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18、何だ、あれ?

「しまいにはうちの娘をタブらかし、我がタイラーツ領の重大な書類を盗み出したのですよ。実の娘を盗人として断罪しなければならない私は悲しくて食事も喉を通りません……」
『黙れ豚が! ルシアが無罪であることは称号が証明しておるわ! それとも何か。貴様は称号を与えた女神を疑うか?』

 これは以前ベルナルド先生から聞いた話なのだが、称号は行いによって変化する。俺に人間を殺すなと言ってきたあの時だ。悪意で以て誰かを害せば、黒の使徒関連の称号が育つ。同様に聖者や聖女など聖職者称号の者が罪を犯すと称号がはく奪されるのだそうだ。
 俺の鑑定レベルではまだ称号まで見えないが、ルシアちゃんの称号が確かに聖女であることはベルナルド先生が確認している。いや、あんな天使なルシアちゃんがそもそもこの豚野郎が言うような罪を犯すわけがない。

『女神より暗黒破壊神から人々を救う使命を与えられし聖女を犯罪者呼ばわりし、暗黒破壊神を倒さんとするこの俺様を私利私欲のために隷属させようとする貴様の方がよほど冒涜的な犯罪者だ』

 俺が一気にまくし立てると豚野郎はわなわなと身体を震わせた。いやらしい笑顔は消え去り、苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。

「黙れ! 聖竜だか何だか知らんがたかが蜥蜴風情が人間様に偉そうに! おい、衛兵共であえ、であえ! この白蜥蜴を捕まえろ!」
「ハッ!」

 なっ!? 蜥蜴だと~?! 
 豚野郎の叫びに応える声が複数聞こえたと思うと、ドカドカとその巨体の影から大勢の兵士がなだれ込んでくる。
 あっと言う間に憤る俺を取り囲んだかと思うと一斉に向かってくる。武器を向けるのではなく手を伸ばしてくるのはこの期に及んで俺を捕まえようとしているのだろう。


「お、お待ちくださいアレイ様! 聖竜の言っていることは本当なんですか!?」

 俺を捕まえようとする人々の手から飛び回っていると、後ろで嘲笑する豚野郎にリザイアが詰め寄っているのが見えた。
 聖女が暗黒破壊神と戦う宿命を負った乙女であることはこの世界の全人類が知るところの常識で。称号もまた偽れないものなのらしい。それなのにルシアちゃんが聖女を騙り俺を騙していると言い放った領主が信じられないようだ。

「黙れ! いいからとっととあの蜥蜴を捕まえろ!」
『やれやれ。貴様は何故それほどまでに俺を捕えようとする?』

 リザイアを突き飛ばし怒鳴り散らす姿に怒りを通り越して呆れ果ててしまった。
 ルシアちゃんのことはあくまでおまけって印象で、とにかく俺に固執しているように感じたため理由を一応聞いてみる。といっても例えどんな理由だろうと俺がこいつのお人形になってやるつもりは微塵もないのだが。

「何故って? 決まっているではないか! この世界で聖竜は女神の代行者だ。この国では代々聖竜に選ばれた者が王となる。つまり! 王に相応しいこの私の側には聖竜がいなくてはならないのだ!」
「『…………』」

 予想通り過ぎて呆れて物が言えない。リザイアもまた呆然としている。
 が、リザイア以外の兵士は豚野郎に心酔しているんだか何だか、命令に忠実に俺を捕えようとし続ける。

『もはや話し合う事など無いな。血飛沫と共に踊れ!』

 取り敢えずリザイア以外全員同罪だ。ルシアちゃんを探すのに動けなくなるのも困るしMP消費の少ない技を繰り出す。
 狭い室内を縦横無尽に鎌鼬が吹き荒れ、兵士達をずたずたに切り裂いていく。
 足止め程度で良いやー、なんて思っていたからか少し下がった位置にいた豚野郎はほぼ無傷だ。

「チッ! 使えない屑共が!」

 足元に吹き飛ばされてきた兵士の頭を踏み潰し毒づきながら豚野郎が懐から取り出したのは、何やら黒い宝玉が埋め込まれた首飾り。室内の明りを反射してキンキラに光っている他の宝飾品と違い、まるで周囲の光を吸い込むかのような暗い輝きをしている。

「ふふふ、やっぱり最後に頼れるのは自分だけだな。どいつもこいつも使えない」

 豚野郎の雰囲気がどんどん変化していく。まるで、モンスターと対峙した時のように背筋にぞくりと怖気が走る。ブロンドだった髪がどんどん黒色を帯び、瞳は白眼が黒に、肌は褐色に染まっていく。何だ、あれ?
 あの首飾りを出してからだ。


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【狂争の首飾り】
暗黒破壊神の欠片をはめ込んで作られた首飾り。装着者の全ステータスに150%のプラス補正。装着者に狂気と混乱の精神異常(発生率100%、異常耐性無視)。人間がつけた場合モンスター化させると共に称号・黒の使徒を付与。称号効果:全ステータス20%強化、攻撃魔法、狂気。
装着したアレイはもはや黒モンスターと同一です。気を付けて。

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「どウだ? 私ノものにナる気になったカ?」

 鑑定結果に呆然としていたのを自分の都合に良い方に勘違いしたのか、くぐもった声で聞いてくる。まるで耳元まで裂けてしまったかのような大きな口でにちゃっと笑うその顔はとても気色が悪い。
 形こそ人間のそれだが、視界に入るだけで湧き上がる不快感と生理的嫌悪感が奴を人間だとは認められなくさせていた。いや、鑑定ちゃんの言葉を信じるなら奴は既にモンスターだ。

『断る。俺様を所有しようだなどと、豚の分際で生意気だ』
「豚ダと? 貴様……もう良イ。私のモのにならなイなら」

 その巨体からは想像できないほどの動きで一瞬にして俺との距離を詰める豚領主。

「死ネ」

 次の瞬間、俺の身体は壁に激突していた。

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