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西の森9

 何となく世の理不尽を感じながら、なんとか冷静さを取り戻す。とはいえ、冷静になってみてもよく分からないのだが。

「それだけ? 何か他に変わった訓練はしていなかったの?」
「いえ。基礎的なものがほとんどで御座いました」
「むむむ?」
「しかし、全てにおいて質の高い訓練で御座いました」
「まぁ、それはそうだろうけれど・・・」

 強くなれたとしても、質の悪い訓練で育つ幅などたかが知れている。急激な成長を基礎だけで成したのならば、それはかなり質の高い訓練だったに違いないのは容易に想像がつく。

「しかしまぁ、そうなのだとしたら、人間界はそう簡単には落ちないか。少なくとも、ハンバーグ公国は存続しそうだな」
「はい。ですが、魔物は数が多いですので、物量で押し切られましたらどうしようもないかと」
「そうだね。・・・三人は結界の方はどうなの? 新しく強固な大結界を創れば解決しそうだけれども」
「そちらの方はまだまだのようで、道具の創造や組み込みに関してはご主人様には及びません。それこそ、現在の大結界を発生させている魔法道具ですら創れないでしょう」
「ふむ。なるほどね。流石に何もかもという訳にはいかないか」
「はい。主に攻撃に関する訓練を主軸に置いていたのでしょう」
「なるほど。それでも、高度な魔物創造までは出来ている訳だし、十分と言えば十分だろうけれど」

 フェン達並の魔物となれば、かなり強力だ。それこそ、東の森へと逆に攻め入れるほどの戦力ではないだろうか?
 それに、まだ各自一体しか魔物を創造していないようだが、ボクのように複数体創造するという手もある。別に創造に制限は無い。術者の力量によってその辺りが変わってくるだけだ。
 ボクの場合は、フェンやセルパンぐらいの強さの魔物であれば、後二体か三体はいけるだろう。オクト達も強くなったというのであれば、もう一体ぐらいは確実にいけそうな気もするが。

「はい。しかし、各人が一体創造しただけで、新たに魔物を創造する様子は御座いません」
「まぁ、魔物創造は大変だからね。それに、人間界に居る間は魔物のお世話になる機会があまりないから、複数体創造する必要もないんじゃないかな?」

 ボクの場合は、フェンとセルパンに好きにさせているからいいが、普通は魔物を創造したとしても、魔物の活躍の場は無い。
 それこそ、奴隷売買の組織の様に売るぐらいしか用途は無い。まぁ、悪事が露見した際に身を護る手段にするという手もあるが、そんな事になるのであれば、その前に情報収集で活躍してもらうべきだろう。

「そうで御座いますね。あの三人は基本的に平原の警邏をしているようですので、創造した魔物もあまり活躍はしていないようで」
「まぁ、フェン達も活躍させられていないからね。情報収集ぐらいしかやらせていないし」
「十分だと存じますが?」
「んー、たまに訓練を手伝ってもらってはいるけれど、実戦はしてないからね」
「問題はないかと。自由にさせておられるので、フェン達も自由にやっているようですから」
「そう? ならいいけれど。それで、オクト達の魔物は情報収集はしていないの?」
「させているようではありますが、ご主人様ほど積極的に行ってはいないようです」
「ふむ。ボクも別に積極的に情報収集をしている訳ではないけれど、そうなのか。じゃあ、話し相手にでもなっているのかな?」

 創造した魔物は、意外と話し相手としては持って来いの存在だ。創造当初は知識が創造主に依存しているので、暫く情報収集がてら色々と見て回らせれば尚いい。

「魔力による会話をしているような反応はありますが、流石に内容までは判りません」
「うん。そこはしょうがないよ」

 そこまで判ったら、それはそれで怖いが。

「まぁ、オクト達については分かったよ。そういえば、セフィラ達は今どこに?」
「その者達も、現在はハンバーグ公国に」
「ふむ。なるほど」

 偶然か何なのかは知らないが、これでハンバーグ公国はより強固になった訳だ。とはいえ、直ぐに攻めてくる訳ではないが、東の森の備えとしては十分だろう。

「しかし、セフィラは四年生になったのか。ボクが五年生以外はほぼ最短だったから、二年生への進級の差を考えても、少し時間が掛かったのかな? いやまぁ、十分早い部類だろうけれど」

