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再会3

 南側の見回りも、何事もなく予定通り三日で終了した。
 宿舎の自室に帰った時にはギリギリ夕方であったが、お風呂から上がってきたらすっかり夜になっていた。自室には誰も居ないが、周囲の様子を確認してから、シトリーに声を掛ける。

『シトリー』
『どったのー? ジュライ様』
『今、大丈夫?』
『大丈夫だよー』
『なら、今こっちに来れる?』
『分かったー』

 そう返事を寄越すと、目の前にシトリーが現れる。

「来たよー! どったの?」

 ベッドの縁に座っていたボクの目の前に立ったシトリーは、こちらを覗き込むように腰を曲げた。

「急にごめんね。置物を作る為に服を確認したくてね」
「服?」
「そう。服の形をみたいから、その場でゆっくり回ってくれない?」
「わかった!」

 元気よく頷いたシトリーは姿勢を元に戻すと、頼んだとおりにその場でゆっくりと回っていく。

「ふむ。改めて観察すると、こんな作りになっていたのか」

 側面と背面の作りもだが、前面の作りもしっかり見てみないと分からないもので、細部が記憶と全然違っている。

「もう少し観察したいから、ちょっと後ろを向いてくれる?」

 シトリーが一回転すると、次は止まって観察を行う為にそうお願いすると、快く引き受けてくれた。
 プラタの姿も最初に少し見たぐらいで、思えばちゃんと見た事はないが、何となく服装も違ってきたような気がするな。模倣といっても、弄ることも出来るのかもしれない。
 全体的に黒を基調とした服なのはプラタと変わらないが、シトリーの方がプラタの服より若干色が薄い気がする。それに、装飾がプラタは黄色の縁取りだったはずだが、シトリーのはどちらかといえば、黄色というよりも緑色に近い。
 そういう小さな違いをみつけながら、髪型や腕、脚の部分などの服以外の部分も含めてじっくりと姿を観察すると、次は横を向いてもらう。
 左右両方の姿を観察してから、最後に正面も記憶に焼き付けていく。それが終わると、シトリーの表情も併せて観察する。

「ふむふむ。なるほどね。とても参考になったよ、ありがとう」

 何かに書き留めてもいいが、とりあえず記憶に焼き付けておけば問題なさそうだ。

「また参考にしたくなったら呼んでもいい?」
「いいよー」

 無邪気に笑うシトリー。この笑みを再現してみたいものだが。

「ありがとう。置物が完成するのは大分先になるから、それまで待っててね」
「うん!」

 頷いたシトリーは、ボクの隣に腰掛ける。

「えへへ。もう少しお話ししよー」
「いいよ。そういえばフェンから聞いたけれど、ナン大公国の研究施設をみてきたんだって?」

 周囲には誰も居ないが、少し声を抑えて尋ねてみる。

「うん。面白かったよ!」

 楽しそうにそう言うと、シトリーは嬉しそうに説明していく。
 その説明によると、大部分ではフェンの説明と同じではあったが、その隔てられていた白い部屋の中に入っただけあり、シトリーの説明の方が少し詳しかった。
 といっても、部屋の中には特に目ぼしいモノは無かったらしいが、床に描かれていたという模様について覚えている限り教えてもらう。

「ふーーむ。なるほどねぇ」

 あまりにも複雑で規模も大きいかった為に、全てを覚えてはいなかったものの、それでもそれなりに知ることが出来た。それに、シトリーはその場所に分身体を置いてきたらしいので、今でも情報を取得しているらしい。

「それはもっと研究してみたいな」

 多分そこはナン大公国の最先端の研究が集まっている場所だろうから、良い情報が集まっていると思うのだが。

「なら、もう少し調べてみようか?」
「見つからない程度でお願いできるかな?」
「まっかせてー!」

 片手を上げると、元気よく快諾してくれる。
 それから思案するように顎に手を当てると、暫くしてシトリーがボクの方を見て口を開く。

「まずは何から知りたい? ジュライ様?」
「そうだな・・・今その場所には人は居るの?」
「居るよー。少しだけね」
「じゃぁ、その白い部屋に描かれている模様について分かる?」
「うーんとね・・・ちょっと待ってね、今から中に入るから」

