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彫刻と余興11

 翌朝。支度を済ませると、プラタとシトリーに見送られて部屋を出て、食堂に移動する。
 一口大の小さなパンを一つと、水を少し。それだけでお腹が膨れると、さっさと教室に向かう。
 まだ朝も早いので、生徒はそこまで多くはない。教室にも誰も居なかったので、昨日と同じ席に着く。
 窓の外から見える空はちょっと雲があるぐらいでいい天気だ。窓は開いてないが、外の木々が少し揺れているので、弱い風が吹いているようだ。
 それにしても、少し早く来過ぎただろうか? いつもの事なので、まあいいか。
 そう思っていると教室の扉が開き、女子生徒が一人入ってきた。昨日一緒に授業を受けたパーティーの女子生徒で、言い合いに参加していなかった方の女子生徒だ。
 教室に入ってきた女子生徒は手荷物を昨日と同じ席の机に置くと、ボクの方に近づいてきた。そのまま横まで来ると、

「昨日はすまなかったね」

 急に謝られた。

「アイツらも悪い奴らじゃないんだが、どうもノリが軽かったり、口が悪かったりでね」

 女子生徒は困ったように肩を竦める。

「かといって、人の話を聞いてくれるものでもなくてね」

 疲れたように笑う女子生徒に、ボクは気にしていない旨を伝えた。

「そう言ってくれると助かるよ。一応あの後話はしたんだが、また強引に勧誘するかもしれない。だから、無理ならはっきりと断ってくれ。多少辛辣でも問題ない。いや、むしろあの三人にはキツイぐらいが丁度いいかもしれない」
「分かりました」
「ありがとう。アンタは良い奴だな」

 ボクが頷くと、女性はそう言い残して自分の席に戻っていく。
 それを見届けて、窓の外に目を戻して景色を眺めていると、他の四人が入ってくる。もうすぐ時間だが、まだ時間はある。

「あ、おっはよー!」
「はよー!」
「よー!」

 入ってきた三人組の男子生徒が、声を重ねるように挨拶をしてきたので、そちらに顔を向けて頭を下げる。
 三人組は手荷物持ったまま、そのままこちらへとやってくるが、後から入ってきたもう一人の女性は、一瞥もせずにもう一人の女性の方へと向かう。
 正直、個人的にはその女性の様に、こちらに興味ないといった態度の方がありがたいのだが、近づいてきて声を掛けてきた三人組を無碍にも出来ず、相手することにした。
 それから暫くの間、適当に相づちを打ちながら話を続ける。時折勧誘されるが、それはしっかり断っておいた。
 そして始業の鐘の音と共に、昨日と同じ男性教諭が教室に入ってくる。
 それで三人組も昨日と同じ席に戻っていくと、授業が始まった。





「はふぅ」

 退屈そうな息を吐き出すと、死を模ったような女性は玉座に深く腰掛けた。

「準備は整いましたが、そろそろ攻め込む頃合いかしら? 折角の余興なのだから、いい時を選びたいものです」
「いい時って、そんなに変わらないと思うけれど?」

 そんな女性へと、暗闇から子どもの様な明るい声で返答があった。

「まぁ、そうなんですがね。南以外は周辺の片付けは済みましたし、これ以上南のエルフに魔族はちょっかいを出さないでしょうから、問題はないでしょう」
「その片付けを担っているあれだけどさ」
「ん?」
「強化させ過ぎだと思うんだが?」
「そうですか?」
「あれには、ぼくでも勝てないと思うぞ」
「そうですか? まだ貴方の方が勝機があると思いますが?」
「そうかぁ?」
「ええ。あの子は強いけれど、貴方とは相性が悪いもの」
「相性、ねぇ。確かに相性はいいが、あれはそれ抜きでも十分強いよ」
「あら、あの子がどんなものかご存知で?」
「そこに居ながら居ないんだろう? 視れば解るよ。また面倒なモノを誕生させたものだよ」
「ふふ。普通は視れば解るものでもないんですがね」
「そうかな? ぼくでなくとも解る者は居るよ。それに、あれでも君の側近の誰よりも弱いんだから、頭おかしいと思うよ?」
「そんなに褒めても何も出ませんよ?」
「おや、それは残念」

