今にも死にそうな魔物達へと力を返すように、おぞましき姿の魔物へと指示を出す。
 その指示を受けた魔物は、すぐさま先程啜った生命を持ち主の魔物達へと返還した。
 生命を返還してもらった魔物達は、元気になったはずなのに、中々立ち上がろうとしない。

「・・・これでどちらが上か学習しただろうが、こうしなければ察する事が出来ないというのは問題ではなかろうか?」

 怯えている魔物達を冷めた目で見下ろしながら、オーガストは呆れたように呟く。

「ん? そんなものか? それはそれで難儀なものだが」

 わざとらしく息を吐いたオーガストは、もう興味が失せたのか、枝の上から跳んで地面に降り立つ。
 ふわりと地面に降り立ったオーガストは、創造した魔物に後は好きにしろと告げて森の奥へと進んでいく。

「ある程度は自分の力の確認は出来たが、思ったよりも育っていたようだな。随分と視線が高くなったこの身体も未だに馴染まないし、面倒なものだ・・・ん? ああ、すまないな。先に行っていてもいいよ。僕は後から遊びに行くとするから」

 オーガストは手をひらひらとさせると、そう告げる。そのまま森の中を歩いていき、他の魔物の様子を観察していく。

「ふむ。ここはこんなものなのか。昔はもっと強かった印象があったが、そうでもなかったようだな」

 僅かに昔を懐かしむような響きを乗せてそう呟くと、ある程度見回ったのでそろそろ次の場所を目指してみるかと、オーガストは視線を周囲に彷徨わせる。

「この辺りでは南も見に行った方がいいか? それとも先へと進んで他の地を確認してみるべきか・・・もしくはさっさと別の世界へ移動するか。ふむ。これは悩みどころだな。まだこの身体に完全に慣れたとは言い難いのが悩ましい。異世界も調べた限りでは今のままでも事足りるようだが、それでも万全は期したいし、何より何が起こるか分からない。折角強者に出会えても、不慣れなままだと申し訳ないからな。それで殺されても愉しくないし」

 などと少々物騒な事を呟きながら考えたオーガストは、もう少し自身の身体と感覚を馴染ませるべく行動する事にする。

「さて、そうと決まればまずは近場から。とりあえず南の森に移動してみるか」

 そう呟くと同時に、オーガストの姿は一瞬で掻き消えた。





 世界の広さというものは、人によって異なってくる。例えば一般的な人間であれば、どんなに広くとも人間界内に収まる程度の広さが彼らの世界だろう。
 そういう意味では、人間界を飛び出したジュライは、現在世界を拡げている最中。
 妖精などの世界を観ている者達は、ドラゴンが住まう山や妖精の森に巨人の森が囲う内側を世界と呼ぶだろう。
 死の支配者はその世界に加えて、ドラゴンの山や妖精の森に巨人の森の外側も含めて世界と呼称するだろう。
 では、オーガストにとっての世界とは何か? これが中々に難しい。何故かというと、オーガストの視ている世界には果てが無いから。区切りというものが無いのだ。それだけ本当の意味での世界は広い。

「一つ、二つ、三つ・・・意外と呆気なかったな」

 枝の上に腰掛けて幹に背を預けたオーガストは、遠くを見つめながら拍子抜けだと言わんばかりに息を吐いた。

「送りだしてまだそれほど経っていないというのに、次々と星が消えていく。実に・・・つまらないな」

 オーガストは、感情の籠らない空虚な瞳で空を見上げる。空は枝葉に覆われて全く見えないけれど、そんなことはオーガストには関係ない。
 遠くを見つめるように暫くそうしていると、視線を動かし今度は下に向ける。

(やはりここも大した事はないな)

 現在オーガストは高さ五メートルほどの位置に在る枝の上に腰掛けているが、その枝の下を通った者達へと眼を向けながら、呆れたように内心でそう呟く。

(まあいい。それよりも、あれは少々異質だな。他はもっと分かりやすかったと思うのだが)