 片手を上げてそう言うと、シトリーは動きを止める。それも少しして動き出した。

「えっとね、こんな感じー」

 虚空に模様を描いていくシトリー。しかし、あまりに複雑なので、それだけで完全に理解するのは難しい。それに、描くのにも時間が掛かるほどだ。先程教えてもらった部分は半分ほどだったらしい。
 一通り描き終わると、流石に一度では覚えられなかったので、情報体に変換していた紙と筆記用具、下敷きを取り出し、申し訳ないと思いつつも、そこにもう一度描いてもらう。

「ありがとう」

 描き終わった紙を受け取り、それを確認する。

「・・・なるほど。ここをこうか、でも、何でここにこれが? しかし・・・ふむ。これは色々と研究しがいが在るな」

 そこに描かれていた模様は、複雑怪奇で幾何学的な難解なモノではあったが、それでも今まで独学で研究した部分があるので、一部は読み取ることが出来た。それでも全体像は何も掴めはしないが。

「ジュライ様はそれが解るの?」
「んー? まぁ、ほんの一部分だけね。例えばここの模様と文字の意味からこの部分が何を表しているか判るし、配列の仕方でどれぐらい大きな魔法を発現しようとしているのか少しは解る。それでもほとんど解らないといった方が正しいけれど」
「へー、凄いんだね! ジュライ様は!」
「そう?」
「うん!」

 無邪気に見上げてくるシトリーに、ボクは照れたように笑みを返す。

「それでもまだ研究して日が浅いから、理解するにはまだまだ掛かるけれど」
「ジュライ様なら直ぐに解明出来るよ!」

 シトリーが尊敬の眼差しを向けてくるが、それが凄く眩しい。そんな大それた事でもないのだが。

「だといいけれど。研究する場所や時間が必要だからね」

 現状、クリスタロスさんのところでしか満足に研究は行えていない。初歩的な反応程度であればここでも出来るものの、やはりどうにも人の目が気になってしまう。集中し過ぎていると、周囲への警戒が疎かになりがちだからな。
 一応そんな時に周囲を警戒してくれる魔法は構築しているが、それを過信し過ぎてもいけないだろう。
 なので、どうしても研究場所はクリスタロスさんのところになってしまう。まあそれはいいのだが、もう少し気ままに研究したくもある。

「他には何か在る?」
「この部屋には他にないよー」
「部屋の外は?」
「ちょっと待ってねぇ!」

 そう言うと、シトリーは動きを止めて分身体からの情報を取得していく。これはボクがフェンやセルパンと五感を共有した時と似たような感じなのかな?
 程なくしてシトリーが動き出す。

「他にもいくつか在ったよー! また紙貸してー?」

 両手を出して小首を傾げるシトリーに、ボクは紙を何枚か構築して、返してもらっていた下敷きと筆記用具と共に再度手渡す。足りなければまだ追加で出せばいい訳だし。
 ボクから紙などを受け取ったシトリーは、それに一心に情報体から得た模様を写していく。
 何度か追加で紙を渡しながら、シトリーが描いていく模様を眺めていくと、色々ある中にフェンが教えてくれた火の魔法を発現させる模様を発展させたものらしき模様を見つける。
 他にも水や風に土と基礎魔法だろう模様を見つけるが、それだけではなく雷や氷などの応用魔法も散見出来た。これがどの程度の完成度なのかまでは分からないが、ボクの研究している部分よりかなり先をいっているのは間違いないだろう。

「凄いな・・・」

 シトリーが描き終えた紙を受け取り眺めながら、そんな感想が漏れる。
 元々ナン大公国が研究しているモノを、つい最近フェンを通じて知っただけなので、ボクより先にいっていても何ら不思議ではないのだが、それでも、先の技術というのは素直に感嘆してしまう。

