バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

彫刻と余興9

「その刺客が何処から来るか分かる?」

 その為にもまずは情報を得る必要があると思い、プラタに尋ねてみた。

「申し訳ありません。不明で御座います」
「攻めてくる数は?」
「それも不明で御座います」
「何が攻めてくるかも?」
「はい」
「そっか・・・攻めてきたら分かるかな?」
「・・・それも不明で御座います」

 申し訳なさそうにするプラタだが、別に責めるつもりはないんだがな。それに相手はあの死の支配者が送ってく刺客だ、不明なのも致し方ない事だろう。死の支配者と同じように、プラタ達に悟らせずに移動できる可能性だってあるのだから。

「うーん。出来たら相手にしたくはないが、そうもいかない。目立たないようにするにも、相手の出方が分からない、か・・・困ったね」

 もしもボクでなければ対処出来ないというのであれば、プラタの話から察するに、現在ボクが居る東側からやってきそうではあるが。

「申し訳ありません」
「いや、プラタには感謝しているよ。来ることが判っただけでも十分重要な情報さ」

 恐縮したように頭を下げるプラタ。本当に気にしていないんだが。

「それにしても、余興ねぇ。あの女性は一体何がしたいんだろうか」
「分かりません。ですが、各地の力を調べていると言っていました」
「力ね・・・ん? 言っていたって誰が?」
「死の支配者本人です」
「そっか・・・あ? 本人からって、会ったの?」
「はい。ここに来る前に」
「そ、そうなんだ」
「以前に御話ししました、迷宮を攻めておりました」
「攻めてたの? 力を調べる為に?」
「はい。その際刺客は一体のみでしたが、迷宮を攻めていた魔族軍を潰走させた後に迷宮に侵入。幾つかの街を脅かした後に討伐されました」
「・・・それは、人間じゃ対処できないね」
「ここへはもっと弱い相手を送ると言っていました」
「それは助かるけれど・・・それでも強いんだろうなー」
「はい」

 迷惑なものだ。と内心で思いつつ、同時に人間の強さなんて調べたってしょうがないだろうに、とも思う。周辺の森ですら未だに抜けれないどころか、人間しか住んでいない平原でさえ満足に掌握できていないのだから。

「他には何か言っていた?」
「送るのは今すぐにではないとしか」
「猶予があるのはいいね。だけど、折角教えてくれるのであれば、それがどれぐらいあるのかまで教えてくれればいいのに」

 そうすれば、その日だけ最大限に警戒すればいい。勿論、相手がその言葉を守るかどうかは別問題だろうが。しかし、力を調べるのが目的であるというのであれば、相手はそれを守りそうではあるが。

「とりあえず、今まで以上に周辺の警戒をしないといけないね。今度は範囲が人間界全体どころか、少なくとも森の方まであるから大変だけれども」
「問題御座いません」
「大丈夫だよー」
「小生も微力ながら力添え致します」
「右に同じで御座いまする」
「ありがとう」

 ボクの言葉に、四人がそう応えてくれる。この四人であれば大丈夫だろう。ボクはそこまで役に立たないからな。

「出来れば人間に見つかる前に対処したいけれど、それはそれで駄目かもしれないね」
「何故でしょうか? 創造主。早く対処するに越した事はないと思うのですが」
「だって、人間の力を測る為に刺客を寄越すんでしょう? なら、その前に倒してしまったら、また送ってくるかもしれないじゃない? それも、もしかしたら前よりもっと強い存在を」
「そうで御座いますね、その可能性はあるかと」
「だから、とても面倒だし不本意ながら、人間にも少しは戦わせた方がいいのではないか。とも思う訳で」

 相手の意図が分からないので、その辺りの調節が難しい。もしも人間側が防衛してから対処しなければならないのだとしたら、心底面倒くさい事態になる。
 戦っている横から密かに倒すのは難しい。かといって、遠隔攻撃で倒せる相手が来るとも思えないしな。

