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第17話 増築

 
 【星の家】に帰ってくると、院長先生に一人増えた事を伝え、マイアさんを紹介した。
 院長先生は何も詮索しなかった。

 【星の家】は元々、というか今でも孤児院である事には変わりない。孤児院では、今でこそいないが、親無し児以外にも訳ありの人を保護していた経歴もあったそうで、そういう人には自分から訳を話してくれるまで、何も聞かないようにしてきたそうだ。

 今回は俺が連れてきた事もあるが、何か訳があると院長先生も察してくれたようで、何も聞かずに一緒に暮らす事を快諾してくれた。
 有難いよね。ホント院長先生は懐が深いよ。

 食事は子供たちと一緒に食堂でするが、住む所は俺が寝ている家の二階を衛星に増築してもらった。
 で、今は一階でマイアさんと雑談している所だ。
 俺の方からは仲間の話。キッカ達の事やクラマの事を話した。
 クラマの事はどうしようかと思ったが、マイアさんは森の精霊だし、クラマの正体が九尾狐である事も話しておいた。

 住む所については、ここの二階を気に入ったと言ってくれた。
 マイアさんは精霊だから、森の中の大樹の中などで住んでいるイメージだったんだけど、やっぱり家には住んでたそうだ。

 マイアさん曰く、この森は魔素が濃く、精霊には住み辛い土地らしいのだが、この家の周囲には魔素が殆んど無いらしく、精霊の力を出しやすいと嬉しそうに言ってくれた。

 この笑顔……綺麗な人っていいね、見てるだけで幸せな気分になれるよ。

 でも魔素が無いって、衛星が結界のようなものを張ってるからかな? 衛星には魔物が入らないようにって言ったけど、そんな効果もあったんだね。

 マイアさんは精霊だから、人間が呼吸をするように自然と身体から精気が滲み出るそうだ。
 この場所なら、精気の溢れる人間にも住み良い場所となるだろうと言ってくれた。

 さすが精霊っす、この土地が精気溢れる土地になるんだね。
 でも、それっていい事なの?

「マイアさん。精気の溢れる土地っていい事なの?」
「はい、精気が溢れる土地にはいい妖精がたくさん寄り付きます。人間も若々しく生きられますし、病気もしなくなります。いい妖精が集まるという事は肥沃な森ができるという事になり、果実や作物も良いものがたくさん採れるようになります」
 へー、いい事だらけじゃん。

「ただ、心配なのは、魔物にとってはいい環境とは言えません。妖狐には辛いかもしれませんね」
 あ、クラマは魔物だもんね。

「エイジ!」
 噂をすればってやつだね。クラマ達が帰って来たよ。

「エイジ! #其方__そなた__#は#妾__わらわ__#が#此奴__こやつ__#らの面倒を見てやってるというに、その間に#他の女子__おなご__#を連れ込みおって! #妾__わらわ__#の立場はどうなるのじゃ!」
「えっ!? イージが女を連れ込んでるの?」

 確かにそう見えるだろうけど、そんなんじゃないから。キッカもそんなに睨むなよ。それにクラマの立場って何なんだよ。

「クラマ、何言ってんの。そんなんじゃ無いから。キッカもおかえり。そっちはどうだった? うまくいった?」
「そっちほどじゃ無いけどね」
 なんだよ、その言い方は。俺だってがんばってたんだぞ。後ろで「そうだぜ」とか「そうっすそうっす」ってケンもヤスも煩いんだよ。

「なんか勘違いしてるみたいだから紹介するよ。こちらマイアドーランセさん、森で困ってた精霊さんだよ。帰る家が無いみたいなんで、今日からここで暮らす事になったんだ。仲良くしてあげてね」
 封印は言わない方がいいと思うんだよね。誰が解いたんだって言っても説明できないからね。

「精霊とな! 確かにそのようじゃ。これは失礼致した、エイジの従者のクラマと申す。今はエイジの従者をしておるが、その前はこのレッテ山の#主__ぬし__#だった者でおじゃる」
 なっ! クラマが偉そうにしていない。こんなの初めて見た。妖狐より精霊の方が偉かったの?

「せ、精霊様!? 精霊様に私が会ってもいいの? ね、イージ。私、ここにいていいの?」
「精霊様……」
「まじっすか……」
 精霊と聞いて狼狽えるキッカ。放心するケンとヤス。

 精霊ってそんな立ち位置なの? 偉いの? 俺ってそんな人を連れて来ちゃったの?

