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不穏と無謀5

 その日の夜は、直ぐに独りになった。
 詰め所内に静寂が流れる中、早速ボクは捕捉していた対象へと意識を向ける。詰め所内はまあ比較的安全なので、そこまで気を張る必要もないだろう。外からは何をしているのか分からない訳だし、見られても困らない。
 対象は今日も宮殿で仕事に従事していた。もう夜も大分更けたというのに、熱心なことである。
 そんなことを思いながら、対象の周囲の状況を確認する。出来たら一人の時を狙いたいところではあるが、他に人が居ても外見からは判断出来ないので、問題ないと言えば問題ない。それでも、気分的には邪魔が入らない一人で居る時の方がいいのだが。
 まぁ、誰かが居ると対象がそちらを気にすることで雑念が入り、干渉がしにくくなるというのや、外野が干渉に気がつく可能性なんかも一応あるので、一概には気分の問題と言い切れないのだが。
 とにかく、理想は一人で居る時なのだ。しかし、現在対象の周囲には数名の者を確認している。それがどんな役職の者かなどは知らないし興味もないが、やりにくいことには変わりはない。

「まあいいか」

 とはいえ、そんなことを言っている場合でもないので、早速対象の精神に干渉を始める。
 今回の対象は国の中枢にそれなりに近いからか、精神防御が組み込まれている魔法道具を身につけているようで、非常にやり難い。それでも、魔法道具の製作がまだまだ未熟な人間製の魔法道具なので、不可能というほどに強固なものではないのが幸いか。
 効果は多少干渉に時間が掛かるぐらいで、そこまでの脅威ではない。それでも、対策を立てているのは素直に賞賛する。けどまぁ、当然ではあるか。それだけ精神干渉系統の魔法は危険なのだ。
 その術者を積極的に国で保護しているだけに、対策もそれなりに施されているということなのだろう。術者はさぞ研究材料としても重宝されているに違いない。
 ボクの場合は精神干渉の魔法が使えることを隠しているので、保護対象ではない。元々口外しない限りは見つかりにくい魔法でもあるので、ボク以外にも保護されていない精神干渉の使い手が居てもおかしくはないだろう。ただ、外からは分かりにくいとはいえ、やり過ぎたらバレる可能性がそれだけ高まるというものだが。
 そういえば、ボクがこの魔法が使えることはペリド姫達には教えたのだったか。あの後何も無いということは、ちゃんと口外しないでいてくれているという事だろう。
 とにかく、異物のせいで精神への干渉に多少時間が掛かっているが、もうすぐで足場が出来そうなので、それも時間の問題でしかない。
 三人目ともなればある程度は慣れたものなので、遠距離でも大分手慣れた感がある。多分前の二人よりもこの対象の方が精神が強固なのだろうが、そこまで感じなかった。これは精神防御の魔法道具の影響かもしれないな。そっちを破る方が大変だったから。
 そうして精神防御魔法と本人の精神を突破して、干渉の足掛かりをつくったので、精神への干渉を開始した。
 ここまでくれば時間は掛からない。精神の中に侵入出来た時点で防御は意味を成さないのだからしょうがない。
 急速に精神の掌握を行っていき、数十秒でそれが済む。遠距離での魔法の行使もコツが掴めてきたかもしれないな。
 精神を完全に掌握したところで、早速記憶の確認を行う。外部にその影響が出ていないのを確認しながらの作業だが、問題なさそうだ。
 対象の最近の記憶を漁ってみると、クズが泣き付いた相手から得た情報を、対象が腰巾着の様に付きまとっている貴族に報告したらしい。
 ならば次はそちらの精神に干渉するだけなのだが、どうやらこの腰巾着、他にも部下にその話をして事実関係の調査を行わせているようだ。先に掴んだ情報の報告だけを済ませて、詳しい報告はその結果を待って行う予定だったらしい。ならば、報告した貴族の方は後回しにして、この部下の方を先に調べるか。もしかしたらこれで、この連鎖を断ち切れるかもしれないし。
 記憶を漁り、調査させている部下の情報を集めて記憶する。それを済ませた後は記憶と意識を改ざんして、こちらの都合がいいようにしておく。
 なかったことにしてもいいが、その場合は根まで絶やさねばならない。そんな面倒な事はしたくないので、単純に取るに足らない事件とでも認識させておくのだ。
 この対象自身、上に報告して覚えを少しでもよくしようとしただけで、得た情報を悪用しようという意識まではなかったようなので、それだけで済ませる。
 それが終わったところで、次の対象である上司の命により調査しているという部下を探して世界の眼を移動させていく。