 最短で進級し続ける方が、むしろ珍しい。特に四年生からは討伐規定数は増えるし、三年生に至っては平原に出ている敵性生物の数が少ない。
 五年生は期限が短いので、討伐規定数を達するのが大変なのは経験したばかり。だから、今四年生というのは早い方なのだろう。
 森の中を進みながら、そんな事を考える。
 ボクは世界の眼はあまり上手く使えないのでハンバーグ公国の様子は視ていないが、戻ったら一度視てみたいものだ。戻った頃には進級している可能性も在るが。

「・・・うーん。さっさと森の先へ行って一度戻るべきか否か・・・うーむ」

 どうしようかと思案していると、一つ閃くものがあった。

「ああ、クリスタロスさんのところへ行った時に視れるだろうか?」

 クリスタロスさんの住んでいるところは、ユラン帝国に在るジーニアス魔法学園敷地内のダンジョンの中だ。それであれば、そこから反対側のハンバーグ公国まで容易に世界の眼を飛ばせないだろうか? それとも、クリスタロスさんが張っている結界に阻まれて無理だろうか? うーん。その場合は・・・ああ、別の場所に一時的に転移で戻って世界の眼を使えばいいのか。あまり使わないから直ぐには思い浮かばないが、こういう時に転移って便利だな。
 転移の便利さを改めて痛感した後、ならば急ぐ必要もないかと周囲を見渡す。
 森の中を進んではいるが、見渡してみても周囲の景色は変わらない。もう少し変化があると道も記憶出来るのだが。
 現在は魔力視で周囲を認識したうえで、進んだ道を線で捉えているに過ぎない。なので、同じ道を辿れと言われれば出来るが、別の道をと言われると少し困る。
 目的地は森の先なので、どの道を進んでも行けるが、そういう事ではない。道というのは決まっているものだ。森の中で言う事ではないのだろうが、そこへ至る道は自ずと決まってくるもの。・・・うーん、言葉にするのは難しいな。
 とりあえず、もし魔力視が無ければ迷子になっていただろう事は確実。方位が判ればまだ何とかなるだろうが、そんな便利な物は持ってきていない。・・・持ってくるのを忘れたとかそういうのではなく、魔力視を使えば必要ないから持ってこなかったのだ。うん。本当に。うん。
 ・・・今はそんな事はどうでもいい。それよりも、森の外縁部までまだ在るな。
 森の中の様子はしっかり記録できているので、後で編集するにしても十分な情報を集めたと思う。
 蟲が跋扈する現在の森の様子もだが、森の深部の様子などそれ以上に貴重な情報だろう。それこそ、それだけで進級が許されそうなほどに。
 人間は森の浅い部分の情報収集で手一杯で、中部付近は少し情報を得ているぐらい。深部に至っては古い情報がほとんどだったりする。
 そんな状況なだけに、現在居る森の奥深くの情報はかなりの価値が在るのだ。
 その価値の在る情報も、十分収集出来たと思うので、そろそろ外縁部まで一気に進んでもいいな。でもまぁ、プラタと一緒にゆっくりと散歩するのも楽しいからな・・・もう少しのんびり進む事にするかな。
 ああ、そういえばあれからエルフ達はどうしたのだろうか? 日数が経っているので、何かしらの行動に出たとは思うけれど。

