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再会9

 そのまま今日も夜まで雑談に興じてしまい、四人が部屋から出ていったのが夜も大分更けてからであった。夕食を食べなくてもいいのかとも思ったが、まあ本人達が気にしていないようなので、ボクが気にする事ではないのだろう。
 静かになった室内で、折角だからと四つの指輪を創造していく。その途中で、プラタ達が姿を現した。

「おかえり」

 それに声を掛けると、プラタが丁寧に頭を下げてくる。

「えへへ♪」

 シトリーがボクの膝の上に腰掛けてボクの方へと体重を預けると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
 向かい側には影から出てきたフェンとセルパンが腰掛ける。

「それで、何を御創りになられているのですか?」

 手元の飾り気の無い指輪へと目を向けたプラタの問いに、ボクもそちらへと目線を落とす。

「ああ、耐毒の指輪でも創ってみようと思ってね」

 色々組み込んでもいいが、とりあえず毒への対策用の魔法道具なら簡単に創れるし、いいだろう。まあ毒というか、劇薬全般を警戒する方向で組み込むとするか。

「それをどうなされるので?」

 ボクの答えに、プラタは不思議そうに首を傾げる。こんな単純で無意味なものを創っていることが不思議なのだろう。創ろうと思えばもっと複雑で性能のいい物を創れるのだから。それに、毒物ぐらい魔法道具に頼らずとも簡単に対処出来る。

「ペリド姫達に贈ろうかと思ってね。目立たない物の方がいいから指輪にしたけれど、指輪も目立つかな?」

 飾り気の無い地味な指輪だし、肌の色に同化するように魔法を組み込む予定だ。しかし、それでも指というのは目につきやすい位置ではあるから、少し考えものか。
 ならば、自分の足首に付けているようなものか、腕輪でもいいな。・・・取り外しのしやすさも考慮すると腕輪辺りだろうか?

「うーーん」

 どうしたものかと思案していると、プラタがこちらをジッと見詰めている事に気がつく。それ自体はいつものことだが、今回はどことなく何か言いたげな雰囲気を纏っているような気がする。
 もしかしたら勘違いかもしれないが、気になったのでそれを問い掛けてみることにした。

「どうかした?」

 そのボクの問いに、プラタは思案するように僅かに首を傾げると、ややあって口を開く。

「いえ、特段何かある訳では御座いませんが、宜しいのですか? 貴重な品を贈られても」

 プラタの言葉に、何を懸念しているのかに思い至るが、まあペリド姫達であれば問題ないだろう。そこまで凝った品を贈る訳でもないし。

「大丈夫だと思うよ」

 そう言いながら、とりあえず見本として指輪に魔法を組み込んでいく。

「これぐらいの魔法道具だし」

 即席ながら、魔法を組み込んだ指輪をプラタに差し出す。

「・・・左様で御座いますか」

 しかし、指輪に目を向けた後に何か言いたげに頭を下げるだけで、納得はしていないようだ。何か不味いのだろうか?
 何だろうかと考えるも、技術についてはそれ程ではない。人間界基準でいえばそこそこ高い技術ではあるが、組み込んでいる魔法では完全な耐性を得られる訳ではないので、探せばこれぐらいであれば存在する可能性が高い程度の品だ。それにこの程度であれば、あの四人はそこまで驚きはしないだろう。
 では、プラタが懸念するのは他の要素だろうが、・・・うーむ? 考えても分からないので、プラタに何が問題なのか問い掛けてみた。しかし、それに返ってきた答えは、「何も問題は在りません」 というもので、求めていたものではなかった。

「・・・まあいいか」

 それが気にはなったが、あまり気にし過ぎていてもいけないので、手のひらに在る指輪を分解して創り直す。まぁ、ここは無難に腕輪でいいだろう。
 そう思ったところで少し考え、創るものを変更する。自分の付けているような普通の腕輪から、組み紐の様に幅の狭い金属製の帯に。