「えっと・・・場所はジーニアス魔法学園、か」

 現場であるジーニアス魔法学園の方に向かったようだが、聞き込みなんかをしていると仮定すれば、もう居ないかもしれない。あの場に居た生徒達は各地に散っているだろうからな。
 それでも、一応ジーニアス魔法学園の方に世界の眼を向ける。しかし、こんな広い敷地からどうやって探せばいいのか。かなり悩むところだな。
 ここはもう、変な意地を張らずにプラタに尋ねることにするか。その方が確実だろうし。

『プラタ』
『如何いたしましたか? ご主人様』

 そういう訳で早速声を掛けると、すぐさま反応が返ってくる。
 反応があったので、そのまま現状の説明を簡単に行い、探し人の現在地が分からないか質問した。

『その者でしたら、現在ユラン帝国南部に在る一般用の駅舎の方に居るようです』

 すると直ぐにそんな答えが返ってきて、普通に驚いた。一体どこまで把握しているのだろうか?

『そうなんだ。ありがとう、助かったよ』
『いえ。このようなことでしたらいつでもお申し付けください』

 お礼を言うと、少し嬉しそうな感じでプラタがそう返してくる。それに感謝しつつ、早速聞いたばかりの居場所へと世界の眼を飛ばした。
 人間界を走る列車には、二種類の列車が存在する。
 一つは主だった魔法学園と各門を繋ぐ専用列車。こちらは決まった時間に運行される訳ではなく、事前に予定を入れなければならない。しかし、この辺りは教師や各門の兵士達が手続きをしてくれるので、生徒が申請する機会はかなり少ない。
 二つ目は、一般列車と呼ばれる各国の主要都市を繋ぐ列車。他にも幾つかの街への駅も在り、魔法学園の生徒や兵士、各国要人しか利用できない専用列車と違い、一般列車はお金さえ払えば誰でも利用できるのが特徴か。運行も時間によって管理されている。
 その他の違いは、連結している車両の数だろう。専用列車は乗客の数が決まっているので車両の数はあまり多くはないが、一般車両は利用者がそれなりに居る為に何両も連結していて、全長が長い。
 そんな一般車両に乗車する為に今回の新たな対象は、一般車両の方の駅舎に居るという。
 一般車両の駅舎はそこまで多くはない。なので、ユラン帝国の南側の駅舎というだけで結構簡単に特定出来たりする。
 一般向けの駅舎はどこもそれなりに広いのだが、宮殿に比べれば犬小屋のようなもの。なので、対象の特定はあっさりとしたものだった。
 対象は列車が来るのを待っているようだが、基本的に長距離列車以外は夜中には走っていない。次は早朝らしいが、それももうすぐだ。
 時間的に今精神干渉するのは難しいので、監視だけして今日の夜にすることにした。
 精神干渉は集中力が必要ではあるが、そこまで時間は必要な訳ではない。しかし、その後の記憶を精査したり改ざんする方にかなりの時間が必要になってくる。特に記憶を調べるのは、直近の記憶を簡単に調べるだけでも一晩掛かるのだから。
 対象の目的地は不明だが、列車の旅はそれなりに時間が必要なので、今すぐにどうこうしなければならないという訳ではない。なので、今夜まで待っても問題ないだろう。
 そういう訳で、捕捉だけして頭の片隅に措いておく。
 部隊のみんなが起きてくるまでもう少し時間があるので、それまでに頭を休ませておこう。集中し過ぎて頭が痛い。
 それから朝までボーっとして過ごし、部隊のみんなが起きてきた。
 皆が起きた後は朝食を済ませて、本日の見回りが始まる。昼休憩が在るものの、朝から晩までの散歩だ。
 そうして開始された見回りも、何事もなく夜を迎える。明日には南門に到着予定だが、今宵も精神干渉を行わないとな。
 世界の眼に意識を向けながら時を過ごし、皆が寝静まったところで精神干渉を行うことにする。
 現在の対象は、長距離列車の中に居た。進んでいる方向から推測するに、調査を終えて帰っている途中なのだろう。仕事が早いものだ。
 そういう訳で、早速精神干渉を行う。流石に部下にまで高価な魔法道具を支給していないようで、精神防御の魔法道具は無かった。
 遠隔魔法も大分慣れたもので、精神に干渉するのにさほど時間は掛からない。
 今回は精神の干渉から把握まで数十秒で済んだ。かなり遠距離魔法に慣れたものだな。
 それに軽く驚きつつ、さっさと記憶の確認作業に入る。

