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(閑話)その頃日本では

「速報です。半年前発生した集団失踪事件の被害者、栗栖留宇君が本日未明遺体で発見されました。栗栖君は……」

 朝起きるなり点けたテレビで報道されているニュースに楓は眉を顰める。自分で仕組んだこととはいえ朝イチで暗いニュースを聞いてしまったこと、そしてそれがまるでお祭りのように騒がれていることに。
 ニュースキャスターは固い表情で淡々と栗栖の遺体の損壊状況を伝えていく。続報が入るまでの間の繋ぎなのだろう。事件のあらましを説明するパネルが出てきて、武谷の遺体発見の状況や江間が入院している病院や自宅なども映し出される。モザイクはかかっていたが、地元の人間が見ればすぐにどこかわかってしまうだろう。
 ニュースは続いて武谷の遺族へのインタビューやまだ見つかっていない他の生徒たちの家族へのインタビューを映していく。うちの子を返してという悲痛な叫びが耳に残る。

「楓、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」

 ありがとう、とお礼を言いながらルナの淹れたコーヒーを受け取った楓はチャンネルを変える。どの局も同じニュースで持ちきりで、どんな時でもアニメを流すことで有名な局ですら緊急速報のテロップが流れていた。

「ルナこそ、嫌な役割をさせてごめん。俺が行ければ良かったんだけど」
「ううん、楓が行ったら変に疑われちゃうし」

 わざわざ隣に座って楓の方に頭を乗せ、離れ離れになるのはもう嫌、と呟くルナにたまらなく愛しさが募る。
 いかんいかん、朝から盛るな俺、と楓が首を横に振っていると家のインターホンが鳴った。

「お迎えか、行ってくるよ」
「私も行く!」

 こんな朝早くから誰がどんな用件で来たかは解っている。心配してついて行くと言って腕にしがみついたままのルナに苦笑すると、楓はそのままドアを開けた。
 テレビのキャスターは続報で検死解剖の結果栗栖が死後一日しか経っていないことを早口で伝え、この半年から生存していたと見られる一昨日までの足取りを掴むべく情報提供を呼び掛けていた。

「あ、木下さんおはようございます。朝早くから申し訳ありません」
「今朝見つかったっていう栗栖の事ですよね」
「ええ、申し訳ないですがまたお話を署の方で聞かせてください」

 扉の向こうにいたのは既に顔馴染みとなった刑事の瀬田と黒木。二人はこの半年ずっと楓を見張っていたので彼ら自身が楓のアリバイ証明となっている。最初は犯人扱いしていた二人は、既に楓を疑っていないがそれでも形式上仕方なくといった感じで接してくれる。本当の所はどう思っているか知らないが。

「今回も家の中を確認していきますか?」
「あ、じゃあお邪魔します」

 どこかに生徒を隠しているんじゃないかと疑われるのは癪だ、と言って招き入れて以来、何かと家の中を確認して身の潔白を訴えているのだ。二人も勝手知ったるといった感じで家の貯蔵庫から何から開けて確認している。
 ルナはその横で頬を膨らませながら戸締りをし、楓は鞄に貴重品だけ詰めるとテレビを消した。


 玄関を出ると、たくさんのマスコミがマイクとカメラを向けている。フラッシュが眩しい。

「栗栖君が遺体で見つかったわけですが、今のお気持ちは?」
「本当は他の生徒の居場所も知っているんでしょ?」

 無遠慮に飛んでくるそんな質問に交じり「人殺し」とか心無い言葉も聞こえてくる。楓が激昂して暴力を振るう映像が撮りたいのだろう。彼らにとっては楓が犯人である方が面白いし視聴者も納得するのだ。