 視線を上げて森の先に向けると、オーガストは僅かに首を傾げる。しかし、そうは言っても大して興味を抱いている様子ではない。道を歩いていたら、ちょっと変わった形の小石を見つけた程度。変わっているといっても、普通の小石が欠ければそうなるだろうなと思える程度の違いなので、一瞬眼がいったぐらい。

(・・・ま、もうあの程度ではバラしても大した収穫は望めないだろうな)

 しかし対象にとっては、その程度の違いで済んだ事は幸いであっただろう。今のオーガストには、もうかつて僅かにあった倫理観や制限は存在していないのだから。

『ん? ああ、そのまま好きにすればいい。別に自分で壊す事に固執してはいないからね。そこには面白そうな相手は居ないようだし』

 オーガストは入ってきた連絡にそう返して話を終えると、思案する間を開ける。その時に丁度良く眼下を通った者達に眼を向けたオーガストは、勝手に自身の力のを確かめる実験に協力してもらう事に決めた。
 その協力者である二人のエルフの男性は急に動きを止めると、顔から感情が抜け落ちた虚ろな瞳を何処とも知れずに向け、それでいて力なく両腕をだらりと垂らし、猫背がちに俯き立ち尽くす。
 少しの間その様子を観察したオーガストは、枝の上に座ったままの変わらぬ状態で次に何をしようかと思案する。

(そうだな・・・魔法の実験がしたいから解剖は必要ないとして・・・とりあえず、性質を変えてみるか)

 そう決めると、オーガストは片方のエルフの性質を弄り出す。
 現在オーガストが居るのは、人間界の南に拡がる森の中。その中に住まうエルフには深い森の中では強くなり、それ以外では弱くなってしまうという特性が在った。オーガストは片方のエルフのそれに干渉し、その特性を書き換えていく。

「とりあえず、判りやすく性質を逆転させてみるか」

 エルフに話し掛けるように気軽な調子でそう呟いたオーガストが性質を弄った事で、深い森の中では弱く、それ以外では強くなるという更に厄介なエルフが誕生した。しかしそれは、そのエルフがこの地に居られなくなるという事になる。
 とはいえ、オーガストにとってはそんな事は考慮する必要も価値も無い事。頭の片隅ではそれを理解していても、欠片も気にしていない。

(ふむ。確かに弱体化したな。これは成功かな? 次は外でも効果を発揮するかだが・・・)

 オーガストは二人一緒に森の外へと転移させる事で違いを確認する。

(ふむ。特性は問題なく機能しているようだな。何の問題もなく書き換わったのが確認出来た事だし、次に移行するかな)

 転移させた先に居た魔物に襲われそうになっていたエルフ達だが、オーガストにとってはそれも些細な事。壊れたら組み立て直せばいいし、傷がついたら直せば済む話。なので、拾っただけの単なる実験用の人形に気を配る必要性は皆無。
 偶然とはいえ、魔物に襲われる直前にエルフ達を元の場所に戻したオーガストは、次の実験を行っていく。

(死体でも動くようにするのは早すぎるから、次は特性ではなく肉体を改造してみるか。とりあえず片方はより強靭に、片方は脆弱にしてっと・・・む、やり過ぎたか。この辺りの力加減をどうにかしないといけないようだな)

 強くしようと単純に筋量を増やしてみると、急激な増強に耐えられずに皮膚が割け骨が砕ける。内臓も幾つか潰れてしまったようで、人形はあっさりと壊れてしまった。
 逆に筋量を減らして弱くした方は、すぐさま自重に耐えられずに倒れる。それでいて生命維持も困難なほどに弱ったようで、そのまま動かなくなってしまった。
 オーガストはもう少し細かな調節をするか、別の方法で変化させるしかないなと考えながら、壊れた人形を修復する。
 元に戻ったエルフ達は変わらぬ虚ろな瞳のまま、斃れた時の体勢から動かない。
 そのままでも別に構わないと考えたオーガストは、次はどうしようかと思案していく。
 思案したオーガストは、とりあえず今の反省点を踏まえてもう一度エルフ達を弄る事にした。

(まずは特性を一旦無くそう。その上で強くするには、筋肉だけではなく骨や皮膚、臓器など全てを増した力に適応するように作り変えていき、逆も同様に見合った肉体に作り変えなければならないから・・・)

