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独立した世界2

 落とし子達の気配を捉えながら移動し、あまり近寄りすぎない位置を保ちながら観察を始める。
 観察を始めると言っても、直接視認するには少々きつい距離。辛うじて明るい髪色程度であれば確認出来るぐらいか。
 それでも視界の範囲内なので、観察する分には問題ない。それに多少離れている方が、こちらも敵性生物と遭遇できるからな。
 そう考えながら観察している間にも落とし子達は移動していくので、どこに向かうつもりなのだろうかと思いながらついて行く。
 移動しているのは落とし子三人の他に、兵士が六人。全員優秀そうな兵士達なので、それだけナン大公国にとって落とし子達が大切だということだろう。
 しかし、倍も監督役が付いているとやり難そうだな。一人付いているだけでも面倒なのに。
 そのことには少し同情するが・・・いや、はじめての討伐ならば、むしろ補佐役が付いていた方がいいのだろうか? その辺りはボクには分からないな。元々ボクには、兄さんという規格外の存在の肉体と知識が基礎にあったのだから。
 まぁ、その辺りは別にいいか。それよりも今は、落とし子達の観察が優先だ。
 落とし子達は平原を西へと進む。敵性生物というか魔物の強さは、東のハンバーグ公国側よりも西のユラン帝国側の方が比較的弱いからね。
 大結界近くを進んでいる一行だが、途中で四体の四足歩行の魔物と遭遇する。まだかなり距離はある。
 一行とボクとでは距離が離れている為に話し声までは聞こえてこないが、戦闘態勢に入ったのが遠くからでも窺える。それに加えて、落とし子達が楽しそうな雰囲気に変わったのが分かった。

「戦闘が楽しい、のかな?」

 思わず口の中で転がすような小声でそう零す。初めての戦闘を恐怖するのではなく楽しむとは、実力差故か、それとも戦闘狂などという種類の人種なのか。
 とりあえず観察していれば判ることだろう。
 襲いくる魔物達。それに最初に攻撃したのは、桃色の髪をした人物。
 発現させた魔法は火球なので初歩の魔法だし、威力も大して高くもない。やはり実力はそこらの兵士と同じぐらいか。
 しかし、この辺りの魔物相手ではそれでも十分なので、火球を受けた一体の魔物の動きが大きく鈍る。やはり一撃で倒すというには、火力がまるで足りていない。
 それでも一体の動きを鈍らせた意味は大きい。これでまずは三体に対処すればいいのだから。
 兵士達を除けば三体三。一人一体を相手にするようで、魔法を発現させていく。火・水・風と基礎魔法だが、威力はそこそこ。
 そんな様子を少し離れた場所から見守る兵士達。いつでも手が出せるようにしているようなので、やはり監督役か。
 落とし子達が発現させた魔法は魔物に全て命中するも、威力は三人とも似たようなモノで、三体とも倒れはしなかったが、よろけるように歩みを弱めた。
 そこに最初に歩みを弱めた魔物が三体を追い越して落とし子達に襲い掛かる。しかし、やはり平原ではまだ距離が離れている為に、そこに落とし子達から三系統の魔法が同時に放たれた。
 それをまともに受けた魔物は、流石に耐えられずに消滅した。
 残った三体も直ぐに体勢を立て直して、消滅した魔物に続くように駆けてくる。落とし子の三人は魔法発現直後だからか、次の動きが鈍い。
 一気に距離を詰めてくる魔物に、魔法の発現が間に合わないと見たのか、三人は魔法を諦めて、それぞれの武器を抜いて構える。
 その時には距離を縮めた魔物達がそれぞれへと跳びかかる。落とし子達は武器を振り上げ、突き刺し、振り下ろした。
 攻撃は見事に当たり、事前に魔法で弱らせていたからか、それで二体の魔物が消滅した。しかし、倒しきれなかった魔物の一体が、斬られながらも落とし子の一人に跳びかかる。

