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彫刻と余興13

 そんな騒がしい事があったが、嵐が過ぎれば直後はその静けさが寂しい・・・事もなく。
 室内は大して汚れてもいないので、特に掃除は必要ない。昼食も取らずにしゃべりっぱなしだったもんな。

「・・・はぁ」

 それでも立ち上がり、気分的に軽く長椅子を掃った後、背嚢を情報体に変換して、少々勢いよく長椅子に腰掛けて、思わずため息を吐いてしまう。

「疲れた」

 窓の外に目を向けるともう外は暗く、室内の仄かな灯りを反射して、窓が鏡になっている。

「御疲れ様です。ご主人様」
「ッ!!」

 そこに横から声を掛けられ、驚きと共に目を向ける。そこには、いつの間にかプラタが身体をこちらに向けて座っていた。相変わらず、気配が掴みにくい。

「まぁ、同学年との交流も大切さ」

 しかし、それにももう慣れたので、直ぐに気を取り直してそう返す。

「でも、それで折角お話しできる時間が減っちゃった」

 膝に重みを感じると、そこにはシトリーが腰掛けていた。こちらもまた、気配の感知が難しい。

「離れていても会話はできるさ。というか、たまに会話してるじゃない?」
「それはそうだけどー」

 ボクの身体を背もたれに、シトリーは体重を預ける。

「しかし、いつ見てもやはり人間というのは、大多数は弱いものですね」

 影から姿を現したフェンが、向かいの長椅子にちょこんと座りながら、そう言葉にする。その隣には、セルパンが座った。昨日死の支配者の女性が攻め込んできたばかりだから、改めて人間の脆弱さが目に入ってもしょうがないか。

「それは、この地に漂う魔力の薄さの影響もあろう?」
「かもしれないが、それでも強い者は居る。例外が存在する以上、一概に言い切れるものでもないと思うが?」
「例外は枠の外に居るから例外であろう? 例えば我が主などその最たるものだが、それに他の者も続けと言うのは酷というもの」
「まあ・・・それはそうだが」

 そんな風にフェンとセルパンが会話を始める。この二人は仲がいいな。いいことだ。

「・・・ご主人様と有象無象を同列に語るものではありませんよ?」
「例外だとも。同列ではなく、及ばないという意味での」
「及ばないでも生ぬるいと思いますが、まあいいでしょう。しかし、フェンの語る例外とは、人間の最強位のことでは? であれば、同じ例外として扱うのはいかがなものかと」
「解りやすいと考えたのだが、それもそうよな。此れは吾の浅慮であった。我が主、此度の不敬のほど、誠に申し訳ありませぬ」

 器用に頭を深く下げるセルパンに、ボクは気にしてないよと伝える。このままでは、命を以て償うとか言い出しそうな重い雰囲気だった。最強位と同じように語っただけなんだから、そんな大層な事でもないだろうに。というか、最強位は人間にとっては一種の憧れの存在なのだがな。
 そんな中でも、我関せずとシトリーは膝上でボクの左手を弄って遊んでいる。

「まあでも、全体的に強くならなければならないのは、その通りなんだよね」

 実際問題、人間は弱い。魔法もまだまだ使いきれていないし、人間界を覆っている大結界の代替となるモノさえ創れていないのだから。
 それでも地上に一応の地位は築けた。が、それは周囲が弱く旨みの少ない場所に築いたからにすぎない。
 とりあえず今考えるべきは、まずは大結界の代わりだろう。魔力の薄さもだが、それ以上に、大結界の素体がそろそろ寿命を迎えようとしているのだから、このままでは無防備に腹を晒すことになってしまう。

「・・・・・・うーん」

 人間界全体を覆う広範囲の結界で、魔力を消費し過ぎない物、か。ボクなら創れるが、それをどうする? 今あるのと密かに交換する? それは色々と不味い。特に、直ぐに大結界が変わった事は周知の事実になるだろうから、それで国と国の力関係を崩すのは駄目だ。たとえ崩すにしても、よく知らないマンナーカ連合国に傾けるのは・・・面白くないな。

