バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

彫刻と余興10

 そのままナイトメアが移動した先は、魔族軍本陣の奥であった。そこには各軍団の指揮官に、総大将である白銀の髪の老人が居た。

「アはッ♪ ミーつけタ♪ オまけもいっぱいダー!!」

 突然の闖入者に場は騒然となるも、総大将の老人だけは問答無用でナイトメアへと攻撃を行う。

「む?」
「ハハ! イいはんだんだネ!!」

 無傷のナイトメアに怪訝な目を向ける老人と、突然攻撃してきた老人を賞賛するナイトメア。
 そんなやりとりを挿んだ事で、周囲の魔族達も落ち着きを取り戻す。

「それで貴殿は何者で、ここに何用かな?」

 周囲の魔族達がナイトメアを警戒する中、老人は落ち着いた声で問い掛ける。

「ワたしはないとめア。コこにはあなたたちをきゅうさいしにきたノ!」
「救済?」
「ソウ。ソのためニ、イちどうまれかわってもらいにきたノ!」
「生まれ変わる?」
「ウン! ヤりかたはかんたんだヨ! マずはしんでもらってネ、ソのあとにうまれかわってもらうノ!」
「つまり、一度我らを殺すと?」
「ウン! ソうだヨ!」
「それは到底飲めない話ですね」

 老人の言葉に周囲が一気に殺気立つが、ナイトメアはそんな事は気にしない。

「ですので、抵抗させて頂きましょう!」
「ウン! ソのほうガ、ワたしもうれしいナー!」

 魔族達の攻撃をその身に受けながら、ナイトメアは楽しそうに声を上げる。

「オ!」

 しかし、途中で少し驚いた声を上げた。

「攻撃系統を通常の魔法攻撃ではなく、魔力へ直接攻撃出来る魔法に変更! 相手はスライム種と同系統の特性あり!」

 その反応を見逃さず、老人は素早く周囲にそう指示を飛ばす。それに即座に周囲は攻撃方法を変更させた。

「アア、スばらしいネ! アなたはぜひほしいヨ!」
「効果が薄いな・・・」

 平然としているナイトメアの様子に、老人は訝しげな目を向けつつ観察を継続する。
 そんな老人へとナイトメアは目を細めて笑いかけると、細めた目の奥で老人を標的として定めた。

「・・・試してみるか」

 異変を感じ取った他の兵士達が駆けつけるなか、老人はナイトメアへと攻撃を当てずに、その周囲へと攻撃していく。それでも効果がないとみるや、ナイトメアを中心とした広域を対象に攻撃を仕掛ける。

「・・・何故こうも効果が薄い?」

 老人が観察している限り、ナイトメアへと攻撃は確かに届いていた。しかし、どれだけ攻撃しようと効果は薄く、たいして消耗しているようにも思えない。

「あの方の他にもここまでの強者が・・・いや、もしかしたら、これはおそらくあの方以上の? いや、そんな事はありえない! あってはならない!!」

 老人はナイトメアへと攻撃範囲を絞り、一気に存在を構成している魔力の深部へと攻撃すべく、魔力を練りに練っていく。

「フふフ」

 その老人の様子に、ナイトメアは心底嬉しそうな声を小さく上げた、
 それから暫くの間、老人はひたすらに魔力を練り続ける。ナイトメアは周囲の攻撃など眼中に無いかのように、そんな老人を一点に見つめ続ける。

「アア」

 どんどん高まっていく魔力の気配に、ナイトメアは歓喜の声を漏らす。

「アア、アア、タまらないネ! ソれはぁぁぁぁァ!!!」

 ナイトメアは辛抱堪らずに、狂乱したかのように叫ぶ。

「マダ? マだかナ!?」

 その身で魔族の攻撃を受けているにもかかわらず、ナイトメアは呼吸を荒げ、ただただ老人へと期待に満ちた瞳を向け続ける。
 そんなナイトメアへと老人は不敵に笑うと、練りに練った濃密な魔力でナイトメアを侵食していく。

