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配達人の噂

 伝えたい想いはありませんか?
 伝えられず、諦めてしまった想いはありませんか?
 そんなあなたの「想い」、届けましょう――




【ある怪奇雑誌記者の手記】

 この町には、不思議な噂がある。「配達人」の噂だ。

 山の頂きにある廃ホテル。
 その建物は、日々多くの人が訪れる。
 絶好の肝試しスポット、或いは廃墟マニア延髄のスポットとして。或いは救いを求める場所として。
 しかし、そこを訪れた誰もが目撃したであろう「それ」について、語る者はいない。

 語ってはいけない。それがルールなのだ。

 五階建てのその建物の、地下一階。
 備品室という札のある扉の先に、それはある。
 廃墟とは思えないほど片付けられた部屋に、ポツンと残された大机。
 人ひとり隠れられそうなその大机は、まさに今誰かが机の下に潜んでいるのではないかという廃墟ならではの不気味さが漂っている。
 が、そんな異彩を放つ大机の下への興味や警戒はすぐに薄れることだろう。

 大机の上には二つの箱が置かれている。一つは目安箱のような小さなポスト。もう一つは「不受理」と書かれたトレイのような浅い箱。そのどちらにも最近書かれたらしき真新しい手紙が多数入っている。

 ポストの前に貼られた紙には、こう書かれている。

『【想い】を届けたい皆様へ。

いくつかお願いしたい儀がございます。

一つ、配達人について詮索しないこと。
一つ、お届け物を回収に来るところを見ないこと。
一つ、この部屋を荒らさないこと。
一つ、郵便局など一般の配送業者が請け負ってくれるものについてはそちらを利用すること。
一つ、届ける【想い】は真摯なものであること。
一つ、相手を害するものは入れないこと。
一つ、この部屋や配達人に関して他言しないこと。

以上を守れない方のご依頼に関しましてはお受けすることができません。

配達人より』


 心霊スポットの取材として件の廃虚を訪れた私は、その部屋を見つけすぐに「配達人」に関して取材を始めたが、皆口を噤むばかりでなかなか情報は集まらなかった。
 数名から聞き取れた話を、ここに纏める。


 配達人に関する噂。
 それは、住所不定の相手にも届けてくれるという事。
 興味本位や悪戯での手紙は届けてもらえない事。
 ポスト前に貼られたルールを守る事。
 ルールを破れば、その後二度とその人のものもその人宛のものも届けてはもらえないという事。
 受理されれば、例え名前も知らない相手でも、海の底でも天国でも届けてもらえるという事。
 届けた証が届く事。

 それが真摯か悪戯かなどどのように判定しているか不明だが、受理さえされれば確実に届けられ、その証が届く。
 だからこそ、縋りたいと願う人は多く、語る人は少ない。
 
 そこを訪れた人にその部屋や配達人について聞いても、誰も答えはしないだろう。
 代わりに返ってくるのは、「白い子供のようなものを視た」「黒い影を視た」という話だけだ。
 こうして、この廃虚は『本当にヤバイ心霊スポット』として有名になっていく。
 そして、公に語られることのない配達人に関する噂は、この廃墟の噂によって隠されていくのだ。

 語ってはいけない、というルールにも関わらず、配達人の噂は多くの人が知っている。
 何故なら。本当に困った時、どこからか、誰かから教えられるのだ。
「なら、配達人に頼ってみれば?」と。



 私に話をしてくれた人の中に、実際に配達人を利用したという老婦人がいる。

「飼っていた犬がね、いなくなったんです」

老婦人は語った。

「室内犬だったんですけどね。そりゃ、脱走することもたびたびありましたよ。けど、何日経っても帰ってこなくなってしまったの」

 何日も何日も探し彷徨い、草臥れて動けなくなった時に、少年から配達人について教えられたらしい。

「こんな歳でしょう? 山を登るのも苦労しましてね。それでも何とか廃墟まで行って、ちーちゃん、あ、うちのいなくなった子ですの。ちーちゃんお腹空かせてないですか? 帰ってきて、って書いて、ちーちゃんの好きだったおやつと一緒に入れたの。そしたらね」

 数日後、夢にそのちーちゃんが出てきたらしい。

「もう探さないでって。新しい子と暮らしてって。帰れなくてごめんって、言われた気がしたの。そのまま走って行ってしまったわ。起きたら、あの子の首輪を咥えた子犬が庭に……」

 ごめんなさいね、と婦人はハンカチで涙を拭った。

「ちーちゃんももう老齢だったから、やっぱりね、と納得しましたわ。それ以来、あの子を探すのをやめましたの」

 届けた証が届くとはこういう事なのだろう。
 私がこの町で聞けた話はこれでお終いだ。
 信じるか信じないかはご自由に。
 だが、配達人の噂は本物だ。

 何故なら、私もその「手紙を届けてもらった一人」になったからだ。

 きっと今日も配達人を頼ってあの部屋を訪れる人がいる事だろう。

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