 女性の笑うような言葉に、明るい声の主は冗談めかしてそう返す。

「それで、いつ攻めるんだい?」
「そうですね。待っているのも退屈ですし、もう攻めましょうか」
「退屈だから攻められるのか」
「余興なんてそんなものですよ。これは戯れなのですから、真面目にはやりませんよ」
「君に真面目にやられたら困るがね」
「あら、ここの管理はちゃんとやっているわよ?」
「だろうね。ここを任された以上、君はちゃんとやるだろうさ」
「勿論ですとも。わざわざ邪魔なのを掃除してまで居場所を与えてくださったのですから」
「掃除したのも君だがね」
「関係ありませんよ、そんな些細な事」
「そーかい」

 どこか呆れた様な声に、女性は僅かに目を細める。

「貴方も同じだと思いますが?」
「ま、そうだけれど」
「しかし、いつになったらおいでになられるのか。貴方はご存知ありません?」
「さぁね。後で訊いてみてもいいが、準備は進めているみたいだよ」
「それはみれば分かりますよ」
「まあね。あれは分かりやすい・・・ん? 今のが送り込む兵かい?」
「ええ。弱いでしょう?」
「あの辺りにしては十分強いと思うが」
「苦労したんですよ。あの程度に抑えるの。こちらに来たままですと弱すぎますし、調整しては強くなってしまう。この辺りは、まだ私が弱く調節するのに慣れていないからですが・・・」
「というか、あれは何だ?」
「何だ、とは?」
「種族さ」
「死者ですよ?」
「死者は種族ではないだろう」
「種族ですよ。私にとっては」
「ま、君自身が新しい種族だからね」
「ええ。差し詰め私の眷属といったところでしょうか。試行錯誤した結果としまして、眷属にしてしまえば、あれぐらいの強さに抑えられることに成功したのですよ」
「なるほどね。それならば納得だが・・・あれの元は何だ? 死者なら元があったろう?」
「幾つか混ぜ合わせましたからね。元と言われましても、魔族や異形種や魚人など、最近来た者達ばかりですね。と言いますか、この前素体のいくつかを御覧になったではありませんか」
「ああ、あの時の・・・これは、死ぬのが怖くなってくる話だな」
「生を大切に扱うようになるのは、いい事ではありませんか」

 女性のその言葉に、闇の中で明るい声の主は苦笑した。

「さて、そろそろ私も見に行きますか」

 そう言って、女性は玉座から立ち上がる。

「君も行くのか?」
「ええ。わざわざ先方に伝えたのですから、見学に行かなければ申し訳ないでしょう? 貴方もいかがです?」
「んー、ぼくは遠慮しておくよ」
「そうですか。それでは、それまでここの留守をお願いしても?」
「ああ、いいとも」
「では、よろしくお願いしますね。まずは森に赴き、人間界にはその途中で一部を転移させるとして・・・まぁ、すぐに戻ると思いますので。それでは」





 授業を終えて自室に戻った後、ボクはプラタとシトリーと共にクリスタロスさんのところに来ていた。挨拶をしたら、今日は直ぐに訓練所を借りる。

「設定完了。準備は出来たけれど・・・」

 作業途中の置物を手にすると、もう片方の手に持つ小刀の刃と見比べる。

「まだ大きいかな?」

 首から下の部分や顔の輪郭を彫り出すまではよかったものの、いくら束ねたとはいえ、元が直径五センチぐらいの角から彫り出した置物の顔の作業ともなると、小指ほどに小さくした小刀でもまだ大きく感じられた。

「もう少し小さくするかな」

 という訳で、刃の部分を更に小さくしていく。そして、これでいいかなと思える幅まで小さくしたところ。

「・・・もはや小刀というよりも、錐だな」

 一応平らな刃は付いているものの、細くした為に先が尖っているように錯覚してしまう小刀を手にした後、作業しやすいように柄の長さを再調整して、作業を開始していく。

「細かいけれど、それでも、こんなものか・・・な? よく分からないが」

 目元を彫っていくが、細かいながらも作業自体はしやすいので、後は目の疲れぐらいか。
 カリカリと引っ掻くように表面を削りながら、細かい作業なので、目に拡大視を用いる。それで少し手元が大きくなったので、作業がしやすくなった。
 自分の耳には串刺しウサギの角を削る微かな音が聞こえているが、離れたところに立つプラタとシトリーにはただ無音なんだろうな。やっぱり退屈なんじゃないだろうか?
 そう思うが、昨日の今日で二人が自分から付いてきたのだから、気にする必要はないだろう。