「・・・・・・」

 ナイアードが住まう湖まで距離的にはそれなりに離れはしたが、まだ無理しなくとも視界に捉えることが出来る距離。なので、早速意識をそちらへと向けてみる。

「・・・・・・うーむ」

 意識を向けると、ナイアードは変わらず湖に居るが、湖周辺にエルフの姿は既に無い。もう少し広く探してみると、一度放棄した集落にエルフ達の反応があった。
 まぁ、結局あの異形の存在は、集落をあまり荒らす事はなかったからな。
 被害と言っても、防壁代わりの柵が一部破壊された以外では、実際に集落に被害らしい被害は無い。
 結果を見れば、あの異形の存在に害意が無かったのが窺える。もっとも、誰も居ない集落に興味が無かっただけの可能性も在るが。
 とにかく、ほとんど被害の無かった集落にエルフ達は戻ったようだ。壊された柵周辺にエルフが集まっているので、修復でもしているのだろう。
 他に特筆すべき動きは・・・無いな。数が減って観察がしやすくなったぐらい。そういう訳で、意識を戻す。
 変わらない森の中で、森の先目指して緩く進んでいく。時折遭遇する蟲達は、足を止める事なく処理出来る。

「それにしても、遭遇する蟲は森の浅い部分とここでそんなに変わらないね」

 昔は住み分けがなされていたが、今はそんなものはないようだ。これは人間側の被害も大きそうだな。

「はい。平原まではあまり出ていないようですが、それでも森の中の縄張りなどはまだ定まっていないようです」
「そっか。浅い部分とここら辺でもそこまで大きく環境が変わっている訳でもないからね。住み分けがまだなら、そうなってもおかしくないか」
「はい。ただ、エルフの集落周辺はエルフ達の縄張りなので、そこだけは定まっているようです」
「まあね。ナイアードはこれからどうするのかねぇ」

 以前森の覇権が争われた際、ナイアードはエルフに味方し、エルフを西の森の覇者へと導いた。では、今回はどうするのだろうか? もうエルフ達にそんな力は残っていないし。

「現在は湖とその周辺を自衛するのみのようです。蟲系統の存在が多いので、意思疎通が難しいのではと推測致します」
「ふむ。なるほど。蟲と意思疎通は難しそうだもんね」
「不可能ではないのですが、少々面倒ではあります」
「そっか。しかし、蟲以外はあまり見掛けないね」
「現在西の森にて見掛ける蟲の多くは、元々北の森に生息していた蟲達ですが、北の森から逃げてきたのは、大半がその蟲達なのです。そして、西の森にはエルフ以外の存在は、動物が残っているぐらいでほぼ駆逐されていましたから」
「エルフも中々に凶暴だね」
「数が少なかったので、排除出来る内に脅威を排除したのではないかと」
「ああ、なるほど」

 以前の覇権争いからエルフは数を減らしたままだったらしいから、競争相手になりそうな勢力はその時にとことん潰したのだろうな。それでいて外敵の侵入を許さなかったのだから、西の森にエルフ以外の戦力になりそうな勢力が居ないのも頷けるというもの。

「しかしまぁ、こうなってみると、その選択も考え物だよね。難しいものだ」

 今回の様に窮地に陥っても救援を望めないし、自分達に害が及ぶ前の防壁にも出来ない。そういう事を考えてみれば、敵対勢力をとことん潰すというのも難しい選択なのだな。
 そう思うも、しかし同時に危険分子をそのままにする危険性も理解出来た。
 住処の近くにいつ爆発するともしれない爆弾を置いておくのは、それこそ考えものだろう。
 選択の難しさと、未来の不安定さを改めて思い知らされたような気がして、ボクは密かに気を引き締める。選択の難しさやその責任については、決して他人事ではないのだから。
 そんな事を思いはしたが、エルフについては同情する気もない。そこについては他人事だ。

「ああ、そういえばさ、森の外の荒野は今どうなっているの?」

 北の砂漠ほどではないが、荒野は以前、元幽霊で死の支配者の傘下に収まった存在に散々荒らされていたのを思い出して、プラタに現状の荒野について問い掛ける。
 今更ではあるが、これから向かう予定の場所の情報を得ておこうとの考えもあっての事だ。以前までは異形種がねぐらにしていたはずだが。