「ア、アア!! コれはなかなかにきくぅぅぅゥ!!!!」

 老人の攻撃を受けてナイトメアが感極まったようにそう叫ぶと、勝利を確信したのか、周囲の空気が少し緩む。

「デモ」

 しかし、攻撃している当の老人だけは、その表情を焦りと絶望に強張らせる。

「コれじゃア、タりないヨ」

 喜悦を浮かべていた表情を一瞬で消すと、ナイトメアは憐れむような目を老人に向けた。

「そ、んな・・・確かに攻撃は届いて・・・これならば、たとえあの方でも無事では・・・まさか、そんな・・・」

 ナイトメアの言葉が聞こえていないのか、老人は壊れたようにぶつぶつと呟く。その様子を見て、周囲の魔族は状況を理解する。しかし、流石に逃げようとする者は居ない。
 重苦しい空気が漂う中、子どもの様な無邪気な明るい声が響く。

「ウン。イいこうげきだったとおもうヨ! デモ、ワたしいじょうのそんざいにハ、ジぎにもみたないこうげきだったネ!」

 だからそう気を落とさずに。とでも続きそうなほどに親しげで優しげな声音であった為に、一瞬、聞いている者にまるでナイトメアが老人を励ましている様な錯覚を抱かせる。
 しかし、それが勘違いだったと、直ぐに思い知らされた。

「アれがぜんりょくだったみたいだシ、ソろそろきゅうさいにはいろうかナ!?」

 ナイトメアが慈愛の籠った笑みを浮かべると、ナイトメアから距離がある者から倒れていく。

「タまにはしゅこうをかえないとネ!」

 何が起こっているのか分からないままに、ばたりばたりと外側から倒れていく同胞達。そんな状況に、他の魔族達は恐怖に急き立てられるようにナイトメアへと攻撃を再開させる。

「ソれはもうあきたヨ」

 ナイトメアがつまらなさそうにそう呟くと、その場の全ての魔族は魔法が使えなくなった。

「何がッ!!」
「なんで! なんで!!?」
「魔法が!!! そんな馬鹿な!!!」

 混乱する魔族達の声に混ざりつつも、ビチャビチャと泥を叩く音がナイトメアに近づいてくる。

「アア、アなたたちにしゅくふくあレ!!」

 そしてついには全ての魔族が消滅し、老人が独りだけが取り残された。

「ガんばったごほうびニ、アなたにはわたしがじきじきにせんれいをほどこしてあげル♪」
「え、あ・・・そん、な」

 両膝を着いて俯いていた老人は、目の前に立ったナイトメアへと顔を上げる。その表情は、どこか救いを求めているようであった。

「サァ、アちらでしっかりとめいさまのおやくにたつんですヨ?」

 そう優しく語り掛けると、ナイトメアは老人の額に人差し指を突き立てた。ただそれだけで、老人を消滅させる。

「フふフ。マだまだここにはまよいごがいっぱイ! ミんなをすくわなけれバ!!」

 ナイトメアは嬉々として次の標的へと顔を向けると、森を背に移動を開始した。





「ふぅ。ここも久しぶりだな」

 ジーニアス魔法学園にある自室に到着すると、室内に入って何も無い部屋を見回し、そんな感想を抱く。
 東門からの列車の中では、フェンとセルパンの話の他に、プラタが死の支配者と会った時の話をしてくれたが、フェンとセルパンの話についてはまだ途中であった。それはまた帰りの列車の中ででも聞くとしよう。
 とりあえずまだ昼前なので、まずは毎度同じようにクリスタロスさんの場所に転移することにする。
 いつも通りにプラタとシトリーに留守を頼み、ボクは独りクリスタロスさんの許まで転移した。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 優しい声と共にクリスタロスさんに出迎えられ、軽く挨拶を交わして場所を移す。
 ジーニアス魔法学園には、四年生へと進級する際に戻ってきて以来なので一ヵ月ぶりぐらいではあるが、ここへは休日にちょくちょく来ていたので、そこまで久しぶりといった感じではない。しかし、それでもどこか懐かしく感じる。
 クリスタロスさんの部屋でお茶を片手に、近況報告などの雑談を行い、夕方前には訓練所を借りて移動する。
 訓練所では、空気の層を薄く敷いた上に腰掛け、彫刻の続きを行う。
 彫刻に必要な一式を構築して、早速作業に入る。まずは作業途中の置物を確認するに、前回はまだ腕の部分の形が出来てきたところだったか。
 時間もそうないので、確認を終えたら早速小刀を手にする。