「如何なさいましたか?」
「ちょっと考え事をね。人間界を変えていく為の」
「左様でしたか」
「ま、大したことは考えていないよ。ボクは為政者でもなければ、権力者でもないからね。一庶民として楽しめる方法を考えてただけさ」
「如何されるおつもりですか?」
「うーん。とりあえず、大結界の変更から。その為の魔法道具は後で創るとして、それをどうやって交換するかと、何処に置くか、かな」
「そうで御座いますね」
「人間界の中心に置くのが効率的で楽なんだろうけどさ、結局人間は大結界頼みだから、必然的に大結界を管理しているところの発言力が大きくなるんだよね。だから、外と接していない中央が、未だに発言力のある大国として君臨出来てる訳だし」
「はい」
「だけれど、ボクはマンナーカ連合国はフェン達の話でしか知らないから、親しみがないんだよね。だから、ボクが創った魔法道具を置くなら他の国、ハンバーグ公国かクロック王国に置きたいんだよ。そうなると、それなりの権力者、ジャニュ姉さんのような存在の協力が必要になってくる。まぁ、これはジャニュ姉さんでいいんだけれど、問題は、仮にクロック王国に大結界の魔法道具を置いたとして、マンナーカ連合国の衰退や、クロック王国が力を持つ事などから起こる混乱かな」

 それは、下手をすれば戦争に発展しかねない。火種は結構そこら中に転がっているからな。ま、どう転ぼうとも、マンナーカ連合国が発言力を低下させるだけだが。半年以上クロック王国の駐屯地で暮らした感じ、クロック王国の現王は横暴な為政者ではないようだし。

「争いは必要では?」
「ん?」
「人間は、今まで争わなさすぎたのです。その結果、今のこの体たらく。爪も牙も研がねば鋭くはなりません」
「・・・そうだね。それも一つの答えだ。人間は昔より強くなったのだから・・・それでも、今は同族で争ってる場合ではないしな」
「同族間で争う時代はもう過ぎたからねー」
「同族でなくとも、外に目を向ければいいのでは? 南の国は今でも森に派兵しています。結果として、少々歪ながらも彼の国の爪は鋭い」
「でも、他の人間と大差ないよー」
「そうとは限りませんよ?」
「ん? どう言う事?」
「彼の国は何かを隠しています。それに、新たな技術で何かをしようと企てています」
「プラタでも分からない?」
「何かをしている、という事ぐらいしか」
「プラタでも分からないのか」
「何かしらの邪魔がありまして」
「邪魔?」
「視えないのです。彼の国の一部が」
「視えない?」
「はい」
「何で?」
「分かりません」
「・・・そっか」

 何だか急にきな臭くなったな。でも、プラタが視えないというのは、ただ事ではないな。

「シトリーは分からないの?」
「んー、探ってみないと分からないね。私の場合は分身体を通して直接見ているから、プラタが視れなくとも、私なら見れるかも」
「そっか。なら、頼める?」
「任せてー」
「よろしく。プラタは場所をシトリーに教えといてね」
「畏まりました」

 まぁ、これで一度様子見かな。何事もなければいいけれど。
 それからフェンの話を聞いて夜を過ごし、朝になる。睡眠は明日にでもとればいいだろう。
 完全に太陽が昇り、人々が本格的に動き出す時間になったところで、まだ目的地には到着しないというのに、プラタとシトリーが姿を消し、フェンとセルパンが影の中に入っていく。それはつまり。

「へーい! 来たぞー!!」

 こういう事だ。とうとう来訪を告げる為に扉を叩く事さえしなくなったな。
 三人組の男子生徒の後に続いて、二人組の女子生徒が手に何かを持って入ってくると、遠慮のかけらもなく昨日と同じ席に座る。昨日同様に当たりのキツイ方の女子生徒に促され、ボクも詰めて長椅子に座らざるを得なかった。

「そういや、オーガストくんは何処出身なん?」

 いきなりそんな質問が飛んでくる。

「ボクはハンバーグ公国出身ですね」
「そうなん! じゃ、今地元なんだねぇ」
「そうですね」
「ちな俺らは、全員ユラン帝国出身なんよ」
「そうなんですね」
「そんで全員幼馴染なの。家が近いもの同士ってやつ?」
「そうなんですか」
「だからやりやすくてさ」

