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第80回「炭鉱都市コンドン」

 翌朝、僕たちはまだアイリアルにいた。目的地がコンドンとわかったことで、エンリケから翼竜を出すことを提案されたのだ。翼竜はシェルドンが管理していたため、エンリケとディーの説得が成功裡に終わったことも共有する。彼は二人が降ったことに驚いたようだが、エンリケはプラムの出自によって、またディーはエンリケの説得によって折れたという形で説明した。
 もちろん、ディーについては嘘だ。彼はおそらく実父への反抗という形で、エンリケに協力していたに過ぎないのだろう。

 プラムの家名が「レイムンド」であると知ると、シェルドンもまた前回以上に丁寧な礼を見せた。彼らにとって、よほど重みのある名前のようだ。
 もっとも、プラムは僕にあまりその名を使ってほしくないらしい。翼竜を準備してもらっている間に、小声で抗議をしてきた。

「わかった。今後はいざという時だけ頼むことにするよ。君自身の意志でのみ、使うかどうかを決めてくれ」

 事実、あまり彼女の名前に頼りすぎるのも危険だった。何しろ僕が作ろうとしているのは魔王軍の勢力からも独立した存在なのだ。レイムンド家が魔王軍の重鎮であるならば、その名前で集めることは後々になって手痛いしっぺ返しとなりかねない。
 そうしたやり取りをしているうちに、翼竜の準備ができた。騎手の後ろには同乗するための座席が設けられている。プラムと僕の二人が座って体を固定しても、まだ充分な余裕があった。僕より大柄な兵士を積載して運ぶという戦術も行っているらしいから、これは当然なのだろう。

「では、シェルドン。チャンドリカで会おう」
「リュウも壮健であれ」

 翼竜がはためき、シェルドンの白髪が風に流れる。エンリケとの年の差はわからないが、もしかすると、彼は家長の重圧によって年齢以上に老けて見えるのかもしれなかった。
 空へ。風が頬を打ち、僕は「自由」という単語を連想する。思わず手を開いて、解放感に身を震わせてしまった。
 一方で、プラムはしっかりと革製の固定具を掴んでいる。このあたりは彼女との性格の違いが表れているのかもしれない。

 炭鉱都市コンドンへは、まだ朝と言えるうちに着いた。大規模な鉱山がいくつもあるようで、あちこちに捨て石で出来たボタ山が散見された。
 翼竜が小高い丘へと降下し、僕たちはようやく大地への帰還を果たす。

「良い日を」

 送ってくれた騎手はそのように言った。明朗な声が特徴的で、朝の空気の中によく響いた。
 彼は再び手綱を操り、空へと戻っていった。

「うちでもアレを育てたいな」
「翼竜か」
「ああ。移動にも運送にも役立つ」
「翼竜の馴致は馬よりも困難だ。血統による記憶の継承があるから、数世代に渡って育成しなければならない」
「そいつは難業だ。魔王軍ばかりが翼竜を使いこなしている理由がわかったよ。人類国家は盛衰を続けてきたが、魔王領は消滅したことがないみたいだからな」
「だが、代替わりのたびに流血の惨事が起きる」
「平和的な譲位がないのは困りものだな。ま、よそのことを言えた義理じゃない」

 プラムと僕は並んで歩き出した。眼下にはコンドンの街が広がっている。活気がここまで伝わってくるようだ。僕の世界では炭鉱町といえば衰退や過疎なんて言葉とともに語られるけど、ここでは今も好況に沸いている感じがする。
 いやいや、僕の世界でだって、まだまだ炭鉱業が盛んな街はあるはずだ。たかだか僕程度の浅薄な知識でイメージを持っちゃ失礼ってもんだな。

 丘を降りていく。ここはボタ山ではなく元々の地形のようで、歩くのに不便はない。ただ、さすがに土壌は痩せつつあるのか、あまり草花は生えていない。鉱山を作るからには避けられないリスクということだろう。
 このコンドンの街での目的は、伝説の迷宮師ギャリック・ボロメオの孫娘、スワーナ・ボロメオをスカウトすることである。祖父ギャリックは栄達を果たしたが、魔王の代替わりによって、孫娘は冷遇されていると考えていいだろう。ならば、僕の誘いに乗る可能性はある。生かすべき才能を必要とするところに連れて行こう。それがミッションだ。

「ギャリック・ボロメオの孫娘だ。街でも有名人じゃないかな」
「どうだろう」
「とりあえず、その線で家を聞いてみよう。誰も知らなかったら、その時だ。ちょうどいいから、ケイトリンにもらった肩書をそのまま使おう。僕は東南貿易の行商人、リュウ」
「その名前で身分を偽るのは無理がある」
「あ、道を尋ねている間に、もしも不審に思われたら、そう名乗ろうってこと」
「そうじゃなくて。お前の名前はあまりこの世界にない響きだ」
「君の言う通りだ。偽名を使おう。そうだな……」