「これなら目立たないだろう」

 幅が非常に狭く、色も肌と同化するようにしていればそうそう目立つモノでもない。服や手袋などで隠しやすくなるし。
 その帯を創る。柔らかく薄い金属の帯は、糸で編んだ紐よりも薄いだろう。後はこれに魔法を組み込めば完成である。
 早速品質維持系と伸縮性を増すように組み込み、後は目立たなくする魔法と耐性系を幾つか組み込んで完成だ。そこまで容量を使う魔法でもないので、簡単に出来た。
 それを確認すると、情報体に変換する。全体的に加減した魔法道具ではあるが、まあいい出来だろう。
 帯を情報体に変換した後、顔を上げる。膝上では、昨日贈った置物を眺めているシトリーの姿。隣には相変わらずこちらを眺めているプラタが座っている。向かいにはフェンとセルパンがお行儀よく椅子に腰かけてこちらを眺めていた。
 短時間だが作業に集中していて相手をするのを忘れていたな。悪いと思い、折角揃っているのだから何か話しでもしようと考えるも、何の話をしようかな。
 少し考え、再びフェンとセルパンの話を聞くことにすると、正面の二人にそれを伝えて話をしてもらう事にした。
 ボクの要請を受けて、まずはフェンから話し始める。今回の話は、ユラン帝国についてだった。
 前にボクが西門の駐屯地に行っていた時と比べて、防壁の内側にはそこまで大きな変化は見られないらしい。しかし、奴隷売買組織が表向き潰えた為に、多少平和になったとか。警備体制も見直されたらしいし、当分は何事もないだろう。
 皇帝の住まう宮殿の方はといえば、何やら不穏な空気もあるものの、今のところは特に何も無く、平和らしい。
 前に奴隷売買組織の長であるフラッグ・ドラボーが造って籠っていた各地下施設だが、あれは今でも調べているところもあるが、場所によっては取り壊され埋められたり、食料や武器などの保管庫になっている場所もあるとか。
 その地下施設を造った当人であり、奴隷売買組織の長であったフラッグ・ドラボーの方は、現在宮殿にほど近い場所に在るという地下牢に厳重に囚われているのだとか。暗殺を警戒して、ペリド姫の名の下に護りも固く、食事も徹底的に管理されている状態らしい。
 その為、皇帝であろうとも容易に手出しが難しいほどらしいが、それならば矛先の向きが変わるかも知れないと警戒するのも納得できる。

「面倒なものだねぇ」

 上に立つというのは本当に面倒なものだと思い知らされるが、これは人間社会特有のものなのだろうか? 多分そんな事はないと思うが、責任ある立場というものにはなるものではないな。
 そんな感想を抱きつつ、フェンの話を聞いていく。

「色々あるものだ」

 フェンの話を聞き終わり、そんな感想が漏れる。知らないところでも世界は動いているのだなと実感させられた気分だ。
 次はセルパンの話を聞くために、視線をフェンから横に座るセルパンの方へと動かす。
 そうすると、セルパンがその低く威厳のある声で話を始める。
 先程のフェンの話はユラン帝国についてであったが、こちらのフェンの話は、クロック王国についてであった。
 まだ三年生から四年生へと進級してそんなに経っていないのだが、もはや懐かしくも感じる国の名前だ。しかし、つい先日にジャニュ姉さんと遭遇したばかりの為に、クロック王国は懐かしいはずなのだが、若干そうでもないような気もしてきた。あの人は強烈だからな。ボクの中では、クロック王国といえばジャニュ姉さんな部分がある。
 クロック王国も、ボクが居た頃とそう大きくは変わっていないらしい。まあそれもそうか。数ヵ月で大きく変わっていたら、そちらの方に驚きだ。
 ただ、セルパンが訪れたのはつい最近のようなので、大結界を替えたことで少しざわついたらしい。詳しくは分からないが、おそらく主導権争いに関係した事だろう。
 クロック王国も、ユラン帝国同様に変化無しといったところか。
 そうして話している内に夜がさらに更けていき、日付はとうに変わっていた。そろそろ少し寝ておこうかと思い、四人に断って眠る事にした。





「・・・・・・ふむ」

 闇の中で何かを指折り数えていた女性は、玉座に腰掛けながら思案するような声を上げる。

「もう少し細かな掃除が残っていますが、これでほぼ完了ですかね?」

 そう口にした女性は、近くに控えていた、全身を鎧の様なモノで覆っている男性へと目を向けた。

「はい。先日派遣した部隊が戻ってきましたら、目ぼしい地は残っていないかと」

 その男性の言葉に、女性は困ったように息を吐き出す。

「呆気ないものです。世界は広いですが、狭くもありますね」
「これからどうなされるのですか?」
「まずは部隊が戻ってくるのを待ちましょう。その後に考えますが、少し休むかもしれませんね」
「手を休められるので?」

