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寄生者、食うべし

 暑い。
 夏の暑さは平等だって言うけど、こうも暑くちゃたまらない。
 そういうこともあって、おふくろは今日の弁当をうな重にしてくれた。たまらない。土用の丑の日には最高のごちそうだ。
 俺はすっかり平らげて、自分の机で満足に腹をさすっていた。

「ああ、うまかった」

 そこへ、朝倉がやってきた。あいつは今日も売店のサンドイッチを食べていた。かわいそうなやつめ。うな重を食べた俺の前にひれ伏すがいい。

「お、ウナギか。土用の丑の日だもんな」
「やっぱりこれだよ。夏は精力をつけなきゃやってらんねえもん」
「俺はそうは思わないよ。ウナギに関する新しい論文が提出されたって知ってるか。ニュースに載ってた」

 ウナギに関するニュースなんてやってたっけか。
 俺はそう思ったが、朝倉はとにかくいろんなニュースサイトを見て回っているし、きっとそういう報道もあったに違いない。俺なんてポータルサイトのトップニュースを見るのが関の山だ。男子高校生にはいろいろやりたいことがあるのである。

「新しい論文。いや、知らないな」
「なんでも、ウナギはもともと寄生虫だったらしい」
「寄生虫だって」

 俺は思わず背を正して、それから椅子に座り直し、朝倉の方をじっと見た。朝倉は隣の席に座って、俺に向かい合った。

「そう、サナダムシとか……ああいうやつ。その寄生虫が進化して、今の姿になったって学説だ。だから、ウナギを食うやつは、寄生虫を自分から食ってるわけだな」

 サナダムシといえば、俺も授業で習った覚えがある。あの腸の中にうねうねと入り込んで、めちゃくちゃ長くなるやつ。それが自分の腹の中にいるかもと考えたことはあったが、まさかその親戚をうまうまと食ってたってのか。

「ぐえ、やな学説だなあ」
「気をつけろよ。もしかしたら、いつの間にか大腸の中にウナギが住み着いているかもしれないぞ」

 俺はその言葉を受けて、想像の翼を羽ばたかせた。俺の大腸にでんと居座るヌルヌルのウナギ。そうか。あいつらがヌルヌルなのは、俺たち人間の内臓に忍び込みやすいようにするためだったのか。とはいえ、蒲焼きにして食べたやつらが合流してあの姿に戻ることはないはず。
 いやいや、考えてもみろ。全くならないとは限らない。ウナギの肉の中にやつらの卵が残留していて、それが腸の中で誕生して育たないとも限らない。やがて俺の中はウナギで満たされて、いつしかケツから食い破られる。そんな可能性だってないわけではない。

「嫌なこと言うなよ。もう食っちまったんだから」

 本当に気分が悪くなってきた。なんてやつだ。自分がうな重を食べられなかったからって、こんな情報テロを起こすやつがあるか。破防法適用でしょっぴいてほしいくらいだ。

「悪いな。次は食う前に言うよ」
「いや、それもやめてくれ。単純にテロ行為だ」
「どちらにしても、感謝して欲しいくらいだ。そういう危険なやつを食わないで済むように、こっちは忠告してやってるんだからな」

 忠告だって。こんなやり口の忠告があるか。単なる嫌がらせだ。デマゴギーだ。オタンチンパレオロガスだ。って言ったのは夏目漱石だっけ。
 どうでもいい思考を入れたところで、俺の気分は少々収まって、冷静さを取り戻してきた。すると、新しい理論がふわっと脳の奥底から湧いてくる。

「うーん、ただ思ったんだが。こいつが寄生虫だとして、それを食ってる人間っていいことをしてるんじゃないかな」
「でも、寄生虫だぞ」
「そりゃそうだけど。しかしなぁ、美味いからいいんじゃないかな。むしろ、この寄生虫を絶滅させることで、人類が繁栄していると考えよう」
「そいつはずいぶんな世界平和の貢献だ」

 朝倉のやつは苦笑いをしていたが、俺はすっかり世界の救世主気取りだった。
 万一、ウナギが寄生虫でも何でもなかったとしても、俺は悪くない。悪いのは美味しい肉に生まれたウナギなのだ。逆に、本当に寄生虫だったとしたら、やはり俺は悪くないどころか、とても良いことをしたのだ。胸を張ってラブアンドピースを世界に向けて発信できる。
 だが、ふと思った。ウナギが寄生虫だとして、それを俺たちが美味しくむしゃむしゃ食べていた。美味しく感じるということは、すなわち体が運命的な使命感に基づいて美味に変換することで、絶滅を促進したのではないだろうか。
 そして、人間もまたいつしか何者かに、そう、「人間を美味しく食べる何者か」に追い詰められ、絶滅の危機に追い込まれてしまうのではないだろうか。
 少し前のネットニュースで、熊に食われるのを電話で伝えながら死んでいった人がいるという記事を見た。その時はゾッとしたが、今はもっと恐ろしい想像に囚われていた。
 もしかしたら、俺たちは美味しくなりつつあるのかもしれない。その美味を誰かが嗅ぎつけて、豪快にパクっと食べに来るかもしれない。
 夏の日差しが何かに遮られ、空が暗くなった気がした。

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