「あ! 忘れるところだった!」

 そこで思い出して小刀を横に置くと、腕輪の設定を行う。その設定が済めば、作業を開始だ。
 まずは腕の造形を完成させる為に、片腕から取り掛かる。元々大分出来てきていたので、細かい調整を行っていくだけだ。
 集中して作業を行うと時間の経過が早いので、空いた時間にやるにはこれは向いているかもしれない。ただ、人が居ない場所でなければ作業をしたくはないからな。
 串刺しウサギの角を彫るのも流石に慣れてきたので、最初の頃に比べれば速度と手際が上がっていた。おかげで時間内に片腕の細工が終わり、反対側の作業に移る。
 細工といっても、そこまで手の込んだ事はしていないので、素人の下手な彫刻でも何とかなっている。

「・・・うーん」

 反対側も大方終わったので両方を見比べていく。

「今回は巧くいったんじゃないかな?」

 慎重に彫り進めたので、脚の時の様に彫り過ぎたりはしていない。それでも不格好ではあるが、個人的には満足しているので、現在の技量ではこんなものだろう。

「次は胴体だが・・・」

 そう思い時刻を確認しようとして。

「お、丁度か」

 腕輪が締め付けてきたので、電流が流れる前に腕輪の設定を解除する。
 解除自体直ぐに出来るので、今回は雷撃が起動するまでの猶予時間で設定の解除は出来た。それでも、もう少し時間に余裕が欲しいな。それに、締め付けでは手元が狂ってしまうかもしれない。

「うーん」

 考え、とりあえず事前の魔法が起動する時間を少し延ばして、動作を締め付けから振動に変えておく。

「さて、戻るかな」

 設定の確認と後片付けを済ませて、再度忘れ物がないのを確認する。空気の層を敷いているので、ゴミ掃除が楽なのはいいな。
 他に忘れ物など無いのを確かめたら、訓練所を出てクリスタロスさんにお礼を言いに行く。それも終えると、この場所専用の転移の道具を起動して部屋に戻った。

「おっかえりー! ジュライ様!」
「御帰りなさいませ。ご主人様」

 部屋に戻るとシトリーに抱き着かれ、その後ろでプラタがボクへとお辞儀をする。これも大分慣れてきた気がする。
 二人に挨拶を返すと、シトリーの頭を軽く撫でて離れてもらい、久しぶりに部屋に備え付けてあるお風呂へ入る為にシトリーをプラタに預ける。
 それを受諾してくれたので、シトリーを掴んでいるプラタにお礼を言ってお風呂場へと移動して、浴室内で服を情報体に変換していく。この部屋のお風呂場には脱衣所なんてものは付いていない。狭いし本来独り住まいの部屋なので、それもしょうがないが。
 浴槽に湯を張ってから身体を洗うと、先程張った湯に浸かる。
 足もろくに伸ばせない狭い浴槽ではあるが、その分深さがあり、しっかりと湯には浸かれる。しかし、やはり足を伸ばして湯に浸かりたいな。それが出来るのは現状、駐屯地の宿舎にある大浴場ぐらいだが。
 大浴場は人が多いから嫌だな。時間帯によっては少ないが、それでも誰か居るとゆっくりできやしない。
 そういう訳で、ボクはまだ足を伸ばして入れる浴槽には入っていない。一年生の時も似たような造りの部屋だったしな。

