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第28回「聖女の槍のもとに集え」

「こいつをしょうもない冗談と思ってもらっちゃ困る。俺は今でもイケメンだが、元は女神も惚れる超イケメンでね。能力だって、まだまだ出せた。重ねて言うが、今も結構強くていい男で、覚醒すればメチャクチャ強くて使えるいい男になるってわけさ」

 何だか疲れたので、ここらで切り上げたくなった。

「わかった。今でもいい男だから、安心して生きていってくれ」
「おおっとっとっとぉ。そういう展開にしちゃう。ああ、そういう展開にしちゃうわけね。こいつは参ったな。俺としては何とか聖女の槍を手に入れてもらって、真の姿をお披露目したいんだが。ああ、その時に真の名前も教えよう。ご承知の通りのコンスタンティンなんて偽名じゃなくてね」
「あれ、偽名だったの」
「えっ、気づいてなかった、もしやのもしや」
「いや、特に興味を持ってなかった」

 正直な感想である。別に彼がジョンだろうがフレッドだろうが、僕にとってはどうでもいいことだった。

「賢者さん、頼むよぉ。俺は元の姿に戻った上で、超絶進化を果たしたいんだよぉ」

 コンスタンティンはすがりつくように言った。実に感情表現が豊かなおっさんである。憎めなさを感じるのは確かだが、かといって一から十まで聞いてやる義理もない。僕は彼のお母さんではないのだ。イヤイヤ期は卒業してもらわないと困る。
 なあ、とプラムが声を発した。

「神、折衷案がある。こいつを殺そう」
「おいおいおい、どんな論理の飛躍だよ。可愛い顔してすごいこと言うな」
「死がすべてを解決する。人間が存在しなければ、問題もまた存在しない。そんなことを言った独裁者がいたよ。一つの方法ではある」
「捕虜を無駄に殺害したなんて、絶対に悪い噂になるぞ。それは駄目だろ。それは避けなきゃだろ。それはやっちゃいけないだろ」

 コンスタンティンは必死の形相だった。当然だ。僕らの気まぐれで命を奪われちゃたまらないだろう。もちろん、僕は処刑を実行するつもりなんて全くない。ただ、プラムはどうだろう。案外本気で面倒くさがっている可能性がある。
 ここで、僕は意識の隅に追いやっていた事項を思い出した。せっかくアクスヴィルについても知っている男がいるのだ。尋ねておくに越したことはなかった。

「わかった。じゃあ、一つ先に教えてくれ。アクスヴィル軍にニルマール・ギルクリストという男がいたか。巨漢の老人で、白髪にヒゲを生やしている。僕は彼を知らなくてね。知っていることがあったら、洗いざらい話してくれ」

 コンスタンティンは苦笑いを浮かべた。

「まるで尋問だなあ」
「いや、これは尋問だろう」

 プラムの辛辣さは変わらない。彼女にとって、この男の軽薄さは我慢ならない領域に達しているのかもしれなかった。してみると、僕はまだ彼女に認められている方と言える。気分が良かった。
 コンスタンティンは表情を引き締め、「そうだな」とつぶやいた。

「ああ、ギルクリストなら知っている。諸外国には名前が通っていないが、少なくともアクスヴィルの首都であるフィルケンシアでは名前の通った爺様だ。もう90歳を超えてるっていうのに、15の若造よりもシャンとしていて、とんでもなく強い。本人が一騎士として戦場で死にたいってことなんで、昇進しないままでいる。強すぎて他のやつと一緒に行動していたら力を活かせないから、一人だけの部隊として独自に活動していることが多い。生き神様みたいなもんだな。いや、うちは一神教だから、こういう比喩は不適当か」

 老将ギルクリスト。ん、将ではないのか。敬意を持って武人と称するべきかもしれない。まさか御歳90だとは想定外だった。感じる雰囲気からすると人間のようだったが、他の種族の血が入っている可能性もある。
 こういう手合いは厄介だ。味方にすれば頼りになるが、絶対に敵にしたくない。無論、僕の力を持ってすれば、討ち取ることはできるだろう。でも、そうしてしまうと、「アクスヴィルの人々に人気のある謹厳たる騎士」を殺したという、拭いがたいマイナスの事実が残ってしまう。それは今後のチャンドリカの運営に大きく響くことになるだろう。
 もし、再び聖王国と戦うことになったら、かの武人の取り扱いには充分に注意した方が良さそうだった。

「世の中には驚くべき人間がごろごろいるもんだ。わかった、ありがとう。あとは資材の確保や、この城の理想に共鳴してくれるような組織を探している。聖女の槍を持ってくれば、これらの情報も提供してくれるか」
「もちろん。俺の全人脈を活かして、繋ぎを作ってみせるよ」

 コンスタンティンは力こぶを作ってみせた。調子のいいやつである。
 ともあれ、これで方針は固まった。次の目標はレラート帝国の自由都市ルスブリッジにあるルスブリッジ大聖堂、そこの地下書庫にあるという聖女の槍だ。チャンドリカの戦後処理が落ち着いてから出発するとしよう。

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