「ふむ。最近の部分だから・・・」

 命じられて情報収集に入った時期まで記憶を遡って、記憶を情報として写し取る。そこから関係ありそうな部分を探しだして全て抽出し、その中から選別に入るが、それでも結構な量だ。

「何々、最初にジーニアス魔法学園に向かったのか」

 対象の足跡を辿りながら、抽出した情報を読み解いていく。読み解く速度は通常の時の流れの数十倍。飛び飛びでも押し寄せてくるような情報の波に、少しでも気を抜くと呑まれてしまいそうだ。
 幾日分もの記憶を流すように確認していくも、映像と音声が急激に流れていくのはまだまだ慣れない。世界の眼の情報処理で多少は鍛えられているとはいえ、それでもたまに処理しきれなくなってしまう。その場合はその部分をもう一度処理し直すが、これが結構大変な作業である。
 それにしてもこの対象も貴族のようで、ジーニアス魔法学園へは自分の家をそのまま前面に出して中に入っている。しかし、行動できる場所は限られていたようで、付けられた案内という名の監視も振り切れなかったらしく、この情報収集は失敗に終わったようだ。
 しかし完全な失敗ではなかったようで、当時同じ学年に居た生徒数名の情報を獲得することに成功したよう。
 ジーニアス魔法学園を出た後は、その生徒に接触する為に行動を開始した。
 幸いその生徒達はユラン帝国内の生徒だったようで、そこまで時間を掛けずに接触に成功したみたいだ。それにしても、全員退学していたのか。
 その生徒から話を訊くも、何分二年以上前の話なので、曖昧な部分が多かった。それでも、あのクズが悪いことだけは全員はっきりと覚えていたらしい。あの時悪目立ちしていたから、それだけ印象に残っていたのだろう。
 それでも聞けたのはダンジョン外での出来事のみ。ダンジョン内の話となると、ペリド姫達かクズ本人達しか知らない訳で。
 クズ本人から話を訊くにも、現在はユラン帝国内。そうでなくても軽々しく接触していいものでもないだろう。
 ペリド姫達は会える訳もなく。拝謁が叶うにしても、時間が掛かるだろう。ではどうするかとなると、クズが連れていた奴隷のような使用人達に話を訊くことにしたらしい。
 だからナン大公国行きの列車に乗っていたということみたいだ。ついでにクズ本人にも話を訊く予定だったみたい。この辺りは一度上司に伺いを立ててからのようだったが。
 そういう訳で、記憶の確認を終える。最後の方にボクの方にも話を訊きに行く予定があったのは見なかったことにしたいが、記憶の改ざんをするので無視も出来ない。
 記憶の確認を終えたところで、早速改ざんに着手する。一番時間の掛かる記憶の確認作業が終わったので、少し気が楽になった。それでも気は抜けないが。
 改ざん内容は変わらずこちらの都合がいい方向にする。ついでにボクの方へは来ないようにしておこう。
 聞き込みした相手は・・・別にいいか。特に問題になりそうな訊き方はしていなかったようだし。
 これで後は対象の上司が報告した相手のみか。その人物が誰にも話していなければいいな。
 そう思いながらも一通り作業を終えて窓の外を確認すると、薄っすらと明るくなっていた。