「これを研究すれば、それだけでもかなり進歩出来そうだ」

 最初の模様が少しは解析出来たのだから、これを見ても多少は分析出来るだろう。あとは、実際に試しながら研究していけばいい。

「はい! これでおしまいだよ!」
「ありがとう。シトリー」
「もうちょっと調べてみるから、また何か新しいのを見つけたら教えるよ!」
「うん。お願いね」

 シトリーから受け取った紙の束や筆記用具などを一度横に置き、感謝を込めてシトリーの頭を撫でる。

「えへへ」

 それに嬉しそうな笑みを浮かべるシトリー。

「そうだ! またジュライ様の魔力を頂戴!」
「うん。いいよ」
「やった!」

 満面の笑みを浮かべたシトリーは、ボクの左手を掴んで口元に持ってくると、人差しを咥える。

「♪♪♪♪」

 嬉しそうにボクの魔力を吸い取っていくシトリー。
 吸い取られる魔力量はそこまで多くはないので全く問題ないが、魔力の味ってどんな感じなんだろうか? 流石にそれは経験出来ないが、気にはなる。・・・フェンかセルパンを通せば分かるのだろうか?
 シトリーが魔力を吸っている間は暇なので、空いてる右手でそんなシトリーの頭を撫でておく。それで、更に上機嫌になった気がするので、そのままのんびり過ごす。
 そうしながら、傍らに置いている紙に目を向け模様を確認していく。途中、他の模様も確認する為に、シトリーを撫でるのを一時中断して紙をベッドの上に拡げてから、また手をシトリーの頭の上に戻した。
 目を向けている紙に描かれている模様は様々だが、それを象徴するモノを見つけられれば、何系統かはある程度判る。判りやすい文字が書かれていれば判別も楽なんだがな。
 絵も大体は解るが、問題は記号だ。様々な直線と曲線を組み合わさった記号は、葉脈を思わせる複雑さだ。

「この記号がなぁ。何か法則でも見つかればいいのだが」

 適当に選んだ数枚の紙を見比べて、何か共通するところはないかと探すが、むしろ似たところが多くて困った。よくよく見れば、幾つかの記号を使いまわしている様に見える。その使いまわしている部分を抽出して分析出来れば、大分研究が進みそうだな。

「美味しい?」
「ん!」
「魔力の味ねぇ。よく分からないけど、シトリーが満足ならいいか」
「♪」

 身体を僅かに揺らして嬉しさを表現するシトリー。そんなシトリーを眺めつつ頭を撫でて過ごしていると、シトリーが満足して口を離す。

「ごちそうさま!」

 どことなく艶々しているというか、生き生きしているシトリーは満面の笑みを浮かべる。
 それに何と返せばいいのか困りつつ、最後に頭を一撫でして手を離す。

「さて、そろそろいい時間だし寝るかな」
「私もー!」
「うーん、ギギは帰ってくるとしても昼前だから大丈夫だろうが・・・それでも」
「むー」

 頬を膨らませて抗議の眼差しを向けてくるシトリーに、困りつつ思案する。

「・・・まぁ、今日だけだよ?」
「やった!」

 周辺を警戒していれば多分問題ないと思うので、今日ぐらいはいいかな?
 そういう事にして、シトリーと一緒にベッドに入ってそのまま寝る。そういえば、まともな寝床で一緒に寝るのはこれが初めてかもしれないな。などとぼんやり考えながら。





 翌朝は薄暗い内に目を覚ます。窓の外から雨音が聞こえてくるので、今日は雨らしい。

「ん? ああ、そういえば」

 身体を動かそうとして、思うように動かなかったことで思い出す。そういえば、昨夜はシトリーと一緒に寝たんだった。
 抱き着いているシトリーを剥がしていると、途中でシトリーが起きたので、挨拶を交わす。

