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2 少女と犬②

「ここか?」

 次の土曜日、楓が僕をお店まで連れて行ってくれた。マロンに見せられた通りの場所だ。
 一つだけ違うのはそのショーウィンドウ。女の子の人形のすぐ傍には、マロンそっくりな犬の人形が置かれ、その周りにたくさんの花やお菓子といった小物が並べられている。
 人形も首の角度が直され、微笑みを浮かべ子犬と見つめ合っている構図になっている。

「すいませーん」

 取り敢えず入ってみようという楓を追いかけて店内に入ると、誰もいなかった。
 大きな声で呼ぶと、微かに返事とパタパタ駆けてくる足音が聞こえる。

 暫く待っていると、ワイシャツにエプロン姿のおじいさんが出てきた。

「いらっしゃいませ。今日はどのようなものをお探しですか?」
「え、あの、ごめんなさい、お客じゃないんです。ちょっとあのショーウィンドウの人形について聞きたくて」

 僕が申し訳なさそうにそう言うと、品定めをするかのように眼鏡をくいっと直して僕の姿を見た。

「前、犬の人形なかったよね? それに、女の子も明るくなった気がするの」
「香月、こういうのは直球で言った方が良いぞ。ショーウィンドウの人形、あれが死んだ娘と飼っていた犬にそっくりだっていうご婦人がいてね。こんな偶然があるのかと。何かあるなら教えて欲しい」

 楓には道中に事情を説明してある。おじいさんは楓の話しを聞いて、フム、と何か考えたような顔をした後、お店の外に出てすぐに入ってきた。

「立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「え? お店は?」

 closeにしてきましたからお気になさらず、とおじいさんは奥に続く扉を開けて案内する。
 その先は工房のようになっていて、顔の入っていない人形がたくさん置かれていた。

「凄いな……どれもこれも本物みたいだ……」
「いえ、私などまだまだですよ。ですが、お褒めいただいて嬉しく思います」

 大きなテーブルの上をサッと片付け、そこにお茶を出してくれる。

「それで、あのショーウィンドウの人形について、でしたね」




 おじいさんの話をまとめると、人形が杏莉ちゃんに似ているのは完全に偶然だそうだ。
 おじいさんは近所のホールで定期的に行われているピアノのコンサートを毎回見に行くのだそうだ。曲に心を洗われて休息になるし、ドレスを着た演奏者の姿に刺激されて作品作りが進むことがあるんだって。


「あの犬の人形は、先週作り上げました」

 ショーウィンドウの人形の前に毎日毎日花や草を運び、一日中傍を離れなかった子犬。
 通行人が「犬が人形に恋をした」なんて言っては毎日マロンを構っていたみたい。わざわざカフェでパンを買ってきて与える光景もあったとか。

「そんなにあの人形が気に入ったのなら、いっそのことうちで飼おうかって家内と話してたんです」

 既に店の看板犬のようになっていたマロン。でも、高齢で散歩などの世話が困難だからとなかなか決断できずにいたらしい。そして、とうとう……。


「店の前で倒れている所を見つけた時には、もう死んでしまっていました」

 せめて、形だけでも傍にいさせてあげようと、マロンに似せた人形をぬいぐるみ専門の職人へ依頼して作ってもらったのだという。


「あの、もしあの人形を譲ってほしいって人が現れたら売っていただけますか?」

 僕は杏莉ちゃんのお母さんにこの店の事を伝えたいと話した。おじいさんは、引き離したくないので二つとも購入いただけるなら、と言ってくれた。




「さて、どんな風に伝えるかな……」
「そのまま伝えようぜ。ここで待ってるってさ」

 楓はさり気なくお店のチラシを持ってきていたようだ。
 僕と楓は色々案を出し合って、チラシにマロンの思念を乗せておばさんをお店まで誘導することにした。



 次の日、僕はおばさんの所へ行く。おばさんは今日は河原でマロンを探していた。
 爽やかな風が河原の草を揺らしている。ちょうどいい。
 僕はそっと風上に回って、おばさんに向かってチラシを風に乗せる。

「あっ! 待って! 待ってぇ!」

 少しわざとらしいけれど、追いかけるふり。すぐにおばさんが気付いてチラシを受け止めてくれた。

「あら、また会ったわね、坊や」

 はい、とチラシを寄越しながら笑うおばさんはどこか寂しそうだ。

「ありがとう、おばさん」
「手紙、書いてみたけれど、届けてもらえなかったみたい」

 届けた証が届くって話だったけれど何もなかったわ、と笑うおばさんは今にも泣きだしそうに見えた。
 僕は受け取るふりをしておばさんの手に触れる。
 マロンの記憶で聞いた杏莉ちゃんの声を思い浮かべながら。



(お母さん、マロンはここよ。迎えに来て――)



「えっ?」

 うん、ちゃんと聞こえたみたい。驚いて、チラシをマジマジと見つめている。

「気になる? う~ん……じゃぁ、それあげる! 僕はもう行ってきたから!」

 少し強引にチラシを押し付けると、僕は手を振ってその場を走り去った。
 これで上手くいくと良いんだけど。


 さらに、楓に付き合ってもらってもうひと仕事。何をしたのかは内緒。
 

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