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彫刻と余興17

 フェンを送りだした後も、北東方面へと進んでいく。夜中だから人は少ないが、それでもまだ少しは居る。
 もう夜は冷えてくるが、まだ動いてるだけでなんとかなる程度でしかない。
 移動しながら魔物をサクサク狩っていく。今回は討伐数はそこまで気にする必要もないし、監視されながらの任務でもないので、遠く離れた場所の魔物も、魔力視と組み合わせた遠距離攻撃で気にせず仕留めていく。
 歩く速度も緩める必要はないし、途中で休憩を挿む必要もない。なんとも気楽なものだが、周囲から人が居なくなるまでもう少し掛かる。
 その間に色々思案していくと、そういえばナン大公国で開発されたという新しい方法での魔法について試していない事を思い出す。学園滞在中は色々とあったからな。
 だからといって今は無理なので、誰も居ない場所で魔物を釣っている最中にでも試してみるか。
 そう言う事にして更に速度を上げて進んでいくと、朝になった辺りで大結界の方に変化があったことに気がつき、そちらへと顔を向ける。

「無事起動できたか」

 一瞬世界の眼を発動させて人間界の周囲だけ確認すると、今まで起動していた大結界の外側に、新たな大結界が張られる。これであちらの方は大丈夫だろう。あとは仕上げに。

『プラタ』
『御呼びで御座いますか? ご主人様』
『今大丈夫?』
『はい』
『掃除の方は終わった?』
『はい。恙無く』
『そっか。それでさ、新しい大結界が張られたから、可能であれば古い方の大結界を張っている素体を壊してくれる? 出来れば自然な形で』
『では、もうあの素体は崩壊寸前なので、限界まで酷使させて破損させます』
『うん。それでお願い』
『御任せ下さい』
『よろしくね』

 これでいいだろう。古い方は邪魔なだけだし。それに、あれがあるせいで内部の魔力濃度が低下しているのだから。
 ボクが創った新しい大結界は、古い大結界の様に内部の魔力まで使わない代わりに、周囲の魔力を吸い取り周辺の魔力濃度だけを低下させるので、魔物を寄せ付けない効果がある。
 それでいて、内部の魔力濃度が下がりすぎないように調節しながら適度に魔力を通すので、これから人間も強くなっていくかもしれない。
 プラタに連絡をして少し経つと、古い方の大結界が消滅したのを感じて、もう一度振り返る。
 世界の眼を通して確認してみると、綺麗に消滅していた。これで大結界の代替わりは完了だ。魔物達の攻撃を受けても当分は問題ないだろう。
 一応、前の大結界を出入りする際に使われていた指輪が引き続き使えるように組み込んでおいたから、出入りも問題ないはず。

『ご主人様。破壊完了致しました』
『ありがとう。これで内部の魔力濃度も徐々に上がって、いずれ周囲と同じになるだろう』
『はい。それに慣れるまでは時間を要するでしょうが、下地としましては十分かと』
『だよね。あの結界の強度も中級の魔物を想定して組み込んだから簡単には突破されないし、なんなら上級の魔物でも多少は耐えられるはず』
『はい。周囲の生物に対して丁度良い強度かと存じます』
『上級の魔物とか、そうそう姿を現さないだろうからね』

 中級の魔物ですら平原ではほぼ見ない。魔物以外で上級の強さの存在は、この辺りでは精霊ぐらいではなかろうか? まぁ、南のエルフの強さは知らないけれど。

『現在も東の森は忙しないので、そんな余裕も無いでしょう』
『中々収束しないね』
『収束へと向かってはいますが、速度はゆっくりで御座いますね』
『そうか・・・まあ大結界を変えたから、これで平原の方に集中出来るし、どうにかなるだろうさ』
『はい。人間界への護りは、ご主人様の御活躍により問題ないでしょう』
『活躍ってほどじゃないけどね。あとはボクがここら辺の魔物を一手に引き受ければ、休息出来て余裕も生まれるでしょう』