 そういうと、男子生徒は三人で「な」 と同意する。
 そんな男三人を、向かいの女二人は呆れた様な疲れた様な感じで見つめているのが目に入った。

「ただの腐れ縁よ」

 そして、隣から冷ややかな声が飛ぶ。

「そんな照れんなって!」

 男子生徒の方は、そんな女子生徒を全く気にしていないのか、へらへらと軽薄な笑みを浮かべながら手をぱたつかせる。慣れもあるのだろうが、その無頓着さは少々見習いたい・・・気がしなくもない。

「はぁ」

 女子生徒は女子生徒で、何も言い返さないで本気で呆れた息を吐いてるし。これは本当に呆れているんだろうな。少し会話しただけで、この三人組の男子生徒が人の言う事を聞かないのは、ボクでも理解出来たほどだもの。

「お! 何か悩みかい? 俺らに話してみ!?」

 男子生徒は親しげな笑みを浮かべて上体を前に倒すと、女子生徒へと顔を近づける。
 大人しい方の女子生徒が前に言っていた様に、男子生徒達は根は優しいのだろうが、相手の感情には無頓着らしい。現に、隣で女子生徒が苛立ちに歯を噛み締めた、ギリッという音が聞こえてきたもの。

「うっさい黙れ! 馬鹿がうつるから近づくな!」

 いくら個室とはいえ、向かい合わせの椅子は離れているので、座ったままで上体を倒したとしても、手を伸ばさない限りは触れる事もないのだが、それでも女子生徒は身体を離すように上体を背もたれに押し付け、顔も僅かに反らしながら、しっしっと追い払う様に手を振る。

「ああ! ごめんごめん。オーガストくんに聞かれると恥ずかしいもんね。じゃあ夜にでも教えてよ」

 何を勘違いしたらこんなに前向きに捉えられるのだろうか? あまりの事に少し真面目に見習おうかと思えてしまった。これぐらいへこたれないと、いっそ清々しい・・・部外者として見ている分には、だが。

「チッ!」

 隣から忌々しげな舌打ちが聞こえてきたが、聞こえない聞こえない。しかし、幼馴染だとしても、なんでパーティーを組んでいるのだろうか? 最初からこんな性格だと知っていたろうに。
 そんな疑問を抱きつつも、勝手に盛り上がっている正面の三人に目を向ける。
 三人共にずっと楽しげに笑っているが、ボクにはあの笑みは中々浮かべられない。作り笑いなら上手くなってきたんだけどな。
 それに三人共顔がいいから、何も知らなければ女性にモテそうだな。実際は面倒くさい性格をしているが。そういえば、顔がいいで思い出したが、ペルダは元気にしているだろうか? 一年生の時以来会っていないが、まだラムさんに鍛えられているのだろうか? 訓練所での光景が頭に浮かんだ。

「で、アンタはどうすんの?」
「え?」

 突然隣から声を掛けられ、顔を向ける。ボーっとしていて話を聞いていなかった。

「昼食だよ、昼食。持ってきてんの?」
「ああ、昼食」

 もうそんな時間だったのか。

「ボクは昼は食べないので、何も持ってきてませんよ」
「マジで! 腹減るだろ? そんなじゃ力でないって!」

 女子生徒にそう返すと、向かいの男子生徒が驚きと共にそう言ってくる。

「そう。なら、こっちはこっちで勝手に食べる・・・食べてくるよ」

 男子生徒を完全に無視しつつ、女子生徒はそう返して、全員に一度部屋に戻るように促す。持ってきていたのは弁当だと思うので、遠慮したという事だろうか?