「・・・・・・」

 目元を削り、鼻の周囲を削っていく。これ、まず鼻から手を付けた方がよかったかも?
 そう思いつつも削っていき、鼻の部分を浮き上がらせていく。

「・・・ふぅ」

 一度手を止めて顔を上げると、息を吐く。細かい作業は集中する分、神経を使うな。
 少し休憩すると、作業を再開する。
 カリカリと表面を掻くように薄く薄く削りつつ、何度も出来を確認していく。そんな細かな作業を集中して行っていると、腕輪が震えたので作業を中断して、小刀を横に置く。

「ふぅ・・・ッ!」

 腕輪の設定を解除するのを忘れて、小刀を横に置いて一息吐くと、そこに雷撃が起動して、その衝撃にびっくりする。久しぶりに喰らったが、驚いて置物を落とすところだった。
 気を取り直して、置物に風を吹き付けて削りくずを飛ばすと、置物を収納する。その後に立ち上がり、掃除と片付けを済ませると、訓練所を出てクリスタロスさんにお礼を言ってから、自室に戻った。

「ん、疲れた」

 自室に戻り伸びをする。

「御疲れ様です」

 そこにプラタから労いの言葉が掛けられたので、ありがとうと返しておく。
 そんなやり取りの後に就寝準備をする。もうお風呂に入る気力も無いので、今日も魔法で身体を綺麗にしておいた。
 就寝準備を終えると、いつもより少し早いが、もう寝る事にして、眠りにつく。
 彫刻で結構集中していたようで、糸が切れたかのように直ぐに意識は落ちていった。


 翌朝目を覚ますと、外は真っ暗だった。
 隣で寝ているプラタに朝の挨拶をしてから、現在の時刻を尋ねると、まだ日も昇らない時刻であった。早く寝たからかな。
 あまりにも早い時刻だが眠気もあまりないので、プラタと少し話をする事にした。

「周辺の様子はどう?」
「・・・そろそろ動き出したかもしれません」
「!!」
「ですが、いまいちよく捉えられないのです」
「どういうこと?」
「何かが移動しているような気がする、ぐらいにしか感知できないのです」
「なるほど。それで、それは今どこに?」
「何処と申しますか、ありえない速度で人間界まで移動しています」
「到着予想は?」
「本日の昼前後かと」
「場所は?」
「北側より接近しています」
「数は?」
「申し訳ありません。正確な数字は不明です。ですが、少なくとも六以上は居るかと」
「なるほど」

 それは困ったものだ。思ってたよりも数が多いな。そのまま突っ込んで来たら、防げないかもしれない。

「個体のおおよその強さは?」
「人間界の基準で測るのであれば、上級以上」
「・・・・・・え」

 上級以上が、少なくても六体以上? そんなの無理だと思うのだが。

「人間でも対処可能な強さを連れてくるんじゃ?」

 前にプラタはそう言っていた。

「そう聞いておりましたが」
「・・・もしかして、ボク達が対処可能な強さ、とか?」
「可能性はあるかと」

 把握しているとは思っていたが、そっちの基準に合わせてくるのは予想外である。

「・・・どうしよう」

 授業は出なくても問題ないのだが、まずは人間に対処させる案が台無しだ。そんなの不可能ではないか。

「こちらで対処いたしますので、ご主人様はまずは授業に出席されては? 本日が最終日で御座いましょう?」
「まぁ、そうなんだけれども」
「その後にまだ終わらぬ場合は、応援にいらしてください」
「・・・大丈夫?」

 プラタは強い。少なくともボク以上に。それでも、不安が残る。

「その際、出来ましたらシトリーとフェン、セルパンを御借りしたいのですが」
「三人に訊いて問題ないのなら、それは構わないけれど」
「ありがとうございます」
「・・・無理はしないでね?」
「勿論です」
「それなら・・・いいんだけれど」