「もうこんな時間か」

 相変わらず意識を集中していたら直ぐに過ぎていく時間に、毎度のことながら驚いてしまう。感覚としてはまだ夜中なのだが、外の様子は暁闇といったところか。
 それでも部隊のみんなが起きてくるにはまだ時間があるので、まずは次の対象の居場所を探る。
 用済みなので現在の対象から世界の眼を外し、ナン大公国の宮殿まで世界の眼を移動させ、早速対象の捜索に入る。記憶には新たな対象の情報があるので、見つけさえすれば直ぐにでも捕捉可能だ。
 それにしても、またあの広い宮殿を捜索するのか。前回はあまり情報が無かったから、そこまで気にしていなかったな。
 面倒だと思いつつ、宮殿の中を探していく。情報から宮殿内に自室を持つようなお偉いさんのようなので、その辺りを考えて探していかないとな。

「いや、というか」

 現在の時刻を思い出し、まずはその自室を探すべきかと思い直すと、記憶に在る宮殿内の図面を思い出しながら世界の眼をそちらに向ける。すると、目的の人物をあっさりと発見できた。どうやら自室で寝ていたようだ。
 それにしても、狭い部屋だ。寝るためだけの部屋といった感じなので、事実そうなのだろう。周囲の状況を確認してみれば、直接執務室っぽい部屋に繋がっているみたいだし。

「・・・うーん」

 対象は寝ていて、部屋に一人。こちらに都合がいい条件が揃ってはいるが、残念なことに時間が無い。なのでどうしようかと考える。少なくとも、記憶を探る時間は無いのは確かだ。
 しかし記憶を探らずに、精神の掌握だけしておくというのも手だろう。精神を掌握したまま放置するなど試したことがないので、この際試してみてもいいかもしれない。取っ掛かりをつくっておくだけでもいいものな。
 そういう訳で、遠距離魔法にも慣れた頃合いで次の実験を行うことにする。
 時間も無いので、対象への精神干渉を開始していく。
 流石に精神防御の魔法道具は身につけているようだが、遠距離での魔法の行使に慣れたボクにとっては、もはや薄皮一枚ぐらいの抵抗を感じるのみ。意識の薄い相手なので、防御らしい防御もそれぐらい。
 そうして、驚くほどあっさりと精神の掌握まで済んだ。
 本来であれば、ここから記憶へと干渉していくのだが、時間が無いのでここで留める。続きは夜にだが、それまで放置していても大丈夫かの試験を行うことになる。これが上手くいくようなら、精神を掌握した状態で放置しておくことが可能になるから、保険として役に立つことだろう。
 精神を掌握した後にそんなことを考えていると、部隊の者達が奥から起きてくる気配を察知する。
 程なくして起きてきたみんなと朝食を摂ってから、見回りをはじめた。今日には南門に到着予定なので、続きは宿舎でだな。
 そう思い臨んだ見回りは、何事もなく実に呆気なく終わり、夕方前には南門に到着した。
 それから部隊が解散して宿舎へと戻ったのは、日が暮れる少し前であった。
 宿舎に在る自室のベッドに登ると、服や身体を綺麗にしてから着替えを済ませる。
 それが終われば、まだ薄暗いなかベッドに横になって意識を集中させていく。まずは世界の眼を用いての状況確認。