「えー! 折角弁当持ってきたんだから、ここで食べればいいじゃんよー!」

 ああ、やっぱりそうなのか。

「食べてるところを見られる趣味はない。ほら、さっさと戻るよ。昼を食べてからでもまだ時間はあるんだから」
「えー!」
「ほら」

 女子生徒は、ぐずる男子生徒にそう言いながら、さっさと自分は部屋を出ていく。

「ああ、待ってよ! 分かったって! そんな急がなくてもちゃんと相談に乗るからさ!」

 それを慌てて追いかけて部屋を出ていく三人組の男子生徒。なんか勘違いしているようだけれど。

「では、また後で来ると思います」

 最後に大人しい方の女子生徒が、そう言い残して部屋を出ていった。いや、来なくていいんだが。そう思ったが、それを口には出せないので、黙ってその背を見送った。
 これで少し時間が出来たが、昼食を終えればまた来るのだから、あまり時間は無い。
 どうしよう・・・うーん、本でも読んどくか。見られても別段おかしなものでもないし、まだ買ったばかりの本にほとんど手をつけていなかったからな。これからは見回り中の詰め所でも読むつもりだから、丁度いいか。
 そう考えると、ボクは本を一冊構築して読み始めた。
 五人が部屋を出ていってからずっと本を読んでいると、こちらに向かってくる反応を捉えて、本を情報体に変換して収納する。
 本の収納を終えて数秒経つと、無遠慮に扉が開かれ、ずかずかと五人が入ってきた。

「おっまたせー!!」

 別に待ってはいないが、三人組の男子生徒はそう言って軽く手をあげながら入ってくると、ドカリと向かいの席に腰掛ける。
 ボクの隣には、相変わらず当たりのキツイ女子生徒が座った。

「明日には駐屯地だなー」
「なー。俺らは討伐任務だから到着した日は休みらしいけれど、オーガストちゃんは見回りだからそのまんまなん?」
「はい。朝には到着するので、そのまま見回りに加わる予定です」
「そっかー。大変だねー」
「もう慣れたものです」

 到着後に見回りに参加するのは、今までにも何度もやってきた事だ。見回りは結構な頻度で出発しているので、到着時間さえちゃんと把握して予定を組めば、きついものでもない。それに、移動日を一日任務参加期間に出来る。まあ結果的には変わらないだろうが、それでも休日は朝から休みたいものだ。

「偉いねぇー。俺は今でも面倒でしょうがないよ」

 へらへらと笑いながら冗談っぽくそう言うが、多分本当に面倒なんだろうな。

「ここ卒業しないと、アンタ居場所ないでしょうに」
「ま、そうなんだけどねー。それでも、面倒なもんはめんどいんよ」
「ハッ! 相変わらず呆れたものね」

 人には人の事情があるということか。まあ興味ないので、触れないが。

「大丈夫だって。俺らで助け合えば余裕で卒業出来るって!」

 向かいの真ん中に座る男子生徒が当たりのキツイ女子生徒にそう言うと、女性生徒の隣に座るボクに顔を向け、「なぁ?」 と同意を求めてくる。何故関係のないボクにそこで振るかな。

「・・・えっと」
「ほら、困らせない。それと、油断は禁物だよ」

 大人しい方の女子生徒が、代わりにそう応えてくれる。それに男子生徒は、「はーーい」 と間延びした返事を寄越した。

「アンタらはもっと真面目に出来んのかねぇ」
「俺ら真面目じゃん?」
「そうそう」
「こうやって無事だもんねー」

 受け答えは軽いものの、四年生まで無事に過ごしているという事は、そこそこ実力があるという事を示してはいる。という認識は、多分間違ってはいない。

「無事ならいいってもんでもないでしょ。それに、これから更にきつくなっていくんだから、そんな調子じゃ卒業出来ないよ!」

 大きな声ではないが、苛立ち混じりの怒声。しかし、それもそうだろう。パーティーを組んでいるという事は、パーティーメンバーの失敗は、自分の身の危機でもあるのだから。
 このパーティーの戦闘風景を見たことはないので分からないが、東の平原で目にするパーティーは大半が平原止まりの実力者だ。戦闘経験を経て強くなる者も居るだろうが、正直、質はそんなに高くはない。
 しかし、それも場所と時期による。例えば北の森だが、魔法使いの兵士でもパーティーを組めば対抗できる。特に現在は弱っているので、問題なく森を調査できるだろう。
 そういう意味では、西の森も現在はエルフの勢力が弱っているので、人間でも調査ぐらいは出来ると思う。
 それでも南と東の森は、端の方以外は不可能だ。各国の最強位もしくはそれに準ずる者達でパーティーを組んだとしても、東を少し調査するので精一杯だろうから。

「大丈夫だって、俺らも成長してるんだから。簡単とは言わないけど、何とかなるって」
「・・・はぁ」

 相変わらずお気楽な男子生徒達に、隣で重い息を吐いた音が聞こえてきた。

「それに、だからこそパーティーメンバーを増やそうとしてるんじゃん?」

 おっと、ここでボクの方を向きますか。確かにパーティーメンバーを増やすのは、単純に戦力が増えると言えなくもないが、それは連携が取れてこそだろう。急造のパーティーはその限りではないし、そもそもボクは入る気がない。別を当たって連携の練習をして欲しいものだ。

