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3、予定外の長い休憩となってしまった。

 帰してくれるんじゃないのか、今すぐ帰らせてくれなど喧々囂々と騒ぐ面々をぐるっと見回すが、ヒートアップするばかりで鎮まる気配はない。
 イライラが尻尾に現れてしまったようで、地面を叩いてたらドゴッっと凄まじい音がして地面が割れた。まぁ、結果として静かになってくれたけど。

『話は最後まで聞け。すぐに帰してやれないのは、貴様らを帰せる能力を持った奴のスキルの制約だ』
「他にもあるよ。向こうの現状を知ってもらって、いろいろと話を合わせてもらわなきゃならないし、向こうで異世界にいったなんて通じるはずがないから、モンスターや罪人相手に戦っていたストレスなんかも全部こっちに置いていってもらわないとな」

 俺と1号の言葉に、またざわめき出すが、今度はすぐに静かになった。俺がまたピタピタと尻尾を叩きつけ始めたからっていうのもある。
 俺は1号の正体が木下だということを明かし、カウンセリングを全員受けるよう伝えた。

「先生? 本当に? 何できのこなの?」
「色々あったんだよ。大丈夫だ。生きてるから」

 当然といえば当然の質問が飛んできたが、1号はあっけらかんと笑う。その力強い言葉で、1号が確かに木下だと信じたらしい。
 こんなすぐに受け入れるなんて、常識とか考える力が麻痺しているのか、あるいはもともと素直な性格なのか。俺がひねくれすぎているだけか?


「あの、一つ思ったのですが宜しいでしょうか?」

 一通り説明が終わるのを待って、エミーリオが口を挟んだ。

「各国には通信水晶というものがあります。それによって、陛下達国の重鎮が連絡を取り合っています」
『そうだな』

 今回のオーリエンも、おっとり国王が連絡を入れてくれていたから出立まで全て計画立てられ、式典までやってくれた。

「つまり、オーリエンから勇者様達が出国したことはアスーにも通達されていると見做して良いでしょう」
『それが何か?』
「つまり、出立したはずの勇者が一人もアスーに入国しないってのはまずいって事だ」

 アルベルトの言葉をエミーリオが肯定する。
 一人くらいなら「死んだ」ってことにして帰してしまっても大丈夫なんじゃないのか、と言ってみたら、勇者の存在が世界中の民の希望である以上、できるだけ避けた方が良いとのこと。

「ただでさえ、既に5人亡くなっているのですから」

 そうだった。召喚に失敗して勇者が死んでいることはセントゥロの一般市民でさえ知っていた。通信手段が王族しか保有していない環境で、本来隠さなきゃいけない世界の命運を左右する勇者の死が知られている。それだけ、人々の関心が高いことなんだ。

「帰れない、ってことですか……?」
「いや、アスーの勇者と合流後、アスーを出立して人目がつかなくなってからのほうが良いってことです。暗黒破壊神を倒していただきたいのは確かですが、それは私達で頑張ることで、無理やりやらせることではありませんから」
『勇者達を日本に帰せる手段があることも、貴様らを決戦前に帰すことも各国の代表たちは知らん。知られて、再び召喚されては意味がないし、確かにアスーを抜けてからのほうが良いだろうな』

 それまで我慢できるか? と一人一人の顔を見ながら聞いてみる。
 皆一様に涙を目に貯め、震えながらも頷いた。追い打ちをかけるようだが、あのことも伝えておかなければならないだろう。

『実はな、オーリエンとアスー以外でも勇者召喚を行った国が2国あってな。木下がここにいるということで察している奴もいるだろうが、貴様らのクラスメイトだった奴だ』
「……ここにいない子達ですね。アスーの後で合流するのですか?」

 コジマが再び聞いてくる。他の消極的な連中と大違いだ。今後勇者達のリーダーとして扱おう。
 コジマの質問に、俺は首を横に振って答える。

『彼らは既に死んでいる。死んだことになっていた江間も帰還済みだ』
「じゃ、じゃあ私達も……!」

 すぐに帰してくれ、と先ほどのエミーリオの発言をまるで無視して要求してくるミドウを尻尾で制す。

『すぐに帰してやれないのは、その辺の事情もある。遺体だけでも、と親許に返したが、そのせいであちらにいる木下本体や江間が殺人容疑で連日取り調べを受けている。マスコミの激しい付きまといや世間の風当たりなどもある。さて、実際に罪人とはいえ人を殺してしまった貴様らがそれを昇華できないまま帰ったら、どうなると思う?』
「まず間違いなく、犯人に仕立て上げられるだろうよ。だから、お前達には、こちらでの世界での出来事、特に人を殺したという事実に苦しまなくなってから向こうに戻ってもらいたい」

 1号が先生然として話をまとめた。勇者たちは泣きながらその話を聞いている。
 日本にいた頃のようには完全には戻れないとは思うが、少しでもこちらでの殺伐とした感覚を捨てて向こうの常識に合わせて行動ができるように戻って欲しいものだ。
 1号から向こうでの江間の様子を聞くたびに、感じていたこと。あちらには、こちらの世界を理解してくれる人がいない。自分で乗り越えるしかないのだ。
 1号はそれもあって、こちらでカウンセリングをしていくと言っている。同時に、誰を先に返すかも面談を通して決めてくれるだろう。


『さて、そうと決まれば、アスーへと急ぐか』

 予定外の長い休憩となってしまった。
 アスーへの旅はまだ始まったばかりである。

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