「しかし、そうなるとな・・・今の段階でも少しは目立っているけれど、今ぐらいであれば大騒ぎになるほどではない。でも、それ以上となると・・・」

 もしかしたら、それで目立てば最強位へという話ぐらい出るかもしれない。そんな簡単なものではないだろうが、可能性の一つとしては十分在り得る。
 しかし、それだけで済めばまだマシかもしれない。もしかしたら最悪、その先にボクの力を当てにして、周辺の森へと侵略を開始するかもしれないのだから。
 まぁ、流石にそれは話が飛躍しすぎかもしれないが、可能性の一つとしては存在している。そうなった場合は、逃げるしかないな。

「・・・はぁ。難しいねぇ」
「なら、私達が相手すればいいんじゃない?」
「ん?」

 顎の下からの発言に、ボクは視線を下げる。

「ほら、その時はジュライ様が相手するんじゃなくてさ、私達が相手すれば、ジュライ様は目立たないでしょ? 既にプラタは一部で有名な訳だし」
「まぁ、それはそうなんだけれども・・・それは大丈夫かな?」
「あっちは私達が居るのを知っているんだからさ、問題ないんじゃない?」
「それはそうなんだが・・・」

 確かに死の支配者は、ボクの他にプラタやシトリー、セルパンが居るのを知っている。一度遭っているし。多分フェンについても把握済みだろう。なので、問題ないと言えば問題ない。ボクは人間の方に所属している訳だし、この四人はそんなボクに力を貸してくれている訳だから。

「うーん、そうだな。その時はお願いしようかな」
「うん、任せてよー!」

 そう言うと、シトリーは無邪気に笑った。
 シトリーにお礼を言って頭を撫でると、三人にも協力を要請して承諾を貰えたので、それに感謝する。本当にボクは恵まれているな。

「それで、ご主人様に一つ御伺いしたいのですが」
「ん?」
「人間界の南にある国で何か変わった事がありませんでしたでしょうか?」
「変わった事?」

 情報収集はボクよりもプラタの方が得意だ。そんなプラタが訊いてくるとは、余程の事なのだろう。なので、時間を使って何かあったか思い出そうと努める。しかし。

「いや。フェンの話だと、南の森への出陣準備は着々と進んでいるみたいだけれど、他に何か変わった話は聞かないね」
「そうですか」
「まぁ、ナン大公国の話自体あまり聞かないからな・・・」

 もう少し考えてみるが、やはり特に変わった事は聞かない。

「しかし、変わった事ねぇ・・・そんなの、昨日聞いた魔力を込めた線ぐらいだもんなぁ」
「魔力を込めた線、ですか?」

 ボクの独り言の様な呟きに、プラタが反応して聞き返してきたので、昨日フェンに聞いた話をしていく。念の為にフェンにももう一度その話をしてもらった。

「なるほど・・・」

 話を訊くと、プラタは何かを考えるように口を閉ざす。

「でも、急にどうしたの? プラタが人間の国に興味を持つなんて珍しいけれど?」
「・・・死の支配者と会話をした際、死の支配者が人間界の南の国で妙な動きがあると言っていたので、それが気になりまして」
「妙な動き、ね」
「はい。それで、もしかしましたらと思いまして」
「なるほど」
「その為、先程の話に出てきたその魔力を込めた線というモノが怪しいのではないかと」
「まぁ、目新しいからね。でも、まだ未完成以前のモノらしいよ」
「はい。ですので、こちらでもう少し調べてみようかと」
「それがいいかもね。フェンも全部見れた訳ではないだろうし」
「はい」

 それにしても妙な動きか。あの死の支配者がわざわざ言葉にしたという事は、何か余程変わった動きなのだろうが、何をしているのだろうか? プラタの調査が終わったら教えてもらうとしよう。
 それをプラタに伝えたところで、窓の外へと目を向ける。まだ空は明るいが、太陽が傾き始めているで現在は昼過ぎか。まだ時間はあるからセルパンの話を聞こうと、お願いしてみる。

