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第二百八十六話

 翌朝。
 俺は指定されたフィールドに立っていた。
 砂漠、というには少し土が荒く、しっかりと踏みしめることが出来る。荒地、と表現すべきだろう。

 周囲を見渡せば、何かが飛んでいる。

 これは焔ほむら特製の精霊で、その目で見たものを遠くへ飛ばせるのだという。集音機能も多少だがあるらしい。分かりやすく言えばモニターだ。
 これもこの地方でしか動作しないものらしい。
 ま、どうでも良い。今はただ、目の前の敵――ギラと戦うことだけに集中したい。

「臆さずに良く来れたものだ」

 精霊に声を拾われない程度の大きさで、ギラは陰険な調子で言ってきた。なるほど、そっちが本性ってワケか。実にお似合いだ。
 俺は小さく肩を竦めてから構える。

「悪いともなんとも思ってないんだけどさ、とりあえずさっさと始めようぜ」
「……本選の時もそうだったが、実に好戦的だな?」
「全てはメイたちを取り返すためと、アンタをぶちのめすためだ」

 目の前に餌があるのに、手を出さないでいられるかって話だ。

「ふん、神獣の眷属に挑もうなど。人間は随分と命知らずなんだな?」
「うるせぇよ。さっさと始めろ」
「口のきき方も教えてやらねばならんな?」

 そう言ってから、ギラも構える。
 開始の合図として、鉄貨が投げられる。回転しながら、地面に落ちる。

 瞬間だった。

「《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》っ!」

 俺は全身に稲妻を纏い、ギラが炎を纏う。
 互いに地面を蹴ったのはほとんど同時。間合いがほんのゼロコンマで詰まる。

「知っているぞ! 貴様が接近戦を苦手としていることはな!」

 その炎を剣に変化させ、柄を握りながら迫って来る。
 俺も呼応して地面から剣を生み出して握る。

「悪いな。その弱点は、この前克服したんだ」

 容赦なく《鬼神》スキルを発動させ、動きを加速させる。
 稲妻を纏い、剣閃が駆け抜ける。元々剣のスキルはレベル四までは持っている。それが一〇にまで一気に上昇しているのだ。その動きは凄まじく、あっさりとギラの炎の剣を両断した。
 炎が、散っていく。
 更に回転しつつ横薙ぎに払い、腹を切り裂いた。

「な、なんだっ……!?」
「まずは挨拶代わりに受け取れ! 《アイシクル・エアロ》!」

 俺は複合魔法を発動させる。もちろん裏技ミキシングで最大限威力を強化してある。
 ごう、と、極寒の冷気の纏った風が唸り、ギラを氷漬けにしながら吹き飛ばす!

「ぐう、小癪なっ!」

 ぱきぱきと四肢から氷に閉ざされていく身体を燃やし、ギラは俺を睨みつける。
 遅い。
 俺は既にハンドガンに持ち変えている。既にアテナとアルテミスも配置済みだ。出し惜しみは一切しねぇ。全力で、ただ全力でぶちのめす!

「食らえっ!」

 ハンドガンを重ねて俺はトリガーを引き、分厚い雷の閃光を放つ。
 反動で腕が跳ね上がり、さらに後ろへ弾き飛ばされるが、それだけに見合う威力があった。

「っがぁぁぁああああっ!?」

 光の速さにも似た閃光が、一瞬でギラを貫通して破壊の限りを尽くす!
 ダメージはあるが、即死レベルではない。
 神獣の眷属だけあって、耐久力は群を抜いているはずだからな。

「この力っ……! 貴様っ!」
「撃ち抜かれろっ!」

 俺はハンドガンから光を次々と放つ。
 だが、さすがに対策は取られているらしく、ギラは炎の球を大量に生み出し、次々と迎撃していく。

 爆発が大量に発生する中、俺は突っ込んでいく。

 ギラがまた炎を生み出し、大量にぶつけてくる。即座に周囲へ展開した刃が動き、次々と迎撃した。
 爆発するより早く氷に閉ざされ、地面に落下して砕けていく。
 舌打ちが聞こえる。
 迎撃すれば爆発させる、という二段構えの攻撃を完全に読まれたからに違いない。なんとも短絡だな。

「ちょっと不意を突いたぐらいで、調子に乗るなよ!」
「うるせぇ」

 俺は一言で断じつつ、刃を周囲に展開する。
 刃は上下左右に広がって包囲すると同時に、ほぼ直角に曲がって加速。光の軌跡さえ残す速度でギラを貫通した。

「ぐっ、がっ!?」

 《鬼神》スキルによって、刃の駆動はより鋭く、より速くなった。特に速度調整においては群を抜いて上昇していて、かなりの貫通力を手に入れている。
 ギラがその場で膝を僅かに折る。
 その間に、俺は懐へ飛び込んだ。