 大分進んできたが、もう少し進まないといけないな。一番平原に近い砦まで距離が在るから、移動がちょっと面倒になってきた。
 かといって、周囲には少ないとはいえ人の目もあるので、おいそれと転移は出来ない。

「・・・うーん、ちょっとずつ釣りながら進むかな」

 人の目が無い場所まで移動するのに焦れてきたので、魔力を少量垂れ流して近場の魔物を引き寄せながら進むことにする。こうすれば周囲の人達も楽できるだろうし。
 そういう訳で、濃度を調節した魔力を意図的に周囲へと流す。その魔力を操作して、流す範囲を制限する。
 直ぐに周辺の魔物が反応してこちらへ向かって来たのを捉えたので、近くに人の反応が無い魔物は、さっさと倒していく。人が居る魔物も、離れれば倒す。
 中には魔物を追い掛けてくる反応もあったが、魔物の方が足が速いから、それが視界に入ってきた辺りで十分距離が離れたので、始末しておいた。
 そんな事をしながら進み、昼が過ぎてまた夜になった辺りでやっと周囲に人気がなくなったので、制限していた魔力の範囲を一気に拡げてみる。

「おぉ! 大漁だ」

 視界の中がこちらに向かってくる魔物だらけになったので、それが少し面白い。やはり濃度を上げた魔力を流せば、この辺りの魔物は釣れるんだな。以前は普通の魔力でも結構釣れた訳だし。
 魔物めがけて適当に魔法を放てば確実に当たりそうな数で突撃してくる魔物達目掛けて、正確に魔法を当てていく。視界に入ろうとも、近づけさせはしない。
 それでも念の為に足首に嵌めている魔法道具は展開しているので、万が一でも心配ない。魔物を殲滅している魔法も、慣れればある程度意識を切り離しても正確に当てることが出来る。何なら線引きして、そこを踏んだ魔物を殲滅するようにしてもいい訳だし・・・それもいいな。
 思いついたその仕掛けを並行して起動させて、数体の魔物をわざと見逃してそこを踏ませてみる。
 それでしっかり殲滅出来たのを確認したら、攻撃はそちらに任せて、ボクはナン大公国が開発したという魔法を試してみる事にした。
 以前にフェンから話を聞いた時の事を思い出しながら、地面に魔力を込めた模様を描いていく。

「意外に覚えているものだな」

 複雑な模様ではあったが、どうやら奇妙な模様だったからか記憶に焼き付いていたようで、しっかりと描くことが出来た。そのままなんとか描き終えると、少しして小さな火が発現する。

「・・・原理までは解らないが、起動する流れはこれで判ったな」

 魔法が発現する様を見届けられたので、起動するまでの流れは理解出来た。どうやら模様全体が連動して反応する事で、魔法が発現するようだ。
 原理が解れば別の模様の改良も行えるのだろうが、とりあえず記号や文字などの描かれた線がどんな感じで反応しているのか確かめてみないとな。
 適当に思いついた文字や記号を地面に魔力を込めながら書いていく。

「ふむ。どうやら単体では反応がかなり鈍いようだ・・・一応さっきの魔法が発現した時の反応ぐらいの強い反応が最低限必要と仮定して、この弱い反応を増幅させないといけないから・・・」