 そうして思案しながら作り変えられていく二人のエルフ。その作業は、二人で数秒という僅かな時間で完了した。
 作り変えられたエルフの内の片方は、最初の頃より格段に増した筋量に、それに耐えられるだけの皮膚や骨に臓器。ちゃんと血管なども作り変えられており、今のところは前回のような無様な醜態は晒していない。
 強靭に作り変えられたエルフは、斃れた時の姿からゆっくりと立ち上がり、最初のだらりと腕を垂らした立ち姿に戻る。
 特性を奪われたものの代わりに強靭な肉体を手に入れたエルフは、およそエルフとは思えない立派な体格ながらも、生命活動を維持するには問題なさそうだ。
 では、逆に脆弱に作り変えられたエルフはというと、立ち上がるのも困難なようで、倒れたまま。それでいて苦しそうな息を吐き出すと、数分の内にまた息絶えた。

(・・・ふむ。少々弱くし過ぎて、今度は体格の大きさが問題になったか。エルフは人間と大して変わらない体格だが、弱すぎるとそれですら生命維持が困難になるのか。他を適応させても、身体の大きさに見合った生命の維持が出来る力というのを見誤ったな。強くなる研究は行ってきたが、弱くする研究は・・・相手を弱らせる研究ぐらいしかしていないな。それも役には立つが、弱くして生存させるという方面では少し違うか。せっかくだから、このままこの人形でもう少し調べてみるか)

 死んだエルフを気軽に蘇らせた後、オーガストは先程の失敗を活かして調整をしていく。まずは、使用している実験体の大きさギリギリの弱体化がどこなのかを見極める為に、強化に成功した個体と共に、二人のエルフを元に戻す。
 その次に、無事に元に戻ったエルフ達をそれぞれ弱体化させていく。
 まずは先程の結果を参考に片方を一気に弱らせ様子を見るも、少しして死んでしまった。そのままもう少し手加減をして生きている方を弱らせつつ、死んだ方のエルフを生き返らせる。

(もう何体か実験用に欲しいな・・・)

 生き返らせたエルフを更に手加減して弱らせながらオーガストは周囲に眼を向け、実験に使用しているエルフ達と背恰好が似ている男性のエルフを見つけると、強引に手元へと引っ張ってきた。
 転移で連れてこられた新たな実験体の五人は、直ぐに瞳から光を失い、だらりと腕を身体の横に垂らした。
 それを無感情な瞳で捉えたオーガストは、枝に座ったまま五人の特性も無くして順次加減を変えて弱体化させていく。
 そうして全員を弱らせたところで、最初に弱らせたエルフが死んだ。大分手加減したんだがと考えながら生き返らせると、再度加減を変えて弱らせる。
 そんな事をもう数度行うと、とうとう弱らせても死ななくなった。

(こう何度も魂を行ったり来たりさせていると、後で管理者のめいのところにでも行かなければならないな。まあいい。今は限界を調べる方が先だ。次は個体差も調べていかないとな)

