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50 ステ振りと料理

HP: 211/280
MP: 255/520(↑240)

 迷った末に全てのSPを振ったのは物理攻撃のSTRでも、魔法攻撃のINTでも、防御のVITでも、生産のDEXでもなく魔法力、つまりMP。

 私が取得できる総SPではどれだけうまく割り振ってもすぐに限界がくる。それならば素のステータスは装備や薬、支援魔法、もしくはスキルの効果で補った方がいい。HPに振るという案もあったが、私のスキル【死中活】や称号【無謀なる者】の効果をうまく使うためにはほどほどの方が逆に都合がいい。

 それよりも今の私に一番問題なのは、取得しているのに使用できない魔法がいくつもあるという現実。例えばMPが500以上あれば高レベルの【時魔法】や【空間魔法】すら使えるようになる。つまり【空間魔法】レベル9で覚えてからずっと使ってみたかった『|短距離転移《ショートジャンプ》』の魔法も使えるようになるということ。
 ポータルを使った転移も楽しみだけど、やっぱり自分で自由にテレポートできるようになるというのは心が躍る。

「さっそく試してみたいところだけど……まだMPが回復しきってないか」

 アップさせた分のMPは追加されているけど、もともと消耗していた分は回復されていないし、戦闘が終わったことでスキルの自動回復の効果も切れているからポーションを使わないなら自然回復を待つしかない。
 それならばその間にちょっと料理をしてみよう。イチノセで串焼きを数本食べたきりだったから空腹感が結構しんどい。これ以上放っておくとステータスに空腹のデバフが付いてステータスが減少してしまう。

 ということでメニューアイコンを視界の端から引っ張ってきて、メニューからインベントリを操作。調理セットをタップすると視界に調理セットの形の点線が浮かび上がる。これを自分でドラッグして置き場所を指定、指を離すと同時に現れる決定ボタンをタップすれば……

「おぉ、出た」

 現れたのはご家庭にあるような大きめのキッチン。機能としてはMPコンロが三口に広めの作業台とシンク。そして土台の収納には包丁やまな板に始まり、鍋やフライパンなどの調理器具が一式入っている。

 続いてインベントリの一覧から『黒狼の肉』と『大目猿の肉』をひとつずつ取り出す。どちらも大きさ的には1キログラム程度だろうか、月明りに照らされる赤黒い肉の塊はちょっと不気味だけど、散々兎肉を調理し続けていたから狼狽えるほどじゃない。一応蛇口の水で手を洗ってから出てきた肉をそれぞれ触って確かめてみる。

「狼の方は脂はあるけど筋が多くてやや固い。猿の方は脂が少なく淡泊そうで肉質が悪い、か」

 おそらく狼は俊敏に動くために筋肉が発達しているからで、猿は樹上を活動の場とするために軽量化のために無駄な肉を付けていないせいだろう。

「どちらも良い食材とは言えないけど……固いうえに脂も少なかったグラスラビットに比べればなんてことないな」

 まず、狼の肉はなるべく筋に逆らわずに包丁を入れ丁寧に捌いていく、筋を切ったり適度に叩いて肉質をほぐすのも忘れない。猿の肉は基本的にささみ肉のような扱いでいけそうなので、下処理よりは調理法に工夫しよう。

 下処理を終えた狼肉は植物油をバットに薄く張り、そこにすり潰した腑抜草を混ぜたものに漬け込む。不思議だけど腑抜草はデバフ系の薬を作る素材のせいか、防御力を下げるからって訳でもないだろうに肉を柔らかくさせる効果がある。

 その間に猿肉を細切りにし、採集した癒草と細く裂いた赤茸、黄茸、茶茸、それから砕いたクーミの実と一緒に炒める。余計な脂を出さない猿肉なら淡白な味わいの茸たちの邪魔をしないはず。味付けは醤油的なものをまだ見つけていないので基本は塩のみになってしまうけど……ここで私がおすそ分けしてもらった、おかみさんがリイドの素材で研究を重ねて作った野菜中心の出汁をさっとひとかけ。これで淡白な素材たちに旨味が出るはず。

 あとは、漬け込んで柔らかくなった狼肉を焼き上げてステーキに。魔物素材をレアで食べる勇気はないので焼き加減はウェルダン。

 という訳で完成したのが「ブラックウルフステーキ」と「キノコと猿肉の癒草炒め」。出来た料理を【木工】修行で作った木製の皿に盛りつけてテーブルに置いたら準備完了。

『ほっほ、我が神域でおかしなことをしておる者がいると思えば……おんしじゃったか』
「え?」

 さて座って食べようと、自作の箸を手に持った私に話しかけてきたのは。

「……トレノス様? あの、どうしてこちらに?」
『ほっほっほ、ここは儂の神域のひとつじゃよ。森の中を決められた道順で通らねばたどり着けぬ場所なのじゃが、もしや偶然ここにたどり着いたのかの? 相変わらず面白い夢幻人じゃのう』
「いえ、魔物に追われて走り回っていたらいつの間にかここにいたのですが、なにかまずかったりしますか」

 どうやら私が無意識に選んでいた逃走ルートが、偶然トレノス様の神域へと繋がっていたらしい……なんて、そんな偶然あるわけないので私のLUK値の高さと、特殊スキル【偶然の賜物】のパッシブ効果が強く関係しているんだろう。

『なんも悪いことなどない。ゴミなどを捨てられて汚くされるのは嬉しくないがのう』
「そうですか、安心しました。こちらで料理をさせて頂いていましたが、使用したものは廃棄するものも含めて全部持ち帰りますので」
『感心な心掛けじゃが、おんしに関しては心配しておらぬ。あの方の寵愛を受けるような人間がそのような無法な真似はせんじゃろうて』

 別にヘルさんの寵愛がどうとかの前にゴミの持ち帰りとかは、アウトドアキャンプの常識なんだけど……あえて訂正する必要もないか。

「はい、こんな綺麗な場所を汚さないように気をつけます。で、えっと……これから食事をしようと思っていたんですが……ここではマズいですか?」
『ほっほ、構わんよ。神域で料理をした者も初めてなら食事をしようとする者も初めてじゃがな』
「で、しょうね……」
 
 私だってここが神域だと知っていれば料理なんて始めなかっただろうし。トレノス様は構わないとおっしゃってくれたけど、やっぱり神前で食べるのは食べにくいな。それならいっそ。

「よければ一緒に食べませんか?」

 巻き込んでしまえば、と思ったんだけど神様は食べないだろうなぁ。

『ほ! よいのか? それではご相伴にあずかろうかのう』
「へ?」

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