 幾つも書いて反応を確かめ、二つ三つと並べてみて、どのように繋がるのか確かめてみると、どうやら関連した事柄の場合は相互の反応がいいようだ。

「・・・しかし、これは何で関連していると分かるのだろうか?」

 例えば火の文字と火の絵を並べて描いた場合、相互に強い反応を示す。しかし、火の文字に水の絵を並べて描いた場合、途端に反応が弱くなる。別に反応しない訳ではないが、明らかに反応に差が出来ている。
 とりあえずそこまではいいが、火の文字と火の絵が関連していると何故分かるのだろうか? 火の文字と水の絵が関連しないと何故反応が鈍いのだろうか?
 そんな疑問がつい浮かんでしまう。もしかしたら関連しているのではなく、互いの線の形に相性の様なモノでも存在しているのだろうか?
 一度周囲を確かめ、まだ魔物を殲滅している魔法が機能している事を確認した後、魔物が未だに大量に釣れているのも確かめる。結構広範囲で撒き餌をしているので、現在の平原は少し平和になっていると思う。
 そういう訳で特に不備も無いようなので、研究の続きを始める。
 まずは一度確かめた火の文字と火の絵を地面に描き、反応している状態から絵の一部を消してみて、まだ同じように反応が続くのかどうかを調べてみる。

「むぅ? ここの曲線を消して、直線に書き換えてみると・・・ふむ・・・ということは、こちらの方を消してみると・・・?」

 消したり足したり書き換えたりと色々試していくが、中々法則が見つからない。ただ、火の文字は曲線よりも直線の方が相性がいい気がするが、だからといって直線ばかりでは相性がよくないので、そう単純ではないようだ。

「・・・ふぅ。法則探しは少し休憩して、次は配置で反応が変わるかも調べてみるか」

 同じ火の文字と火の絵で描く位置を変えていく。絵の方を上に持っていったり、距離を離して描いてみたりと様々だ。
 そんな事をしながら一日が経過した頃に、こちらに向かってくる反応を複数捉えて、地面に描いていたモノを全て消す。

「・・・ん? この感じはペリド姫達かな?」

 懐かしい感じを覚え、そちらの方に顔を向ける。それにしても、近づいてくる速度から察するに走ってきているようだが、どうかしたのだろうか? 視界に映るのはペリド姫達の他には釣っている魔物ぐらいだが・・・。

「ああ!」

 そう思ったところで、閃く。もしかしたら、魔物の群れが移動しているのを目撃したから、後を追ってきたのではないだろうか? もしそうだとしたら、面倒だな。

「うーん・・・大丈夫かな?」

 周囲を見回し、そう結論付ける。
 ペリド姫達はボクの実力の一端を知っている訳だし、何より現在は大量の魔物が周囲に突撃して来ては消滅しているので、厚い垣を築いて外からボクの姿を隠している。これではそう簡単に近づいては来れないだろう。
 それでも念の為に研究を止め、月明かりが明るいので読書をする事にした。移動するのもいいが、その為には魔物を一度消滅させるか誘導しなければいけない。
 つまりは面倒くさいのだ。別にバレても問題ない相手というのも、その面倒さを加速させている。
 そうして月明かりを頼りに読書をしていると、少し離れた場所でペリド姫達が足を止めたのが分かった。流石に大量の魔物が押し寄せている場所には近づけないらしい。
 それでも、多少離れているとはいえ、近くで止まるのはそれだけ危険だと思うのだが、ペリド姫達の実力を考えれば、逃げるぐらいは出来そうか。
 静かな空間でパラパラと本を読みながら、そうして魔力を捉えていると、微かに、本当に微かにだが、風に乗って何やら人の声が聞こえてきた。しかし、何を言っているのかまでは流石に分からない。風音だと言われても納得しそうなほどだ。
 聞こえないならしょうがないので、ボクは本へと集中していく。そろそろこの本も最後の段階に移行できそうなぐらいに読み込んできているとはいえ、まだ最初から通して読むには少し早いが。
 集中して読書していると、ペリド姫達に動きがあったのを察知する。どうやら、垣の外側から魔物を攻撃してみたようだ。それでも、ボクが撒いている餌の方に夢中なようで、ペリド姫達側に注意を向けた魔物は居ない。
 無茶をするものだと思いつつ読書しているが、その間も攻撃を継続している。まぁ、これだけ魔物が居て興味を持たれないのであれば、攻撃したくもなるか。
 それとも、最近の平原事情を思うに、魔物を見逃せないのかな? どうでもいいことだけれど。
 魔物の垣の外縁部からペリド姫達が魔法を行使し続けるのを感じながらも、ボクは本に集中する。魔力で広域から魔物を釣っているおかげで、それでも垣が薄くなるような事態には陥らないようだから。