 男性は意外そうな声を上げる。

「ええ。もうじき超越者達がやって来るでしょうから、その動向次第ですね。その間に私も己を成長させるとしましょう」
「左様で御座いますか」
「ほぼ辿り着けない可能性でも、私が追い越される可能性がある以上、成長速度を上げなければなりませんから」

 軽く肩を竦めると、女性は一瞬苦々しそうな表情を浮かべた。

「それに、蒔いた種がどう成長するのか見てみたいですからね。せめて発芽ぐらいはしてもらわなければ」

 女性は楽しむような声音でそう言うと、視線を手元に移し、そこに青白い小さな火を発現させる。

「さてさて、これを与えた者達はどれぐらいまで強くなるのでしょうね。それに」

 そこで言葉を切ると、女性は近くに控えている男性を見遣る。

「これを貴方達に与えた場合、貴方達も成長するのですかね? その辺りの実験もしてみたいものですね」
「御心のままに」

 女性の言葉に、男性は恭しく頭を下げた。

「まぁ、まずは手頃なところで試してみますがね。もしも失敗したら、貴方達では創り直すのが大変ですから」

 ひらひらと手を振ると、女性は前を向いて玉座に深く腰掛け、静かに目を閉じる。

「直に世界が動きますが、我が君はどうなされるのか。今回やって来る超越者の数はそれ程でもないと思いますが、それでも面白そうなことになりそうですね」

 小さく笑みを零すと、女性はゆっくりと瞼を持ち上げる。

「さて、部隊が帰ってくるまでの間、実験でもしてみましょうか」

 そう口にすると、女性は男性の方へと視線を投げた。それを受けて、男性は心得たとばかりに頭を下げると、奥へと消えていった。





 翌日の朝には、列車はジーニアス魔法学園の最寄りの駅舎に到着した。
 ボクはペリド姫達と一緒に列車を降りると、ジーニアス魔法学園へと向けて移動する。
 程なくして到着した学園の門を潜り、ペリド姫達は用事があるというので、寮の方ではなく学舎の方へと進む。その別れ際に、ボクは背嚢から取り出したようにみせた金属製の帯をペリド姫達四人に渡す。新顔の二人の分は用意していなかったので少々心苦しいが、こればかりはしょうがない。
 渡した際に機能の説明をしたが、驚かれてしまった。しかし、そこまで大きく驚かれた訳ではないので、許容範囲内といったところだろう。

「オーガストさんは魔法道具も創れるのですか!?」

 驚いた声でそう問われたが、そこまで大袈裟でもないので、こちらもまぁ、許容範囲内ということか。

「ええ。簡単なものだけですが」

 軽く笑うようにそう応えてから、さっさと話を切り上げて、別れの挨拶を簡単に済ませると、少々強引に別れる事にする。
 後ろで何かしら言いたげな表情をみせるペリド姫だったが、それを無視して寮の建つ方へと向かった事で、特に質問される事もなく、立ち去ることが出来た。
 ペリド姫達と別れてから学園の敷地内を進み、上級生寮の建ち並ぶ一角へと到着する。
 この辺りは少々古い建物が建ち並ぶが、しっかり管理されているので古いという印象はあまり受けない。それに、上級生寮は二年生以上の生徒への部屋なので、人の気配もまばらでとても静かだ。
 そこに建つ寮の一つに入ると、自室として割り当てられている部屋まで移動する。部屋の玄関扉を開けると、いつも通りにプラタとシトリーに迎えられて室内に入った。
 玄関入って直ぐに在る簡易的な台所の前を通って、奥に一部屋だけ在るこぢんまりとした部屋に移動すると、背嚢を床に置いて、プラタとシトリーに一言断ってから転移装置を起動させる。転移先は勿論クリスタロスさんのところだ。
 プラタとシトリーを部屋に置いて、独り自室から転移すると、岩盤がむき出しの薄暗い部屋に一瞬で移動する。部屋の中央には青白い光で淡く周囲を照らすモノが在るが、それは別の転移装置なので、気にする必要はない。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 転移で到着した直後、そう言って出迎えてくれたクリスタロスさんが声を掛けてくれる。
 それに応えて挨拶を返すと、クリスタロスさんと一緒に場所を移す。
 岩肌がむき出しの暗い通路を通って移動した先は、先程までとは違って、白く優しい光が室内を満たす、少し広い部屋であった。
 その部屋は、壁寄りに数人が囲える机と、それを囲む四脚の椅子。その近くに本棚が二つ置かれている。
 本棚には本がぎっしりと並び、その上に部屋の主であるクリスタロスさんを模った置物が置かれている。それは先日ボクが贈った置物だ。何度見ても背中の辺りが痒くなるような恥ずかしさを抱いてしまう。
 そんな部屋に入り、慣れたもので、奥に消えるクリスタロスさんを横目に、いつも座る席に腰掛ける。
 椅子に座って暫く待つと、奥からお茶の入った湯呑を二つお盆に載せたクリスタロスさんが戻ってきた。
 湯呑をボクの目の前に在る机に置くと、クリスタロスさんは向かいの席に腰掛け、自分の分を目の前に置く。
 そうして対面で椅子に掛けると、話を始める。話の内容は、前回来た時から今回来た時の間の話だ。
 内容は然して代わり映えのしない退屈なものだと思うが、それでもクリスタロスさんは嬉しそうに話を聞いてくれる。
 一通り話し終えると、時刻は昼を過ぎていた。まだ夕方というには少し早い時間なので、そろそろいつも通りに訓練所を借りようかと思ったのだが、そこで椅子から立ち上がったクリスタロスさんが、一言断りを入れてから奥へと引っ込んでいった。
 どうしたのかと思いながら大人しく待っていると、奥から戻ってきたクリスタロスさんの手には、何か小物入れのような、長方形の脚付きの小箱が収まっていた。
 改めて向かい側の席に着いたクリスタロスさんは、手に持った小箱をこちらへと差し出してくる。