「おはよう。シトリー」
「おはよう! ジュライ様!」

 機嫌よく笑みを浮かべるシトリーの頭を軽く撫でると、上体を起こす。

「ん!」

 背筋を伸ばしてベッドから降りると、そこでシトリーは一言告げて姿を消した。
 今日から平原での討伐任務であるが、今回は五日程の予定だ。元々七日の予定だったが、前回長く滞在したので今回は少し短くなかった。しかし、前回の討伐で討伐数がかなり加算してもらえたので、討伐規定数は達成したという扱いでいいらしい。まぁ、実際結構討伐したからな。それでも適用してもらえるとは思わなかった。クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様が手を回してくれたのかな? おかげで監督役はもう必要ないらしい。
 朝の支度を終えて食堂に移動すると、小さなパンを一つ貰ってそれを食す。
 早々に食事を終えると、宿舎を出て集合場所である東門前に移動する。
 雨を魔法で弾きながら移動した東門前にはそこそこ人が集まっていたが、まだ全員ではない。時間的にはまだ早いのだが、雨の中なのに集まりのいいことで。
 とりあえず、雨を弾きつつも立ったまま、集まりの端の方で全員が集まるのを静かに待つ。
 しとしとと降り続ける雨を眺めながら、周囲の様子も観察していく。
 以前にも増して様々な学園の生徒が集まっているが、実力はそうでもない。やはりジーニアス魔法学園の生徒が少しだけ実力が上に思える。差は本当に僅かだが、その僅かな差が明暗を分ける時もある。
 まあそれはそれとして、全体的に他校生は年齢が低い気がする。少なくとも、ボクより一つか二つは下だろう。
 この生徒達は、ハンバーグ公国内に在る学園の生徒なんだろうか? だとしたら急遽集められた可能性もあるから、大変だな。
 事故に遭わないように祈りつつも、観察を終えると、薄暗い空へと目を向ける。
 いつまで降り続けるか分からないが、そこまで強い雨ではない。
 この雨の様子を記号化するとしたらどんな感じなのだろうか? 絵としては雨が降る様子なのだろうが、記号としても表現する方法があると思うので、それについて思案するも、何にも思い浮かばない。もしかしたら、ボクはこういう感覚を持ち合わせていないのかもしれないな。
 全員が集まって平原に向かう時間になっても思い浮かぶ事はなかったが、考えるのを止めて皆と共に平原に出る。
 平原に出ると、人だらけの場所を少しでも避ける為に、端の方を目指して移動する。大結界近くは獲物が少ないからか、人の数が多くはないようだ。
 混雑を避ける為に、大結界の近くを大結界に沿って進み、南の方角を目指す。
 目にするのは警邏中の兵士が多いが、魔物とはあまり遭遇しない。それでも既に討伐数は規定値に達しているので問題ないし、現在の平原は安定しているので、前回のように積極的にボクが狩る必要もない。

「平和なものだ」

 お散歩気分で歩きつつ、前回の魔物に囲まれていた時のことを思い出す。あれは中々に面白い光景ではあった。干渉を受けない垣が出来ていたので、あれはあれでよかったし、あれだけの数の魔物が殺到する光景などそうそうないだろう。
 視界内では、たまに近くに魔物の姿を捉えるが、それも警邏中の兵士に討伐されているのが確認出来る。
 忙しくはないようなので、頭の中で昨日見た模様の数々を思い浮かべる。その中でも特に共通していた記号を幾つか選んで考えていく。

「うーん、あれとあれは基本部分が多分同じだが、それが何を現しているのか・・・ちゃんと調べれば、一番使われている記号が分かるだろうが、今はそれよりも、だ。共通部分も実際に描いてみれば効果が分かるだろうか? でも、あれは反応が連鎖してやっと効果が出る訳だしな。かといって丸写しは、何が出るか分からないし・・・それに規模も不明か」

 模様で魔法を発現させるには、組み合わせの他にも大きさが関わってくる。それを正確に再現できてこそ同じ魔法を発現出来るということだ。なので、シトリーに描いてもらった模様だけでは不完全という事になる。