「それにしても・・・」

 本から目線を上げて、魔物の垣に目を向ける。そこには張った攻撃性の障壁へと飛び込んでは消滅していく無数の魔物の姿があった。

「魔力が魔物に取って甘美なのは解るが、目の前の魔物が消滅しているというのに、躊躇う気配すらないな。後ろから押されているという感じでもないしな・・・やはり、この程度の強さでは知性に欠けるということか」

 その集団自殺でもしているかのような異様な光景に、少し狂気を覚える。

「よしんば人間側が話し合いを望んだとしても、ここらの魔物じゃ無理だな。かといって、森の中の魔物は強すぎるし・・・やっと魔力の濃度が元に戻っていくのだ、追い付けたとしてもずっと先の話だな」

 一つ息を吐き出すと、本へと目を戻す。
 集中しさえすれば、そんな狂気すら些事でしかない。そんな風に本を読んでいたら手元の本を読み終えてしまった。

「ん、んー。もう一度最初から読むか」

 本の表紙まで戻ると、そこからもう一度読んでいく事にする。
 その頃になると天上に既に月は無く、そろそろ地平に太陽が姿を見せ始める前の暗さが世界を覆っていた。

「魔物退治も予定では十日だったか。それに初日も含めていいのかな? 含めれば今日で三日目になるが・・・短いとはいえ含まれるよな?」

 などと、読み直す前に少し考え頭を休めると、読書を再開させる。魔物の垣の外ではまだペリド姫達が魔物を討伐しているが、まあ大丈夫だろう。
 しかし、こうやって魔物に囲まれた空間というのも悪くないな。外から見えないし、獣ではなく魔物なのでそこまで騒がしくもない。
 ただ、やはりクリスタロスさんのところの訓練所ほど安心して取り組めないが。

「それにしても」

 読書をしながら思う。

「魔物の量が多すぎやしませんかね?」

 ここに陣取ってから約一日。かなりの量の魔物を消滅させたが、未だにその勢いが衰える様子は無い。多分一日での討伐数は四桁を余裕で超えていると思う。それ以上の数が平原で暴れていたのだから、むしろよく今まで耐えていたほどだ。もしかしたら、実際は魔物の数が増えていたのかもしれないし、森の方から余計に釣れてしまっているのかもしれない。

「森の方の動乱が収束してきているのか?」

 ふーむ。そうなればもう少し落ち着きそうだが。
 パラリパラリと本を捲りながら、文字を捉えていく。最近文字を目で追うより、書かれている文字をそのまま捉えていく方が早く読める事に気がついた。覚えもこちらの方がいい気がするし。

「・・・ふぅ。まずは一冊」

 本を閉じると表紙に目を向け、そこに書かれている表題を一撫でして区切りとすると、本を情報体に変換して収納した。

「もう昼か・・・ん? これは、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様とオクトとノヴェルか?」

 次の本を読もうかと思ったところで、視界の端で三人の魔力を捉える。どうやらこちらへと向かってきているようだが、ペリド姫達同様に、魔物がここに流れているから見に来たのかな?
 まだ距離があるのでそれはひとまず措いておいて、読書の前に少し魔力を込めた線の研究でもしてみよう。魔物のおかげでペリド姫達はこちらに来れないようだし。
 とりあえず文字と絵の関連性や配置などを考えたので、一度そこに記号を足してみよう。数が多いと反応も強くなるから、そこら辺も知りたいな。