「・・・いっそ何処かに造るか?」

 浴槽さえ用意してしまえば、お湯の方は魔法でどうとでもなるので、あとは場所だが。

「・・・・・・う、ううむ」

 直ぐに思いつくのは、先程まで居た訓練所。つまりはクリスタロスさんのところだが、流石にそれは気が引ける。クリスタロスさんなら許可してくれそうだが、お風呂場を造らせてとは言いにくい。
 一時的に浴槽を創って、お湯に浸かった後に元に戻す事も出来るが、それはそれで労力が必要になってくるので、そこまでして創って入りたいかは微妙なところだな。
 そもそも、魔法で身体を清潔に保てる魔法使いとって、入浴は娯楽に等しい。
 魔法使いを育成している学園側がこうして入浴施設を部屋に併設しているのは、単に学生が未熟であるので魔法が満足に使えない場合の為、もしくは魔法を使う練習の為でしかない。駐屯地の場合は、全員が魔法使いという訳ではないからだが。個室はボクみたいな魔法使い向け、かな?
 そういう訳で、今ボクが考えているのは娯楽の延長でしかない。確かに考える場としてはお風呂場は最適なのだが、必ずしも必要という訳ではない。
 なので、直ぐに必要でもなければ、必ずないといけないという物でもないので、一旦保留にしておく。何処かよさげな場所が在ったら、また考えてみるとするか。
 彫刻の方は割と順調に進んでいるが、胴体が終われば顔の部分に入るので、完成はもう少し先になる。それでも作業速度が上がっているので、時間さえ取れればそこまで掛からないだろう。
 顔の部分を彫り終えたら全体の調整を行い、着色を済ませるだけだ。そこまで済んだら、その置物をクリスタロスさんに贈るとしよう。喜んでもらえればいいが。
 それにしても、彫刻というものは意外と面白い。集中できるので、色々忘れられるし。
 しかし、彫刻が終わったら読書を始めないとな。こちらは人目をあまり気にしなくていいので、気軽に行える。
 蘇生の腕輪の方は、中々に難しい。少し頭を切り換えてみても、妙案は浮かんでこない。外部に保管庫を創るのまでは出来たが、維持が難題だ。常時稼働しておかなければいけないのだから。
 常時稼働している魔法を組み込む際の定石は外部の魔力を使用することだが、そればかりに頼っていては、何かあった時には機能しなくなる可能性もあるので、保険として別の方法での維持も確立しておきたい。
 そうなると、腕輪の装着者自身の魔力を使うのが一番手っ取り早く確実だが、装着している限り常時魔力を消耗していることになるので、その辺りの調節が重要になってくる。
 理想というか妄想に近い案ではあるが、腕輪自身が魔力を生み出せるようになれれば一番なのだが、それは不可能だろう。人間でも微量の魔力を生成してはいるが、その原理は未だに解明されていないどころか、研究もたいしてされていない。その前に、この辺りは妖精の領分だろう。そこを超えて実現できるとも思えないな。
 ではどうするかだが、一応外と内の両面で魔力供給の道を確保しておくとして、基本は外部から。それが遮断された場合は内部からに切り替える形だ。
 その為にも少しは魔力を蓄えておけるようにするとして、これで外部だけに頼るよりは安全だろう。保管庫も少しの時間は魔力供給無しでも維持出来るようだし。
 あとはこの装着者の魔力を使用する際の調節だけだ。なにせ、外部からの魔力供給が止まるなど、緊急の事態であるほかないだろうから、あまり多くの魔力を消耗してしまっては、装着者の身が危ないかもしれない。かといって、蘇生が出来なくなると、それはそれで意味が無いし。
 それらが終われば、残りは容量の問題だ。最低でも同じ腕輪の大きさのままで組み込みたいので、その辺りも考慮しなくてはならない。
 出来れば従来品よりも小さくしたいところだが、それは保管庫が完成すれば叶うだろう。その場合、外部に容量を確保することになるのだから。
 その際の問題は、外部に容量を確保した場合にどうやって他の魔法をそちらに組み込むかと、その仕掛けを含めた魔法を組み込む容量の確保だ。試算では、外部に組み込む予定の魔法を起動させないで圧縮して魔法道具に組み込んだ場合でも、従来の腕輪が持つ容量では僅かに足りていない。それに加えて、その圧縮した魔法を外部で起動させる仕掛けと、先程考えた二通りの魔力供給方法を組み込まなければならないので、確実に足りていない状態なのだ。
 圧縮方法も仕切り部分の解明も混迷していて、解決策が浮かんでこない。