「現在の荒野は、絶滅寸前まで追いつめられた異形種の数が戻ってきた事もあり、襲撃前の荒野とそこまで大きくは変わっておりません」
「・・・・・・エルフの現状についてつい先ほど確認したばかりなだけに、改めて異形種の繁殖力の高さには驚かされるよ」

 エルフ以上に荒らされたというのに、ゆっくりと滅びの道を進むエルフとは対照的に、既に地力を取り戻しつつある異形種。
 異形種の最大の特徴にして、森の外でも勢力を維持出来ている力でもある繁殖力と成長速度に、知識で知っていたとしてもこうして聞かされると、冗談かと思うほどだ。よく絶滅寸前からこの短期間で勢力を盛り返せたものだと、本気で感心するやら、呆れるやら。
 しかし同時に、なるほど確かにそれは外の世界で勢力を維持出来るだけの力だと、強く納得する。
 たとえ個としては取るに足らない相手だとしても、数というのは侮れないし、直ぐに増えて育つというのは厄介だ。強者が数で押し切られるなどありふれた話に過ぎない。
 もっとも、それでも死の支配者には通じないだろう。死の支配者の場合、一瞬で世界中全ての異形種を皆殺しにして、増える暇を一瞬たりとも与えたりしないだろう。その脅威からは、世界中何処で何をしようとも逃れられない。そんな確信がある。
 数というのは確かに脅威のはずなのだが、強すぎるというのはそれ以上に厄介なようだ。全てを力でねじ伏せられる存在を倒す・・・抑える方法などあるのだろうか? 勿論兄さんには頼らないでだ。
 考えるも、当然だが何も思い浮かばない。そもそもの地力の差を埋める方法が無いのだからしょうがない。

「ですが、砂漠の方は元となる数があまりにも減りすぎていたのと、食糧となる生物の数が極端に減っていた事も手伝い、未だに以前の六割にも届いていないのが現状です」
「・・・話を聞く限り、五割超えているだけでも凄いんだが」

 プラタの話を聞いた限り、砂漠の生物は滅ぼされている感じだったのに、そこからそうなる前の五割以上まで回復しているというのは、何というか、ただただ凄いとしか言いようがないほどだと思うのだが。

「増える事しか能の無い種族だというのに、数年経っても満足に増えていないというのは致命的かと」
「う、うん。まぁ、言いたい事はわかるけれど・・・」

 確かに数の多さが異形種の最大の特徴にして武器だが、それにしても始まりが少なかったら、普通は増えるまで時間が掛かるものだ。
 とはいえ、プラタの言葉も正しい。それだけ外の世界は厳しいという事だ。
 異形種の数が戻っていないというのに異形種が存続しているのは、それだけ死の支配者が世界を荒らしているからでしかない。異形種もその被害者みたいなものといえばそうかもしれないが、死の支配者が動き出す前に数を減らしていたので、単に運がよかったのだろう。

「荒野の異形種に出来て、砂漠の異形種に出来ないという事はないかと」
「ああー・・・うん、まぁ、そうだね」

 食糧の多寡や外敵の有無などの周辺環境にも依るのだろうが、同じ増えても片やほぼ全快で、片や半分。元の数は知らないが、プラタがこう言うのだから、そこまで大きな違いは無かったのかもしれないな。
 しかし、そうだとしても返答に困ってしまうので、話題を戻す事にした。

「しかしそうか。今は荒野の異形種は数を戻しているのか。という事は、荒野に出たら出会う事もあるのだろうな」

 異形種はとにかく数が多いので、いくら荒野が広くとも探索すれば出会う事も在るだろう。別に異形種はエルフの様にほとんど住処周辺からは出ないという特徴は無かったはず。

「はい。荒野の異形種以外の種族は数を減らしたままですので、その可能性が一番高いかと」
「なるほど。外から何か来ていないの?」
「はい。現在そんな余裕がある勢力は死の支配者達のみかと」
「・・・そうか」

