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第11話 引越し

 
 朝はまだ暗い間に目が覚めた。
 この世界に来てから目覚まし時計なんか無いのに、寝坊をする事が無くなったよ。
 これだけまだ暗いのにグッスリと寝た感じがあって、快適な目覚めだった。
 たぶん、寝るのも早いからなんだろうね。

 外に出ると、小鳥のさえずりが聞こえる。
 山の中だし、長閑だし、静かでいいね。
 これで魔物がいなければ最高なんだけどね。

 あっ! そうだよ、魔物の問題があったね。
 俺は衛星がいるからいいんだけど、ここに住む人達は困るね。

「衛星! ゴメン、忘れてた。この家の周囲の半径十キロに魔物が入れないようにできる?」

『Sir, yes, sir』

 さすが衛星。

「あと、ここから町まで馬車が通れる道を作って、その道にも魔物が入れないようにして欲しいんだ。道は人間にもバレたくないから偽装もしててね」

『Sir, yes, sir』



『ふんぎゃ―――! 何をするのじゃ!』

 また頭の中に響く声だ。昨日の奴かな? まだいたんだね。あいつは衛星の討伐対象に入って無いのかな? こっちが逆に心配しちゃうよ。

『おっ、おっ、おおっ? ちょ、ちょっと待つのじゃ! なぜ近づけぬ~~~』

 声がどんどん遠ざかって行く感じがするね。魔物を半径十キロ以内にいれるなって言ったから、九尾狐だっけ? あいつもこの周囲から排除されてるんだろうな。衛星も容赦ないね。
 でも、十キロは言い過ぎたか。町まで歩いて一時間って事は、四キロ前後ぐらいだよね。町まで範囲に入っちゃってるよ、これは修正しないといけないな。

「衛星、ゴメン。訂正だ。周囲三キロ以内に変更して」

『Sir, yes, sir』

「ごめんね」

 でもさっきの九尾狐は分かりやすかったね。魔物が範囲内に入れない事が証明されたようなものだよ。
 衛星は何をしたんだろ。結界? それぐらいしか思い浮かばないね。


 朝食を食べ終えるまでには、衛星が全部揃ってたから作業も終わったんだろうね。

 朝食を終えると町に向かって、衛星が作ってくれた道を通って行く。
 キチンと舗装もされていて、これなら馬車で通っても跳ねたりいないよ。石畳でもなく、土だと思うんだけど、硬いし真っ#平__たいら__#に仕上がってる。ホント衛星はいい仕事するよね。

 終点付近に差し掛かると、前を木が邪魔して通れないように見えた。
 でも、俺が近づくと木が避けて道が現れる。俺が進んで行くと後ろは木が塞いでいく。

 なんか凄ぇ~。どうやってるんだ?
 鑑定で何か分かんないもんかな。

 ――【鑑定】

 目の前の木を鑑定してみた。


――トレント:LV24 58歳
 HP:122 MP:166 ATC:110 DFC:112 SPD:30
 スキル:【幻惑】【移動】
 武技:――
 魔法:【リーフカッター】【バークウォール】
 称号:【星見衛児の奴隷】


 うぉ! 魔物だった。しかも何気に強ぇー。俺の十倍強いよ。
 で? この【星見衛児の奴隷】って何? なんで初めて見た木の魔物が俺の奴隷になってんの?

 このトレントって一体だけじゃ無いよね。結構な数がいるんだけど、全部俺の奴隷?
 衛星は何したの!

 もしかして、俺が言った道のカモフラージュのために、これだけの数のトレントが、俺の奴隷になったの? 俺、こいつら養えないよ? こいつらって何食うの?


 ひとまず置いておいて今は孤児院が先だね。一つずつ解決して行くか。でも一つ解決するのに、三つぐらい問題が増えてる気がするのは気のせいか?

 森の出口では、トレント達の見送りがあり、俺が森から出ると道路を隠すようにトレント達が集まって来て道が見えなくなった。

 後で衛星を事情聴取しないとな。


 町の門が開く時間にはちょうど良かったみたいで、徹夜組を除けば俺が一番だった。

 入門のために夜通し並んでる人もいるんだね。

 順番はすぐに来たから冒険者カードを見せて入門し、先に厩舎へ行き、後で馬と馬車を取りに来る事も伝えた。
 今でも衛星がいるから連れて行けるんだけど、それを見られると噂の中心になりそうで辞めておいた。