 そこまで言うのであれば、任せよう。四人共にボクよりも強いのだから、心配する必要はないはずだ。





 平原の警邏は、人間界の安寧の為にも必要な仕事だ。その仕事に従事するのは、学生としてもだが、立場的にも当然の事だろう。

「・・・人が多い」

 それでもクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエは、何処に行っても人が多い東側平原の様子に、気分悪そうに呟いた。

「ご気分が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 そんなクルの様子に、一緒に警邏しているノヴェルが声を掛ける。その隣では、オクトが心配そうな顔を向けている。

「・・・大丈夫」

 クルは二人に手振りで気にしなくていいと伝えると、前を向く。
 三人が平原で警邏に出ているのは、昨日からである。一応授業の一環という事になってはいるが、クルの場合、最強位としての仕事であった。

「それにしましても、やはり魔物が多いですわね」
「ここは特に多い。その分人も多いけれど」
「魔物も他の平原よりも強いと習いましたわね」
「それは事実。でも、強いと言っても少しだけ」
「そうなんですの?」
「うん。それよりも、厄介なのは数の方」
「他はどれぐらいなんですか?」
「ここの半分ぐらい」
「そんなに違うのですか!」
「うん。だから、ここは平原に出ている兵士の数が多い」

 そう言うと、クルは周囲を見渡す。

「南側も少し多いけれど、それでもここより少ない」
「それはやはり、森に魔物が多いからでしょうか?」
「そう言われている」

 そんな話をしながらも、遭遇する魔物を端から殲滅していく。その手際は見事なもので、周囲の学生たちよりも明らかに格が上なのが判る。それはクルだけではなく、オクトとノヴェルも同様であった。

「そういえば、ずっと気になっていたんだけれど、訊いてもいい?」
「何でしょうか?」
「二人は誰に魔法を習ったの? とても綺麗な魔法だから、師が居ると思うんだけれど」

 クルの言葉に、オクトとノヴェルは一度顔を見合わせる。

「兄、お兄様です」
「・・・昔の、ですが」
「昔の?」

 オクトの後にノヴェルが小さく付け加えた言葉を拾ったクルは、どういう意味かと首を傾げる。

「本当に僅かな期間ですが、幼い頃にお兄様が魔法の扱い方を教えて下さった事があったのです。しかし、それから程なくして、お兄様は変わられてしまったのです」
「変わったって?」
「・・・笑うようになったのです」
「意味が解らない。それはいい事では?」
「そうですね。きっとそうなのでしょうが、私達には何か根本が変わってしまわれたかのように思えたのです」
「そうなんだ・・・何があったの?」
「分かりません。ですが、それでもお兄様はお兄様ですので、些細な事です」
「・・・そう(とても些細な事と思っているようには見えませんが)」

 ノヴェルの様子に、クルはそう思いつつ、話を戻す。

「それにしても、お兄さんは優秀だったんだね」
「はい。学園で習うように、行使できる魔法の種類を増やしたり、威力を上げるよりも、何よりも魔力の扱いに重点を置かれている兄でした」
「それは大事。全ての基礎になるから」
「そうですね。学園に入って、それは実感しております」
「それに気づいていたとは、お兄さんはとても優秀だったんだね」
「はい。クル様も魔力の扱いを重視されていますよね?」
「ぼくのは、恩人の教えでね」
「恩人、ですか?」
「昔ね、ぼくが魔物に襲われた時に救ってくれた人が居たんだ。その時にどうすれば強くなれるか尋ねた時に、魔力の扱いを訓練するのをすすめてくれたんだ」
「魔物に襲われたのですか! お怪我は無かったので?」

 驚きと共に、思わずクルの身体に目を向ける二人に、クルは僅かに笑う。

「大丈夫。殺される前に助けてもらえたから」
「殺される前、ですか!?」
「その魔物はそれだけ強かったんだよ。人間なんて怪我する前に一発で死んでしまうほどに」
「そんな魔物が!!」
「うん。あの方が居なければ、国自体が大変なことになっていたかも」
「その方はどなたなのですか?」
「分からない」
「そうなのですか」