「・・・ふむ。大丈夫そう、か?」

 対象の様子を観察して、おかしな動きをしていないか、周囲に怪しまれていないかを確認していく。しかし、対象の普段の様子など知らないので、おかしな動きをしているかどうかは分からないが。
 とりあえず周囲の様子を観察した限り、怪しまれている雰囲気は感じられないので大丈夫そうだな。そう思い、記憶の改ざんを行うべく対象の記憶への干渉を開始した。
 干渉する記憶は最近のモノなので、そこまで大規模な干渉ではない。それでも情報量は膨大なので、制限を設けながらの干渉でも頭がどうにかなってしまいそうだ。この辺りもどうにか出来れば世界の眼も使いやすくなるかもしれないのにな。
 そんな考えがちらりと頭の片隅に浮かんだものの、そんな余裕も直ぐに無くなる。情報の選別はそれだけ大変なのだから。
 人の記憶への干渉とは、精神へ干渉出来る資質だけでどうこう出来る次元ではない。自画自賛になるかもしれないが、これが可能なだけでかなりの使い手ということになるだろう。おそらく、人間界ではボク以外にはこれが出来る者は居ないのではないだろうか? 居たとしても、多少記憶に影響を及ぼす程度だろう。
 それだけの難事を行いながら、情報の取捨選択と確認も行っていく。
 人一人の記憶量は想像以上に膨大だ。これは本人が自覚している以上の情報量なので、それを処理するのは通常は不可能。
 この辺りは、世界の眼を使用する際に合わせて発動させている自動選別を参考にしているので、なんとかなっている。そもそも世界の眼を通しての遠距離魔法は自前の魔力が扱えないので、世界の眼に慣れていなかったらここまで簡単に扱えてはいない。
 自動で処理を終えた情報を確認していき、クズから流れてきた情報を受けたところから追っていく。そうすると、どうやらこの対象は誰にも話してはいないようだが、報告をした者が齎す予定の詳しい情報次第では、大公に話をする予定だったらしい。それも可能であればクズの家を粛正する方向で。
 それはこちらにとっても好都合なので、その方面に向けて記憶を調節する。丁度良く報告の方も同じ方向で改ざんしているので、このままいけば都合のいいように話が転がるだろう。
 いい実験も出来たことだし、今回は満足いく出来になるだろう。これが終われば、後は成り行きを待つだけだな。





「・・・ははっ」

 何も見えない暗い世界で、少年は小さく笑う。

「また懐かしいことをしているものだ。あれを僕が最初に試したのはいつの頃だったか・・・もう忘れたな。しかし、何とも中途半端なものだな」

 何も見えないはずの世界で遠くへと目を向けながら、少年は不思議そうに、もしくは残念そうにそんな事を口にする。

「必要な素材は用意しているのだがな。相変わらず準備だけでは事を成すには足りないらしい・・・さて、どうしたものか。一応今でも少しは期待しているのだがね・・・はぁ」

 少年は思案するように瞑目するも、答えを教える以外には思い浮かばない。

「きっかけは幾つか置いておいたが無意味に終わったしな。しかし、そろそろ壊れそうな状態だが、気づいているのだろうか? そんな様子は見られないが。正直、立場を譲った以上、あまり先は視たくないのだがね」

 困ったようにしながらも、少年の言葉には何処か楽しげな色が乗っているような響きがある。

「こちらの準備は粗方終えて、後は最終調整を残すのみ。それも直に終わるから暇になるんだよな・・・ふむ」

 色々と思案した後、少年は目を開いて再度遠くに意識を向けていく。

「各地の反応もそこそこ面白そうではあるが、予想の範疇でしかないのは残念と言えばいいのか、しょうがないと判断するべきか・・・ここは後者かな。これぐらいの予測は容易だが、予測を超えるのは簡単ではない。それは相手の見立てよりも遥かに上の実力を示さねばならないのだから。それは流石に酷だよな」

 暗い世界でただ遠くを眺めているだけだが、それでも少年は世界の様子を恐ろしいまでに正確に把握していた。

「・・・しかし、これもまた出しゃばっているのかもしれないな」

 そこでふとそんなことを思い、少年は再度どうしたものかと思案を開始する。
 痛いほどの静寂が支配する中、少年はただひたすらに黙考していく。
 それからどれだけの時が流れたか。しばらく考えていた少年は、視線を周囲に向ける。