 目安となる加減を見つけたオーガストは一度全員を元に戻すと、全員に同じ加減で弱体化させていく。
 そうすると、七人の内二人が死んでしまった。
 オーガストは死んだ二人を生き返らせた後、その二人は加減を強めて弱体化を軽くする。残り五人には加減を弱めて弱体化を強くしていく。その微妙な力加減を行いながら、オーガストはまだ身体と認識のずれが直っていない事を知る。
 しかしそれも致し方ない事で、オーガストは自身の身体の奥深くに引き籠っている間にも成長していたうえに、ジュライが前に出ている間に身体の方も成長してしまっていたのだから、何度か前に出てはいたが、その度に感覚がずれてしまっていた。
 それでも、もう大分そのずれは修正出来てきていたので、この微調整が終わる頃には完全に修正は終わっている事だろう。
 弱らせてもギリギリ死なない境界を模索して微調整をしていくので、エルフ達は幾度も幾度も死んでは生き返らせられる。
 その死亡数が各自二桁に到達しても、それは更に伸びてていく。
 実験体になったエルフ達は、死んでは生き返り、死んでは生き返りを一体どれだけ繰り返したか。
 オーガストは弱体化の境界の見極めだけでは飽き足らず、それからも様々な実験をそのエルフ達に施していく。そうして気がつくと、最初に二人のエルフに実験を行った時から、かれこれ十日が過ぎていた。
 その間、突然居なくなったり帰って来なくなったりしたエルフ達を心配したエルフ達が自ら実験体に志願してくれたおかげで、オーガストの仮設実験場には、現在二十近くの意思無きエルフ達が並んでいる。ついでにエルフと一緒に捜索しにきたり、近くを通りかかった精霊も十体ほど並んでいるが、まぁ、些細な事だ。
 そうしてオーガストが熱心に実験を行っている頃、エルフの里では集団失踪が当然の事ながらに大変な騒ぎになっていたが、それはふらりと現れたアルセイドによって鎮められる。
 アルセイドはオーガストの事を知らない。しかし、その存在はいち早く察していて、集団失踪の真相には辿り着いていた。
 それとは別に、アルセイドはここ十日ほど恐怖に震えていた。なぜならば、その間ずっとオーガストに観察されている事に気がついていたのだから・・・いや、実際はわざとオーガストがアルセイドに判るように視線を向けているにすぎない。そうして視線を向け続ける事で対象がどういった行動に出て、どんな変化が起きるのか、オーガストはそれを愉しみながら実験していたのだった。





 実験も大分進み、もう十分かと感じたオーガストは、最後の実験に取り掛かることにする。
 その実験とは、死者を死者として操る実験。
 つまりは、生命の根源である魂の抜けた肉体を、魂が抜けた状態で操るという事。
 それは未だに成功例はないが、場所によっては外法として忌み嫌われているその思想を、オーガストは実践に移す。
 まずは眼下に並ぶエルフや精霊の生命の根源を抜き取る。それで全員が驚くほど呆気なく死ぬ。
 次に肉体が腐らないように処置していくが、その前に、身体が魔力で構成されている精霊が生命を失った事で周囲に魔力が溶けていかないようにしていく。これは事前にある程度処置していたので、問題なく終わった。
 エルフの方も防腐処理が終わり、次はどうやって死体を動かすかになる。
 これには幾つか方法が在るが、最も手っ取り早くて簡単なのは、疑似的な魂を創造して埋め込む事。そうすれば、生命を宿した状態に限りなく近い状態になるので、復活も容易。それに、疑似的な魂を好きに弄るなりすれば、その者を根っこの部分から歪めることも可能だし、なんだったら意識がない内に記憶を弄るというのもひとつの手だ。そうすれば、対象の人格を好きなように作り変えられる。
 だが、今回はそういうのが目的ではない。洗脳に忌避感があるとかそういった話ではなく、わざわざ疑似的な魂を創ってまで生き返らせるというのであれば、そもそも殺したりはしないし、普通に生き返らせればいいだけ。
 オーガストにとって死者蘇生なぞ、息をするぐらいに簡単な事。呼吸との違いは、意識する必要があるかどうかぐらいだ。それだけ簡単なのだから、わざわざ疑似的な魂を創る方が手間である。それに相手を根幹から思うがままに作り変えられるのだから、洗脳などという低次元の話は必要ない。
 次がその作り変え。これもオーガストにとっては楽なもの。他の者には不可能でも、オーガストにとっては会話をするぐらいな気軽さで出来てしまう。しかし、今回はそれが目的ではない。
 今回実験するのは、生命を維持させながらも魂を持たない存在。簡潔に言い表すならば、動く人形。

(魂ではなく、命令を下して動かす部分を創造してっと・・・)

 オーガストは死体に埋め込む部分を創造すると、早速それを死体に埋め込む。そうすると、それを埋め込まれた死体は立ち上がり、オーガストが座る木の周囲を歩き回る。
 それを暫く眺めていたオーガストは、視線を北の方へと向けた。

