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第九十七話

 俺がそう言い放つと、フィリオは一瞬だけ怒りに顔を染め上げて――そして嗤った。

「ハッハッハッハッハ! 貴様みたいな低レアリティが、何をほざく! 俺は限界突破したSSR(エスエスレア)様だぞ! この世界の主人公であり、中心地だ! 特異点だ! そんな俺を、お仕置き!? 笑い話も大概にするんだな!」
「お前のその全てを否定してやるよ。後もう喋んな。なんかキモい」

 俺は拳を握りながら言ってやる。
 まずは――ぶん殴る!

「死んでも文句言うなよ」

 フィリオが剣を握って構えたところで、俺は地面を蹴った。
 夜風に乗って、俺は一気に肉薄する。
 その速度にフィリオは目を見張ったが、だが素早く剣を構えてバックステップし、反撃の準備を整える。

 魔力が集まってるな。アレを使うか。

 思いながら、俺は《アクティブ・ソナー》を唱えてさらにもう一度地面を蹴り、わざと正面から突撃する。

「ははは、《雷神》」

 予想通りだった。
 フィリオの姿が光に包まれ、その次には姿が消えている。
 なるほど、確かに速い。稲妻を全身に巡らせ、一瞬だけ身体能力強化魔法(フィジカリング)を敏捷性だけに強化して移動するのか。

 ――だが。

 魔力が荒々しい。それに、停止時は全身を駆け巡る魔力を拡散させることで行うのだろう、移動予測地点にそのスイッチとなる魔力があった。そこさえ感知すれば、どこに現れるのかも予測できる。
 もちろんその魔力は極々微細なものであり、常人なら感知出来ないだろうが。

 日々フィルニーアからの修行を受け、尋常じゃないステータス、そして《アクティブ・ソナー》を使用していれば感知は余裕だ。

「おら、一撃で――ぶひゃっ」

 出現予測位置は左斜め後ろ。俺はそこに向けてバックハンドブローをぶち込み、見事にフィリオの顔面を捉えた。
 顔面を横に反らしたところを、俺はバックハンドブローを撃ち抜いた勢いを利用して身体を捻り、そのままあびせ蹴りをその顔面に喰らわせた。ずがん、と音を立ててフィリオは地面に叩きつけられる。

「っがぁっ……!?」

 目を白黒させながら地面を擦り舐め、フィリオは起き上がらない。
 ダメージはまだそんな深刻なものではないはずだ。スピードを重視したから、威力は籠めてないからな。

「おい、どうした」
「な、貴様っ……今、何を……」
「バックハンドブローとあびせ蹴りの大技コンボをかましただけだけど」
「そっちじゃない!」

 ダメージが大きくないおかげだろう、フィリオは跳び上がりながら俺を睨みつけてくる。
 そしてまた魔力を高める。同時に着地点を設定し、魔力を忍ばせる。

「いくぞっ! 《雷神》っ!」

 またフィリオが光る。
 刹那にして俺の右斜め後ろに移動し、首をめがけて振りかぶってくる。おいおい、首を斬るつもりか。

 思いながらも、俺はその剣を腕――籠手で受け止めた。

 鈍い金属音が響き、弾かれたのは当然フィリオだ。
 俺の方は微動だにしていなくて、それがフィリオには信じられないらしい。

「……は?」
「なんだ、その程度の一撃かよ」

 フィリオには悪いかもしれないが、フィリオの心はここで完全に折る必要がある。
 例え多少手荒に縛ってハインリッヒの元へ連れていったところで、改心していなければ意味がないし、またどこでどう跳ね返るか分かったものじゃない。
 そんな天然時限爆弾みたいなヤツを味方陣営に置いておけるはずがないからな。

 故に、俺は敢えて今の一撃を受けて見せた。

 お前の攻撃など通用しないぞ、という意味で。
 俺はまた地面を蹴り、呆気にとられた表情のフィリオの顔面に拳を叩きつけた。

「あびっ」

 感触からして、鼻の骨を折った。
 変な声を上げてフィリオは受け身さえ取れずに背中から地面に転がり、悶絶する。
 大量に血を鼻から噴き出し、フィリオは慌ててそれを押さえる。

「いいか。この世界はお前のものなんかじゃない。お前は決して中心なんかじゃない」

 俺は一歩前に出る。

「この世界は、みんなのもんだ。みんな必死に生きて生きて、足掻いてるんだよ。何もかもがお前にとって都合が良いように出来てると思うな?」
「……っざけやがって、モブの分際がぁあぁぁああっ!」
「そのモブに情けなくぶっ飛ばされてんのはどこの誰だよ!」