 僕は人類領域の出身として、ありそうな名前を考えた。

「ジョージ・スミスってのはどうだろう」
「私は別にこだわりはない。変でなければ」
「よろしい。では、参ろうか、プラムくん」
「神、なんだその口調は」
「神じゃない。僕はジョージだ」
「ジョージ」
「気分だよ」
「ころころ変わる口調は経済ではない。自分の偽名に引きずられるぞ」

 彼女の感情に触れることができたので、僕は満足した。
 というわけで、東南海貿易会社の行商人ジョージ・スミスとなり、少女の随員を伴ってコンドンの街へと入った。
 鉱夫たちが歩いていくのとすれ違ったが、特に見咎められるようなこともない。ここには食い詰めた人間も集まっているようで、アイリアル以上に人間の姿が身近にあるようだ。
 道を尋ねるのに適しているのは店だろうか。そこで軽い買い物でもすれば、店主も知っていることを教えてくれるだろう。

「プラム、お腹は空いていないかい」
「朝をしっかり食べたから問題ない」
「僕もだ。となると、服でも買ってあげようか」
「私はこの服が気に入っている」
「そうだね。君はその服がよく似合っている」
「ジョージ……」

 軽口だが、これは僕の本心だ。プラムは彼女の性格に合った、最良のコーディネートをしていると考えている。素材も非常に良く、さらにはメンテナンスも簡単だ。洗ってもすぐに乾くから、一張羅で過ごすことができる。

「買い物をして、そこで話を聞こうと思う。僕の服でも買い換えようかな。スカラルドからアイリアル。さすがにヘタってきた」
「好きにすればいい」
「どんなのが似合うか、見繕ってくれ」
「断る」
「じゃあ、僕が君に二番目に似合う服を選ぼう」
「今日はやけにしつこいぞ」
「ジョージ・スミスはしつこいタイプなんだ。ノーベル賞を取れるくらいにはね」

 服飾店を見かけたので、僕らは入店することにした。ここは鉱夫向けの作業着をメインに取り扱っているようだ。ちょっと僕の好みとも目的とも合致していないかなと思ったが、店の一角には冒険者向けの衣服も売っていた。ちょうどいい。
 僕は店員に言って、人間向けの一式を揃えてもらった。悪くない。試着してサイズがぴったりだったので、そのまま購入することにして、古着は引き取ってもらった。チャンドリカにあった服だから、特に思い入れもない。僕が昔から着ている服は、代わりにチャンドリカのクローゼットで眠っている。

「この街には、ギャリック・ボロメオの子孫が住んでるって聞いたんだけど」

 会計を行いながら、僕は店員に聞いてみた。店員は女の魔族で、整った顔立ちをしていた。きっと今でもモテるに違いない。彼女は僕の問いに「住んでますよ。それもすぐ近くです」と明るく答えてくれた。こいつはありがたい。とてもいい流れだ。

「孫娘のスワーナさん。一人で朝から晩まで迷宮の設計と研究をしてるみたいです。たまに、このあたりを歩いているのも見かけますけどね。あ、でも、お客さんが直接会うのは難しいと思いますよ」
「へえ、そりゃまたどうして」
「スワーナさん、この街の顔役であるノエミさんに……」
「ノエミ・トトか」
「そうです。あの人、スワーナを絶対に手放さないって息巻いてるんです。さっきもこのへんで見かけるっていいましたよね、スワーナさん。その時も、必ず何人かが護衛についているんですよ。可哀想に、年頃なのに言い寄る男まで跳ね除けちゃうもんだから、今でも一人きりで」
「ノエミがスワーナにダンジョンを無理強いして作らせている」

 あっ、あっ、と店員が首を振った。

「ええと、それは違います。語弊があったかもですね。ノエミさんが過保護にしてるんですよ。正直言って、うちの顔役は今の魔王に背中を向けてる感じだから、何かあった時の切り札にしようと思ってて。だから万一を考えて護衛をつけてるんですけど、スワーナさんはスワーナさんでその、迷宮オタクなものだから」

 どうやら、スワーナ・ボロメオもノエミ・トトも癖がありそうだ。こうなると、次の選択肢は慎重に選ぶ必要が出てくる。

「ありがとう。お釣りは要らないよ。いい話を聞かせてもらったお礼だ」

 プラムと僕は店員に手厚く見送られながら、再び外の散策へと戻った。
 ここからどうするか。判断をしなくてはならない。

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