「別の方法を探すべきなんだろうか・・・」

 しかし、そんな当ては無い。唯一の解決策は、腕輪の大きさに拘らずにもっと大きな素体を用意することだけだ。

「それじゃあ、使い勝手がなぁ」

 組み込む魔法が蘇生魔法なので、常時身に付けられる、もしくは肌身離さず持ち歩ける大きさの物でなければ意味がない。しかし、その為の解決策がまるで思い浮かばない。

「はぁ」

 いつまでもお風呂に入っている訳にもいかないので、お湯を抜いて掃除をして乾燥させたりした後に、浴室で着替えまで済ませて外に出る。
 部屋ではプラタとシトリーが座って待っていた。シトリーはまだプラタに掴まれていたが、ボクがお風呂場から出てきたので、プラタはその手を離した。
 プラタにお礼を言って就寝準備を整えていく。そう言えば、大分前に寝る時に身体の下に敷く物を買おうと思ってから、忘れていたな。しかし、もう空気の層でも敷けばいいのではないだろうか? 西の森の時みたいに、結構柔らかく創る事も出来るし。
 そういう訳で試しに敷いてみる。プラタとシトリーも一緒に寝るだろうから、今回は幅が大きめだ。
 前も就寝中に維持出来ていたし、問題ないだろう。空気を集めて創ったベッドに上がってみると、包み込まれるような柔らかさがあって気持ちがいい。
 そうして出来た空気のベッドの上に三人で横になると、時間も大分遅かったので、今日はもう寝る事にした。
 そして翌朝。
 プラタに挨拶をしてから、久しぶりに抱き着いているシトリーを剥がして起こすと、朝の支度を済ませる。
 それが終わって二人に見送られながら自室を出ると、食堂に向かう。
 食堂では水と共に一口大のパンを二つ貰い、適当な席に腰掛け朝食を済ませた。
 食器を返却後、食堂から教室に移動して、隅の窓際の席で静かに待つ。時間があるので彫刻の続きでもしておこうかと思ったのだが、複数の人が来るのを察知したので、やめておく。
 少しして、その捉えていた人物達が教室の中に入ってくる。人数は男三、女二の計五人。
 年齢はボクと大して変わらないのだろうが、先に入ってきた男子生徒三人は騒がしくじゃれ合っているので、少し幼く見える。後から入ってきた女子生徒二人は何か言葉を交わしながら大人しく入ってきただけだが、三人組の男子生徒との対比で、少し大人っぽく思えた。
 とりあえず、同じ教室に入ってきたので、この五人も四年生なのだろう。制服に四本線が入っているようだし。
 ボクは入室する時にしっかりと確認してから入ったので、教室は間違っていないはず。
 五人は入り口近くの席に固まって腰掛けるが、男組と女組で僅かに離れているのは、騒々しいからだろう。仲が悪いという雰囲気ではないし。
 まだ時間があるので、このまま窓の外を眺めながら時間を過ごそうかと思ったのだが、他に誰も居ないので目についたからか、向こうから話し掛けてきた。

「ねぇねぇ、君は一人なの?」

 三人組の男子生徒達が話しかけてきたので、そちらに目を動かす。
 興味が無かったのでたいして注意を払っていなかったが、見れば軽そうな、もとい親しみやすそうな笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる三人に、ボクは頷く。

「そうですよ」
「えぇ! ホントに!?」

 ボクの返答に、声を掛けてきた男子生徒がわざとらしい声を上げる。

「なら、他の学園の生徒とパーティー組んでんの?」

 ボクを囲むようにして立った三人は、続けて質問してくる。随分と馴れ馴れしいが、これが普通なのだろうか?

「いえ。駐屯地でも一人ですよ」

 その答えに、三人が大きな仕草で驚く。さっきからやけに動作が芝居がかっているな。

「制服に四本線だし、俺らと同じ四年生しょ? 平原にはまだ出てないの?」
「いえ、何回か出ましたが・・・」
「一人で大丈夫だったの? あそこ一人じゃ無理しょ!?」

 なんとなくではあるが、驚きと心配が混ざっているのが判る。悪い人間ではないらしい。・・・ただ騒がしいので、積極的に関わり合いたいとは思えないが。

「平原ですので、相手を早めに見つけられれば何とかなりますよ」
「そんなもん? 数が多いとそれも無理じゃね?」
「無理そうなら早めに逃げればいいだけですから」

 まだ逃げた事はないが、その場合はそれが正しい判断だろう。もっとも、逃げられるかどうかは別の話である。
 まぁ、何体と遭遇しようとも、平原の魔物ぐらいであれば全てを同時に一撃で倒せるのだが。これは流石に生徒の中どころか、兵士の中でも強すぎる部類だ。兵士でも、複数体を同時に一撃で倒すのは難しいようだし。狙い通りに攻撃するのもだが、同時に発現出来る魔法にも限度がある。
 例えば北門で一度だけ共に警邏した、ボクを推薦したという女性兵士だが、あの女性であれば、同時に魔法を発現させるのは十を余裕で超えるだろう。しかし、東門の魔物を一撃で倒せるだけの威力を魔法に込めるとなると、一桁、もしかしたら片手で数えられる程度まで同時に発現出来る数が落ちるやもしれない。
 なので既にやらかしているが、別にいいだろう。そこまで騒ぎになってもいないし。それでも、わざわざそれを誰かに教える必要はない。

「まぁ、あの辺りは人も多いからなあ」

 とりあえずそれで納得してくれたらしい。これでもう会話は終わりでいいんじゃないかな?