「まあなんというか、当然の結果か」

 襲い掛かった魔物の一撃は、落とし子自身を護る障壁に阻まれて届かなかった。
 そこに別の落とし子が横から攻撃を加えたことで、魔物は消滅する。それは当然の結末だが、それにしてもあの落とし子達が纏っている障壁は中々に硬そうだ。障壁の魔力の質が落とし子達のそれではないから、過保護だこと。
 とはいえ、やはり視た通りの強さだな。今のところ弱い。今のままであれば、三人同時でももの凄く簡単に倒せてしまう。
 しかし、プラタとシトリーが警戒するほどの相手なのだから、油断は出来ないか。
 とりあえず、距離を保ったまま後を付けていく。こちらに付いている監督役にも疑われないようにしないとな。
 それからも敵性生物と遭遇しては対処しているが、魔物が大して強くはないので、あまり苦戦もせずに対処していく。やはり見た目通りの実力だし、周囲の人間と大差ない。魔力の質を除けばだが。

「ふむ」

 正直視ていてつまらないので、そろそろ監視もやめようかとの考えが頭に過る。このままでもプラタとシトリーが何処かで監視しているだろうし。
 あまりにも見どころがないんだよね。それにボクでは今以上に詳しいことは分からない。なので、そろそろ監視は止めて敵性生物の討伐に専念するとしよう。今回の討伐数も稼がなければいけない。今回は監視の為に大結界からそこまで離れていない位置に居たから、あまり稼げてないからな。
 そう決めると、落とし子達の監視を止めて大結界から距離を取っていく。
 これからは敵性生物の討伐に集中していくとするか。討伐規定数は六ヵ月かけて達成するように組まれているので、元々今日明日で達成できるものではない。まぁ、また呼び込んで狩りを行えば話は別だが。
 なので慌てるほどではないのだが、さりとて怠けていていい訳ではない。何事も積み重ねが大事なのだ。
 もっとも、数が居ようと遠距離で一撃で倒せるので、討伐数はそこそこ稼げている。東門程平原に人が居ないのも要因だろう。
 敵を一撃で倒せるように調節するのも慣れてきたので、作業としても単調なものになってきている。まだ意識して調節している部分があるので、今の段階では作業とはいえ、退屈まではしていない。
 それでも西門から始まり、北・東と経て南門なので、流石に新鮮味が無くなってきた。・・・ああいや、西門の時はほとんど森に行っていたから、本格的に平原に出たのは北門からといえるか。それでも、南門と似たような北門と東門を経れば変わらず新鮮味は無くなるが。
 見渡す限り白っぽい緑の世界。枯れた草の色だが、これも直に緑色が濃くなっていくことだろう。
 あとは人が大勢居るぐらいで、木はそこまで多くはない。昔に邪魔なので切り倒したらしいが、それ以前に元から少なかったようだ。
 他には木と鉄と石で作られた砦が離れた場所に築かれているのと、最後に人間界を囲む防壁ぐらいか。
 南側の平原と他の平原と比べてみてもそこまで変化の無い光景。唯一東門と南門にだけ砦が在るぐらい。あとは草や花の種類や規模の違いぐらいなので、変わり映えはあまりしない。

「・・・うーん」

 平原に居る魔物を含めた敵性生物も、強さにおいてはさして変わらない。まぁ、これはボクにとってなのかもしれないが、それでも変わらないというのは退屈である。ま、別に強い刺激を求めている訳ではないのだが。
 姿を確認した敵性生物で、誰も相手にしていないのを選んで、遠距離で倒していく。
 半ば無意識にそれを行いながら、色々と思いを巡らせる。考えれば結構長く外の世界に出ているモノだな。任務以外でも色々あって、自分の誕生日すら忘れていた。
 そうして敵性生物を討伐しながら、夜を日に継ぎ移動していく。今回は二日の予定なので、夕方ぐらいには南門に到着するように移動しなければな。
 時間を確認しつつ、移動速度を調節しながら南門を目指す。そうして移動したおかげで、無事に夕方には南門に到着した。