 俺が言い返すと、フィリオは怒りのまま俺に突っ込んでくる。

「死ねっ! 《雷神烈破》!」

 光になりながら、フィリオが特攻してくる。
 ――見える。
 単なるぶちかましだ。俺は腕をクロスにして腰を落として身構える。魔力を高め、防御力を発揮させる。

 がつんっ! と、全身に衝撃が走る。だが、それだけだ。
 俺はその一撃を耐えて見せた。さすがに電撃がダメージを与えてくるが、微々たるものだ。

「――……なっ!?」
「お前の攻撃なんてそんなもんなんだよ!」

 タックルから弾かれたフィリオの懐に潜り込み、俺はボディブローを叩き込む。

「うごぼげえぇええぇっ!?」

 もはや奇声のような苦痛だった。
 フィリオからすれば、腹に風穴でも開いたかのような感触に襲われたのだろうか。

 吐瀉物を撒き散らしながらフィリオは膝を折って腹を抱えるが、俺はその顎をつま先で蹴り上げた。

「でげっ」
「食らえ」

 俺は言いながら胴回し回転蹴り――トルゲ・チャギをフィリオの側頭部に炸裂させた。
 本気でぶちこむとフィリオの頭がザクロになって飛び散るので、ちゃんと手加減はしてある。

 顔面から地面にダイブし、フィリオはまた地面を滑る。鼻を追ってる状態であれは辛い。

 血の痕跡を残しながらフィリオはようやく停止する。
 予想通り、痛みに呻きながらも起き上がってくる。

「おい、どうだよ。低レアリティにボコボコにされる気分は」
「……最悪だな……こんなイベントまで用意されてるとはな」
「まだイベントかよ」

 コイツ、本格的にヤバいな。

「いい加減に気付け。イベントなんかじゃねぇよ」
「フン、何をほざこうが関係ないな。俺はお前を突破してエキドナを倒しに行く。そして、お前は俺に突破することで下僕になるんだろう。レアリティは低いが、俺にダメージ与えられるんだ。そこそこの戦力としては認めてやる」

 ぬらりと剣を構え、フィリオは全身から魔力を迸らせる。

「行くぞ。こっから本気だ。《プラズマ・ウォール》っ!」

 解放したのは、雷系の上級魔法!
 扇状に壁を展開するように電撃を放つ術だ。効果範囲がやたら広い反面、消費魔力が高く、ダメージはそこまでではないのだが、様々な用途に使える。

「《クラフト》」

 俺は瞬時に防御魔法を唱える。

「はっ! そんな光魔法の盾のような脆弱なもので――ってぇぇえっ!?」

 フィリオが嘲笑う間に電撃の壁は襲い掛かり、あっさりと俺の周囲だけは霧散した。
 舐めてるだろ。威力の低い上級魔法程度、簡単に防げる。
 俺は逆に鼻で笑ってやってから、魔法を仕掛けることにした。

「本気出すんだろ。とっとと来いよ。《ベフィモナス》」

 地面を踏み抜き、魔法陣を出現させる。大地がうねり、次々と槍を打ち出す。
 フィリオは呻きながらその場から《雷神》を使って高く跳躍した。そしてまた光を放ち、俺に接近してくる。なるほど、そういう立体機動も出来るのか。

 けど、所詮魔力を感知出来ている以上、バレバレだ。

 俺はさりげなく手を掲げ、出現したフィリオの頭を掴んでやった。そのままアイアンクローに入る。

「いぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
「遅いぞ」

 俺はフィリオを投げ捨てながら言う。またフィリオは無様に地面を転がった。

「く、こんのっ! 《ヴォルド・クラッシュ》!」
「《クラフト》」
「だったら! 《バーニング・ブレイアル》!」
「《アイシクルエッジ》」
「なんだと!? ならば《エアロブルーム》!」
「《ベフィモナス》」
「ななっ!?」

 フィリオの放つ魔法の悉くを、俺は防いで見せる。それも初級魔法で。

「ど、どういうことだっ……!? なんだ、このイベントはっ」
「さっさと分かれよ。これはイベントなんかじゃねぇっつうの。お前の選択の結果だ」
「ふざけるなっ!」

 フィリオは剣を構えて突っ込んでくる。もう《雷神》さえ使ってこない。
 その動きは鋭い。訓練は確かに人並み以上にこなしているようだが、達人というにはあまりに稚拙。

 大方、《雷神》を使っての先制攻撃で相手を仕留めているからだろう。仕留め切れなくとも大打撃は必須で、後は一方的に追い詰められる。
 だからこそ、剣術そのものを究めていない。

 剣を武器の主体とするならば、剣術スキルは重要なファクターのはずなのに。

「《クリエイション・ブレード》」

 俺は地面に魔法陣を出現させ、剣を生み出す。

「なっ、物質創造(クリエイト)だと!?」
「おら、すぐに隙が出来てんぞ!」

 俺は剣を掴むと同時に飛び出し、フィリオに斬りかかる。
 慌ててフィリオは防御の体制を整えるが、遅い。俺はグン、と加速して一撃を見舞う。

「ぐうっ!?」

 それでも辛うじて防いだか。まぁ俺の剣術スキルは高くないしな。けど。
 俺はステータス任せに何度も殴りつけ、剣を弾いてやった。

「なっ……!?」
「いい加減目を覚ませっ! お前は特別かもしれない、けど、絶対なんかじゃない! 世界はお前だけに優しいわけじゃないし、ずっと優しいわけでもない! お前は、この世界に生きる命に生きる一つに過ぎないんだよっ!」

 俺はそう言いながら、剣の腹をフィリオに叩きつけた。

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