「だからって・・・」

 なんでこんなヤツとでも続けたそうな切り方をしたが、少しは遠慮したようだ。隣だからかな? まぁ、実際そうなんだけれど。こんなボクなんかよりも、もっといい人が見つかるよ、きっと。
 東門では様々な学園の生徒が来ているし、ジーニアス魔法学園の生徒でも、脱落者が出たばかりでパーティーメンバーが減っているパーティーもあるだろうから、そういうところに声を掛ければいい。
 もしくは、ボクの様に独りで行動してはいるが、そろそろ限界を感じている者でもいいだろう。

「ほら、その話は終わったでしょ。増やすにしても、別の人を当たるべきだわ」
「分かってる、分かってるって」

 大人しい方の女子生徒がパンパンと手を叩いて話を切ると、男子生徒がそう返す。

「ま、なんとかなるっしょ」
「・・・はぁ」

 それからは話題を変えて少し話すも、直ぐに夕暮れとなり解散する。五人全員が部屋を出ていくと、急に静かになるが、静かな方がやはり落ち着く。
 それもまぁ、直ぐにプラタ達四人が姿を現したので会話を始めるのだが、これはこれで落ち着くので問題ない。多分、これがボクのパーティーというやつ何だろうな。





 プラタ達との会話を途中で区切り、ボクは夜の内に睡眠をとる。
 翌日の朝には東門最寄りの駅舎に到着したので、五人組のパーティーと共に列車を降りた。
 駅舎から駐屯地まではそこまで離れていないので、道中の会話はあまり多くはない。
 駐屯地に着いたら、それぞれがそれぞれの宿舎へ戻っていく。
 ボクは全員が見えなくなったのを確認してから、自室には戻らずに、直接東門へと向かう。
 東門の前には部隊長の兵士と、部隊員の兵士二人が到着していた。今回生徒は二人のようだ。
 その一人も、ボクが到着して間もなく合流する。
 五人揃ったので防壁上へと移動して、見回りが始まる時間が来るのを少し待つ。その間に自己紹介だけ済ませて、時間が来たので見回りを始めた。
 北へと向けて進みつつ、平原に目を向ける。
 先日死の支配者の女性が攻めてきた影響か、平原がいつも以上に騒々しい。森の方も勢力争いで普段以上に活性化しているようだからな。前回の様に直ぐに次の支配者が決まればいいが。
 見回りをしていると、先に魔物を発見して監視している部隊と、その魔物に対処している警邏していた兵士の部隊を見つけるも、特に助けも必要なさそうなので、そこを通り越して先へと進んでいく。
 今までの平原でも対処しきれていない部分があったというのに、更に魔物達の行動が活性化してしまっているので、完全に対処しきれずに後手に回っている。
 救いは活性化していても、全体の数が若干減っているということか。森での騒動の影響で、森から出てくる魔物が減少しているのだろう。

「・・・・・・」

 少し進めば、同じように大結界を攻撃している魔物と、それに対処している部隊を見つける。平原に眼を向ければ、平原に建てられている砦にも魔物が殺到していて大変そうだ。
 兵士達だけではなく生徒達も必死に応戦しているも、次から次へと積極的に魔物が攻めてきているので、幾つかのパーティーが力を合わせて対処している。
 平原に出ている生徒達も似たようなモノで、学園に行く前と後で、平原の様子が様変わりしている。
 それにしても、積極的な攻勢に出た魔物というのは厄介なものだな。単純に、数の力は脅威だ。
 現在の警邏体制は、大結界周辺に重点を置いているようで、頻繁に警邏している部隊を目撃する。そのおかげで、大結界に攻めてきている魔物にはなんとか対処出来ているが、その分平原に築いている砦の方の護りが手薄になっている。
 元々東側の駐屯地は防衛を基本方針にしているが、今は特に防衛に力を注いでいるな。本当に、人間側は脆いものだ。
 現在の平原の様子について観察しながら見回りを行っていると、昼前の、もうすぐ詰め所というところで、こちらに向かってくる魔物を発見する。
 部隊長が報告を済ませると、ボク達は魔物の動向に注視する。
 報告を受けて駆けつけてきている部隊が近くに確認出来るが、既に大結界が弱ってきているので、間に合うかどうかは微妙なところだな。

