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第4回「神は舞い降りた」

 リンドン神殿の前に降り立った僕たちに、神殿兵の槍が向けられた。いきなり無礼な話である。もっとも、僕の傍にいるリリは「魔族的な美しさ」を持っているから、嫉妬したとしても仕方ない。
 もちろん、冗談だ。魔族を伴った人間が降りてきたとなれば、警戒するのは当然ってもんだ。

「そいつはいけないな。僕はただ転職しに来ただけだ。まだ何もするつもりはない」

 それでも、僕は彼らの動きを魔法で止めて、悠然と通過した。

「筋を通しに来られたのですね」
「そういうことだ。なのに、人間は猜疑心の生き物だから、僕がもう皆殺しに来たものだと思っている。おかしな話だ。僕がその気なら、わざわざ中に入ってきたりはしない」

 これは「賢者リュウ謀反」の情報が行き渡っていることを想定したものだったが、さすがに考えられる可能性としては低かった。僕が隠遁していたのは多くの人間が知っているようだが、だからといって、魔王軍に力を貸す可能性が高いなどというのは論理の飛躍だ。僕を敵視していたメルならいざ知らず、一般の兵士にまでその警戒心が共有されているものとも思えなかった。
 となると、僕が来る前に何か別の出来事があって、警戒を強化していたのかもしれない。
 まあ、関係のない話だ。
 僕はリリを伴って、司祭の前に立つ。司祭は一歩後ずさりながらも、僕に対抗しようという意志が垣間見えた。

「賢者リュウ……魔族を伴って、この神殿に何をしに来た」

 無礼な物言いだ。シャノンたちと訪れた時とは雲泥の差だ。

「神になりに来た」
「愚かな」
「愚かかどうかを決めるのは君ではない。もちろん僕でもない。天だ」

 僕は天を指さした。
 それだけで、司祭は腰から崩れ落ちた。とうとう緊張に耐えられなくなったようだった。
 なあ、いるんだろう。女神マーグよ。君が出てこなければ、僕はこの神殿を徹底的に破壊するぞ。それをもって、破壊神の宣言を行う。全くもって無駄な犠牲だ。
 ふいに、辺りが暗くなり、天使たちが触れ合う衣装のステンドグラスに輝きが満ちて、その輝きは一つの球を成した。光球はまばゆさを衰えさせずにゆっくりと降りてくる。司祭が慌てて逃げていった。衛兵たちも他の参拝者たちも、みんな距離を取ってこのスペクタクルを見ている。
 光球は一つの人間の形を取り、やがて美少女へと変化した。勝気な顔が印象的な、金髪の少女だ。首の中ほどまでで整えられた髪がゆるやかに動く様は、神性よりも夏の日の淡い恋心を思い起こさせる。

「あれが、建築の女神マーグ」
「ご尊顔を拝するのは初めてだ。自分一人で天まで届く塔を作っちまったっていうんだから、どんなにガチムチの姐さんが出てくるかと思ったが、ちょっと想像とは違ったな。だが、あの手の皮や指の太さを見ろ。間違いなく熟練の匠ではある」

 そう、単なる少女でないことは、その手を見れば明らかだった。まさしく鉄火場を乗り切ってきた、花崗岩のような手だった。それは少女の姿かたちとは不釣り合いだったが、僕の目には魅力的に映った。その「整ってなさ」が、まさしく神の証拠なのだろうとまで感じた。

「この世界の子ではない者よ」

 マーグはエコー付きで喋りだしたが、僕はすぐに手を差し出して待ったをかけた。

「ねえ、マーグさん。そんな無理して神らしく振る舞わなくてもいいよ。真の威厳は飾り立てた石像や並べ立てた美辞麗句に宿るもんじゃない。行動に宿るもんだ。君は間違いなくとてつもない業績を成し遂げた。僕はそれに敬意を表する。だから、話そうじゃないか。わかっているんだろう。そうだ。破壊神になりに来た。だけど、破壊は創造に繋がる。建築の女神である君ならわかるはずだ」

 僕は石畳に座り込み、あぐらを書いて目の前を示した。
 マーグはしばし僕を見下ろしていたが、やがて諦めたように目を伏せ、それからふわりと僕の目の前に座って、同じようにあぐらをかいた。神の威光のおかげか、下着は見えなかった。

「まったく、人として生きていたころを思い出すなあ。あんたみたいな大バカ者は何百年ぶりかな」

 マーグの声は、もうエコーとして響いてはいなかった。人間だったころからこの切符のいい声だったのだろうと思わせる、爽快感に満ちていた。

「そうだ。君はそっちの方がずっと魅力的だ」
「人間らしさは神には不要ってね。神は大変だよ。人間よりも七面倒くさいことの方が多い。塔じゃなくて穴を掘って、地獄で魔神になれば良かったとさえ思ってる」

 それから、マーグと僕は語り合った。神というものが何であるか。何ゆえに神を目指すのか。破壊神としてどういう生き方をしたいのか。
 語り合ったといっても、長々と話し込んだわけじゃない。せいぜい数分の出来事だっただろう。だが、その間、世界は紛れもなく僕たち二人のためだけにあった。
 やがて立ち上がったマーグが僕に手をかざすと、天から光が降り注いできて、僕の体内に新たな力を注ぎこんでいった。

「はい、これであんたはレベル1の破壊神だ。もっとも、能力値はもう人間の職業とは比べ物にならないほどだろうね」

 僕は手を握り、開いた。それを何回か繰り返して、とてつもない何かが体の中で目覚めたのを知った。

「ありがとう。おかげで、何かを破壊しまくって神認定を受ける手間が省けたよ」
「あんたの力があれば、それも可能だろうからね。こんくらいはあたしの裁量さ。神だって地上の何もかもが滅びるのを願ってるわけじゃない」

 僕は立ち上がって軽く手を振り、後ろを向いた。もう振り返らないと決めていた。

「そんじゃ、また」
「いい破壊神になりな」

 歩き出す。
 いつかシャノンたちと来た時とは違う種類の高揚感が、僕の中にあった。ここから新たなるストーリーが始まるのだという確信が、僕の歩みを否が応でも早くさせる。
 リリが、早足で僕の後についてきた。

「神と対等に話すとは……さすがです」
「いつかはその関係性すら破壊することになるかもしれない」

 この言葉には特段の意味を持たせたつもりはなかった。
 しかし、いずれは神々との関係も変わるかもしれないということを、僕は後から考えた。もっとも、それは未確定な先々の話だ。今は破壊神として、自由な原野を駆け回ることになるだろう。
 神殿に外に出て見た空は、いつも以上に青く感じられた。

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