 無双をすると心に決めたのに、できれば目立ちたくない小心者なんです。


 孤児院に着くと、すぐにキッカが迎えに出てきた。ケンとヤスも一緒にいた。
 院長先生の部屋に行くと、出発の準備はできているようで、子供達が集まっている食堂に通された。
 前回は見かけなかったが、二十二人もいるとなると、全員が集まると結構多く感じる。
 皆、服はボロボロ、頬はこけていて顔色もあまり良くない。栄養が足りていないんだろう。昨日今日は食べられたと思うけど、今までは毎日食べられなかったって言うし、早く向こうに連れて行って食べさせてやろう。

 馬車は五台。キッカ達で三台運転してもらって、あと二台の馬車を操縦してもらえる人を探さないといけない。
 最悪、座って操縦するフリをして衛星に操ってもらうだけでもいいんだけど、今後の事も考えると操縦できる人はいた方がいい。あの家の位置を考えると馬車は必要になると思うから。

 キッカにその事を伝えると、年長者の中から馬車を操作できる者を五人選んでくれて、自分たち三人はそれぞれ馬に乗って行くと決めてくれた。
 俺の馬を除けて十三頭いるからね、それなら馬具も買わないと、裸馬に乗るのは危ないよな。

 キッカが選定してくれた五人とキッカ達を連れて一度門の馬を預かってもらっている厩舎で俺がいつも乗ってる馬を引き取って、兵士の所へ行って馬と馬車を出してもらった。
 五台の馬車を二頭立てで馬を繋ぎ、残り三頭の為の馬具は兵士に借りた。後で衛星が作れるようなら作ってもらおう。

 それぞれ馬と馬車に分乗し、孤児院に戻り子供達を乗せると、さっさと町を出た。
 皆には、先導する俺の後を付いてくるように言って、俺は衛星に先導されて昨日建てた家を目指す。
 なんで衛星に先導されてるのかって? トレントの偽装が完璧過ぎて、俺には分からないからだよ!

 先頭の俺が森に近づくと、木が左右に分かれて道が現れる。
 最後尾のキッカ達、馬組三人が通過すると木が道を隠していく。
 皆、驚いているけど、俺が平気な顔でさっさと行くもんだから、慌てて付いてくる。

 馬車だからゆっくり走っても徒歩よりは断然速い。道も綺麗だしね。
 三十分と掛からず家に到着した。
 到着の少し前に家の前の庭と言うには広過ぎる広場に、衛星に食事を用意してもらうように頼んだ。
 スープ系がいいかと思ったんで水餃子とラーメンをお願いした。あとチャーハンも。
 さすがにこの組み合わせでパンを食べるのは俺が嫌だったから。

 家に着くと、全員を馬車から降ろし、食事を先にした。
 皆ガッツいて口の中を火傷する者が続出。はふはふ言いながらでも皆食べる事を辞めない。
 水餃子は失敗だったか。

 それでも一人に二人前は用意したんだけど、年長組では足らない者もいたようだ。
 キッカ! お前達はちょっと遠慮しろ! 少し分けてあげてもいい立場なんじゃないのか? おかわりって言ってんじゃねーよ。
 皆、食べるのに必死だからかもしれないけど、物も言わずに食ってるのに、お前達だけが騒いでるじゃないか。卒業組なんだから見本になってやってくれよ。


 ある程度食べ終わり、子供達に今後の事を説明した。
 院長先生に言うだけでいいかもしれないけど、纏めて説明する方がいいだろ。

「#皆__みんな__#、大事な話しをするから聞いてください」
 #皆__みんな__#眠そうな目をこすりながら俺に注目する。朝早く起こされたんだろうね。馬車で寝てた子もいたし、腹も膨れて眠くなってきたか。早く説明を終わらせてやろう。

「まだ食べてる子は食べながらでもいいんだけど、大事な話をするからキチンと聞いてね」
 しっかり注目してくれてるけど、うつらうつらしてる子が出始めたか。

「まずは、この家。今日からここが#皆__みんな__#の家です。一人一部屋用意してますし、水も出ますしトイレもあります。食堂も風呂もあります」
 「ええ!」とか「うそー!」とか「マジー!」と歓声を上げて一斉に立ち上がろうとする子供達。
 まだまだと両手を上げて座るように俺がジェスチャーすると、キッカ達が立ち上がって子供達を注意してくれる。

「部屋割りは院長先生に決めてもらう事にするとして、ここで住むための注意だ。これが聞けない子はここで住めないからちゃんと聞いてね」
 騒いでいた子も住めなくなっては困ると静かになって俺に注目した。

「まずは、この家から三キロ以内は安全だけど、それ以上遠くに行くと魔物が出るから死んでしまうかもしれません。あまり、この家から離れないようにしてください。あ、さっき通って来た道は安全だよ」