 プラタの言葉に頷くも、本格的な侵攻を始めたばかりだというのに、結構世界は深刻な状態になっているのだな。
 遊びでそれなのだから、今後侵攻が進んでいくと、世界は難なく亡びるのだろう。せめて死の支配者の目的が判ればいいのだが。訊いて答えてくれるものでもなさそうだし、今までの行動から推測するしかないのかな。

「ねぇ、プラタ」
「何で御座いましょうか?」
「死の支配者の目的って何なんだろう? 分かる?」
「不明です。しかし、今までの言動から推測は出来ます」
「それは?」
「死の支配者が誕生する以前に存在していた全ての勢力の排除」
「それは、世界を亡ぼすのが目的という事?」
「その可能性も在りますが、おそらく違うのではないかと」
「ふむ?」
「確かに、死の支配者に与していないこの世界の住民を排するとは、世界を亡ぼす事のように考えてしまいましょうが・・・」

 そこまで口にしたプラタは困ったように口を閉じる。しかし、その様子は考えを纏めようとしている様にも見える。
 そう思っていると、程なくして再度口を開く。

「確証は御座いませんが、おそらく死の支配者は世界の住民を排除する事が目的なのではなく、この世界そのものを壊そうとしているのではないかと」
「? どういう意味?」
「最初、私もご主人様の御考えの様に考えたり、世界の住民を入れ替えるのが目的なのではないかとも考えてしまいましたが、現在は何となく、この世界を壊して新たな世界に組み直そうとしているのではないかと感じてくるのです」
「新たな世界・・・ね」
「はい。これはあくまで私の勘でしかありませんが、死の支配者が直ぐに侵攻してしまわないのは、世界を壊す手順、もしくは準備がそれだけ必要なのではないかと愚考いたしました」
「世界を、ね。また壮大な。そもそも世界ってなんだ?」

 プラタが勘などという発言をしたのも驚きではあるが、それ以上に世界を壊すという話についていけない。

「世界とはこの世界そのもの。在り様、理、真理、根源、濫觴(らんしょう)淵源(えんげん)、起源、起首、摂理、仕組み・・・違う、そうではなく・・・もっと、こう・・・」

 何かに追い立てられているような焦りを滲ませながら足を止めると、プラタは説明の為の言葉探しに苦慮する。それでいながら、自分の中の何かと戦っているかのように珍しく表情を僅かに歪めて、手をもどかしげに動かしている。
 そんな人間らしい反応を見せるプラタに驚き、同じく足を止めて暫し魅入ってしまう。もうこれが人形だと言われても誰も信じないだろう。それほどまでにその反応は人間臭い。
 何かを口にしようともがいていたプラタは、望む言葉が見つからなかったようで、俯き力なく首を振ると、顔を上げてその瞳をこちらに向ける。

「申し訳ありません。ご主人様の疑問に対する答えを私は持ち合わせておりません」

 申し訳なさそうな顔でそう告げると、プラタは恭しく頭を下げた後、不甲斐ないとばかりに小さく息を吐く。

「いや、ボクの方こそ質問ばかりでごめん」

 そんなプラタに、心底自分が不甲斐なく思い、プラタに頭を下げた。

「あ、頭を御上げてください! ご主人様!!」

 心の底から申し訳なく思っていると、プラタの焦った声が聞こえてくる。
 地面に向いている視界にはプラタの足と、わたわたと忙しなく動かしている手が映る。まるでボクに触れていいものかと迷っているような、そういった動きだ。
 下を向いた状態であるにも拘わらず、そんな様子を見せられては、流石に居た堪れなくなって頭を上げる。
 頭を上げると、プラタの安堵した顔が目に映った。胸を押さえてホッとする様は、益々人間っぽい。