「うーん。上手くいかないわね」

 平原の一角で休んでいた、腰ほどもある落ち着いた桃色の髪を後ろで一つに纏めている女性が、甘ったるい声で、考えるような困ったような感じでそう呟いた。

「・・・最初なんだからこんなものだと思うよ」

 明るい茶髪を短めに切り揃えている、やや整ってはいるが平凡な顔立ちの男性が、疲れたような暗い声を出す。

「何、気合いが足りんだけよ!」

 筋骨隆々とした巨漢の男が、身体に力を漲らせて野太い声で二人に声を掛けると、それを受けた二人は暑苦しそうな目を男へと向ける。
 しかし、男がそんな視線を気にした様子は微塵も無く、滔々と努力の素晴らしさを語り出した。

「・・・そんな事はどうでもいいよ」
「そうよ! 問題は今、ここの敵にも苦戦しているってことよ!」

 暗い雰囲気の男性の言葉に同意した、身長百三十センチメートルほどの女性が二メートル以上の屈強な巨漢を指差して、少女のような甲高い声で怒鳴る。
 それに、屈強な男はにかりと太い笑みを浮かべて、女性へと見せつけるようにその太い片腕に力を込めながら掲げて力説する。

「だからこそ、力を付けるべきなのだよ! 二人共細すぎるからな!」
「相変わらずね。魔法が在るのだから、そちらを重視すればいいでしょう」
「なっははっ! それもいいが、やはり最後は己が肉体がものをいうのだよ!」

 豪快に笑いながら、男はその引き締まった肉体を二人に見せつけるように構えを変える。
 そんな男を二人は冷めた目で見詰めると、女性が呆れたように周囲に居る兵士達に声を掛けた。

「これはほっといて、そろそろ休憩を終えましょうか」

 女性の言葉に兵士達が頷いたのを確認すると、一行は歩き出す。
 平原には沢山の人間が居るが、その多くが何かしらと戦闘している。そんな中でも三人が安全に休憩できたのは、周囲を護る兵士達のおかげであった。
 その証拠に、休憩を終えて兵士の護りが無くなって直ぐに多脚の蟲の襲撃を受ける。
 六匹のその蟲とはまだ距離が在るのだが、蟲達の移動速度が速い為に、みるみる距離が縮まっていく。
 三人は急いで魔法の準備を行い発現していくも、周囲の兵士達は静観するだけで何もしない。それは、これが三人の鍛錬の一環であるからであった。
 三人が発現して放った魔法は蟲達に直撃したが、直撃した三匹の蟲の脚が一二本飛んだだけで、それで一瞬動きが鈍っただけだ。
 それに悔しそうな表情を浮かべた女性は、二人に攻撃を集中させるように要請する。
 即座にその要請に答えると、三人は蟲の一匹に攻撃を集中していく。それでなんとか一匹は倒すことが出来たものの、その時には蟲達の接近をすっかり許してしまっていた。
 三人に襲い掛かる蟲達。それは後方で様子を見ていた兵士達にも流れていく。

「もう! 蟲は嫌いだというのに!」

 嫌悪感の混じる情けない声で女性は叫びながら、二人より少し後方に下がって魔法を放っていく。

「はっはっはっ! だから身体を鍛えればいいのだよ!」

 人間より数回りほど大きな蟲相手に、大人ほどの長さの大剣を振り回しながら、屈強な巨漢は呵呵大笑する。その言動に大分余裕が在るのは、圧倒的ではないが、苦戦しているようには見えないからだろう。

「・・・否定しきれないが、必要はない」

 暗い雰囲気の男性が、取り回しが容易な柄が短い槍で蟲の脚を薙ぎ払いながら、巨漢の言葉を否定する。
 その三人の後ろでは、流れた三匹の蟲の相手をする兵士達。
 六人の兵士は熟練の兵士達なのだろう。蟲の接近を許しても慌てることなく対処していく。
 兵士達は即座に二人一組で対処をはじめ、一人は魔法で強化した武具で戦い、その少し後方からもう一人が蟲へと魔法を放つ。
 その連携で兵士達は驚くほど手早く蟲を殲滅していく。
 兵士達が蟲を三匹殲滅した後も、落とし子三人は蟲二匹と戦闘中であった。
 倒した蟲の処理をしながら、兵士達はそんな落とし子達の方へと意識を向ける。