「とりあえず、一発殴っておきたいんで」

 空気さえ巻き込み、俺は左のスマッシュブローをギラのボディに突き刺した。それこそ貫通させる勢いで。
 鈍い音が響いて、ギラが前屈みに体を曲げながら浮き上がる。すぐそばに顔面が来て、俺は反射的に右の拳を思いっきり叩きつけていた。

 ごしゃ。

 色々な何かが砕ける音がして、ギラは顔面から大量に血を撒きながら木の葉のように飛んでいく。
 顔面から着地し、何度もバウンドして。地面を引き摺るように転がって、ギラはようやく止まった。

「あ、ついつい二発殴ってしまったか」

 ま、良いか。
 俺は息を吸いながら、魔力を高める。
 その間に、ギラは腕をぷるぷる震わせながら起き上がろうとするが、上手く行かないで潰れた。

「が、はっ、ぃ、ぎ、ぎさまぁっ」
「不様だな。似合ってるぜ」

 砕けた顔面のギラに向けて言い放ち、俺はパチンと指を鳴らして魔法を発動させる。

「《フレア・ベフィモナス》」

 炸裂音が響き、ギラの足元が爆発する。
 モロに巻き込まれ、ギラは吹き飛んだ。

「がはっ!?」

 空中に舞い上がるのを見て、俺は攻撃に移る。

「《バフ・オール》」
「くそが、この、この俺にぃぃっ!?」

 自分のステータスを底上げし、俺はダッシュをかけた。
 力を抜いて、ゆらりと左右に体を振りながら助走をつけて、一気に加速。世界が線に変わった。
 その中でも定点に捉えていたギラは、空中で姿勢を取り戻して魔力を高めていた。

「その程度のチェンジオブペースで!」
「《エリア・イグナイト》」

 接近戦の間合いに入ると同時に加速する。このスキルは接近戦の間合いでのみ、素早さを上昇させるスキルだ。
 三段階での加速に、ギラが驚く。
 だが本能的だろう、防御の構えを取っていた。

 甘い。もう俺は呪文も唱えている!

 俺は拳を叩きつけて魔力を解放する。

「《百剣白樹(ヴァイス・トロイメライ)》」
「うがぁぁっ!?」

 金属質な音を立てて、白い剣がギラを串刺しにする。瞬間、剣から無数の刃が生まれ咲き乱れるが、ギラは全身を炎に変化させて逃げた。
 そういう回避があるのか。
 おそらくは本当に緊急避難用。証拠に、ギラはすぐに姿を戻し、荒い息をついていた。

『自分の体を強引に変異させているからな、魔力消費も体力磨耗も凄まじいだろう』

 なるほど。
 まぁ関係ないけどな。

「──《真・神威》」

 手を掲げて、俺は発動させる。周囲を容赦なく凪ぎ払う雷鳴が響いた。

 ──ばぢばぢばぢばぢばぢっ!

 砂地に近い地面が黒焦げになって異臭を放つ中、ギラはひたすらに悲鳴をあげ続けていた。
 仕留められるか、と思ったが、まだまだのようだ。
 咄嗟にまた炎に変化してダメージを抑えたか。

「……がはっ」

 黒い煙と血を吐きながら、ギラは膝をつく。もう上半身全体を使って息をしている感じだ。
 俺は気付かれないように息を整え、動けるようになるまで待つ。

「はっ、はぁ、はっ、はぁ、ま、まさか、神獣の力まで、使える、だと……!? 加護を受けていること、は、気付いていたが……これ程に、扱える、とは……っ!」
「そんなに驚くことじゃねぇだろ」

 淡々と言い返しつつ、動けるようになった腕を伸ばし、地面から剣を作り出す。

「なめ、るなっ……! 二回も、同じ技が……」
「《真・神撃》」

 言い終わるよりも早く、俺は超加速して剣を閃かす。
 仕留めるつもりだったが、本能的に躱されたせいで腕を斬り飛ばすに終わった。
 その傷口から、焦げが始まる。

「っがああああああああっ!?」
「あのさ」

 叫ぶギラにもう一撃加えてから、俺は冷たく言う。

「テメェのせいで、アリアスもセリナも傷付いた。体だけじゃねぇ、精神的にもだ」

 ごろごろと激痛に転がるギラに聞こえてるかは分からない。でもどうでも良かった。

「挙げ句、メイのトラウマを良いように刺激して弄んで! その結果、メイは記憶を失うくらいに苦しんだんだぞ! それがどれだけ辛いものだったか!」

 怒りが、止まらない。

「テメェに、テメェに分かるかよっっ!!」

 刃が閃く。
 一瞬でいくつもの軌跡がギラを貫き、出血を呼び起こす。

「俺の仲間を、俺の大事な人を、傷つけるやつは許さないっ!」

 苦しみを与えたヤツに苦しみを与える。それは結局同じことで、俺はギラと同じかもしれない。
 けど、だからって、今この内側に渦巻く感情は飲みこめるような小ささなんかじゃない。
 爆発させなきゃ、吐き出さなきゃ。

 これが、これこそが怒りだ!