「・・・えっと、火の記号だから」

 火を表す記号はフェンの話の中に出てきたので、それを参考に地面に書いていく。
 文字・絵・記号を横並びに描いてみると、確かに二つの時よりは強い反応を示す。しかし、それでもそこまで強いものではない。
 並びや配置を変えて幾通りも地面に描いて観察した結果、絵・記号・文字の順が一番強い反応を示した。といっても、余程魔力の動きに敏感な者でなければ判らない程度の違いだが。
 並び変えるばかりではなく、フェンの話に出てきた小さな火を出す模様の様に、絵の中に文字を入れたりと変則的な方法もあるので、検証する項目は多岐にわたる。しかし、昼が過ぎて夕方前になる辺りで、ペリド姫達とクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様達三人が合流したのを捉える。
 一国の姫君と一国の最強位というなんとも豪勢な面子の邂逅だが、生憎とここを出るつもりはない。魔物の垣のおかげであちらからこちらは窺えないだろうし、魔力を広範囲に流しているので、ボク周辺は魔力視もろくに機能しないはずだ。
 なんというか、変異種とはこんな感じだったのだろうか? そういえば、森の中でも魔物の中には変異種に寄ってきていたものが居たな。しかし、逆に逃げていった魔物も居たから、単純に魔力を流せば釣れるわけではないという事だろうか? それとも森の中だったし、危険を察知できる程度の知性を備えた魔物だったとか? もしくは変異種の魔力だったから? 今後の為にもその辺りの解明もした方がいいかもな。
 今度シトリーやフェンとセルパンに協力を要請してみるか。覚えていたら、だが。
 地面に描いていたものを消すと、外の様子を窺ってみる。
 ペリド姫達とクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様達は合流したまま動いていない。それで護衛も完遂したと判断したようで、フェンも影に戻ってきた。

『フェン。ありがとう』
『礼など不要です。創造主の御役に立てたのであればそれで』
『そう? だけどまぁ、いつも世話になってるんだから礼ぐらい言わせてよ』
『畏まりました。では、有難くお言葉を受け取らせて頂きます』

 そんなフェンに、思わず困った笑みを浮かべてしまう。それでも心強い仲間だ。

『そうだ! 帰ってきてそうそう悪いけれど、一つ頼まれてくれない?』
『何で御座いましょうか?』
『さっきまで護ってくれていた三人と、もう一団がこの魔物の垣を越えたところに居るでしょう?』
『はい』
『その様子を確認したいから、ボクの耳目になってくれる?』
『畏まりました』

 その言葉と共にフェンが移動したので、目と耳を同調させる。
 すると、垣の向こう側の様子を目で捉えることが出来る。音もしっかりと聞こえるので、問題なく同調出来たようだ。

「やはり反応しませんわね」

 フェンが影から近づくと、より鮮明にペリド姫達の話し声が聞こえてくる。どうやらいくら攻撃しても魔物が反応しない事について話しているらしい。

「・・・この周囲の魔力のせい、だと思う」
「この魔力ですか。確かに不自然ではありますが、一体中に何が? 魔物も密集している割には溢れませんし」

 ペリド姫の問いに、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様がジッと魔物の群れに眼を向ける。

「中は分からない。でも予想はつく。魔物は奥で全て消されている」
「全てですか!? そんな事が可能なので?」
「普通は無理。だから予想がつく」
「どういう事です?」
「多分、中に魔物の相手をしてくれるよう依頼した相手が居る」
「この数の相手を、ですか・・・それはどなたですか?」

 僅かに思案したペリド姫の問いに、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様は首を横に振った。

「それは言えない。相手も望まない」
「そう・・・ですか」

 ペリド姫がチラリとマリルさん達の方に目を向けると、マリルさん・スクレさん・アンジュさんの三人は頷いた。これはまぁ、予想がついているな。他に同じことが出来そうな人物もそうそう居ないだろうし、何より四人はボクが今東門に来ている事を知っているからな。
 それでも、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様が名前を出していないので、まだ何とかなる可能性がある。と思いたい。
 とりあえずそんな事で軽く現実逃避している間にも会話は続く。どうやら、ここで魔物を釣っているおかげで平原が大分楽になったようだ。
 他にも、明日にもクロック王国から増援が到着する予定らしく、それで一気に安定する見込みらしい。
 大結界も新調したし、増援が到着した後はここで釣らなくても何とかなるかな? 魔物の数が結構居るので微妙なところだが、死の支配者が攻めてくる前の様子を思えば、増援を足せば事足りそうな気もするも・・・生徒や兵士達は連戦続きだっただろうし、休憩を挿む為にも約束の十日はここでこうしておくか。
 垣の向こう側の様子は確認出来たし、知りたい事も知れたので、そろそろフェンに戻って来てもらおうかな。