「・・・・・・」

 特に口を開くことなく、兵士達は三人の様子を眺める。兵士達の役目は、三人が大怪我や死んだりしないように見守ること。それとおかしな行動をしないように監視することだ。
 しかし、後者の可能性は今のところかなり低い。というのも、落とし子の三人はこの世界に来たばかりなので、右も左も分からない状態でこの世界の知識が乏しく、今現在の強さもそこまで周囲と変わらない。なので、現在は修行と共に世界の事を習っているところであった。そんな状況でナン大公国側と距離を取ることは、利益よりも不利益の方が大きい。
 それでも、異なる世界からの来訪者が自分達と同じ思考をするとは限らないので、兵士達に油断はない。
 そんな異世界からの来訪者達も、程なくして蟲二匹を倒した。しかし、前衛を務めていた男性二人が怪我を負ったので、兵士達は薬と魔法を併用して怪我の治療を行う。
 しかし、兵士達が行える治癒はかすり傷を治す程度で、重症では僅かな効果しかない。それでも、護りながら下がるぐらいはできる。とはいえ、幸い今回はそこまで深い傷ではないので、消毒した後、傷口に軟膏を塗って包帯を巻いた場所に、治癒魔法を併用して治癒を促すだけで事足りた。
 兵士達はそれに内心で安堵しつつ、落とし子三人の意向で平原の探索を再開する。
 今はまだ大結界近くを探索するだけだが、それでも戦闘経験の乏しい落とし子達には適正の様で、いい経験になっているのが一目で判るほど。
 兵士の一人が周囲の警戒がてらに周辺に意識を向けると、魔力量的には落とし子達には劣る生徒達が危うげなく敵性生物と戦っている姿が目に入った。この辺りは連携が取れているのと、単純に経験の差だろう。
 それを見て、次は他の生徒達と共に行動させてもいいかもしれないと兵士は考えつつ、視線を落とし子達の方へと戻す。そうすると、三人はまた敵性生物を見つけたようで、先制攻撃を行っていた。今回の敵は魔物のようだ。





 平原での討伐任務を終え自室で休むと、翌日は休日だ。色々話を聞いているのでまだ駐屯地から出た事はないが、そろそろ一度ぐらい街に行ってみてもいいかもしれない。
 でも、荒事は苦手だしな。そう思うと腰が重くなっていく。それでも一度見てみたい好奇心はあるからな。

「うーん・・・」

 朝になり、ベッドの上で横になったまま、天井を見つめながら考える。今日から休日だが、どうしたものかと思案しつつ、街に行くかどうかについても同時に検討するが、直ぐには答えは出てこない。
 とりあえず起き上がり、下に降りて食堂に移動することにするか。部屋にはまだ二人が寝ているので、できるだけ音をたてないように気をつけながら。
 食堂に移動すると、ここでも同じように小さなパンと少量の水を貰う。
 それを適当な席に腰掛け食べていく。
 ここの食堂は家の台所というには飾り気のない質素なつくりだが、寂しいという印象はない。なんというか、質実剛健とでもいえばいいのか、機能性だけを重視したような造り。なので、宿舎の見た目に反して食堂だけは駐屯地の食堂といった感じだ。まぁ、勝手な印象だが。
 大して広くもない食堂内には生徒が十人ぐらい居たが、それぐらいであれば手狭には感じない。この倍居れば座れない者が出てくるかもしれないが、そもそもこの宿舎にそれだけの人数が居るのだろうか? 居るかもしれないが、時間はバラバラだろうから問題ないのだろう。
 食事を手早く終えて食器を返却すると、一度部屋に戻って空の背嚢を取ってから宿舎を後にする。今日はどうしようかな? と思いながら、駐屯地を出ていく為に南門とは反対側の出入口へと移動を開始する。
 そういえば、落とし子達はどうしているのだろうか? もうナン大公国の宮殿にでも帰っているのかもしれないが、もしかしたらまだ駐屯地に留まっているのかもしれない。この辺りはプラタとシトリーに訊けば直ぐに判ることだろうが、別にいいかな。今の落とし子達に魅力を感じないし、そこまでして探そうとも思えないから。
 程なくして、駐屯地から人間の生活圏への出入り口である門の前に到着する。
 こちら側の門は、平原側である南門ほど立派ではなく、木で出来た質素な門ではあるが、とても頑丈そうなので問題ないのだろう。大きさも三人が横一列に通れるぐらいの幅に、二人分ぐらいの高さではあるが、そこまで大きなものが通る訳でもないだろうし、これで十分なのだろう。
 その門の傍には、兵士が詰めている小さな兵舎が両脇に一つずつ存在する。それとともに、門を挟むように二人の門番が立っていた。
 ここに正式に派遣されているボクは、その詰め所か門番の兵士に学生証を見せるだけで問題なく出入りできる。しかし他の門では、門番や詰め所はあっても、ここまで厳重じゃなかったんだがな。駐屯地に入る時にたまに身分証の提示を求められる時はあったが、それだけだ。
 とはいえ、ただ見て確認するだけなのでそこまで煩わしいものではない。だからあまり気になるようなものではないが、それでもいちいち身分証を用意するというのは多少手間に感じる。
 そう思いつつも、何事も無く駐屯地を後にする。