「でも、いつかはそれも失敗するかもしんないから、早めに誰かと組んだほうがよくね?」
「だなぁ。なんなら俺らんとこ来る? ここで一緒ってことは、そこまで進行具合にずれが無いだろうしさ!」
「ああ、いいね! それ! うちらも五人じゃちょっち大変になってきたとこだし!」

 ワイワイと勝手に盛り上がる三人だが、そういうことは二人の女性にも聞かなければいけないのではないか? それとも、同じパーティーではないのだろうか? でも五人と言ってるしな。まあもっとも、入るつもりはないのだが。そう思っていると。

「勝手に決めないでくれる?」

 呆れと苛立ちが混ざったような声音で、女性の一人が声を上げる。

「確かに少し大変になってきたけどさ、そんな今会ったばかりで実力も判らない相手をいきなり誘うとか、どうかしてるんじゃないの?」
「ノリが悪いなー。こう、俺の直感がこの人は大丈夫だよー! って告げてんのよ!」
「ハッ! あんたの直感なんてろくに当たったことないじゃん。それに、視た限りそいつ弱いし」

 何か子どもの喧嘩っぽい口調になっているが、何かあったのだろうか? こちらに飛び火させるのは勘弁願いたいのだが。
 その後もギャアギャアと言い合いを続け、終いには全く関係ない話題になっている。

「・・・・・・」

 それに困りながらも、事の成り行きを何となく眺めていると、時間になり男性教諭が教室に入ってくる。それで言い合いは終わり、男三人組も席に戻っていく。
 全員が席に着くと、教壇に上がっていた教諭が口を開いた。

「今回は最初ですので、皆さんはもうご存知かもしれませんが、東側の平原に出現する敵性生物、特に魔物についてお教えします。その対処法や、東側平原についてもお話ししますので、しっかり聞いていってください」

 始めにそう伝えて、聞き取りやすいはっきりとした口調で男性教諭が講義を始める。
 講義といっても、大半が生徒手帳に書いてあることだし、三年生の時に軽く講義されたはずだ。なので、復習という意味合いもある。これは最初の講義の時はいつもこんな感じだ。
 それから、確認されている魔物を中心とした敵性生物の話をされ、東側平原に在る砦の話や野営の話が続く。
 そんな復習の講義が終わったのは、昼も少し過ぎた頃であった。
 授業が終わったら、ボクはさっさと教室を後にする。また絡まれても嫌だからね。今日は食堂には寄らずに部屋へ直行するとしよう。その後クリスタロスさんのところへ行って彫刻の続きでもするか。早く置物を完成させたいものだ。





 自室に戻ると、プラタとシトリーに迎えられる。
 二人に帰宅の挨拶を返すと、早速転移装置を起動して、二人と一緒にクリスタロスさんの許へと移動した。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 いつもの柔和な笑みで出迎えられた後、クリスタロスさんの部屋へと場所を移す。
 クリスタロスさんの部屋では、お茶を片手に軽い雑談に花を咲かせる。といっても、昨日の今日でそんなに話す事も多くはないので、早々に訓練所を借りた。
 訓練所で空気の層を下に敷くと、その上に腰を下ろす。

「さて、と」

 腕輪に時間を設定すると、置物と彫刻の作業道具一式を構築して作業を始める。しかし、プラタとシトリーを連れてきたのは失敗だったかな? 作業中は動きも少ないし、いつも以上に退屈だろう。
 そう思いチラリとそちらに目を向ければ、二人は少し離れたところで、立ったままこちらに顔を向けていた。