「やめなさいよ! 木下さんだって、甥の香月君がいなくなって辛いのよ!」

 楓を囲むマスコミの後ろからそんな声を投げかけるのは、向かいに住む主婦だ。ゴミ袋を片手に持ったまま、マスコミに食って掛かるのをカメラのシャッター音に襲われている。

「大丈夫ですよ、森田さん。マスコミはともかく、警察はもう俺を疑っていませんから。ちょっと話をしてくるだけです」

 いつもありがとうございます、と声をかけてマスコミから遠ざける。黒木も瀬田もマスコミを押しのけるようにして道を作った。このやり取りももう何回目だろうか。



 異世界云々と言っても信じてもらえないのは明白なため、楓はテレビで報道されている程度の事しか話さない。その辺は別室で話を聞かれているルナも同じだ。
 今回もいつもと同じような質問にいつもと同じように前日どこで何していたかを話して終わり。
 いつもと違うのは、出てくる時に女子生徒が待っていたことか。

「桜田、どうした? お前も事情聴取か?」
「先生、私っ……」

 声をかけるなり、桜田と呼ばれた少女は泣きながら楓の胸に顔を埋める。一瞬ルナが怖い顔をしたが、取り敢えず少女の話を聞くことにした。
 少女は唯一、欠席していたために異世界召喚を免れた生徒であった。

「そっか。うん、それが良い。達者で暮らせ」
「……ごめんなさい」

 桜田はマスコミに囲まれる生活に両親が疲れ果ててしまい、遠く離れた九州の祖父母の元へ家族で引っ越すことにしたそうだ。さらに、学校も受験し直し一学年からやり直すのだと。テレビに顔は出ていないし、病気で休みがちだったのは事実だから入院していたとでも言えばある程度は誤魔化せるだろう。
 泣きながら何度も自分だけ逃げて申し訳ないと謝る少女を見送った。


 半年前に桜田を一人残して生徒達が全員消えてしまったことで、楓は学校を去った。
 もともと非常勤で産休中の教師が戻るまでの契約だったし、通信会社からのアンテナ設置料と片手間でやっている貸しスタジオの収入だけで十分生きていけるから、楓は教師の仕事に未練はなかった。何より辛いのは……。


「要、今日も仕事休んだのか?」
「放っといてくれよ」

 子供を引き取る前の状態に逆戻りしてしまったこの双子の弟のことだった。
 楓にとって甥にあたる子供、香月もまた失踪した生徒の一人だったのだ。超常現象にも理解のある要は話をすぐ信じてはくれたが、楓がついていて何故、と殴られた。
 以来要は部屋に引きこもり無気力状態なのだ。警察署と弟の家と自宅を往復する日々、それが楓のこの半年の生活だった。

「ふむ、そんなに心配なら、お前も向こうに行くか?」
「えっ?」

 取り敢えず死亡が確認できた生徒の中に香月はいなかったと話して少し回復してきたものの、食事も無理矢理口に突っ込まないと食べようとしないこの弟にほとほと手を焼いて、とうとう楓はその禁断の一言を言ってしまった。
 往復できる手段はある。だが、一度向こうに行けばこちらの世界ではありえない超常の力が宿る。それは果たして人間と呼べるのだろうか、そんな疑問があって今まで言えずにいたひと言。そして要自身も言い出せなかった言葉。

「香月がどこにいるかはルナの力でもわからない。が、今の所どこかで保護されていることだけは解っている。あとは合流して連れ帰るだけだ。それがわかっていても、向こうに行くか?」
「行く! 香月だけ危険な目に遭わせて、何が親だ!」

 即答だった。

「OK、ただし条件がある。香月を連れて帰ってくるんだ。生活基盤はしっかり守っとけ」

 向こうに行くのは週末だけ、平日はこっちで仕事をちゃんとこなすこと、絶対に向こうで死なないことという条件を呑ませる。
 いつ倒れるかわからないような状況だが、気力が目に宿っただけでも今は良しとしよう。
 明日は土曜日。早速聖竜に顔合わせさせよう。あのお人よしの竜の事だ、衰弱した弟を回復させてくれるかもしれない。
 誰だこのおっさん、なんて言いながら世話を焼こうとする小さな竜の姿を想像し、クスリと笑いながら楓は家路に着くのだった。

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