「ご主人様が御気になされる事など何一つとしてないのです。私はご主人様の御役に立てる事が何よりも喜びなのですから」

 必死に訴えかけるような声音でそう口にするプラタに、何だか悪い事をしてしまった気分になってきたので、決まり悪く頬を掻くと、「ごめん」 とだけ返す。
 そうすると、プラタは哀しそうな表情を見せた。
 それを見て、何かおかしな事を言っただろうかと首を捻る。
 ボクのそんな様子を見ていたプラタは、諦めたような儚げな微笑みを浮かべて口を開く。

「謝罪の言葉ではなく、感謝の言葉を賜りたく」

 プラタの言葉に、あっと小さく声が零れる。まるで他人が零した声の様に感じたが、紛れも無く自分の声だ。

「ああ、うん。いつもありがとう。プラタ」

 改めてそう感謝を口にするも、何だか照れくさい。
 ボクが感謝を口にすると、プラタは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「はい。いつまでも私はご主人様と共に」

 誓うように頭を下げたプラタに、再度の感謝の言葉を贈る。
 頭を上げたプラタは、目を細めて満面の笑みを浮かべた。
 何ともくすぐったい感じに頭を掻くと、空気を替える為に一つ咳払いをする。

「さて、西を目指して進もうか」
「はい!」

 元気よくとはいかないが、力強く頷いたプラタと共に、歩みを再開させる。
 周囲に敵らしい存在は居ないが、遠くに居る敵性生物は視界に捉えているので、その中でこちらに向かってきているのを、練習がてら遠距離魔法で倒していく。
 現在地から少し視界を拡げると森の外縁部が映るが、まだやや遠い。とはいえ急ぐ用事も無いので、視界を戻して魔法の練習を行っていく。
 近くにプラタが居るので、周辺の警戒はそこまで気にせず魔法の修練に集中出来ている。おかげで遠距離魔法がかなり習熟したような気がするな。
 そうして修練を重ねながら森の中を進むと、適当な時間に休息を取る。休憩時間には、プラタから他種族の言語を学ぶ。
 魔族の言葉はほぼ習得し終えたので、他の種族の言葉も一緒に習っているのだ。
 天使語の方も、クリスタロスさんに継続して習っているので結構習得出来た。とはいえ、クリスタロスさんのところでは基本的に訓練を主軸に据えているので、言語学習の回数は多くはない。それでも数年も掛けて学べば、それなりに習得出来るもののよう。
 現在は人間の操る言語以外にもそれなりの数を習得しているので、外の世界でもそれなりに交流が出来るだろう。それでも、まだ日常会話すら覚束ない言語がいくつかあるので、勉強は継続しているのだが。
 それにしても、流石に長年世界を視てきただけあり、プラタは博学多識だ。学ぶ事が多い。
 教えてもらってばかりというのはやはり何処か心苦しいのだが、嬉しそうに教えるプラタを見れば、まあいいかとも思えてくる。
 あれからかなり人間っぽくなったプラタだが、それでもまだまだ感情はあまり強くは出てこない。それでも何となく判るぐらいにはなったが。
 急にどうしたのかとも思ったが、元々時間を掛けて人形から人間に変化していたので、それも今更な疑問だった。なので、それについては横に措き、勉強以外の時は、プラタとの会話を楽しむ。
 時折フェンやセルパンもそれに加わるが、二人も見識を広めているようで、基礎はボクの知識だったとしても、既に自ら知識を蓄積させて新たな価値観を手に入れているようだ。
 そんな会話を道中行いながら森の中を進んでいくと、遂に外縁部に辿り着く。西の駐屯地を発ってから実に・・・えっと、四ヵ月半ぐらい? 掛かった。
 時間の感覚が曖昧だが、五ヵ月は経っていないと思う。ゆっくり進みはしたが、それでも普通の人間よりは大分早い。普通の人間が外縁部まで辿り着けるかどうかは別だが。
 森の外縁部は変わらずで、緑色の森が途切れたと思ったら、直ぐに色の薄い赤茶けた土が現れる。以前来た時とは場所が違うとはいえ、こんなものだったと思う。変な草も生えているし。
 もっとも、以前魔族軍が侵攻した時の場所は、その時に抉り取られるように森の内側に入られたので、あれが戻っているかどうかは分からない。