「あの世界とはもう距離を置くべきなのかもしれないな」

 微かに寂しそうな雰囲気を醸したものの、直ぐにそれは勘違いだったかのように冷たいものへと変わった。

「まぁ、世界なんて使い捨てるほどに数多に在るのだが」

 嗤うように言葉を漏らすと、遠くを眺めながら様々な方面へとゆっくり目線を動かしていく。

「はは。選り取り見取りで遊び放題。さてはて、どこに僕より上が居るのだろうか? 油断はできないな。するつもりもないが。しかし、これは昔に戻ったようで愉しいな」

 一瞬過ぎ去りし日のことを思い出した少年は、機嫌よく声を出す。かつて幾度も殺されながら挑んだ高みについて。そして既に乗り越えた世界について。
 しかし、それは同時に最初の理不尽を思い出し、心に黒いものが湧いてくるのも感じる。とはいえ、その感情を既に少年は掌握し、完全に自分の管理下に置いていたので、感情に任せて暴走するようなことはないだろう。

「退屈な世界は壊れればいい。世界なぞ、いくらでも替えが利くのだから。何なら創ればいい」

 いや、少年は感情を管理しているのではなく、最初から狂っていたのかもしれない。でなければ、過去の負の感情を克服しようとはせずに管理しようなどとは考えない。
 元々その感情を失っていたのも、もしかしたら自己防衛の為だった可能性もあるが、事実は定かではない。
 そんな少年は、冷徹な眼差しで世界を品定めするも、直ぐに意識が切り替わったかのように無感情な瞳になり、闇の中に視線を戻す。

「さて、彼は壊れ始めているようだが、どこまで持つか。勝手に壊れるのは構わないが、出来ればその前に交代を希望して欲しいものだな。あれでも役には立ったのだから、少しぐらい救済があってもいいだろう」

 少年はそう思うも、結局、別に壊れるなら壊れるでも構わないかと結論付ける。

「さて、そんな事より君の方の調整を終わらせるとしよう」

 頭を切り替えた少年は、闇の中に声を掛けた。





 見回りが終わった後は平原へと討伐任務だ。
 監視としての世界の眼を解除しているので、頭が軽い。今日は曇りだが、雨は降らないだろうから丁度いい天気でもある。
 平原を歩きながら、何度か行使した遠距離魔法について思案してみる。あれは距離が離れ過ぎている為に、世界の眼同様に直接の魔力は使えない。
 そもそも、世界と同化して認識しなければ魔法が使えないのだから厄介だ。救いは世界の眼と違い、自我が介入する余地があるというところだろうか。
 その辺りについて考えてみる。やはり演算領域の使用率に起因しているのだろうか? それとも使い慣れているからだろうか? 世界の眼はプラタに教えてもらった魔法だから解らない部分が多すぎる。
 とはいえ、正確なところは分からないまでも、大事なことは魔法が支障なく使えた事だろう。それさえ判れば十分だ。遠距離魔法は活用できる幅が広いから、これからも活躍してくれることだろう。
 しかし、世界の眼との併用なので、世界の眼の方をかなり制限していないと使えないのだが・・・そう意味では、演算領域の使用率は関係ないのかもしれないな。
 考えれば考えるだけ可能性が増えていく気がしたので、その考えは脇に措く。仕組みを知るのは大事なことではあるが、もっとも重要なのは意のままに扱えることなのだから。
 威力を考慮しないのであれば、遠距離魔法についてはほぼ自在に操れるようになっているので、今はこれで十分だろう。詳しい検討はまた次回ということで。
 さて、遠距離魔法についてはこの辺りでいいとして、ついでに精神干渉魔法についても考えてみるか。
 精神干渉魔法は、文字通りに精神に干渉する魔法。これには先天的な資質が必要らしく、使い手は極端に少ない。それでいて、いくら資質が在ろうとも、だから扱えるというような簡単な代物ではない。
 精神干渉魔法を行使するには、まず前提として資質がある事。その次に精神干渉というかなり繊細な作業を可能とする才能もなければならない。その上で、どこまで行うかによって演算能力の高さや魔力への理解などがより必要になってくる。
 精神干渉魔法が使える者の大半は、ボクのように洗脳までは不可能。それどころか、精神になんとか干渉可能程度で、気分を少し抑える程度しか出来ない。
 残りでも、洗脳どころか洗脳紛いの事も出来ない。出来て思考誘導ぐらい。それも何となく意図した方向に思考を誘導出来そうな気がする。ぐらいの曖昧なモノ。
 それでも、他人の精神に干渉可能というのが脅威なのは変わりない。過去には精神破壊を行使できた者が居たという記録が残っている。その記録を読んだ限り、精神破壊は完全ではなかったようだが、それでも脅威として処刑されていた。
 そんな前例があればこそ、精神干渉に適性がある者は国で保護・監視される訳なのだ。
 そして、ボクの場合は完全な形での精神破壊や洗脳、記憶の改ざんなどが思いのままなので、それがバレたら脅威どころの話ではないだろう。ペリド姫達にしても、そこまで可能とは思っていないだろうし。
 しかし、これは人間界での話。人間界の外ではどうなのかは知らないので、プラタかシトリーにでも訊いてみてもいいかもしれないな。もしかしたら、人間界の外では精神干渉魔法の使い手なんて珍しくないかもしれない。