「・・・ん? 待てよ。ということは、組み合わせと規模を正確に再現できるならば、誰でも同じように魔法を発現できる、ということか?」

 前提として魔力を線に込める必要があるが、これは割と簡単なので、もしかすると訓練すれば魔法が使えない人間でも出来るようになるかもしれない。魔法が使えずとも、魔力自体は保有しているのだから。
 そうすれば、魔法使い以外でも魔法が使えるようになるという訳だから、新しい可能性が生まれるのではないだろうか? それに、これで付加や付与出来るようになれば、それらの品の値も下がって一般庶民でも手が届くようになるのではないだろうか? フェンの話では、そんな事もナン大公国では研究しているらしいし。
 そう考えれば、これはこれで目新しいだけではなく、結構価値のある研究なのではないだろうか? それに、魔法使い以外でも魔法が使えるようになったら、それだけで人間の戦力が増す事にもなる。

「・・・ふむ」

 研究した先でどう扱うかまではまだ決めてはいない。しかし、その辺りも視野に入れてもいいかもしれない。どちらにしろ付加や付与魔法が行えるかどうかも研究する予定ではあるからな。
 まぁ、魔力を込めた線での研究も大事だが、もう一つ彫刻も作らなくてはならないからな。それもシトリーとプラタの二人分。
 彫刻も楽しいから作る分には問題ないのだが、こちらも集中して作りたいから人目は避けたいところ。
 そうなると、やはりクリスタロスさんのところになるが、しかしこちらは詰め所でも少しやっていたし、周囲に人が居ない時は大丈夫だろう。
 それにしても平和だ。もうすぐ夕方になろうかという時間だというのに、魔物との戦闘は数えるほどしかなかった。
 今回から監督役の兵士が付かないので、休憩だって必要ない。しかし、何故付かないのだろうか? 北門では付いていたが、その辺りは場所によって違うのか、やはりクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様辺りが手をまわしてくれたということなのだろうか? なんにせよ、煩わしくなくていい。
 現在は東門に来て二ヵ月は過ぎたが、もう二三ヵ月ほど経てば今以上に長期の討伐任務が待っている。その時にこっそり森の中に行ってみてもいいなと思うが、どうだろう? その時にならなければ何とも言えないか。
 とりあえず、南にあるナン大公国との境界近くを目指して突き進む。
 休憩無しでほとんど一直線に進んでいるので、移動速度はかなり速い。このままなら朝になるぐらいには到着できるだろう。その後は東の方へ目指して進み、その辺りの魔物を少し狩って帰るとするか。
 現在平原に出ている生徒達は、平原が安定してきても変わらず幾つかのパーティーで組んで行動しているようだ。
 命中率や威力は直ぐに上がりはしないものの、それでもこの経験で少しは上達できるだろう。そのまま全体的に強くなってくれたらいいんだが。人間界内部の魔力濃度も徐々に上昇していっているし。

「そういえば、森の騒ぎが収まったら、平原に出てくる魔物の数は増えるのかな?」

 現在は死の支配者によって減らされたり、騒動により今なお減っている魔物を補充する為に供給量が増しているらしいので、減った数が戻り、尚且つ騒動が収まれば減る事が無くなって数が増えていく事になる。
 まぁ、供給量を調整してしまえばいいのだが、変異種から死の支配者と、魔物の数が減る事件が短期間に頻発したから、多めに供給するかもしれない。ただ、勢いだけは減る・・・のかな? 人間界も狙っているらしいから、騒動が収まれば侵略に力を注ぎそうだが。そうなったら、供給量も減らさないかもしれない。

「うーん・・・」

 正直そうなった場合、出てくる魔物によっては人間界は危ないだろう。現在張っている大結界は、中級ぐらいの魔物であれば何とかなると思うが、上級までいくと多分無理だろう。修復速度はそこそこ速い設定だが、そうなっては間に合うとも思えないし。
 なので、上級以上が攻めてきた場合は人間界は危うい。まぁ、そこまで強いのは支配階級のようだから、そうそう出てきたりはしないだろう。ただでさえ、変異種と死の支配者の使いに対処した事で連続で支配者が倒さているのだから、警戒してそう簡単には前には出てこないと思うし。