『フェン。ありがとう。もう十分だよ』
『はい』

 返事と共にフェンがボクの影に戻ってくる。
 もう一度フェンに感謝を告げると、影から出てきてもらった。

『何回もごめんね』

 影から出てきたフェンにそう言って、身体を撫でる。
 普通に会話してもいいが、念のためと確実に聞き取れるようにこのまま継続しよう。

『いえ。それで、どうかされましたか?』

 それにフェンも合わせてくれる。

『うん。大した用事ではないんだけれど、また背中を預けたいと思って』
『御任せ下さい』

 そう言うとフェンが横になったので、念の為に背負っていた何も入っていない背嚢を横に置いて、フェンに寄りかかるようにして身体を沈める。

『やっぱりこれはいいね』
『お気に召して頂き光栄で御座います』

 フェンに背中を預けながら、二冊目の本を構築して読んでいく。
 のんびりとした良い時間だが、日が暮れると暗くなってしまい、視線を本から空に向ける。

「月が昇るまでの辛抱か・・・」

 暗くとも問題なく読めるが、空も下の方が明るいので、そう待たずに明かるくなるだろう。しかし、相変わらずフェンに背中を預けるのは心地良過ぎて眠くなってきたな。

「うーん」

 少し考え、眠る事にした。たまにはそういう日があってもいいだろう。

『少し眠るから、何かあったら起こして』
『御任せ下さい』
『ありがとう』

 本を収納すると、フェンにそう告げてから眠りにつく。
 魔物はまだまだ多いので問題ないだろうが、何が在るか分からないからな。まだ魔物の群れの先にはペリド姫達とクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様達が居る。いつまで居るのだろうか? まぁ、いいか。その内戻っていくだろう。
 視界には他に反応が無いのを確かめた後、ボクは意識を手放した。





『・・・・・・』
『おはようございます。創造主』

 朝になり、太陽の光で目が覚めた。

『おはよう。フェン』

 どうやらがっつり寝てしまったようで、すっかり朝だ。フェンが温かいのもあるが、やはり信頼できる相手が周囲を見張っている安心感のおかげだろうか?
 周囲の様子を確認すると、魔物は変わらず大量に釣れている。ペリド姫達とクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様達の両パーティーも、変わらず魔物の垣の先に居るようだ。
 水魔法で顔を洗って目を覚ますと、本を構築して読書を始める。今日も天気がいいので、読書には持ってこいだな。
 そう思い読書していると、警邏中と思しき兵士達が近づいてくる。生徒の姿も幾つか確認出来るが、流石に手広くやりすぎたか?
 本を読み取る傍ら眺めていると、生徒と兵士達はクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様の方へと一直線に進んでいるので、そちらに用があるのだろう。

「・・・ああ、そういえば援軍はもう到着したのかな?」

 世界の眼を防壁周辺に向けてみると、兵士の数が少し増えている様な気がするが、似たり寄ったりなのでよく分からない。
 諦めて眼を戻すと、読書に集中していく。





 乾燥してひび割れ、草の一本すら生えていない地面に、むき出しの岩肌。輝くような真っ赤な溶岩を垂れ流しながら噴火を続ける山々。それでいて濃い魔力の霧により日光が常に遮られている不毛の大地。そんな過酷な地に、一人の女性が居た。