「これを死体からではなく、無機物で作り上げるのだから大したものだ。あれらと同じ・・・ならば、次の世界の創造者は彼かな? 頑張ってほしいものだ。そうして強くなって、いつか僕の相手をしてくれないかな?」

 愉しそうにそう語ると、他のエルフや精霊達にも似たようなモノを施していく。
 そうして感情の無い集団が出来上がると、オーガストは暫く観察を続け問題ないと判断すると、次はどうしようかと思案しながら、飽きたので眼下の集団を死体に戻す。
 全員が倒れ伏した後、オーガストは今回の実験に付き合った報酬として、エルフや精霊達を生き返らせる。
 そうして全員が目を覚ましたが、相変わらずその顔に感情は窺えない。

「さて、それじゃあ次はめいのところへ行くかな。何度も魂を往復させてしまったからな」

 そう言うと、オーガストは死の支配者であるめいの許に移動しようとするが、その時に思い出したように、眼下の虚ろな表情の者達に眼を向ける。

「ああ、特性も戻してやらないとな・・・いいや、面倒くさいから全て元に戻してあげよう」

 その言葉を残してオーガストが姿を消すと、その場に倒れていたエルフや精霊達は目に光を宿し、急に動きに精彩を放ち始めた。





「そういえば、君と話すのを忘れていたよ」

 オーガストは仮設の実験場から移動するも、そこはまだ森の中。そして目の前にいる黒い肌を持つ者に声を掛けた。
 背後から声を掛けられたその者はビクリと肩を震わせ、恐る恐る声がした方向に振り向く。
 そこには、枝の上に腰掛けながらその者を見下ろすオーガストの姿。

「な、何用でしょうか?」

 声を掛けられた相手は、恐怖で引き攣らせた笑みを浮かべながら、勇気を出してオーガストに問い掛ける。

「何、ちょっとこの辺りでは珍しいようだから見に来ただけだよ。先程実験を行って満足しているから、別に解剖しようとは思っていないさ」
「そ、そうですか」
「しかし、そういう曲がり方も確かに在るが、非効率だろうに」
「えっと・・・?」

 誰に言うでもなく呟いたオーガストに、黒い肌に長髪の女性は困惑するように声を出す。

「まぁ、一部似てはいるが・・・ああ、今はそんな事を考えている場合ではなかったな。なに、単なる挨拶だよ」
「挨拶、ですか?」
「そう挨拶。君はいい働きをしたからね。実験体が増えるのはいいが、あまり騒がしいのは嫌いなんだよ。だから、それを事前に阻止したから挨拶に来たのだよ」
「そ、そうだったのですか」
「ああ。あれがなければ君で実験してもよかったんだけれども・・・君が進んで協力してくれるなら、それも構わないが?」
「い、いえ! 私如きでは貴方様の御役には立てそうにもありませんので!!」
「そうか・・・そうでもないと思うが、まあいい。とにかく挨拶に来ただけさ。また来るかもしれないからね」
「そ、その時は、歓迎させて、頂きます」
「そう。それじゃあ挨拶も済んだ事だし、次に行くか」

 それだけ言うと、オーガストは一方的に話を終えて去っていった。残された女性は恐怖のあまり、暫くその場に立ち尽くしていた。





「・・・お腹が空く」

 荒野に出てどれぐらいが経っただろうか。思ったよりも広い荒野を進んでいるが、身体が新しくなってからは普通にお腹が空くようになった。
 やはりあれだけお腹が空かなかったのは兄さんの身体だったからという事だろうが、普通はここまでお腹が空くのかというぐらいにお腹が空く。