「だからといって、大結界を強化するのもな・・・」

 今でも十分過ぎる性能なのだから、今より更に性能を上げるのはあまり気が進まない。
 ではどうするかだが、現状では何かするつもりはない。森の騒動さえ収まっていないのだから。長期討伐任務になるまで攻めてこなかったら、一度訪ねて話をしてみてもいいな。流石に森の中であれば言語を操る魔物も居るだろう。特に支配者達。
 とりあえず、やることの候補に入れておくとして、とうとうナン大公国側との境界近くまでやってきた。やはり単独だと移動速度が速いうえに、昼夜通して移動したから見回りの時以上に早く着いたな。
 さて、このまま境界を越えるつもりも無いので、向きを変えて東を目指す。別に国境ではないので、越えたところで問題ないのだが、管轄外ではある。
 東に進んでいくと、途中ですっかり朝になったが、その頃には魔物との遭遇回数も増えてきていた。

「やっぱり、この辺りは大分人の数が減るんだな」

 多くが東門や砦からそう離れていない場所で戦っているので、まだ近くに砦が建っていないこの辺りは、必然的に人の数が少ない。
 それでも全く居ないという訳ではないし、生徒以外にも兵士達だって警邏しているので、気を抜かないようにしよう。
 しかし、独りでこんな場所に居るというのも不思議な感じだな。正直そこそこ目立ってしまっている。
 とはいえ、流石にこんな場所まで来ている者へ、わざわざ単独では危ないなどと忠告する者は居ないようで、遠巻きに少し眺めるだけだ。もしかしたら、近くに他のパーティーメンバーが居ると思われているのだろうか? まあいいか。
 昼過ぎまで東に進んだところで、そこそこ魔物を目にするようになった。なので、魔力を体内に圧し止めて外部に漏らさないようにする。ついでに、出来るだけ体内の魔力を外部から感知できないようにしてみた。
 そのうえで魔物が反応するのか試す為に、近くに居た魔物へと近づいていく。前回やったのとは全く逆の方法だ。

「・・・ふむ」

 結果としては成功したといえるが、しかし、完璧に魔力を隠せたわけではないので、手を伸ばせば触れられそうな距離まで近づくと見つかってしまった。何回か試したが、全て同じぐらいの距離で反応される。それでも、興味深い結果が出たので、満足ではあるが。
 もう少し魔力の反応を隠せるようにするにはどうすればいいだろうか。欺騙魔法では認識を誤魔化すだけで、そこに在るモノの上辺を取り繕っているに過ぎない。
 なので、魔力に敏感な魔物を騙すことは難しい。この辺りの弱い魔物でも、近寄ると同じように直ぐにばれるだろう。
 やはり完全に抑える事が大事だが、はっきり言ってそれは無理だ。魔力は体内を循環しているうえに、全ての基礎なのだから。

「うーん・・・やっぱりここは遮断するしかないのか?」

 遮断魔法は、その名前の通りに音や魔力を外に漏らさないで遮断することが出来る。それどころか、完全であれば姿さえ隠してしまう。
 ただし、これには欠点もある。まずは内側と外側の様々なモノを遮断しているので、外側から内側が観測できないように、内側から外側の観測も出来ない。それは警戒が出来ないということでもあるし、情報の収集も困難だ。
 他にも遮断するだけで防御力がないので、攻撃された場合は酷く脆い。それと、ただ遮断するだけでは目立ってしまう。隠す努力を怠れば、そこに不自然な空白が生まれるのだから当然か。それに、魔力もそこだけ綺麗に無くなっているのだから、遮断するだけでは意味がない。
 とはいえ、隠す努力さえ忘れずに行えば、有用なモノとなる。防御も遮断した内側に防御用の結界なりを張っていればいいのだから。ただ、遮断結界の種類によっては、内側の魔力が無くなってしまうが。
 まあそれはそれとして、あとは警戒だが・・・これはかなり難しい。少なくとも、ボクでは満足に行えない。
 なので別の使い方として、自身の魔力を抑え込んだ後に、その魔力の周囲を遮断するという方法を取る。ただ、これを完璧にやってしまっては命に関わるので、その辺りの加減もしなければならない。しかし、完璧にやらねば見つかってしまうしな・・・。