「ふふふ」

 その女性は、半身が輪郭が分からないほどに濃い常闇をしていて、反対側は人間ではあるが、身体中をどす黒い染みが斑に覆っていて、およそ健康的な人間とは思えない。
 生物が生きていくのは無理そうなその不毛の大地が似合うその女性は、散歩でもするような気楽な調子で歩いていく。

「さて、この辺りに居ると思うのですが・・・」

 女性が軽く周囲を見回すと、目的の相手を遥か遠くに発見する。

「ふふふ。なるほど、なるほど」

 機嫌よく笑った女性は、かなりあった距離を瞬きするより早く詰めて、相手の目の前に移動した。

「こんな地までやって来るとは、一体何者だ?」

 身体の芯に響くような威厳のある声が、女性の頭上から降ってくる。

「ふふふ。私は死を支配している者です」

 女性がその声の発生源へ仰ぎ見るように顔を上げると、そこには天まで届きそうな大きさをした、四足歩行の獣が居た。
 灰色の体毛に頑丈そうな鋭い牙がずらりと並ぶ口。黒色の目には金の瞳孔が輝き、そこからは温かみがまるで感じられない。
 しかし、獰猛というにはあまりに落ち着いた雰囲気を纏っている。

「それで? その死を支配する者が、わざわざこんな地まで何用かな? この地は既に死んでいるが」
「いえいえ、私が用があるのは貴方ですよ。最果ての支配者の一人であらせられるフェンリルさん?」
「ほぅ。我が名を知って我が前に立つか。それで? 我に何用かな?」
「ええ。そんなに難しい用事でもないのですよ。ただ、死んでほしくて」
「ほぅ。確かに分かりやすい話だ」
「ええ。分かりやすいのは大事ですから」
「だがその場合、勿論抵抗はさせてもらうがね」
「ええ、ええ。勿論ですとも。でなければつまらないではないですか」
「そうか・・・それだけの腕があるという事か。だが、慢心は死を招くぞ? かつての神のように」
「ご忠告ありがとうございます。ですが、それは貴方にこそ相応しい言葉では?」
「なるほど。それも一理あろう」
「それで、どうされますか? 抵抗なさいますか?」
「無論、抗わせて頂こう」

 そう言うや否や、フェンリルは前脚で女性を払おうとする。が。

「・・・ふぅ。抗う、ですか?」

 眼前で力尽きているフェンリルに、女性は嘲るような目を向けた。

「分かっていましたが、期待外れも甚だしいですね。ま、分不相応な態度は愉快でしたので、代わりの者をここには派遣しておきましょうか」

 女性は山の様なフェンリルの死体を消滅させると、そのまま進んでいく。

「次は水の中でしたか。太古の遺物は早々に回収して、この辺りも創り直さなければなりませんね」

 呆れながらも、女性はどう創り変えようかと思案を始める。

「ふむ。ここからでは少々遠いですね」

 一旦思案を止めた女性は、転移で一気に移動する事にした。





「大きな水たまりですが、住んでいるのもまた大きいですね」

 大地の終わりに立ち、一面水面しかない周囲を見回すと、女性はそこを進んでいる大きな影に目を留める。

「ヨルムンガンドさんは、フェンリルさんよりも更に大きいですね」

 女性は水中へと飛び込むと、水中を進んでいるそれに目を向けた。
 それは長大なヘビ。果てがないと思えるほどに長く、どれだけの長さがあるのかは不明なほど。

「顔の部分まで移動するのも大変ですね」

 水中だというのに、女性は地上と何も変わらない様子で言葉を発し、移動していく。

「・・・まあ面倒ですし、話す事もないでしょう」

 その長大さに早々にヨルムンガンドと会話することを諦めた女性は、あっさりと眼前を進むヨルムンガンドの命を終わらせる。

「本当に呆気ない。これで神殺しなどと持て囃されていたのですから、旧時代は弱者の時代だったのですね」

 女性は呆れながら、絶命して動きを止めたヨルムンガンドの身体消滅させると、転移で地上へ戻っていった。

しおり