「御任せ下さい」

 快く引き受けてくれると、セルパンは話し始めた。

「吾はここより北にある砂漠の様子を確認しに行って参りました」
「確か幽霊が猛威を振るっているんだったか、それでどうだった?」
「何もありませんでした」
「ん?」
「生き物も居なければ、死体も」
「どういう事? 砂漠だから砂に飲み込まれたとか?」
「いえ、そんな感じでもありませんでした」
「では?」
「厳密には生き物は確認出来ました。しかし、それはかなり少なく、絶滅を危惧するほどです」
「むぅ。そんなにか」
「その割に死体は少なく。・・・これは吾の推測ではありますが、魔物のように死体は消えたのではないかと」
「死体が消えた?」
「はい。吾の推測でしかありませんが、そんな感じが致しました」

 セルパンの話を聞き、ボクは視線でプラタにどういう意味かと尋ねる。

「あの幽霊が砂漠に出始めた頃は、殺した死体も残っておりましたが、最近は消滅させていっているようです」
「消滅?」
「分解しているとでも思っていただければ、理解も容易かと」
「なるほど。でも、何の為に?」
「それは判然としませんが、確実に止めを刺すため、でしょうか」
「なるほどね。何をしているんだろう?」
「死体の量産では?」
「何の為に?」
「あの幽霊は名を与えられたとしまして、仮にその相手が死の支配者であった場合、死の支配者への供物とは考えられないでしょうか?」
「ああ、そういえばそうだったね」
「そして、恐らくではありますが、死の支配者は死者を配下に置き、何かしらの尖兵として各地に派遣しているのでは、と」
「それが余興の正体?」
「あくまで推測ですが」
「あとは目的か・・・力を調べてるってことは、各地を本格的に攻めるつもりなのかな?」
「分かりません」
「もしそうだとしたら、死の支配者の目的は世界征服?」
「可能性はありますが、違うような気がします」
「そっか。ならなんだろう? 幽霊はまだ砂漠に居るの?」
「いえ。吾が砂漠に赴いた際には見掛けませんでした」
「ふむ? じゃあ、どこに行ったの?」
「・・・東にある沼地へと場所を移したようです」
「沼地ね。魔族と魚人が戦っている場所か、命はたくさんあると」
「はい」

 うーん。現在外の世界では、というより死の支配者は何をしようとしているのだろうか? 情報が足りない以前に、ボクは死の支配者を一度しか見たことがないもんな。幽霊もほぼ一度だけだし。

「常世の国の場所はまだ判らない?」
「・・・はい」
「そっか」

 どこかでまた死の支配者と話をしてみたいな・・・正直会いたくはないが、そうも言ってはいられなさそうだし。それより前に、死の支配者が遣わす相手と対面しそうだけれどもね。
 はぁ。それにしても、本当に部屋の外は面倒事が多いな。こうも続くと、流石に嫌になってくるよ。





「フン♪ フフン♪ ふふふ」
「また随分とご機嫌だね」

 光の無い世界に響く女性の鼻歌に、子どもの様に無邪気で明るい声が掛けられる。

「おや、いらしていたのですね」

 部屋に入ると同時に掛けられたその声に、女性はそちらへと目を向けた。

「お邪魔しているよ」
「どうぞどうぞ。何もお構いは出来ませんが」
「それで、何があったんだい?」
「良い兵隊が手に入ったのですよ」
「強い兵隊か?」
「ええ。生前魔族の軍を仕切っていた者ですよ」
「そんなの珍しくもないだろう? ここにはそんなのが大勢居るんだからさ。なんたってここは、生者の終着点なんだから」
「そうですね。しかし、ずっとここに留まる訳ではありませんよ」
「ここを出るのは大変そうだがね」
「そんな事はないですよ」

 女性は機嫌よく部屋の中を進み、奥に在る玉座の一つに腰掛ける。

「さて、次の使者の選定を行わなければなりませんね」
「次は何処へ?」
「人間界ですよ」
「人間界ねぇ」
「ついでに、人間界を囲っている森にも使者を派遣しましょう」
「そんな弱いのが居るのか? 君の兵隊は、君が手を加えた特別製ばかりだろう?」
「居ますとも。新兵は多いのですよ。それに既存の死者も全て調整した訳でもありませんし。調整もある程度までは難しいものではありません」
「本当、君は特別だよ」
「勿論ですとも」

