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「あ! 来た!」

 穴から要の姿が見えて、思わず声が出てしまった。

「おう、無事に戻ってきたか」
「はい、目的の物も見つかりました」

 ホッとした顔で声をかける大島さんに、要は笑顔で青いバンダナで包んだ何かを見せる。

「一瞬一気に縄を持っていかれたが、何かあったのか? その後何の合図も無かったから、あと五分待っても戻ってこなかったら突入しようとしてたところだ」
「ああ、ちょっと、床を踏み抜いちゃいまして……でも、問題なかったですよ」

 足もほら、この通り、と要は恐らく床を踏み抜いたらしい左足をプラプラと動かして見せるとボートに乗り込んできた。

(ちょっと危なかったけど、シロが助けてくれた。ありがとう、香月は凄いな)

 心配させてごめん、と声に出して僕の頭を撫でながら、要がそう伝えてきた。
 僕の力が役に立ったのが嬉しくて、自然と顔がにやける。
 と、その時、遠くで光がグルグルと円を描くように動くのが見えた。

「あ、あれ!」
「うん、楓だね。人が来始めたようだ」
「チッ、まだ夜も明けきってねぇってのに。もう用はないな? 戻るぞ」
「はい」
「うんっ」

 大島さんが櫂で大きくボートの向きを変える。
 どれだけ力があるのか、初めゆっくりと進みだしたと思ったら、あっという間にスピードを上げ階段へと戻ってきた。
 ボートを降りて、あっという間にボートをロープで繋いだ大島さんに急き立てられるように階段を上る。


「これっ、岸に寄せてもらって下ろしてもらった方が良かったんじゃ……」
「バカ言え。そんな事したら、関係者以外を入れてたってバレちまう。この暗さなら、こっちを使えば関係者かそうじゃないかなんて区別つかねぇ」

 息を切らしながら言う僕に、大島さんが普通に返す。
 さすが大人は体力が違うなぁ、なんて思ったら要は僕より息切れしてて声も出ないって感じだった。
 降りる時は僕も要も平気だったのにね。

 階段の上まで登り切って、扉から外に出る頃にはすっかり息も絶え絶えといった感じになってしまった僕と要を、大島さんが若いのにだらしないって笑っていた。
 良い人なのは分かるけど、いちいち言葉が悪いなこの人。

 空が明るくなる頃、他の作業員の人が来たので改めて大島さんにお礼を言う。
 何の話か不審げに首を傾げるおじさん達に、大島さんが水が抜け切る前に少しボートに乗せてほしいって頼まれた、と建物に入ったことは内緒にして説明していた。

「坊主、次はちゃんと水が抜け切ってから来いよ」
「はーい。わがまま言ってごめんなさい。入れてくれてありがとうおじさん」

 話を合わせてお礼を言っておく。要と事前に打合せしておいた『見つかった時の対処法』だ。
 まだ呼吸が整わない要も頭を下げてこの場を後にした。

「楓は?」
「ルナさんがいるから放っておいて平気」

 行きも別々だっただろう? と言われて納得。
 一緒に車に乗り込んだシロは、要が持ち帰ってきた包みの傍から離れない。

「首紐だけでなくて、シロの骨も少しだけ持ち帰ってきた。戻ったら、義夫さんと一緒にお墓を作ろう」
「! うん! ありがとう、要」

 僕がシロと包みをジッと見ていたのに気付いた要が教えてくれた。

「その前に、家に帰って着替えないとな」

 ドロドロになってしまったズボンと靴下を見て、要が苦笑する。
 僕はずっとボートでそんなに汚れたつもりはなかったけど、明るくなってきて見たらけっこう汚れてた。
 建物に入った要はもっと酷い。特に、床を踏み抜いたという左足は膝下までドロドロで臭かった。

「お風呂にも入らないとね」
「そうだな」

 車に揺られていると、朝が早かったせいか行きでも寝ていたのにまた眠くなってしまった。
 寝てていいよ、と笑う要の声が遠く感じる。


 今回のことで、僕の能力についてまたわかったことが増えた。
 僕は、他人に幽霊を見せることができる。
 見せたいと思えば、僕が触れていなくても見せることができる。
 そうして見せた幽霊は、普段見えない人でも触れることもできるようになる。
 ただし、あまり長くは持たないようだ。
 それは、今車にいるシロを要が見えていないというのでわかった。

 そのことを教えてくれた要は、これでまた僕の世界が広がるって言ってた。
 僕は自分のこの能力が怖いって、隠すべきものだって嫌っている。
 けど要は、能力は、使い方さえ間違えなければ誰かを傷つけることもなく、むしろ役立てることもできるって言ってくれた。

「実際、俺はシロに、シロに触れるようにしてくれた香月に助けられたよ」

 そう言って要は微笑んでた。
 要はどんな時でも僕を受け入れてくれる。
 要が言うと、この能力もそんなに悪いものではないと思えてくる。


 ありがとうって、言ってもらえた。
 もっと誇って良いんだって、言ってくれた。
 この能力があってこそ僕なんだって。


 少しくすぐったい気持ちになりながら、僕はいつの間にか眠ってしまった。

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