「・・・・・・ふぅ」

 森の境界線上。あと一歩で荒野という場所に立つと、その場から太陽光の照らす荒野の様子を見渡して一つ息を吐く。
 あと一歩足を踏み出せば、初めて荒野に足を踏み入れる。前回は何だかんだとあったものの、森を出る事は無かったから、何処か感慨深い。

「・・・・・・よし!」

 一度深呼吸をして心を落ち着けると、意を決して足を前に出す。
 荒野へと踏み出した足裏から伝わってくる土の感触は、地面が乾燥しているからか少し滑るよう。それでいて硬いのだが、大体は人間界と大して変わらない。森の方が少し土が柔らかかったからか、その地面の硬さが懐かしく感じる。
 そしてまた一歩足を前に出す。
 荒野の空気は乾燥していて埃っぽい。現在風はほとんど吹いていないが、森から出たばかりだからか、一気に熱くなった気がするな。
 空気というか雰囲気は、身が引き締まるような緊張感がある。
 この緊張感は、森での何処に誰が居るか分からない不安を煽る緊張感と異なり、直接命に関わるような油断できない緊張感か。

「・・・しかし、何も無いね」

 少し荒野を進んでみるも、見渡す限り地面が広がっているだけで、建物や木々も何も無い。
 遠くに山のように大きな岩が幾つか確認出来るも、他は足下にあるような、地面に這うようにして広がっている草が確認出来るのみ。

「ここを住処にしている者達は、主に遠くに見えます大岩に出来ている洞窟の中や、地面に穴を掘ってそこを生活圏にしておりますので、目に見える人工物や生物というのは、そう頻繁に目撃できるものではありません」
「ふむ。なるほど」
「それに現在は昼頃です。ここの生物達が行動を開始しますのは、夕方から朝方にかけてですので、それも原因でしょう」
「まぁ、暑いもんね」

 目を細めて空を見上げる。爛々と輝く太陽が眩しい。

「ああ、そうだ!」

 そこで思い出して、以前作ったモノを構築する。

「これがあったんだった」

 構築したのは、麦わらを固く編んで創った、上部が平らな帽子。資料よりもやや鍔の部分の幅を広くしているが、かんかん帽とかいう名前の帽子らしく、何故か資料が学園にあったので創ってみたのだ。流石に手作業では直ぐには出来そうになかったから、魔法で創造したのだが。
 それを創ったはいいが、元々帽子を被るという習慣が無かったので、被ったのは創った初日ぐらいで、その後は情報体に分解して保管していたのだった。
 試しにそれを被ってみるも、効果のほどはいまいちよくわからない。ただ、少し眩しくなくなったかな? 程度。

「どうかな?」
「とても似合っております」
「そう?」
「はい」

 微笑むプラタの言葉に、それならいいかと被ったままにする。それと同時に、必要ないと思いつつももう一つ帽子を創造して、それをプラタに被せてみた。流石に一人だけ帽子を被って、隣を歩くプラタには被せないというのは居心地が悪いからね。
 帽子を被せたプラタは驚いたような表情を一瞬浮かべたものの、直ぐに笑みを浮かべて「ありがとうございます」 と感謝の言葉を口にした。
 勝手に被せてしまって悪かったかな? と思ったが、どうやら問題なさそうだ。
 そうして二人して帽子を被ると、とりあえず遠くに見える大岩を目指して進んでみる事にした。転移で帰るので、まだ少し時間がある。

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