 優越の笑みを浮かべた女性に、明るい声の主は羨ましそうな目を向けた。

「ま、ぼくも特別なんだけれどもね」

 しかし、直ぐに明るい声の主は笑みを浮かべる。

「ええ、そうでしょうとも」
「それで、準備の方は順調かい?」
「順調ですよ。落とし子の対策は既に終えましたし、演劇の方も、今回の余興の結果を元に兵隊の調整を行っている最中です」
「弱い軍隊を作るのも大変だな」

 明るい声の主は、呆れたように肩を竦めた。

「強すぎてもつまらないでしょう?」
「見ている分には面白いと思うぞ」
「別に蹂躙するのが目的ではありませんから。それが目的なら、私自らが手を下せば直ぐに終わりますし」
「それもそうだな」
「あぁ、そういえば」
「ん?」
「旧王の一人にお会いしましたよ」
「ほぉ。それで?」
「どうもしませんよ。私は我らが神であらせられる我が君以外は存在価値が無いと思っていますので」
「ま、言いたい事は分かるよ」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。貴方は例外的に僅かに価値があるのですから。でなければ、ここまで通しはしませんよ」
「相変わらず傲岸で不遜な態度だなー。でも、それだけの実力が在るから質が悪いよ」
「ふふふ」

 呆れたような言葉にも、女性はただ機嫌よく笑うのみ。

「まったく。今のぼくでさえ数秒程度しか抗えない時点で、君の強さは異常だよ」
「私相手に数秒も耐えられる時点で、貴方も十分強いですよ。少なくとも、一秒も保たないような旧王達よりは強いでしょう」
「それは喜んでもいいのか、微妙なところだね」
「そうですね、当然の結果とは言え、喜んでもいいのでは?」
「ならば喜んでおこう。でも、どうせ今の君には、ぼくよりも強い側近がいるんだろう?」
「ええ、勿論ですよ。私は死の支配者にして、この世界の守護者ですよ? 強くなければ意味がないですから」
「・・・そうだね。ぼくじゃ守護者は務まらないからね」
「ええ。貴方の役目は守護者ではないのです。当然ではないですか」
「そうだね」
「正直、貴方の立ち位置は羨ましいのですよ」
「こればかりは譲れないね。君では無理な場所だから」
「ええ。そればかりは、私の力が及びませんからね」

 女性は残念そうに肩を竦める。

「さて、そろそろ次の余興の為に数を揃えるとしますか」

 玉座に腰掛けたまま女性が二回手を叩くと、奥の闇から一人の男性が姿を現す。

「新入りを何人かここに連れてきなさい」

 女性の命令に了承のお辞儀をすると、男性は奥の闇の中に戻っていく。

「どれぐらい連れていくんだ?」
「人間界も森も大体四つぐらいの勢力に分かれていますからね。最低でも八体。しかし、あの辺りは一ヵ所中々に歯ごたえがある勢力が居るので、そこだけは強さを変えねばなりませんね」
「ああ、あの深い森に適応したエルフ達か」
「ええ。深い森に適応し、尚且つ護りも厳重に固めていますからね。色々な要素を考慮しないで、単純に攻め入るのであれば、ドラゴンの住まう地の次に難しいのではないでしょうか」
「あそこは精霊も強いのが居るからね」
「ええ。その辺りも考慮しまして、エルフが張っている三重の結界のもっとも外側ぐらいは壊してしまおうかと考えています」
「それはまた。あそこのエルフにとっては初めての事態になるという事だね」
「むしろ、あの程度の結界も破れない方に問題があったのですよ。あれぐらいであれば、私の雑兵一体で二枚目までは確実に破れるでしょう」
「それは、三枚全て破られない強固さを褒めるべきな気がするが」
「ふふ。森は狭いですからね。破壊するにしても大変なのですよ。それでも、二体でエルフを殲滅出来る可能性がありますし、三体居れば鏖殺(おうさつ)はほぼ確実でしょう」
「そんな兵士が一国の人口より多いんだから、本当に厄介だよなー」
「死者の方が多いのは、しょうがない事ではないですか」
「だから、君の能力のせいだって。どれだけ強化したのやら」
「まだ途中ですよ」
「他の国にとっては悪夢かもね」
「まさかまさか。私は守護者ですよ?」
「余興で攻める守護者も迷惑なものだけれど」
「ふふ。では、止めますか? 戦いはしませんが。戦闘にもなりませんし」
「止めるとでも?」
「思いませんね」
「目的は同じなのだから、止める必要が無いからね」