「?」
「どうぞ。置物のお礼です」

 そう言ってクリスタロスさんは本棚の上に置かれている置物の方へと目を向けた。

「ああ。・・・よろしいのですか?」

 小箱の方に目を落とせば、そこには目立たないながらも精緻な細工が施された、鮮やかな赤色の小箱が目に映る。
 横幅はニ十センチメートルぐらいで、縦幅はその半分ぐらいだろうか。高さの方は脚を含まず五センチメートル程。脚を含めれば縦幅よりやや短い。
 一目見ただけで良い品なのが判るが、お礼というのはこの小箱のことなのだろうか? それとも、中に何か入っているのかな?

「はい。中身はアテが外の世界に居た時に身に付けていた腕輪ですが」

 クリスタロスさんが小箱のふたを開けると、中から白銀の美しい腕輪が姿を現す。まるで氷で出来ているような儚さを思わせる、繊細な造りの美しい腕輪であった。

「そんな貴重な品をよろしいのですか?」

 ボクが贈ったのは、手作りの不格好な置物だ。そのお礼がこんな芸術品のような品でいいのだろうか? それに、思い出の品でもあるようだし。

「構いませんよ。ジュライさんであれば」

 そんな思いを乗せた言葉に、クリスタロスさんは優しげな笑みを浮かべて頷いた。

「そうですか? ・・・では、有り難く頂戴致します」

 そう言って、白銀の美しい腕輪を丁寧に受け取ると、それを()めつ(すが)めつ観察していく。
 全体的に繊細で儚い感じの作りであるその腕輪は、円筒形にした薄い板の上下に、細い二本の輪を取り付けたような作りで、中央の板の部分には、何やら真っ白な線で模様が描かれている。
 象形のようなその模様は、現在研究している新たな魔法に使用している記号に通じるものがあるような気もするが、違うような気もする。どちらもいまいち理解しきれていないから、そう見えるのかもしれない。
 室内の優しい光を反射する腕輪はあまりにも神秘的で美しく、ただそうして眺めているだけで一日を過ごせそうなほど。
 そうして魅入るように眺めていると、ふとクリスタロスさんがにこやかにこちらを眺めているのが視界の隅に映る。それに我に返り、少し居心地悪く居住まいをただす。

「ふふふ。気に入っていただけたようで何よりです」

 そんなボクにとても好意的な笑み向けてくれているクリスタロスさんは、その手に残った小箱を軽く持ち上げてボクの方へと動かす。

「よろしければ、この入れ物も貰ってください」
「え? よ、よろしいのですか!? このような素晴らしい品まで!?」
「ええ。是非」

 目も覚めるような鮮やかな赤色のその綺麗な小箱は、腕輪とはまた違った感じの芸術品という趣がある。正直、この小箱だけでかなりの額になるのが容易に想像出来てしまうので、腕輪だけではなく小箱までとなると、心苦しいどころか畏れ多い。
 しかし、クリスタロスさんのその好意的な笑みを見ると、断るのもまた難しい。元々この小箱の中に腕輪が収納されていたのだから、合わせてということなのだろう。