「いてもいいのって言われても、俺の家だしねぇ。いいんじゃない? ねぇ、マイアさん」
「はい、私は助けて頂いた身。イージの好きなようになさってください」
 そんな言い方をしたら、またこいつらが勘違いしちゃうじゃん。

「エイジ!」
 ほらぁ、勘違いしてるだろ?

「さすがは我が#主__あるじ__#! よくやった!」
 へ? 褒められた?
「ホントよね。イージって凄い事を平気でやってくれるのよねぇ」
「えー、姐さんは金銭感覚の無い世間知らずの甘ちゃんだって言ってたじゃないっすか」
「ヤス! お前ぇは黙ってろ!」
 ヤスの軽口をケンが諫める。

 キッカは俺の事をそんな奴だと思ってたんだ、ふーん。
 緊張が解けてきたと思ったら、そんな事を言うんだ。

「ヤ、ヤスったらいやねぇ。そ、そんなの出会った頃の話じゃない。今はそんな事少ししか思ってないわよ。今はイージの事を認めてるんだから」
「そうですよね、姐さんはイージさんに惚れてやすもんね」
「そう、私はイージに惚れ……ハッ! ケン! あんた何言わそうとしてんのよ!」

 何、漫才やってんだか。今でも少しは甘ちゃんだと思ってたんだね。

「ち、違うわよイージ。今のはケンに言わされただけだから」
「黙らぬか! 精霊様が迷惑しておるじゃろう」
 クラマがキッカ達を諌める。
 普段のクラマとは別人みたいだね。

「別に迷惑など…仲がいいのですね。私もここでお世話になるつもりです。私の事はマイアと呼んでくださって結構ですので私とも仲良くしてくださいね。」
「もったいないお言葉、こちらこそなのじゃ」
「私…私の方こそ仲良くだなんて恐れ多くて」
 精霊ってそこまでの存在なの?

「精霊って、そんなに凄い存在なの?」

 俺の質問にクラマとキッカが答えてくれた。
「#妾__わらわ__#が君臨していたこのレッテ山にも妖精はおる。妖精がおらぬと山が枯れるのじゃ。その妖精を統べる存在が精霊様じゃ。精霊様の一声で妖精を呼ぶ事も帰す事もできる。精霊様の一声で、山を繁栄させる事にも滅ぼす事にもなるのじゃ。山や森が枯れれば魔物も生きては行けぬからのぅ」
「それは私も聞いた事があるわ。精霊様は神様のような存在だって院長先生に教えてもらった事があるわよ」

 キッカは教えてもらった事があるんだね。ケンとヤスも頷いてるね。

 でも、魔物って聖気に弱いって言って無かった?
「クラマ、お前は大丈夫なの?」
「何がじゃ」
「いや、精気って魔物にはダメなんじゃないの?」
「そんな雑魚と一緒にするでない! #妾__わらわ__#ぐらいのクラスになると、少々の精気など何ともないわ! 逆に心地よいぐらいじゃ」

 心地よいってのは強がりかもしれないけど、クラマが大丈夫ならマイアさんがここに住んでもいいよね。

「それで、マイアさんにはここの二階に住んでもらおうと思ってるんだけど、クラマは大丈夫なんだね?」
「こ、ここの、二階じゃと?」
「うん、さっきマイアさんの為に増築したから。入って来る時、分からなかった?」
「こ、ここの二階はマズかろう」
「どうして?」
「そ、その、精霊様から出る精気は質が高くてのぅ」

 やっぱりさっきのは強がりだったんだ。精気はやっぱり苦手なんだね。
 でも、マイアさんは【星の家】よりこっちの方がいいと思うんだよね。
 さっきのキッカ達の態度を見ても、精霊ってバレない方がいいと思うんだけど、その辺はどうなんだろ。

「キッカ、マイアさんが精霊って他の人にバレたらどうなるの?」
「そんなのもちろん毎日王族や貴族が訪問に来て大変な事になるわ。宮殿みたいな立派なお#社__やしろ__#が建てられて、毎日参列者が並ぶわよ」
「す、凄い事になりそうだね」
 当たり前じゃないってキッカは言うけど、そんな当たり前の事を俺は知らない事が多いんだよね。