「えっと・・・とりあえず街に行ってみるか」

 ちょっとだけ様子を見に行こう。その後は、問題なさそうであればそのまま街で買い物なりすればいいや。その為にも、まずは街を目指すとするか。

「この近くに在る街といえば・・・」

 駐屯地周辺の地図を頭に思い浮かべて、近くの街の方角に足を向ける。一応周辺の地理は覚えておいたのだが、無駄にならなくてよかった。

「普通の街ならいいな」

 踏み固められただけながらも幅が広い道を進み、目的の街を目指していく。
 朝早くに駐屯地を出た後、道を進んで昼頃になったぐらいで、少し高い街壁が見えてきた。
 薄茶色の石を積み上げて造ったその街壁は、高さは二メートルちょっとほどだろうか? 平原と人間界を区切る防壁を見慣れた身としては小さく見えるが、安全な防壁内の街ということを思えば高い方だろう。

「外側からはそこまで物騒な雰囲気は漂っていない・・・ような?」

 離れた場所から観察した感じ、高い壁は在っても物々しい警備はないようだし、在っても入り口に軽装の門番が一人立っているぐらいか。外からでは詰め所の有無は確認出来ないが、多分無いだろう。
 頑丈そうな壁に比べて簡易的な木組みの門の先に見える街並みは、賑わってそうではあっても、物騒という感じはしない。
 そのことに一応の安堵をしつつも、警戒を忘れないようにしながら進んでいく。
 街の門で門番に止められる。というようなこともなく、見られただけで素通りすることが出来た。
 そのことに少し緊張が解けつつ、街の様子を窺っていく。
 街は人で賑わっていた。色とりどりの明るい服に身を包んだ人達が街中を行き交う。
 足元の道は石で舗装されているも、今までの街のような四角い石を綺麗に並べたようなモノではなく、整形していない大きな石を横に切断しただけのものを敷き詰めて、その間を小石で埋めることで舗装している石床の上を進む。
 周囲に建ち並ぶ家々は、四角や丸と様々な形をしていて統一性があまりないのだが、それでも高い家でも二階建てまでしかなかった。しかし、ボクが入ってきた南側の門の反対側に、ひときわ高い塔のような物が見える。

「物見台かな?」

 そうは思うも、そうであれば他の方角の壁際、その中でも門の在るこちら側にも無いのはおかしいだろう。であれば、あれはなんだろうか?
 考えながら街の中を進んでいく。
 埃っぽい空気の街中を見回しながら進んでいると、酒屋や酒場を営む店をよく目にしていく。