 そう言うと、二人は互いに顔を向けて笑みを零した。





「アア、タのしみダ」

 時は少し遡る。
 砂漠から沼地へと移動してきたナイトメアは、沼地で魔族と魚人が争っているところを発見し、歌うように声を出した。

「サァ、キゅうさいをはじめましょウ!!」

 魔族軍の側面に突如現れたナイトメアに、そこに居た魔族軍の部隊は僅かに混乱しつつも、即座に応戦してみせる。

「ハはははハ!!! ムだだヨー!!」

 しかし、ナイトメアはその全てを嘲笑い、悉くを無力化していく。

「モっト! モっとおしえテ! アア、スばらしイ!!」

 魔族の攻撃をその身に受け続けながら、ナイトメアは恍惚の表情を浮かべる。

「フふふフ。コれでわたしはまたたかみにのぼれタ。カんしゃしますヨ! コれでもっとめいさまのおやくにたてル!」

 周囲の魔族達に慈愛の笑みを浮かべたナイトメアは、洗礼を開始した。

「スべてにしゅくふくヲ!」

 ナイトメアは全方位に向けて、おどろおどろしい色の大きな棘を射出させる。視界を埋め尽くすほどに高密度で発現させた魔法での間断ない連続射出の為に、魔族は避ける隙を与えてもらえない。

「アア! ナんてかぐわしいかをリ!」

 周囲に響く悲鳴と共に漂い出した濃厚な鮮血の香りに、ナイトメアはゾクゾクと身体を震わせる。

「フふフ。ハははははははははハ!!!!!!! アア! スばらしイ!!!!!」

 真っ赤に染まった沼地に独り立ち、ナイトメアは我慢出来ずに大きく笑う。
 その異変に気がついた他の魔族が駆けつけてくるも、ナイトメアは濡れた笑みを浮かべてそれを迎える。

「モっト、モっとわたしをまんぞくさせテ!」

 魔族達の攻撃は苛烈をきわめるが、ナイトメアはそれらを全て迎え入れるように両手を広げてその身に受けながら、変わらず狂ったように哄笑し続ける。

「・・・ソろそろわたしのばんだネ!?」

 突然笑うのを止めたナイトメアは首を大きく傾け、嬉しそうにそう告げた。
 ナイトメアが語る最中も、魔族達はナイトメアへと間断なく攻撃し続けている。

「何なんだこいつは!! 何でこれだけ魔法喰らって平然と立っていられる!!!」

 一切防ぐ素振りをみせないというのに、ナイトメアへとどれだけ攻撃しても全く効果が感じられず、魔族達の間に動揺が走る。まだ逃げだすような者は出ていないものの、それも時間の問題のように思えた。それだけナイトメアという存在の異様さは際立っていた。

「ジゃあいくヨ?」

 そんな混乱の中を、ナイトメアの小さな呟きが響く。
 外れた攻撃が水面に叩く音や魔族達が発する声などにかき消されて、それは誰の耳にも届かなかったものの、代わりにナイトメアが射出した無数の小さな球体が次々と魔族達の下に届き、問答無用で身体を穿っていく。

「がはっ!!」
「あ」
「ぐっ!!」
「・・・え」
「なに、が」

 身体を貫いた衝撃と、じわりと身体に広がる熱を感じた魔族達の攻撃は止み、バシャバシャと大きな音を立てて水柱がそこら中に立ち上がる。

「マダ、マダ、マだまだまだまだまだまだまダ!!! モっト、モっト!!! モっともっともっともっともっト!!!! コれじゃあたりないヨ!!!」

 叫んだナイトメアに呼応するかのように、周囲の死体の山が消滅していく。

「ツぎはあっちだネ!?」

 全ての死体を消滅させたナイトメアは、強い魔力を感じる方へと向けて、風のような速度で沼地を移動していく。
 そして到着した魔族軍の一角の只中で、ナイトメアは大胆にも停止して姿を見せる。