「・・・・・・」

 訊いてみてもしょうがないと思ったものの、気になったので今すぐ訊いてみることにする。前に訊いた事があるような気もするが、気のせいだろう。

『プラタ』
『如何なさいましたか? ご主人様』

 困った時のプラタ先生ということで声を掛けると、直ぐに返事が貰える。

『質問なんだけれど、人間界の外では精神干渉系統ってどうなの?』
『どう、と仰いますと?』
『使い手は多いのかなー? と思って』
『精神干渉の使い手はそこまで多くはありません』
『そうなんだ。それで、その使い手はどれぐらいの使い手なの?』
『そうで御座いますね・・・多くはなんとか精神に干渉可能程度。後はほとんどが思考誘導止まり。しかし、中には洗脳が可能な者も存在しておりますが、こちらの担い手は数える程度しか居りませんね』
『なるほど。人間界より少し進んでいるぐらいで、やはり貴重な存在なのか』
『はい』
『それじゃあ、記憶の改ざんまで出来る者は居る?』
『記憶の改ざんで御座いますか? そうで御座いますね・・・現在でしたら一名該当者が居ります』
『ほぅ。一人居るのか。それはどれぐらいの規模で記憶改ざんを行えるの?』
『あまり使用した形跡が無いので詳しくは不明ですが、少なくとも数日程度でしたら遡行して一部改ざんが可能なようです』
『ふむ。そうか』

 プラタの話に内心で頷きつつ、やはり他人の記憶を改ざんさせるのは難しいのだなと改めて認識する。限界まで試したことはないが、ボクであれば遡行するだけなら十年以上はいけるかな? 記憶の改ざんまで考慮するなら数年分を丸ごとが限界かも・・・それでもかなりきついので微妙なところだが。
 まぁ、相手の記憶を視るなんて正直極力したくないがな。二三日程度ならまだそんなに負担が掛からずになんとかなるが、遠距離魔法なのを前提に考えるのなら、それでもきつい。そう考えれば、今回はよく脳が焼ききれなかったと考えてしまう。

「・・・・・・んー」

 やはりそれは情報の絞り込みが上手くいったからだろうな。

『それでも』
『ん?』

 まだプラタの話は続いていたようだ。他にも能力があるのかな?

『一度行使すれば十日ほど寝込むようですので、滅多に使用しませんが』
『ああ』

 やはりそれだけ負担がかかるのか。ボクが大丈夫なのは、やはり情報の絞り込みのおかげか・・・それともこの身体が兄さんのだからだろうか? 詳しいことは分からないな。そんなに行使する魔法でもないし、考えるだけ無駄かもしれない。

『それで、どうかされたのですか?』

 突然の変な質問に、プラタが首を傾げたような声を出した。ただ気になっただけなので、そう説明しておくか。

『いや、少し気になってね』
『それは、先日使用なさっていたからでしょうか?』
『気づいてたの!?』

 プラタの疑問に驚くものの、考えればそれが判るからこそ、ボクの質問に答えられたのだろう。流石は魔力の循環を担う妖精なだけあるな。頼りになる。

しおり