「ならん! それはならんぞよ! 人間共に精霊様を渡す訳がないではないか。精霊様には、このレッテ山を守って頂くのじゃ」
「そんなのクラマが決める事じゃないでしょ!」
「いいや、ダメなのじゃ」

「ちょっと待ってよ。二人で言い争う事じゃないでしょ。大体、レッテ山は俺の物じゃないからね。どの領にも属してないみたいだから国の物だろ? そんなのを勝手に決められないよ」
「そんなのは人間が勝手に決めた事じゃ。#妾__わらわ__#はもう三百年もこの地に君臨しておった。興味が無いゆえ、人間の町には手を出さんでおったが、そういう事なら町の一つや二つ、滅ぼしてやろうかの」
 怖い事言うなよ。確かにクラマにはそれぐらいの実力はあるけど、そんな事はさせないからな。
 大体、精霊一人の為になんで町を滅ぼされなくちゃいけないんだよ。

「マイアさん。クラマがこう言ってるけど、マイアさんはどうしたいの?」
「私はイージに助けて頂いた身。この家でお世話になりたいと思います。それと、マイアと呼び捨てにしてください」
 この世界の人達って、よく呼び捨てにしてって言うね。それが普通なのかな?

「わかった、これからはマイアって呼ぶね。で、この家に住むんだね。それじゃ、クラマが可哀相だから少し細工をしようかな。それとキッカ、マイアが精霊ってバレるとさっきのキッカとクラマみたいになりそうだから、当分はマイアが精霊って内緒だよ。もちろん院長先生にもね。ケンとヤスもだよ」
「…う、うん…わかった」
「へい、わかりました」
「わかったっす」

「クラマも町を滅ぼすなんて物騒な事言っちゃだめだよ。俺だって人間なんだからね」
「う、わ、わかったのじゃ」

 マイアが精霊って事は内緒にするとして、クラマが精気に弱い問題だね。

《衛星、この家の一階に精気が入らないようにしてくれる? マイアから出る分は仕方が無いとして、クラマが辛くなようにしてほしいんだ。できる?》

『Sir, yes, sir』

 さすが衛星。いつも頼りにしてるよ。

「今、クラマが一階にいても精気の影響を受けにくいようにしたから、これで大丈夫だと思うよ」
「さすがはエイジなのじゃ。これで安心して添い寝ができるのぅ」
「添い寝ですか⁉ では…私も…」
「あ、マイア勘違いしないでよ。クラマと寝る時は九尾狐の姿になってもらってるんだから」
「そ、そうだったのですね。そうですよね、妖狐ですものね」
 マイアは一人納得している。

「それでは、私も一緒に添い寝するといたしましょう」
「私も!」
 え? 何言ってんの二人共。マイアもキッカも、その添い寝ってどこまでのレベルなの?

「ならんならん、それでは添い寝にならぬではないか。エイジは#妾__わらわ__#のものじゃ」
「#妾__わらわ__#の物ってイージは物じゃ無いからね。それにクラマはイージの従者じゃない」
「クラマさんは従者でしたか。それならイージが許してくれれば断る事はできませんね」
「ぐっ……大丈夫じゃ、エイジは#妾__わらわ__#以外の者とは添い寝をせぬ契約じゃ」
 そんな契約した覚えはないけど。

「イージ! 本当なの?」
「イージ、本当ですか?」
 な、何その迫力は。

「い、いや。そんな契約は初めて聞いたかなぁ……」
「クラマ!」「クラマさん?」

「い、いや、その、なんじゃ。そうじゃ、エイジに報告があるのを忘れておったのぅ」
 クラマってマイアが入った途端に弱くなってない?
 俺もこれ以上この話題は避けたいから乗ってやるか。

「報告って何?」
「#其方__そなた__#、道を作っておろう。その道の影響で、魔物の縄張りがおかしくなっておる。まだもう少し大丈夫じゃとは思うが、下手をすれば人間の町に魔物が被害を及ぼすかもしれぬぞ」
「そういえば、さっき山でもそんな事言ってたわね。それってイージが町まで作ってる道の事?」
「そうじゃ」
 おい! そういう報告は早くしてくれなきゃダメじゃないか。
 添い寝なんかで争ってる場合じゃないじゃん!

 クラマの話を逸らす作戦はうまく行ったみたいだけど、俺にとっては非常に問題発言だ。
 町までの道がどうしたって言うんだよ。
 クラマは山で何を見たんだよ。

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