 三人の間に少し沈黙が訪れる。

「おや?」

 そこで突然クルが小さく声を上げた。

「どうかされましたか?」
「あそこにユラン帝国のお姫様が居る」
「え?」

 オクトとノヴェルは、クルの視線を辿り、その先に目を向ける。そこには、監督役と思しき兵士を含めた女性七人組の一団が居た。

「あの六人組の方々ですか?」
「そう。あの中央辺りに居る緑髪の女性」
「あの方がユラン帝国の・・・綺麗な方ですね」
「うん。前に一度会って挨拶したぐらいだけれど、あの容姿は覚えている」
「でも、何故ここに居られるのでしょう?」
「確か、現在ジーニアス魔法学園に在籍しているという話だったから、それで来ているのだと思う」
「ジーニアス魔法学園・・・なるほど。そうでしたか」
「あの一団は強い方ばかりですね」
「うん。あの外側の二人以外は特に強い。それでも、ぼく達には負ける」
「そうですか? クル様は分かりますが」
「うん。ぼくだけではなく、二人もそれだけ成長した・・・ちょっと挨拶しに行っていい?」
「え? ええ、勿論です」
「ありがとう。これでもぼくは最強位なんてモノに就いているから、他国の王族や貴族とも交流を持たなければいけない。挨拶だけでも大事」

 あまり感情の乗らない声音ながらも、そこには面倒くさいという気持ちが見え隠れしているのが分かる。
 しかし、それでも最強位としての職務を全うするために、クルは女性七人組の方へと足を向けた。

「お久し振り。ペリドット・エンペル・ユラン殿下」

 クルは、オクトとノヴェルと共に七人組の方へ移動し、一団がこちらに気がついたのを確認したうえで、そう挨拶した。

「あら? どなたかと思いましたら、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ殿ではありませんか! どうされたのですか?」
「授業の一環」
「私達と一緒ですね!」

 クルの返答に、ペリド姫は手を合わせて微笑む。

「はい。それで、こちらがぼくのパーティーメンバー」

 クルは頷くと、オクトとノヴェルを紹介する。それを受けて、ペリド姫も自分のパーティーメンバーを紹介した。七人の内の一人はやはり監督役の魔法使いの女性で、クルの登場に驚いている。

「それにしましても、お二方ともにとても優秀な方ですね」

 オクトとノヴェルに目を向けたペリド姫は、感心した様な声を上げる。

「そちらのパーティーも、とても腕の立つ方々ばかり」

 クルはペリド姫のパーティーメンバーへと目を向けて、そう返す。

「ふふ。ありがとうございますわ」
「シェル・シェール殿のご指導で?」
「はい。シェル様は私の師匠ですわ」
「そうですか。流石ですね」
「クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ殿は、どなたに教えを請うたのですか?」
「・・・ぼくの名前は長いから、クルでいい。基礎は幼い頃に家に先生方を招いて少し教えてもらったけれど、基本は独学」
「では、私の事もペリドでお願いしますわ。しかし、独学でそこまで強くなれるのですね! 驚きですわ!」

 ペリド姫は驚きのあまりに少し大きな声を上げる。

「魔法は基礎さえ分かれば、後は魔力の扱い次第で独学で上達出来る」
「そうなんですの?」
「魔法を創造するとはそう言う事。でもその先は、ぼくにはまだ解らない」
「その先、ですか?」
「魔法は、魔力を通して思いを込める」
「え?」
「ぼくにはまだ、それが解らない」

 普段感情をあまり表に出さないクルだが、そう言った表情はどことなく口惜しそうであった。

「想像を創造するという事ではないのですか?」
「多分違う」
「それは、どなたかのお言葉なのですか?」
「ぼくに道を示してくれた方の金言」
「その方は?」
「分からない」
「そうですか。その方はどんな方なのですか?」
「ぼくの知る限り最も強い方」
「最も強い方、ですか」
「そう。他は知らない」