「・・・・・・」

 それにどうしようかと思ったものの、まだ始めたばかりなので、もう少ししたらもう一度確認してみるとしよう。
 片手に持った作業中の置物へと、もう片方の手で持った小刀を当てて動かしていく。
 昨日の内に結構進んだので、もうすぐ胴体部分は完成だ。胴体部分で一番大変な腕の部分を先に終わらせたからな。
 クリスタロスさんは、そこまで特徴的な姿形でもなければ、簡素な服以外は、先日渡した指輪ぐらいしか身に着けていないので、そこまで慎重になるような作業にはならない。おかげで胴の部分は割とあっさり仕上げる事が出来た。
 削りくずを風の魔法で軽く吹き飛ばして、仕上がりを確認する。

「うーん・・・こんなものか」

 納得して一度時間を確認するも、まだ夕方なので大丈夫そうだ。そのまま作業に移る前に、プラタとシトリーの方に目を向けると、二人は変わらず立ったままこちらを見ていた。

「・・・えっと、退屈じゃない?」

 退屈なうえに立ったままだと、流石に気が引ける。このぐらいでは二人は問題ないだろうが、こちらは気になるのだ。

「問題ありません」
「そんな事ないよー。だけれども、ジュライ様は何をしているの?」
「ああ、ちょっと置物を彫ってみようと思ってね」

 そう答えながら、手元の置物を二人が見えるように掲げる。

「おぉー! それは・・・人間?」

 まだ顔が彫られていないから、立った女性にしか見えないもんな。何か特徴になるようなモノはないし。

「ううん。これはクリスタロスさんを彫ってるんだよ」
「あの天使?」
「そう。丁度いい題材かと思ってね」
「・・・ふーん」

 どこか不満げなシトリー。はて、何か機嫌を損ねるような事があっただろうか?
 少し考え、直前のやり取りから何か答えはないかと頭を捻る。・・・ああ、もしかして?

「これが完成したら、シトリーを題材にした置物も彫ろうか?」
「! いいの!?」

 その提案に、シトリーは途端に目をキラキラと輝かせた。やっぱり、自分のも作ってほしかったのか。

「いいよ。といっても、彫るのに時間が掛かるから、それでもいいのなら、だけれど」
「分かった! やったー!!」

 両手を上げて喜びを表現するシトリー。

「あの、ご主人様」
「ん?」
「私の置物も彫っていただけないでしょうか?」
「うん。いいよ」
「ありがとうございます」
「私の次だけれどもねー!」

 珍しくプラタからそんな申し出があったので、承諾する。これは当分読書は出来なさそうだな・・・いや、見回り中は人目も在るから、休みの時にでも本は読むとしよう。
 何やら言葉を交わしている二人を措いて、作業を再開することにしたが、次はとうとう顔の部分に取り掛かるので、手元の小刀の刃に目を向ける。

「もう少し小さい方がいいかな?」

 そう思い、刃の幅を半分ほどにする。その後は、刃の厚みを薄くし、柄の部分も細かい作業がしやすいように短くしたりと調節していく。
 二本の小刀共にそれらを済ませた後、早速作業に入る。
 まずは大まかに彫り、その後に顔の輪郭部分を彫っていく。身体との大きさを比べながら、慎重に彫っていき、輪郭が浮かび上がってきた辺りで、腕輪が振動した。

「おっと!」

 作業の手を止めると、小刀を横において腕輪を操作して雷撃の発動を止める。起動するまでの猶予を少し延ばしたので、なんとか間に合った。

「そろそろ戻ろうか」
「はい」
「はーい!」

 二人の返事を聞きながら片付けを行うと、三人で訓練所を出てクリスタロスさんのところへ移動する。
 そこでクリスタロスさんにお礼を言うと、転移装置を起動して、三人で自室に戻った。

「寝る準備をするか」

 一瞬お風呂に入ろうかと考えたが、今日は止めて魔法で身体や服を綺麗にしていく。
 その後に空気を集めてベッドを創ると、それに上がって横になる。外は暗いが室内の明かりは点けていないので、そのまま寝ても問題ない。
 それにしても、やっと顔の部分まで進んだな。ここから細かい作業が増えていくので、作業は慎重に進めていかないと。
 頭にクリスタロスさんの顔を思い浮かべ、それを置物として彫った場合の完成図を頭に思い描いていく。
 完成図は頭の中にあるのだが、それを巧く再現できないのがもどかしい。
 そうして悶々としつつも、その思いを抑えて眠る事にした。明日もまた授業が在るからな・・・また絡まれなければいいんだが。

しおり