「・・・・・・」

 大結界が破られると色々面倒なので、密かに魔物の行動を阻害していく。
 僅かに足を引っ張って行動の邪魔をしてみたり、大結界を少し補修したり、大結界と魔物の間に薄い障壁を張ってみたりと様々だ。
 それが功を奏したようで、要請に応じて駆けつけてきた部隊が間に合い、魔物を討伐した。
 大結界が無事だったので、魔物が消滅したのを見届けると、それを報告して見回りを再開させる。
 直ぐに詰め所に到着して中に入るが、既に昼は過ぎていた。
 ここに来るまでの様子から、現在の見回りの状態は、これが普通なのだろう。
 詰め所で昼食を摂って食休みを挿むが、今までよりも短いのは、それだけ忙しいという事の表れか。
 詰め所を出て隊列を整えると見回りを再開させるが、そう経たずに夕方になるので、今日の見回りももうすぐ終わりそうだ。
 それにしても、見回りを再開させたらすぐに魔物を監視している部隊に遭遇したが、本当に忙しいな。帰りが一緒だったパーティーは明日から討伐任務らしいが、大丈夫なのだろうか?
 個人的には、今は見回りよりも討伐がしたいな。これだけ忙しいと退屈はしなさそうだし、何より魔力の濃度で魔物の誘導が出来るのかも実験してみたい。
 日が暮れ始めたので、近くの詰め所に入っていく。後半は他の部隊が先に魔物を発見していたので、ボク達の部隊は足止めをくらう事はなかった。
 夕食を終えると、全員が早めに就寝する。どうやら、明日は今までよりも朝早くから見回りを行うらしい。
 全員が眠ったので、彫刻の作業を行うことにした。
 まずは腕輪の設定を行い、作業途中の置物と小刀二本を構築する。現在は顔の輪郭と目元と鼻の周囲を軽く彫ったところだが、今更ながらに顔を事前に描いておこうと思い至る。
 その為に極細の切っ先の小刀を創造し、それで顔に浅く傷を付けて顔を描いていく。
 削りすぎないように注意しながら、頭の中にあるクリスタロスさんの顔を描きつつ、全体の釣り合いがとれるように気をつける。

「んー・・・こんな感じかな」

 描けた顔を確認して一つ頷くと、先の尖った小刀を収納して、平刃の小刀を手に顔の部分を彫る作業を始めていく。
 手にした平刃の小刀を慎重に置物の顔に当て、描いた線に沿って少しずつ動かしていく。
 細かい作業なので、手元を拡大しながら作業する。念の為に周囲に誰か近づいてきたら気がつくように、自分だけに音が聞こえる鳴子みたいな魔法と組み合わせた探知魔法を発動させておく。
 彫りすぎないように角度と力の強さには気を付けつつ、顔を彫り進めていく。
 まずは目元部分の眼球の周囲を浅く彫っていき、少し眼を浮き彫りになるように彫っていく。削りくずはこまめに風の魔法で吹き飛ばしながら消していくが、一気に削らずにある程度まで彫れれば、他の箇所に刃を当てる。
 一度全体の配置を確認したいので、事前に描いた線を全てなぞっていく。鼻の部分は立体的になるうえに事前の線もほぼ平面なので、一番難しい。それでも元々ある程度彫っていたので、まだ問題なく彫れている。