 クルは小さく首を振ると、時刻を確認する。

「もうすぐ昼になる」

 その言葉に、ペリド姫も時刻を確認すると。

「あら、そうですわね。折角ですし、一緒にお昼を食べませんか?」

 ペリド姫の提案に、クルはオクトとノヴェルの方を向く。

「クル様のお好きなように」

 ノヴェルの声に、オクトが隣で頷く。

「では、お言葉に甘える」

 クルの頷きを確認したペリド姫は、パーティーメンバーに目配せして、昼食の準備を始める。といっても、防水性の布を地面に敷いただけだが。
 その布の上に十人が座ると、それぞれ持ってきていた弁当を広げて昼食にする。
 十人とも何処かの砦で昼食を用意していたようで、保存食ではなく、冷めてはいるが調理されて日が浅いものだ。
 その昼食も大分進み、もうすぐ全員が食べ終わるというところで。

「ん?」

 突然クルは立ち上がると、慌てたように森の方へと目を向ける。

「どうかされましたか?」
「何か来る。みんなは避難を!」

 クルは出していた弁当をそのままに、取るものも取り敢えず森の方へと駆けていく。

「あ! クル様! お待ちを!」

 オクトとノヴェルは急いで片付けると、駆けていくクルの後を追う。

「私達も向かいます!」

 二人に遅れて片付けを済ませたペリド姫達も、クル達三人の後を追って駆けだす。

「ッ!!」

 三人を追っているペリド姫達は、その途中でクルが駆けだした理由を感知した。

「もの凄く嫌な感じですわね」
「はい。・・・これは何でしょうか?」
「分かりませんわね。ですが、私達にも何か役に立てることが在るはずですわ」

 周囲の人にも目もくれず、ひたすらに前の背中を追っていくと、先に立ち止まっているクル達の背中を捉える。

「来ますわね」
「はい」

 緊張した面持ちでクル達三人に追いつくと、ペリド姫達は森の方へと目を向ける。

「何故来た?」
「何か手助け出来ないかと思いまして」
「・・・ペリド殿下は戻って。その気持ちには感謝するが、貴女が自ら手を貸してくれた事でも、貴女の身に何かあったら、国と国の問題に発展しかねない」
「今の私はジーニアス魔法学園の学生です。ここで如何様な結果になろうとも、国に口出しはさせません」
「・・・・・・」

 ペリド姫の決意に満ちた顔を見つめたクルは、視線を森の方へと戻す。

「それでも許されない。引かないというのであれば、後ろに下がって支援を」

 しかし、それでもクルは許すことなくそう告げた。

「・・・分かりました」

 それにペリド姫は渋々ながらも、数歩後ろに下がる。

「そろそろ見えてくる」

 ペリド姫達が後ろに下がったのを確認した後、クルは森に目を向けたまま、左右に居るオクトとノヴェルにそう告げた。
 クルの言葉を受けて、森の方へと意識を向けていたオクトとノヴェルは、離れた場所からやってくる存在へと意識を集中させる。眼の先では、まるで空間が歪んでいるかのように、高密度の魔力が揺らめいているのが視える。
 そんな存在が肉眼で視認可能な距離まで近づいて来ているのが、感じる魔力の大きさから理解出来た。

「・・・ッ」

 緊張の中、その場の全員が唾を飲む音を聞く。それは自分のものだったのか、はたまた隣の者が鳴らしたもなのかを判別する余裕は誰にも無かった。何故なら。

「あれは・・・何でしょうか!?」

 その存在が姿を現す。
 姿を現したそれは、水に浸けて形を崩したパンのような胴体の側面から、人間と虫のものが混ざったような脚が六本生えている。更に上部から長い首が三つ伸びており、中央の首には人間に似た顔、その両側には魚と獣の様な顔がくっ付いていた。
 その存在は、全体的に薄青色でぬめったような光沢をしており、六本の脚とは別に、長く鋭い腕の様なモノが前の方から伸びている。よく見れば、短く扁平な尻尾の様なモノが後ろに在るのが見えた。その異形な姿に加え。

「グルゥヲォォォウゥゥググ!!」

 それは地の底で響いている様な、または水中でもがいている様な奇妙な叫び声を上げている。その度に飛沫が周囲に散り、それが付着した部分の草がシュウという高く小さな音を立てて、溶けていく。

「唾液が強酸なのでしょうか?」
「分からない。だけど、あれも注意」
「はい!」

 火の槍を三本発現させながら、クルが防御の準備をしているオクトとノヴェルに告げる。そのクルが発現させた火の槍は密度がもの凄く高く、火が垂れてきそうなまでに、魔力が凝縮されている。