「さて、どうしたものか」

 考える、考える。魔力を外に漏らさない方法を。

「しっかり閉じてしまっては生命活動まで遮断してしまう。かといって穴を空けてしまっては、そこから魔力が漏れて敏感な者には見つかってしまう」

 ボクが今考えているのは、要は魔物に対して透明人間になる方法だ。見つからないというのであれば、それはかなり有用だろう。奇襲も逃走もお手の物。まぁ、視覚まで遮断する訳ではないので、肉眼で世界を見ている者には見つかってしまうが。
 基本的に魔力によって魔物が反応する以上、魔力には気を配らなければ。それに、これは凄く魔力操作の訓練にもなる。

「うーん・・・ううーーむ・・・魔力を完全に遮断しないで遮断する方法か・・・抑え込むのも限度があるしな。隠す方法、か」

 色々と考えてみるも、これといったモノは思いつかない。しかし、魔力を抑えただけで人間の方も視線が減った気がするな。やはり魔力視は基本だな。
 魔物を倒しつつ進むも、こちらが攻撃するか近づかなければ、魔物達は気がつかない。稀に発現させた魔法に反応されるのが悔しい。こちらも隠密性を重視しなければならないか。

「・・・はぁ。ボクもまだまだだな。あまりにも拙い」

 南の境界近くから東に進んで約一日。そろそろ余裕をもって帰路に着く準備をした方がいいかな。帰りも大結界近くを通る予定だし。





「今回は感謝する。ジャニュ殿」

 平原の一角で、乏しい表情に起伏の少ない声音でクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエは、対面で優しげな笑みを湛えているウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズに礼を述べる。

「構いませんよ。我らは運命共同体。助け合いは当たり前ではないですか。クル殿」
「当たり前、ですか?」
「ええ」

 微笑むジャニュと、それを静かに見詰めるクル。

「・・・それにしても、まさか妹達まで一緒だとは思いませんでしたが」
「妹?」

 ジャニュの言葉に、クルは同行者へと顔を向ける。

「ええ。そちらのオクトとノヴェルは私の妹ですわ」
「そうだったの?」
「はい」
「・・・そういえば、そうだったか」

 クルの問いに頷いたオクトとノヴェルは、そのままジャニュの方へと目を向けた。

「お久しぶりですわ。ジャニュお姉様」
「ええ本当に。覚えていてくれて嬉しいわ」

 優雅に礼をした二人に、ジャニュは姉らしい見守るような大人の笑みを返す。ジャニュがクロック王国に嫁いだ時、オクトとノヴェルはまだ物心ついて間もなかった。

「そう。そういえばジャニュ殿はハンバーグ公国出身でしたね」
「はい。実家もこちらに。しかし、今はもうハンバーグ公国のウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズです」
「これは失礼した」

 クルが謝罪の意味を込めて頭を下げると、ジャニュは気にしていないと頭を振る。

「でも、本当に懐かしいわ。この前オーガストにも会ったばかりだし、会える時は一気に会えるものね」
「お兄様にですか?」
「ええ。北門の方に来た時に家に招いたのよ」
「そうでしたか」
「その時に久しぶりに手合わせしてもらったけれど、昔と変わらず、いえ、昔以上に強くなっていたわね」
「・・・そう、でしたか」

 どこか納得のいっていないノヴェルの頷きだったが、ジャニュはその時の事を思い出したのか、それには気づかず自分の世界に入っていく。

「ああ、本当にあの時はよかったわ! 手も足も出ないあの圧倒的な強さ! 生殺与奪を握られているあの感覚!!」

 ゾクゾクと身体を震わせたジャニュは、少々危険な笑みを浮かべて遠くに目を向ける。

「本当に最高だったわ! あんな感じはオーガストでなければ味わえないわ! ジュライも強かったけれど、あれでは物足りないもの」
「ジュライ? それ程お強い方がいらっしゃるのですか? ジャニュお姉様」
「ええ。もう一人のオーガストよ。でも、結局は別物だったわね」
「もう一人の・・・お兄様?」

しおり