「あ、ありがとうございます」

 なので受け取ろうと思ったが、手には腕輪を持っていたので、どうしようかと迷う。机の上にそのまま置くのには抵抗があったから。
 暫く小箱と腕輪の間に視線を彷徨わせながら迷った後、腕輪を一旦クリスタロスさんが持つ小箱の中に戻してから、恐る恐る小箱と一緒にそれを受け取る。手が震えなかっただけでも自分を褒めたいほどにどちらも精緻な作りの品なので、間違っても落としてしまわないように慎重に取り扱う。
 小箱を受け取ると、開いたままだった小箱のふたを閉める。その後に目線を下げて小箱に視線を合わせてから、小箱を観察していく。
 こちらも腕輪同様に、よく分からない模様が何かの金属で模られている。
 装飾自体は全体的に大人しめなので、小箱の鮮やかな赤色の邪魔をしていない。
 それにしても、これはどうしよう? そのまま机に置くのも憚られる思いなのだが、情報体で保管するのも何か違う。それでも、小箱は情報体で保管しなければならないか。
 それでは腕輪はどうするかだが。個人的にはこちらも小箱と一緒に情報体で保管しておきたいところだ。しかし、折角の贈り物を奥底に保管するというのもどうなんだろうか? 装飾品な訳だし、ここは身に付けるのが礼儀な気もするが・・・え? これを身に付けるの? 今更ながらにその事に思い至り、背中に冷や汗が伝う感覚を覚える。
 腕輪自体はとても美しいが、華美でありながらも控えめなので、そこまで目立つような事はない、と思う。現在着用している制服の袖は長い訳だし。しかし、こんな高価で貴重なものを身に付けるということにはかなりの緊張を覚えてしまう。

「どうかされましたか?」

 小箱を覗いた状態で固まっていたボクに、クリスタロスさんが不思議そうに問い掛けてくる。

「ああ、いえ。とても美しい作りだと思いまして。これはクリスタロスさんが作られた物なのですか?」

 確かクリスタロスさんが外の世界に居た頃には、まだ天使の国というものは存在していなかったと聞いたので、天使の国の品という訳ではないだろうう・・・天使が作ったのなら同じ事な気もするが。

「いえ。その入れ物も腕輪も親から受け継いだものですね」
「え!? そんな大事なものを、よろしいのですか?」

 あまりの事実に、思わず手元の小箱に視線を向けてしまう。

「ええ、構いませんよ。受け継いだといっても、特に謂れがあるものでもありませんから」

 クスクスとおかしそうに笑うと、クリスタロスさんはそう続ける。たとえそうだとしても、頂くにはかなり困る内容なのだが。

「それに、こんな場所では埃を被っているだけでしかないですから」

 そう言うと、クリスタロスさんは悲しげに小箱に目を向ける。しかし、それも一瞬のことであった。

「そう、ですか。では、有難く頂戴します」

 一度小箱を押し頂き、そっと机に置くと、丁寧にふたを開けて中から腕輪を取り出す。

「では、使わせて頂きますね」

 袖を捲り、取り出した腕輪を右手に嵌める。念の為に情報を読み取ってから嵌めるが、手を通す時に少しきつかった。まぁ、特に問題はなかったが、調節機能は付いていないのだろう。
 これで両腕に腕輪をしていることになるので、目立たないといえば目立たないのかもしれない。

「似合いますでしょうか?」

 腕輪を嵌めた右手を上げてクリスタロスさんに見せると、「はい。とても」 と、嬉しそうに返ってきた。
 それに照れくさく感じながらも、喜んでもらえたなら良かったかと思う。後で壊れないように保護魔法を掛けとこうかな。
 そうして一頻り会話を終えた頃には、もう昼も大分過ぎていた。
 それでもまだ時間的には夕方になるかならないかぐらいの時間なので、訓練所を借りる事にする。
 背嚢を持ってきていないので、小箱は机に置いておいたまま、訓練所へ向かう。
 訓練所に到着すると、まずは忘れないように腕輪に保護魔法を掛ける。これでちょっとやそっとの衝撃では傷もつかないので、安心出来るな。
 そうして心の平穏に必要な魔法を掛けた後、下に空気の層を敷いて研究の体勢に入る。
 訓練所も転移した時と同じで岩肌がむき出しの場所なので、殺風景と言えば殺風景だ。
 ただ、暗いのでそこまで気にする必要も無いのだろう。それに、転移した時の部屋と違って、ここはもの凄く広い。所々太い柱が目に映るも、多分街の一つぐらいは収まるんじゃないだろうか? というほどの広さだ。
 そんなどこまでも開けた部屋で、足下にある土の上に魔力を込めた線を指で描いていく。

