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スタンピード

 殺られる……

 そう確信した瞬間背後から人影が弾丸の様に飛び出して来た。

 ガツン!

 木陰から飛び出して来た獣の頭にバールの様な物が突き刺さる。

 ヨシエさん偉い!

「大きなウサギですね、今夜はウサギの丸焼きですね」

 え、ウサギ食うの?

 目の前では頭を殴られたセントバーナード大のウサギがモフモフの前足で頭をおさえている。落ち着いて見てみると少し可愛く見えて来た。

「ヨ、ヨシエ、そんなに本気を出さなくてもな? 相手はウサギだし」

「解ってます。苦しめない様に速やかにトドメをさしますので御安心下さい。のんびり相手をしていると肉に臭みが回りますので」

 ヨシエの目がすでに食肉を見る目になっている。

「モキュ!」

 ウサギが出さなくても良い向こうっ気の強さを出してしまった。

 逃げてピョン吉君!

 ヨシエが素早いステップでウサギの傍に回り込み、渾身の力を込めて頚椎にバールのような物を三度連続で叩き込むと皮一枚で首がぶら下がる。

「ひいい……」

「刃がついていれば一撃で仕留められたのですが、修行が足りないみたいですね」

 大きな後ろ足がドタンドタンと音を立てて痙攣して、痙攣に合わせてちぎれた首から赤黒い血が飛び散っている。

 どこに隠れていたのかアケミが懐から取り出した『重量軽減』の魔方陣が書かれた付箋紙をウサギの身体に貼り付けて木の枝に吊るそうとしている。

「さっさと血抜きとワタ抜きしちゃうわよー!」

 ひいいい! 一度可愛いとか思ってしまうと解体作業が無理なタイプの俺は思わず目をそらす。

 あまり可愛いらしく無いビジュアルの大猪なら平気なのだが……

「俺は少し疲れたから洞窟の中で休んでいるぞ」

「洞窟の奥は虫が多いみたいだからあまり奥に行かないでね旦那様」

 吊り下げられたウサギの腹にプスリとナイフを刺しながら、こちらを振り向きもせずに原始人達が注意を促して来た。

 俺はこう見えて感情移入が激しいので、目をつぶりながら洞窟に逃げ込んだ。

 ピョン吉君の解体と虫なら虫の方がいくらかマシだ。対策だって考えてあるしな……

 俺は早速通販で屋外用の強力な蚊取り線香を購入して、ライターで火を点けると洞窟入り口付近に転がる岩の上に設置する。一応念の為に二巻……

「はあ……」

 洞窟入り口座り込むと思わず溜息がこぼれ落ちる。

 殺される前にモフりたかったな。

 ヨシエとアケミの楽しそうな声を聞きながら、何をするでも無くボンヤリと蚊取り線香の煙を眺めているとある事に気付く。

「空気が洞窟の中に向かって流れている?」

 換気扇に吸い込まれる様に煙がどんどん洞窟に吸い込まれて行く様をポカンと見ていると、光の届かない真っ暗な洞窟の奥からガサガサゴソゴソとかなりヤバ目な音が響いて来る。

 昔何かの動画で見た記憶が強制的に掘り起こされる。

 都会の地下街に設置されたマンホールの中に殺虫剤を散布して、地獄を召喚する儀式だ。

 地獄管理人の注意を受けて召喚主が一匹一匹足で踏み潰して片付けると言うオチがついていたが、あの動画ではキチンと地獄の片鱗であるブラックカーペットが召喚されていた。

 この洞窟の入り口は今にも外れそうな地獄の釜の蓋なのではないかと不安がよぎる。

 逃げる事は決定だが、ほんの少しの抵抗をしておく時間はまだあるはずだ。震える手で残りの蚊取り線香全てに火を灯し、一列に並べると力の入らない足の筋肉に気合を飛ばしながらヒョコヒョコとアケミ達の元へと急ぐ。

「あー、チミ達。洞窟からとてつもなく嫌な音が聞こえて来るのでな、ちょっと街道まで俺と一緒に逃げないかベイビー」

 ピョン吉さんの臓物を握りしめた原始人達は、心底意味がわからないと言う顔付きでこちらを見る。

「洞窟スタンピード祭が始まりそうなんだよ! 逃げたいんだよ!」

「スタンピードって……虫しかいなかったわよ? ちょっと危ないのも混じっているけど変なちょっかいを出さなければ安全なはずだけど?」

「変なちょっかいを出しちゃったんだよ!」

 不毛なやり取りを繰り返しているうちに洞窟の中からはガサガサと言うミニマムな音調から、波の音の様なマキシマムな音調が辺りに響きわたり、流石の原始人達も顔が引きつり出す。

「アケミ、あの野営の時に使う虫除け結界魔方陣は持っているか?」

「限度ってものがあるでしょ!」

「どこか遠くに逃げるぞ」

「こんなに色気の無い駆け落ち台詞は聞いた事がありません」

 ウサギのピョン吉の臓物を放り出し、這々の体で逃げ出す準備をしていると不意に彼等の足音が止んだ。

 恐る恐る振り返り、洞窟の入り口に向けて耳を澄ましてみても音がしない。

「ヨシエ」

「はい」

「見てこ……」

「いやです」

 命令台詞にかぶせて拒否しやがった。隷属魔方陣使えない子。

「アケミ」

「絶対嫌」

 命令前に拒否しやがった。

 しょうがないので三人で見に行く。

 そろりそろりと足音も控えめに洞窟の入り口を覗くと、縦横二メートルの余裕があった筈の入り口に黒い物体がはまり込んでいるのが見える。

「岩? 落石か何かか?」

 更に近寄ると真っ黒な岩がモゾリと動き、雄叫びをあげた。

「ギイイイいいいい!」

 虫、バッタ系? 兎に角デカイ虫が洞窟の中から出ようとしてはまり込んでいるらしい。

「まさか……ダンジョン化していたの?」

 アケミがなんか訳知り顔で驚いている。ヤメテ、そんな少年漫画みたいな展開望んでいない。

「ヨシエ」

「汁が飛びそうだから嫌です」

 我がパーティきっての脳筋担当が頑なに嫌がる。

 しょうがないので昔から親しまれているオーソドックスなスプレー殺虫剤を購入。

「ギイ……」

 この世界の虫達はある意味スレていないので殺虫剤で呆気なく死ぬ。燃える展開など挟む余地が無い程にあっさりとお亡くなりになったので、供養の為に蚊取り線香を追加で焚き染めた。

「で、どうすんだこれ?」

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