「酒、ね」

 もしかしたら飲み屋が建ち並ぶ通りなのかもしれないが、門を潜って真っすぐ歩いているので、ここは大通りではないのだろうか? それとも、ここは酒が特産の街なのだろうか?
 なんにせよ、通りまで酒精の匂いが漂ってくる状態に、僅かに顔を顰める。喧嘩が旺盛と聞いている国で、大して匂いは強くはないとはいえ、酒の匂いを通りまで漂わせている街というのは、どうしてもその二つを関連付けて考えてしまうのはしょうがないことだろう。
 なので、何事も起きていないうちに踵を返して街を出ようかという考えが浮かんできたところで、少し離れた通りから何かを言い合う怒声が耳に届いてきた。
 嫌な予感というか、十中八九喧嘩だろう。遅れてそれを囃し立てるような喧騒が届いてきたし。

「・・・うん。帰ろう」

 そんな状況に急激に気分が降下していくのを感じ、さっさとその場を離れる事に決める。喧騒とはまだ距離があるうえに進行方向なので、踵を返せば巻き込まれるような事にはならないだろう。
 回れ右すると、来た道を足早に戻っていく。直ぐに先程の喧騒が聞こえなくなるが、代わりに他の似たような喧騒が届いてくる。通りが違うようなので、ボクから見えないのが幸いか。

「本当に・・・物騒な街だな・・・」

 そんな状況に恐々としながら、ボクは急いで街を後にした。まだ昼が過ぎたかどうかという時間なので、とても短い滞在だったな。ナン大公国に滞在中は、休日は駐屯地に・・・クリスタロスさんのところに行くこととしよう。他の時と同じ気もするが、あれは流石に無理だ。
 街から駐屯地へと戻り、宿舎にある部屋のベッドに横になったのは、昼も大分過ぎて夕方と言っても差し支えない時間になってからであった。
 途中、クリスタロスさんのところに行こうかとも考えたが、そんな気分にはなれなかったので帰ってきている。

「はぁ」

 それにしても、騒がしい街であった。
 滞在時間が短かったので、あれで全てを見たとは思わないし、もしかしたらあれはたまたま重なっただけなのかもしれないが、それでももう、ボクがここの街へ行く事はないだろう。
 ただの猥雑とした活気であれば許容できるが、流石に暴力沙汰や剣呑さの混じった騒々しさは肌に合わない。それは確実に言える事だ。
 やはりここは今までの休日通りに、部屋でのんびり読書といこう。丁度良い事に、今日は部屋にはボク以外は誰も居ないようだし。

「本当、疲れる国だよ。ここは」

 情報体の本を取り出し手元に構築すると、仰向けに寝っ転がったままそれを読んでいく。
 時折横向きになったり座ったりとしながら、のんびりとした時間が過ぎていく。やはり、ボクにはこういうゆっくりとした時間が性に合っているな。
 それを再認識したところで、一度本を閉じて目を窓の方に向ける。本を読み始めた時には部屋に白い落ち着いた明かりを供給していた太陽も、今では明度の低い赤い明かりで部屋を満たしている。それももうすぐ無くなるだろう。

「この部屋は喧騒とは無縁だな」

 窓越しにも聞こえてくる騒々しさ。宿舎内はそこまで煩くはないが、外は騒がしい。それが好きな者も居るのだろうが、ボクには理解出来ない類いのモノだな。
 特にここの駐屯地は、他の国の駐屯地よりも賑やかだ。今までの駐屯地では、窓を開けない限りはそこまで外の音は聞こえてこなかったんだがな。それにここの宿舎は駐屯地でも端の方だ、それなのにうっすらとはいえ聞こえてくるというのは、これは室内が静かだからなのだろうか? それもあるだろうが、多分違うな。
 まだ誰か帰ってくる様子もないので、再度横になって本を開く。暗くても文字は読めるが、一応明かりでも点けておくか。
 かといって、明かりを点ける為にわざわざ下に降りるのも面倒なので、小さな魔法光を手元に発現させる。それにより淡く優しい光が手元を照らしてくれる。明度はこの辺りでいいか。明るすぎても目立つからな。