「・・・うーん」

 軽く彫った顔の部分を離して確認するも、やはり思った通りにはいかない。クリスタロスさんの神聖さは微塵も表現できていない。

「はぁ」

 それを残念に思うが、初めての作品としては悪くはないのではないだろうか? とも思う。
 とりあえず小刀を手に、作業を再開させる。
 独りで黙々と作業していると、腕輪が振動して時間を告げてきたので、小刀を置いて急いで設定を止める。おかげで電流が流れる前に止めることが出来た。
 腕輪の雷撃を止めると、皆が起きてくる前に片付けを行う。
 全ての片付けを数秒で済ませると、忘れ物はないかの確認をしっかり行い、部隊長達が起きてくるまで明るくなってきた窓の方へと目を向ける。
 空は僅かに白みだしたばかりなので、生徒の数はまだ多くはない。それでも、今までよりは多いな。やはり魔物の動きが活性化しているから、生徒達も積極的に行動するようにしているのだろう。それとも、数が増えているのかな? 全体の数とか把握していないし、参加している生徒や学園なんかは知らないので分からないが。
 現在の戦闘の主流は、数を揃えて近づかれる前に叩く戦法らしい。戦法自体は前とあまり変わらないが、パーティーが幾つも合流しているのか、メンバーの数が多く、その分一回辺りの攻撃数が多い。
 生徒達の攻撃は必中ではないし、命中率も直進してくる相手に八割から九割ぐらいと、あまり高くはない。それでいて威力もそこまで高くはないので、一二発当たったぐらいでは、魔物は消滅しない。せめて弱点にでも当たれば可能性はあるが、魔物に当てるのでやっとの生徒達にそこまで要求するのは酷だろう。
 現在は襲ってくる敵の数が増えているので、攻撃は以前よりも当たっているが、比例して魔法の数も増えているので、全体の命中率はそこまで大きくは上がっていない。ただ、当たる数が増えたことで、迎撃出来ている数は増している。
 しかしそれも、限界があった。接近を許してしまう魔物も現れるし、魔力だって限界がある。
 接近戦は役割分担を事前に行っているようで何とかなっているが、魔力の枯渇は致命的だ。今のところ限界に達する前にそうなった生徒は退いているようだが、攻め手の数が減ればその分きつくなっていく。
 何とか援軍が訪れても、元々戦闘していた部隊は限界で下がるので、中々好転しない。
 そんなギリギリの状態が平原の現状のようだ。兵士達も自分達の担当だけでいっぱいいっぱいのようだからな。こんな状態がどれだけ続くかにもよるが、このままではいつか全ての砦を放棄して、防壁周辺で防衛に専念だろう。
 防壁上の詰め所からそんな状態の平原を観察していると、部隊長達が起きてくる。今日は四人一緒に起床してきたようで、いつもより少し早いだけではなく、途中で朝食を取ってから広間にやってくる。
 全員と挨拶を交わすと、部隊長からボクの分の朝食を渡された。どうやら、三人は途中で既に受け取っていたらしい。
 直ぐに席に着いて朝食を食べると、食休みの間に掃除を済ませる。
 掃除と共に食休みを終えて詰め所を出ると、隊列を整えて見回りを始めるが、直ぐに魔物を見つけて歩みを止めた。
 報告を済ませて魔物を観察するも、明らかに警邏の手が回らなくなってきている。何とか見回りだけは機能しているが、魔物の勢いは依然強いまま。
 森の様子が少し気になり、魔物を観察しながらプラタに繋ぐ。

『プラタ、聞こえる?』
『如何致しましたか? ご主人様』
『ちょっと東の森の様子が気になってね。現在はどんな感じ?』
『はい。現在は小規模ながらも、均衡が崩れたことによる争いが勃発しております。それの影響で魔物創造が行える魔物は全力で魔物を創造し続け、何とか補充が間に合っているようです』
『それで平原に出ている魔物の数があまり減っていないのか』
『はい。各勢力を統率している魔物は、現状を良しとは思っていないようで、どうにか前の状態に戻そうとしているようですが、一部が暴走していて、まずはそれをどうにかしようとしているのが現状です』
『長引きそう?』
『はい。ですが以前と同じように新たな支配者を作る事で、事態を一気に収めようとしているようです。それも選定が上手くいっていないようですが』
『そうなんだ』
『暴走している魔物達に、彼の森の実力者が多いのも原因でしょう』
『ふむ。なら、その暴走している魔物達で新たな勢力を築けばいいのに』
『暴走しながらも自勢力の為に動いているようですので、他勢力の魔物と協力して新たな勢力を築くには、外部が画策しなければ、現段階では難しいでしょう』

 プラタと会話しながら観察していた魔物達が、大結界を破り侵入してくる。
 それは容易く迎撃出来たものの、その代りに警邏の部隊が到着して大結界を修復するのを待つ事になってしまった。

しおり