「うーん、これをどう改良すればいいのだろうか?」

 とりあえず、今までの研究を思い出す為に、一通り模様を描いていく。小さいものでも半径一メートル以上は在るだろうその模様を眺めながら、それを魔法道具として何かに付加する時の事を思い浮かべる。その為には、今の十分の一にしてもまだ大きい。
 つまりはそれ以上に小さくしなければならないうえに、それでいて一定以上の効果がなければ意味が無いので、頭が痛い話だ。

「こんな感じで作れたらな」

 右手に嵌めている、先程クリスタロスさんから頂いた腕輪に目を向ける。そこには白銀の下地に白で何かの模様が描かれた腕輪があるが、別にこれはこの研究の完成形という訳ではない。模様についてはよく分からないが、この研究とは無関係だろう。
 それでも、こんな感じで模様を刻むのを考えているので、ある意味では完成形とも言える代物であった。
 その白銀の腕輪に目を向けながら、どうすればこれぐらいの小ささに纏められるかを思案する。現在の大きさでも、増幅記号のおかげで随分と小さくなった方なのだが、それでもまだまだ大きすぎるというのは、先が長い話だな。

「うーん、大きさで反応が変わる部分をどうにか出来ればな。特に絵が大きく無ければ反応が鈍いというのが難しい」

 今のところ、文字や記号は小さい方が反応は強い傾向があるので、それは問題ない。増幅記号についても大きさは然程関係ないようで、助かっている。
 しかし、絵に関しては大きい方が反応が強く、逆に小さくしては反応が弱くなってしまう傾向があるので、小さい方が都合がいい付加・付与には向いていない。
 ならばいっそのこと絵を除いて模様を描けないかと思案するも、絵は絵で反応を良くしてくれる大事な部分でもあるので、それも難しい。

「それでも、そういう方向でも考えてみるべきだろうか?」

 あくまでも可能性のひとつとして、それを考慮しておいてもいいのかもしれない。それに、新しい方向性を試しに研究してみるというのも大事な事だろう。

「ええと、絵を無しか、もしくは補助程度の小ささで描いていくとすると・・・」

 土の上に指を滑らせ、そこに模様を描いていく。

「配置に気をつけつつ、増幅記号を多めに配置していくと――」

 そうして模様を完成させると、反応が強くなってくるも、魔法の発現に必要な強さにまでは到達しない。

「むぅ。これではまだ足りないか。ならば、もう少し文字や記号を増やしていって・・・」

 ぶつぶつと独り言を口にしながら思考錯誤していく。それからどれぐらいが経っただろうか。一息吐く為に顔を上げると、時間を確認する。

「おや、もうこんな時間か。腕輪に時間を設定するのを忘れていたな」

 時刻は既に深夜。まだ日が昇り始めるには時間があるも、それでも空の色は幾分薄らいでいる時間帯だろう。

「戻るとするかな」

 そうと決まれば片付けを済ませて、訓練所を出てクリスタロスさんの居る部屋まで戻る。
 結構な時間だというのに、クリスタロスさんは変わらず部屋で座って、読書をしながらお茶を飲んでいた。
 そんなクリスタロスさんにお礼を述べると、机に置いたままだった小箱を持って、ジーニアス魔法学園の上級生寮の自室へと転移して戻る。
 自室に戻ると身体に衝撃が走り、小箱を落としそうになった。視線を下げると、そこには抱き着いてきたシトリーの姿があった。

「御帰りなさいませ。ご主人様」

 数歩離れたところに立っているプラタがそういって頭を下げてくる。
 それに返事をしながら、小箱を情報体にして収納して、シトリーの頭を撫でて離れてもらう。そうやっていつものように迎えられると、夜も遅かったので魔法で身綺麗にして就寝準備をする。
 就寝準備と言っても空気を集めて寝床代わりにするだけだが、これが中々寝心地がいいのだ。想像でしかないが、包み込まれる感じは雲の上で寝ている気分で、圧縮し過ぎないようにしているので、適度な弾力を有しているのがいいのだろう。
 その空気の寝所にプラタとシトリーに挟まれるようにして横になる。相変わらずシトリーに抱き枕にされているが、それはもう特に気にならなくなってきたな。

しおり