「この距離ならば!」

 敵を引き付けたクルは、胴体と首の境目当たりへと向けて、三本の火の槍を放つ。

「グギャァアッウル!!」

 その異形な敵は理解不能な叫び声と共に、火の槍の前に障壁を展開する。

「グアアァァ!!!」
「行け!!」

 願うようなクルの叫びに応えるように、障壁にヒビが入り割れそうになるも、その前に火の槍が消滅した。

「あれを防いでしまうなんて!!」

 背後からペリド姫の驚きの声が届くも、クルは悔しそうに奥歯を噛みながらも、直ぐに雷の球体を創り上げる。

「グアァァァァオ!!!」

 それを見た異形の敵は、吠えながら突進してくる。

「お願い」
「「御任せ下さい!!」」

 クルが青白い光を発する雷の球体を異形の敵へと放つと、それが異形の敵にぶつかると同時に、オクトとノヴェルが眼前に何重もの障壁を交互に張っていく。

「ガアァァグゥ!!」

 異形の敵は雷の球体を新たに創り出した障壁で防ぎながら、緑色の槍を発現させて、それを放つ。

「あれは何の魔法ですか!?」
「・・・分からない」

 オクトの問いに、クルは目を敵に向けたまま、小さく首を振る。

「中々に強力な魔法で、このままでは!!」

 大きな音を立てて割れていく障壁に、オクトとノヴェルが耐えるように、その端正な顔を顰める。

「間に、合いま、せん!!」

 障壁の修復速度が間に合わず、最後の障壁に大きくヒビが入っていく。

「まだ」

 最後の障壁が割れる寸前に、クルがなんとか障壁を発現させる。

「クッ! 強すぎる!!」

 ミシミシと少しずつ障壁にヒビが入っていく様は、まるで心を恐怖が蝕む姿を具現化したようで。

「後少しが、足りない」

 クルは左右に居るオクトとノヴェルに目を向けるも、既に魔力を大量に消耗し、手を膝について息を荒げている為に、援護は望めない。

「もう、無理」

 そして、とうとうクルが張った障壁が消滅する。

「クッ!」

 眼前に迫る敵の魔法に力強い目を向けながら、クルは自分の弱さに拳を握る。

「まだですわ!!」

 そこに、その言葉と共に三人と敵の魔法の間に新たな障壁が張られた。
 魔法を受け止めた障壁を眺めながら、クルは後ろの方へと意識を向ける。

「助かった」
「いえ、役に立てて良かったですわ!」

 クルの感謝の言葉に、ペリド姫は笑みと共に安堵した様な声音を返す。それと共に、異形の敵が放った魔法が消滅した。

「でも、もう後が無い」

 一度攻撃を防いだだけで、オクトとノヴェルは消耗し過ぎて、暫く戦線に復帰できない。クルもかなりの魔力を消耗していて、立っているだけでやっとなほど。

「私達が攻撃を行いますわ!」

 前に出たペリド姫達は、クル達に代わって異形の敵へと攻撃を始める。

「・・・引けないが、勝てない」

 ペリド姫達の攻撃を悉く防いでいく異形の敵に、クルは一度背後へと目を向けた。

「・・・どうすれば」

 打開策を考えるも、現状では敵の消耗を待つしかなかった。それには、物量で圧す他にない。

「それは・・・それしかない、か」

 クルが苦渋の表情を浮かべると、そこに異形の敵が新たな魔法を発現させる。

「これは・・・!!」

 それに反応したペリド姫達が見事な連携で即座に障壁を張るも、それらはどんどん破られていく。そこにクルも残りの魔力を込めた、狭い範囲ながらも堅固な障壁を張るが。

「・・・無理」

 それも無残に破られ、防ぐモノの無くなった敵の魔法が迫りくる。

「ここまで?」

 奥歯を噛んで自分の弱さを後悔したクルの眼前に突如として一枚の障壁が出現すると、軽く敵の魔法を防いでみせた。

「誰?」

 その場に居た全員が、その光景に驚き目を丸くすると。

「新たな種族に、新たな魔法ですか」

 どこか造り物めいた平坦な声音とともに、黒き衣を身に纏いし少女がクル達の眼前に降り立った。

しおり