バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第十三話 ハットリさん、冒険者になる

 冒険者とは何かご存知だろうか。
 遠く始まりは、開拓時代。
 商人、貴族の肝いり案件だった開拓の為の土地を探す為、腕利きを雇ったのが始まりだった。
 様々な場所へ出向き、開拓の為の調査を行う。

 それが冒険者の始祖たちだ。

「今となっては誰も覚えていませんが、か」

 忍者が現代忍者となり、古き良き忍者から脱退したように、諸行無常、冒険者もその呼び名と実際の業務に隔たりがある。

 今の冒険者は昔の名残を残しつつも、ほとんどが身分証明代わりの立場となっている。

「お職業は?」
「冒険者です」

 となる感じだ。
 日雇いの仕事が多く、冒険者の印象は現代風に言えばフリーターだろうか。

 この世界、ぽっと出の輩を雇うのは危険なのだ。その身元を保証するものが冒険者であり、冒険者の所属している場所であり、ランクだ。

「おう、ハットリ、これもやっておけ」
「はい」

 考えごとの最中で、新たな山が加わった。
 私は今、ある食堂に雇われている。主な仕事はうずたかく積まれたこれを処理する事。

「芋の皮むきか。修業時代にやったな」

 師匠によく「皮は最小限で! 勿体ないの精神だぞ!」と教えられたものだ。

 この世界でも安価で大量に採れる芋が庶民の主食だから、大きな食堂の下ごしらえの大半はこの芋の皮むきに費やされる。小さな安物の扱いにくいナイフを手に、セッセセッセと皮をむく。
 どうして私がこんなことをしているのかと言えば……

「おう、ハットリ! 早いなお前! どれ……、うん、ムダもない。やるなぁ!!」

 この食堂にいる三人の料理人の内、もっとも偉い料理長が俺の仕事ぶりをそう評価した。
 素直に嬉しい。

「おほめに預かり光栄です」
「これだけの腕、もしかして以前はコックか何かだったのか?」

 いいえ、忍者です。
 その言葉をぐっと飲み込み、笑顔を作る。

「いいえ。しかし刃物の扱いは得意です。それに、独り身なので、ね」
「そうかそうか! お前もいい歳なんだから早く嫁さん見つけて作ってもらえよ!」
「はい」
「しっかし変わってるよな。そんなにこのミソが欲しいなんてな」

 そう、私の目的はこの食堂が使うミソだ。
 なんでも先祖代々から伝わる調味料で、作り方は秘密だそうだ。
 なお、私は作り方を知っている。当然だ、忍者だから。

 麹があったのでミソのレシピもメイド長に送っていたのだが

「出来上がりを知らないから正解が分からない」

 とわざわざ人を使って伝言されてしまったので、どうしたものかと考えていたのだ。
 旅をする都合、自前でミソを作るのは困難。どこかに都合よくミソがないものかと探している折に、このお店を発見したのだ。
 ショウユも扱っているので、そちらも分けて頂く予定だ。

 日中はその為に食堂に詰めている。朝から晩までで拘束時間が長く、しかし仕込み時間以外に出番はない。普通の冒険者であればあまりやりたがらない仕事だが、私には目的がある。並の者であれば持て余すだけのアイドルタイムも忍者にとってはよい仮眠時間。夜への英気を養いつつ、三食が出て、目的も果たせる。
 この食堂の皮むき募集は、まさに忍者の神、忍者神の思し召しだろう。そんな神様がいるかは知らないが。

 忍者神。
 きっとこんな見た目だろう。
 まず黒に近い紺色のほっかむりに、マスク。忍び装束もばっちり紺色。忍者のイメージそのままの忍者。

「いや、待てよ……」

 皮むきを継続しつつ、私は考えた。

 神様なのだから地味であってはいけないのではないだろうか。しかもここは異世界。ならば異世界らしく極彩色はどうだろう。背中には大げさなほど大きなクジャクめいた羽を複数背負い、頭部には自己主張の激しいネオンライトの耀く王冠。

「年々派手になっていったどこぞの演歌歌手めいた」

 我が想像ながら恐ろしい姿である。
 自分が崇めるべき神のそのような姿、アリかナシかで言えば

「アリ、かもしれない」

 地味な忍者という職業を見守る神様なのだから、太陽のように輝いていてもいいじゃないか。そんな気分です。

 気付けば手が空打っている。

「ぬ、もう終わったか」

 剥いた皮を入れた桶を持ち上げて、外へと運ぶ。
 今いる都市は王都に近い場所で、例の捕まった領主のいた領都とは比べ物にならないほど衛生観念が行き届いている。ゴミ捨て場が決まっているのだ。