「食料どうしようかな・・・」

 荒野に出てから何度か食事をしたが、もうそろそろ食料が尽きそうだった。元から少なかったので節制してはいたのだが、何分この辺りは食料の補充が難しいから困る。
 岩陰に座りながら背嚢の中身を調べて、どうしたものかと思案する。ついでにこの身体になってから、眠気や疲れというものも出てきた。
 つまりは普通の身体になったという訳だが、今までが今までだっただけに、それらの感覚に慣れるまでには時間が掛かった。
 ただ、能力の方は全体的に非常に高く、一般的な人間に比べれば超人と呼べるぐらいに能力が高い。正直この身体であれば、魔族でも余裕で相手にできるほど。
 保有魔力量も多く、以前の兄さんの身体に比べれば少ないが、それでも十分過ぎるほどに多い。魔力に対する感応性も高いので、魔法も以前の身体で行使できた魔法の大半が行使出来た。
 しかし、情報体として変換する事や世界の眼は行使不可。それでも同調魔法は出来たので、まだまだ調べていかなければならない。それに今は無理でも、もしかしたら修練すれば修得可能かもしれないし。
 あとは転移を試すのが恐い。短距離なら問題ないのだが、長距離は世界の眼が使えないので、最近一度は行った事が在る場所でなければ恐くて無理だ。
 今の課題は、世界の眼を再取得する事だろう。何となく情報体への変換や保管は修得が不可能な気がしているが、世界の眼に関しては修得可能な気がしている。ただし、修得出来ても以前よりも質は下がっているだろうが。
 それでも世界の眼の修得は急務だろう。プラタに話を聞きながら修得を目指そう。以前聞いたよりももっと詳しく聞かないと難しそうだし。
 そういった事を確認しながら、今後の予定を組んでいく。まだまだ確認しなければならない項目が多いも、それは追々分かってくる事だろう。
 それよりも、今は食料の調達を考えなければならない。そちらの方が喫緊の課題だ。情報体を扱えないという事は、複製が作製出来ないという事なのだから。それに、以前まで保有していた情報も失ってしまった・・・まぁ、複製出来ない時点で不要ではあるが。

「こちらで食料を確保致しましょうか?」

 その事で悩んでいると、横からプラタがそう提案してくれる。確かにそれだと確実だし簡単だが、流石に気が引ける。それに、これから生きていく上ではこういった事態でも自分で切り抜ける力は必要だろう。

「いや、いいよ。これぐらいは自分で調達出来なければこれから生きていけないだろうし」
「でも、ここには土ぐらいしかないよー? 私達はジュライ様の力なのだから、こういう時でも頼ってくれていいんだよ?」
「シトリーの言う通りです。些細な事だろうとも、ご主人様が御気になさるような事ではないのですから」

 シトリーの言葉に、すぐさまプラタが賛同する。その反応の速さにそんなものだろうかと一瞬思ったが、そんな事はないだろう。いくら力を貸してくれているとはいえ、そこまで頼るのは考え物だ。
 だが一方で、シトリーの言う事ももっともな部分もある。それは、この辺りには土しかないというところだ。ここで住んでいる異形種達ですら、土以外は水と、たまに採れる芋ぐらいしか食べないらしいからな。狩りもするようだから肉も食べると思うが、人数を思えば土と水ばかりだろう。芋の数もそれほど多いとは思えない。
 つまりは、ここで食べられる物は土のみとなる。しかし、異形種達にとっては食べ慣れた物でも、ボクには食べ慣れない物。いや、食べ物とすら認識していない物だ。そんな物は出来たら食べたくない。だが、他には何も無いんだよな。

「う、うーん・・・」

 だけれども考えてしまう。今は転移が気軽に使えないので、現状からでは食料調達を手軽に行えない。他に方法はとなると、フェンかセルパンに頼むしかない訳だが・・・それでは、プラタやシトリーに頼むのと然して変わらない気がする。
 残り少ない乾パンを齧りながら考え、背に腹は代えられないかと頼む事にした。余程追い詰められない限りは、土を食べるのはボクには無理そうだ。そう思い二人に頼むと、喜んで引き受けてくれる。
 それから薄暗くなってきた荒野を進み、日が暮れる前に手近な洞窟に入り休む事にする。やはり寝るなら屋根が在った方が安心できるからな。
 洞窟内に入り、手頃な場所を見繕って敷物を敷く。魔法で周囲の温度を適温に保っているので毛布などは必要ない。そのまま敷いた敷物の上に横になって眠りについく事にする。
 周辺の警戒はプラタとシトリーに任せるが、ボクが寝ている間にプラタかシトリーのどちらかが食料を調達してきてくれるらしいので、それも一緒に頼む事にした。

しおり