「何者だ!!!」

 突如現れたナイトメアに、周囲の魔族達の間にざわめきが走るも、そこに重い声が発せられ、その揺らいだ空気が引き締まる。
 その声の主へと目を向けたナイトメアは、その魔力の大きさに、裂けたように口角を持ち上げた。

「ミーつけター♪ デモ、キみじゃないナー」

 ナイトメアはその重い声の主である、身長二メートル後半はある大男に楽しげに声を掛ける。

「そうか、それは悪かったな。それで貴様は何者だ?」

 声を掛けられた大男は、毛髪の無い頭部の額辺りから生えている、羽根にも見える二本の触覚のようなモノをゆらゆらと動かして、ナイトメアへと問い掛けた。

「ワたしはないとめあですヨ」
「ナイトメア? 聞かん名だな」
「ソれでいいですヨ。オぼえるひつようはないですかラ」
「そうか。貴様の目的は理解した。では、こちらの名乗りは不要かな?」
「エエ。ヒつようありませんネ」
「了解した。では、死ね」
「フふフ」

 大男の言葉を合図に、周囲の魔族から一斉に攻撃魔法が飛んでくる。しかし、やはりナイトメアには一切の攻撃が通用しない。

「ミたまほうばかりだナー」

 集中砲火の只中で、ナイトメアはつまらなそうに声を出す。

「なるほど。やはり普通の存在では無いか」

 そんなナイトメアを観察した大男は、自分の記憶の中から該当しそうな存在を導き出す。

「・・・スライムの近親種か何かか? ならば、魔力に干渉する攻撃をせねばならないか」

 大男は自分が導き出した結論が正しいかどうかを確かめる為に、近くに居る者へと魔力に干渉する攻撃を行うよう命令した。
 その指示を受けた魔族は、周囲の魔族の攻撃に潜ませるようにして、ナイトメアへと魔力に干渉する攻撃を行う。