 焼却炉めいたその場所にゴミを捨て、再び店へと戻ると何やら店内が騒がしい。
 何事かと厨房から覗き見てみれば、男が騒いでいた。

「どうか、この中で我こそはと思う方、俺のパーティの仲間になって欲しい!!」

 大声を出しているのは、二十歳にも満たない少年だった。酒に酔っている様子はなく、しごく真面目な顔だ。
 時刻は夕刻よりも少し早い時間。
 少な目の客が何事かと入り口にいるその少年を見ている。

 そしてひとしきり騒いだ後で、怒り心頭の料理人たちに追い払われていた。

「ここは勧誘をするところじゃねーぞ!! 一昨日きやがれ!! あるいは夕食時に食事に来い!」
「そうだそうだ! 二度と来るな! ……とは言わない。今晩にでも食事に来て」
「非常識なヤツめ。ここの敷居をまたぐことは、三十分くらい許さない。出直してこい。ちゃんと戻って来いよ?」

 なんだか中途半端な追い払い方である。何を言っているんだか、と少年の方を見てみれば、ああなるほど、と納得だった。
 少年の背後には美女と美少女が三人もいたのだ。
 料理人は誰もが男、ならばこれは仕方がない。客の方も「俺、もうちょっと長居しようかな」なんて言ってる辺り、重症だ。

 一方、少年の背後に立つ女性たちの視線は少年の背に釘付けだった。
 なんとも困ったパーティだ。


 彼らが去った後、またあのパーティが来ないかと客はソワソワ、料理人もソワソワだった。注文の聞き間違いも多く、調理ミスも多かったが、客の方もいい加減だった。食べれもしない量を頼んでいたりで、一分にも満たない邂逅だったのにとんでもない事態になっていると呆れた。

 その日は結局来なかった。

「あの少年、やった事に対して中身は誠実そうではあったからな」

 顔を見れば、人となりはそれなりに分かる忍者です。
 少年は明らかに善人の類だ。付き従う女性たちもおおよそその部類だろう。悪意のようなものはなかった。

「しかし、そんな少年たちがどうして食堂で人員募集なんてしたのだろうか」

 冒険者がパーティメンバーを募集する場所は決まっている。
 総合斡旋所か、大商会か、懇意にしている貴族か、である。

 何でも屋のフリーターと化した冒険者。
 その身分を証明するのは上の三つ。
 中小商会が合同で出資ている総合斡旋所か、単独で冒険者を雇い入れられる大商会か、同じく資金力のある貴族か、なのだ。

「私のは総合斡旋所だな」

 最初は裏ボスのツテを頼って大商会で冒険者カードを作ったが、何せこれが仰々しかったのだ。金ぴかのカードに、特殊な加工。依頼の達成度と信用度がリンクしたランクは最上級。
 ただの身分証明書として欲しかったのに、もらったのはVIPカード。迂闊に門番に見せれば大騒ぎ間違いなし。
 私はこのカードをありがたく頂戴し、そのまま懐の奥深くに封印した。

 続いて我が主の親戚を頼って貴族の冒険者カードを作ったのだが、結果は同じようなものだった。同じく封印だ。プラチナカードなんて人前に出せませんがな。

 結局、気軽に使えるカードが総合斡旋所の冒険者カードだったのだ。

「いくら異世界でも、いくら目立っていいと考えても、やはり心が追い付かないからな」

 地味に、目立たず、がモットーで生きていた忍者です。そう簡単に

「今日からVIP! 偉いんだよ!」

 とはいかない。
 それにランクが最上級なのも頂けない。
 実績の実態もなくそんなものを渡されても迷惑なだけだ。余計な仕事も増えるだろう。
 目立たず騒がれず。そう言う中間的なものが忍者的に望ましい。


 夜、食堂が閉まってからは忍者の時だ。
 街の近くにある森へと入り、依頼にあった薬草を摘む。夜半にだけ咲く花、朝になると芽吹く種、夜露に濡れた葉。それらを回収し、朝になったら総合斡旋所へと持ち込む。

「すごいですね、ハットリさん! どれも難易度の高い依頼ですよ!」

 早朝対応の職員が毎度の反応を示す。
 それを心地よく感じながら、しかし忍者は平然と返す。

「夜は、得意なのでな」
「本当にすごいですよ! 十人規模で守りを固めながら進まないといけない夜の森で、たったお一人で、ですからね! すごい斥候力ですよ!!」

 忍者力だ。
 訂正はしない。忍者だからだ。
 しかし自慢げ様子は隠せない。なにせ、嬉しいのだから。忍者です。

 浮かれていたのだ、この時は。
 親しい人たちから離れ、気を張り詰めていた。そんな私がこの街では何度も認められて嬉しかったのだ。
 油断をした。

 私は後方から声をかけられていた。

「なぁ、アンタ! 俺たちの仲間になってくれ!!」

 そこにいたのは昨日食堂で騒いだ少年と、それを見守る女性たちだった。

しおり