 天罰を与えるとかそんな大層なご身分じゃないことは知っている。俺は所詮出来損ないだ。だからこそ、その理不尽に抗う。
 ワガママだろうと自分勝手だろうと何だろうと構わない。俺は、俺の大事なものを守る。そして害をなす奴は排除する。それだけだ。

「ガキがっ……! 青臭いことをっ……! 何が許さない、だ、貴様は、守れなかったくせに!」
「だからこうして怒ってるんだろうがっ! 何より自分自身が許せねぇからなっ!」
「それでこの俺を傷付けるというのか! それを八つ当たりというんだ!」
「好きに言え、何をどう言い繕ったって、何をどうしようったって、俺はお前を消すことに変わりはないからな」
「消すだなどと……所詮、人間風情がっ!」

 ギラの全身が炎に包まれる。とたん、とてつもない魔力が解放される。
 だが、俺はそれに対抗しながら懐へ飛び込む。
 格闘戦の構え。確かに、純粋な戦いに持ち込むなら格式の高いギラの方が強いかもしれない。けど!

「《真・神破》っ!」

 最大の力を込めた拳を俺は叩きつける。
 ごっそり体力が持っていかれる代わりに、強烈な破壊力が一転集中され、ギラの全身を叩く。
 音さえ残す衝撃がギラを貫通し、胴体に大穴を開ける。さらに稲妻が迸り、ギラを焼き尽くした。

「うごはぁっ!?」

 盛大に殴り飛ばされたギラは身体を再生させつつも地面を派手に転がっていく。
 数十メートル以上も転がって、ようやくギラは止まる。

「が、はっ……!?」

 零したのは、血。
 ダメージは相当なものらしく、動けない。

「そろそろ終わりにしてやるよ」

 俺は宣言してから、魔力を高める。

「ふざけろっ……! 良いのか、俺を滅ぼしたら、呪いがかかるぞ、良いのか!」

 なんだそりゃ。命乞いか?
 蔑みを持って俺は無視する。すると、俺とギラの間に深紅の炎が生まれ、焔ほむらが姿を見せた。

「あー。そのことなんだけど、ギラ。お前破門な?」
「……え?」

 まだ全身が顕現していない状態なのに、焔ほむらはあっさりと宣言した。
 呆気にとられるギラに、焔ほむらは続ける。

「だってちょっとやりすぎなんだよ。お前、今回捕まえた奴らがどういうのか知ってるのか? 下手しなくても人間の国家のほとんどを敵に回しかねなかったんだぞ」
「そ、それはっ……!」
「下手しなくても討伐戦が起きるところだったんだ。人間だけならいざ知らず、グラナダのように神獣を味方につけた奴らが攻めてくるかもしれん。そうなったら、俺様も危ない」

 理路整然と焔ほむらは事態の大きさを説明する。

「それに、俺様の眷属とは思えない無様なやられっぷりだしな」
「ぐっ……!?」
「もしまた俺の眷属に戻りたいなら、グラナダに勝ってみせろや」

 そう言い残して、焔ほむらは消えた。

「くそ、くそくそ、くそぉぉぉおおおおおおお――――っ! 貴様が、貴様がぁぁああああっ!」

 捨てられたことへの絶望か、ギラは叫びながら全身を炎に包む。
 何かしてくるつもりだろうが、遅い。
 もう俺の魔力は高め終えた!

「――《世界の唄い手と踊り子は》《夢と絶望の折り合う混沌の最中に出会う》《求めるは、ただ一つの滅びの光》!」

 全ての属性の魔法を集結させ、俺は両手を突き出す。

「《カオスライト》っ!」
「なめるなぁああああああああああっ!」

 ギラが叫びながら、俺と同じように両手を突き出して炎を放つ。

 ――きゅどっ!!

 放ったのは、知覚が消える程の閃光。
 直後、地面を震わせる破壊が轟き、ギラの放った炎をあっさりと呑み込んでいく。

「な、なんだっ!? ばかな、ばかなばかなばかなっ!」

 それが、断末魔だった。
 閃光がギラを呑み込み、炸裂した。

 ただ爆裂が爆裂を呼び、爆風が周囲に荒れ狂う。
 術の発動と同時に展開された結界のおかげで防げているけど、それがなかったら俺も焼き尽くされているだろう。それだけの破壊だ。
 砂ぼこりに塗れた視界がようやく晴れると、扇状に抉られた地面が露わになる。

 そこに、ギラはいなかった。

 跡形もなく消し飛んだらしい。
 どこからも上がらない勝鬨。ただ、その中で俺はため息をついた。

 ――終わった。

しおり