「・・・・・・」

 明かりを確保したので、黙々と本を読んでいく。
 誰も帰ってこない室内に、本を捲る小さな音が響く。そこまで食事が必要ないというのは、こういう時にも便利だ。
 そうして夜が更けても読書を続けていく。どうやら今日は誰も帰っては来ないようで、未だに部屋には独りきり。まぁ、見回りも討伐も日数が掛かるので、部屋に居る方が少ないのだが。
 そのまま日付が変わった辺りで本を閉じて情報体に変換してから収納すると、寝ることにする。寝て起きて、また日常の始まりだ。





「そうだな。それはもう少し様子を見てからだろう」

 ナン大公国に在る南門前に展開されている駐屯地の一角で、周囲の兵士達よりも仕立てのいい軍服に身を包んだ壮年の男性が、言い含めるようなゆっくりとした口調で語り掛ける。

「しかし、そう遠くないうちにそれは行われるだろうから、今の内に候補は絞り込んでおこう」
「はっ!」

 男性の言葉に、対面に座していた兵士が勢いよく返事をすると、男性は満足げに頷く。

「やはり、相手はまだまだ成長の余地がある学生がいいだろうな。それもそこそこ腕が立つのが望ましい。その頃にはあの三人も強くなっているだろうから」

 そう言うと、男性は問うような視線を正面の兵士に向ける。

「それにつきましては幾人か候補は居りますが、しかし、現在のお三方の強さと今後の成長速度を勘案しますと、適当な学生は中々・・・」

 兵士は言葉を濁すと、力なく首を振った。

「そうか。とりあえずまだ時間はある。もう少し探してくれ。皆も心当たりがある学生が居れば伝えてほしい。それでも無理ならば兵士だが・・・こちらも少々難航しそうだな」
「はい。しかし、その場合だと幾人か候補が居りますので」
「そうだな。境界の詰め所に詰めている連中にでも協力を要請すればいいか」
「はい」
「・・・しかし、短期間にあそこまで強くなるものなのだな」

 男性は周囲の、一般的な兵士よりも上に属する兵士達を見回しながら感慨深く口にする。

(この場に居る兵士達も実力者揃いではあるが、それでもそう経たずに追い越されていくことだろう)

 内心でそう呟きながら、そんな存在を今後どう運用していくのだろうかと男性は考えるも、それ以前に御せるのかも不安であった。そのまま自らに牙を剥かれては困るのだが。

「まったく、上はどこからあんなのを連れてきたのやら」

 男性はため息と共に小さくそう零すと、正面の兵士に早速候補者選びを急がせる。
 兵士が一礼して部屋を出ていったのを見届けると、男性は周囲に立つ兵士に問い掛けた。

「先程も言ったが、皆も誰か心当たりある生徒は居ないか? 出来れば君達ぐらいの強さは欲しいのだが」

 男性の言葉に場が少し騒めくと、兵士の一人が手を上げて存在を主張する。

「心当たりがあるのかね?」
「はい。ただ、その前にお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論だとも」
「その強さとは、魔力量のみが基準でしょうか?」

 その兵士の質問に、男性は僅かに意表を突かれたような表情を見せるも、直ぐに威厳のある顔に戻す。

「いや。ここに居る君達ならば理解しているだろうが、実際の戦闘において魔力量が多いだけでは役には立たない。強さとは、当然ながらそれを使いこなす技量も必要となってくる」
「では、その二つはどちらが重要でしょうか?」
「両方を兼ね備えているのが望ましいが、個人的には後者だな」

 男性の回答に、兵士達が更に少し騒がしくなる。ナン大公国において、強さの基準は第一に魔力量の方が重要視されている。技量などはその次か次辺りだ。なので、それなりの立場にいる男性がそれを否定した事に周囲には驚きの色があった。
 しかし、そんな中にあって、質問した兵士だけはどこかホッとしたような、それでいて何かを期待するような雰囲気を醸していた。
 それを目聡く捉えた男性は、微かな笑みを口元に浮かべて兵士に再度問う。

「それで? 君が推薦したい生徒は誰なのかな? 勿論、パーティーでの総合力でも構わないよ」

 男性に問われた兵士は緊張から小さく息を呑むと、しっかりとした口調でその名を告げる。

「はっ! オーガストという、ジーニアス魔法学園から派遣されている生徒です」

しおり