「ン? イまおもしろいまほうがあったナー!」

 しかし、それはナイトメアに効果がなかっただけではなく、鋭敏な感覚でその魔法を察知されてしまう。

「普通の攻撃魔法だけではなく、魔力干渉も効果が無い、だと!?」

 それに驚いた大男ではあったが、少し冷静になったところで、僅かにナイトメアに攻撃が通っている事に気がつく。

「・・・どういう事だ? 確かに攻撃は届いているようだが、何故こうも効果が薄い?」

 魔力干渉系の攻撃を継続して行うように指示を出しつつ、観察を続ける。

「やはりスライムの亜種か何かなのだろう。確かに攻撃は届いているようだが・・・いや!」
「フふフ。リかいできたヨ」
「ぐあッ!!」

 大男が何かに気がついた瞬間、近くでナイトメアへと魔力干渉系の攻撃を行使していた魔族が、突如吐血して倒れた。

「何が!?」

 倒れた魔族へと大男が目を向けた時には、同じように魔力干渉系の攻撃を指示していた他の魔族が全て同様に倒れていく。

「モうおわりかナ?」

 攻撃を受けながら、ナイトメアは問い掛けるように周囲を見回す。

「ナラ、ノこりももういらないネ。ツぎはめいさまのおやくにたちなさイ!」

 ナイトメアがそう言い終わると、大男以外の魔族は、糸が切れた人形のように一斉に沼地にその身を沈める。

「貴様! 一体何をした!!」

 大男がナイトメアへと声を張り上げると、ナイトメアは不思議そうに首を傾げた。

「ナにっテ、シゅくふくですヨ」
「祝福?」
「エエ、シゅくふク。ソうあわてなくとモ、アなたもちゃんときゅうさいしますヨ」

 にこりと澄んだ笑みを浮かべるナイトメア。それを目にした大男の背筋に冷たいモノが走る。

「狂信者の類いか! 何の宗教かは知らんが、厄介なものだ。貴様、認識をずらしているだろう?」
「オみごト! オみごト!」

 賛辞と共に数回大きく手を叩くと、ナイトメアは余裕の笑みを向ける。その態度は、知られたところでナイトメアにとっては何の問題ないという事を意味していた。

「ソれデ、アなたはわたしをどうたのしませてくれるノ?」

 ウキウキしたように問い掛けるナイトメアに、大男はナイトメアを観察しながら、正確な距離を測る。

「アア! ソれがあるとじゃまだネ!」
「何を?」

 大男が訝しげな声を上げたところで、周囲に倒れていた魔族達の死体が、元からそこに存在していなかったかのように綺麗に消滅した。

「な、貴様! 我が同胞の遺体に何をする!!」

 魔族の死体が消滅した事に大男は激昂して、ナイトメアへと怒鳴りつける。まるで雷が落ちたかのような威圧感のある大男の怒鳴り声だが、それを向けられたナイトメアは、微塵も動じる事無く楽しげな笑みを浮かべている。

「サァ! ハやくあなたのじつりょくをみせてヨ!」
「お望みとあらば!」

 憤怒を噛み殺したような声と共に、肉食獣の如き獰猛な笑みを浮かべた大男は、身を沈めて水上を滑るような速度でナイトメアとの距離を一気に詰めると、手に魔力を纏わせたまま、速度を落とす事も止まる事もせずに突撃を敢行する。

「距離の認識をずらそうと、詰めてしまえば問題ない!!」

 大男は足を止める事無くナイトメアに手を突き入れると、ナイトメアの胸元辺りを貫通させた。

「オオ! コれはすごいネ!」

 体内に大男の手を飲み込みながら、ナイトメアは目の前に居る大男に笑いかける。

「な! 手応えはあったはずだが!!?」
「ウン。イたいヨー! デモ、ソれじゃあまだとどかないかナー」
「クッ! ならばこのまま!!」

 大男はナイトメアの魔力に同調し、内から破壊しようと試みるが。

「な、何故捉えられない!!」

 大男はナイトメアの魔力と同調しようと探っていくも、そこには確かにナイトメアの魔力があるのに、どう探しても存在しないかのように捉えることが出来ない。

「フふフ。モうおわリ~?」

 調子はずれな笑い声をあげると、ナイトメアは大男に余裕の笑みで問い掛ける。

「クソ!!」

 大男はもう片方の手をナイトメアの頭部へ突き刺すも、ナイトメアは頭部の半分以上で腕を飲み込みながら、特に問題ないように大男を見上げる。大男はそれに悪態をつきつつも、その視線を無視して、ナイトメアの魔力を捉えることに専心していく。

「フふふふふフ~♪」

 必死になってナイトメアを捉えようとしている大男の姿を、当のナイトメアは鼻歌混じりに観察している。

「ガんばレー!」
「ッ!!」

 殺そうとしている相手に応援される屈辱に歯を食い縛るも、大男はただひたすらにナイトメアを殺す事だけに集中していく。

「――――フぁあア~」

 しかし、どれだけ待とうとも進展の見られない大男に、ナイトメアは飽きて欠伸を漏らした。

「モういいかナ~?」
「ガアッ!!!」

 ナイトメアが興味を失った冷めた声でそう言うと、大男は呼吸が出来なくなったかのように苦しみだすが、両手はナイトメアの体内から抜くことが出来ない。

「コうしたかったんでしょオー?」

 力が抜けていく大男へとナイトメアは問い掛けるも、それに対する答えを得られる事無く、大男はナイトメアに両手を突き入れたまま、膝を着いて絶命した。

「ザんねんでしター」

 大男の死体を消滅させたナイトメアは、少し前まで大男の顔があった辺りにそう言葉を投げる。

「サテ、ツぎこそはこのまりょくのもちぬしのところにいかないとナー」

 目的の魔力反応の方へと顔を向けたナイトメアは、沼地の上で一陣の風となる。

しおり