 「三キロって?」「どこまでー?」「何分ぐらい?」という声が聞こえる。

 どこまでか分かるようにしてあげないと分からないね。

「分かった。すぐに印になる物を作るから、それ以上この家から離れない事」
 [[はーい]]と全員で返事をしてくれた。

「それで食事なんだけど……」
 皆の生唾を飲む音が聞こえる。

 君達、今食べたとこじゃん! でも、それだけ食事には苦労したんだね。

「素材は俺が調達して来るけど、料理ができる人はいるの?」
 毎回、衛星に作ってもらってもいいんだけど、俺がいなくなる事もあるだろうし、自分達でもできる事はやってほしいからね。

 すると、一人の少女が手を上げた。皆もその子を見ていた。
 さっき馬車の御者もしてた子だね。

「君が料理担当?」
「はい、シスターのミニーです。いつも私が作っていました」
 シスター? 孤児院の子じゃなかったの? 背が150センチも無さそうだから年長組かと思ってた。

「だいたい考えてらっしゃる事は分かりますが、これでも二十三歳です。キッカ達も私が作った料理を食べて育ったんですよ」
 バ、バレてた。
「すみません」
「いえ、今までもよく言われましたから慣れてます。気にしてませんから」
 笑顔で答えてくれるミニー。
 ちっちゃいからミニー? いや、本名みたいだね。でも、覚えやすくていいや。

 院長先生と、シスターのミニーを連れて、建物の中を一回りした。
 家の見学を終えると院長先生が玄関に立ち、順番に子供の部屋を決めて行く。
 子供達は、確認のため一度部屋に行って来るように言われ、部屋を決めてもらった順番に部屋へ向かって行く。
 部屋を確認した子は、また戻って来るように言われている。

 全員で風呂に入るためだ。
 もう何日も風呂にも入って無いし、部屋を汚しては申し訳ないと、院長先生が言うので、先に風呂に入ればと言ってあげたのだ。
 ベッドや布団や机が新品のように綺麗だったので、そう思ったみたいだ。

 俺としても好都合だ。子供達が風呂に行ってる間に一つ仕込んでおいてやろう。

 どの部屋に誰が行くかは衛星にチェックさせている。
 風呂は大きいから全員でも入れるし、#皆__みんな__#汚れてるだろうけど、石鹸もシャンプーもリンスも用意したから綺麗になって出て来るだろうね。

 風呂は大きなのが一つ。男湯も女湯も無い。全員で入れ。
 恥ずかしかったら時間をズラせばいいだけだよ。院長先生に聞いたら、今までも全員で入ってたって言うから問題無いだろ。

 風呂にはタオルだけ置いて、身体を拭いたら部屋に着替えが置いてあるからと、各自部屋まで真っ裸だ。
 この場所に他の人間なんかいないんだから平気平気。

 部屋にはさっき衛星に確認させておいて作らせた下着や服の着替えを十着ずつ置いてある。
 男の子にはズボン、女の子にはスカート。パジャマは男女とも着ぐるみ。完璧だね。
 
 あと、院長先生とミニーには食堂を確認してもらって、足らないものを言ってもらうように頼んでおく。

 子供達は、今は自分の部屋から誰も出て来ないようだから、今のうちに外回りの印を衛星に作ってもらおう。
 一メートル間隔で杭を打ってもらう事にして、分かり易くできてるか確認に行く事にした。

 行ってみると、一メートルぐらいの杭が一メートル間隔で、ずっと打ってあった。
 これなら分かり易いよ。大丈夫そうだね。
 確認も終わり、帰ろうとすると、また声が頭に響いた。

『ちょっと待て、待つのじゃ』
 これって昨日の? 今朝も聞こえたけど、昨日の狐だろ。
 杭の向こうから昨日の狐がこっちに走って来る。

『この結界はなんなのじゃ。#妾__わらわ__#が入れぬではないか。これでは#其方__そなた__#の傍に行けぬではないか』
「なに言ってんの。お前達のような魔物に入られちゃ危ないから。今日から子供達も住むんだから魔物が入って来れないようにしてもらったんだよ。お前に入れるようじゃ困るんだよ」
『#妾__わらわ__#は別じゃ! #其方__そなた__#らに危害は加えん。だから#妾__わらわ__#を中に入れるのじゃ』

 何言ってるの、そんな見え透いた罠に引っかかる俺じゃないっての。

「じゃあね。もう諦めなよ。俺は引っ掛からないよ」
『何を言っておるのじゃ! 引っ掛かるとはどういう意味じゃ! #妾__わらわ__#は諦めぬぞ。そうじゃ、せめて名前だけでも教えてくれぬか」

 誰が言うかってんだよ。
 そう思って帰ろうとした時、後ろから声が掛かった。

「イージ! 探したよ」
 キッカだった。

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