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第三十八話

 俺は絶句していた。

 いやだって、誰だってそうなるでしょ。だって、王城だぞ、王城。この国で一番偉い人が住んでる城だぞ。そんなとこになんだって行かなきゃいけないんだよ。
 全力で拒絶オーラを俺は出すが、セリナがそんなものに動じるはずがない。

「あそこなら宿の手配もいりませんし、食事も設備も最高なものを提供できますしねぇ」
「いやいや、そうじゃないでしょ。王城って誰でも入れるとこじゃないだろうし、俺みたいなの、一発で退場処分だろ」
「嫌ですねぇ、そんなことこの私がさせるわけないじゃないですか」

 セリナは笑顔で言い放った。
 え、いや、いやいやいや。セリナは悪いけど王族でも末端だろ? それなのに、平民でしかない俺を城に入れることのできる権力なんてあるのかよ?

 口には出来ないが、当然の疑問だ。
 すると、後ろで気配が生まれた。否、正確に言えば、隠している気配だ。なるべく人目につかず、一般大衆に混ざろうと装っているもの。
 それは徐々にこちらへ近寄ってきている。

 敵意、はなさそうだな。むしろ嬉しそうだ。

 つまり害はないので放っておくと、その気配はセリナの後ろに立って、「わっ」と声を上げた。

「あら」

 しかし、セリナに驚く様子はなく、ただ振り返るだけだった。
 いやまぁ、気付いてたしな、セリナも。絶対。見た目、ゆるふわ金髪ウェーブでおっとりしたお嬢様然ではあるが、SSR(エスエスレア)である。加えて《ビーストマスター》というS級の固有アビリティまで保持しているのだ。
 とはいえ、声の主からすれば関係ないらしく、がっくりと肩を落としていた。

「むぅ、本当に驚かし甲斐がないな、セリナは」

 困ったように、というか、拗ねた表情を見せながら、主はバリトンボイスを出した。
 背丈は一八〇センチくらいだろうか、かなりの長身で、がっしりした体型だ。全体的に質素な格好をしているが、その実かなり良い素材で作られている。
 年のころは四〇くらいだろか。顔つきも精悍で、ラウンド髭がめっちゃ似合ってる。

 これは、まさか。

 力の限り嫌な予感に突き動かされていると、セリナはため息をついた。

「何をしてるんですか、伯父上」

 伯父上? ってことは、この人、やっぱり王族?
 疑問を抱いていると、シーナが完全に顔を引きつらせていた。俺はそこで察する。
 あー、これは、あー。

「おお、シーナもいたか」
「な、なななな、なな、ななななな」

 男は気さくに話しかけられても、シーナはただ「な」を連発するだけだったが、やがて青白くさせていた表情を真っ赤にさせた。

「なっ! …………んでこんなところにおられるんですかっ」

 大声を出そうとして、シーナは慌てて声を極限にまで小さくさせた。
 この態度、明らかにそうだろう。
 俺は答えを訊くよりも早く正体を見抜いていた。

「どうして、って、王が民衆の様子を見て回るのは当然のことだろう?」

 あ、しれっと自爆しやがりましたよこの人。
 これだけの喧噪なのだから、声を殺せば周囲に聞こえることはないけど。それでも無防備過ぎるだろ。っていうか、あれか、この情報漏洩のダダ漏れ加減、迷いなくシーナの血筋だな。

 俺はスフィリトリアの一件でのシーナの情報漏洩っぷりを思い出して内心で毒づいた。

 っていうか、この人がこの王国のトップ、王様か。
 なんかフツーのオッサンだな。とは第一印象だが、よく観察すると全然違う。
 そこらの冒険者でさえ薙ぎ払えるような鍛え上げられた肉体に、柔和な奥に潜む鋭さ。まるで猛禽のそれを思わせる雰囲気が隠れている。

「まったく、何をしてらっしゃるのですか、あなた」

 そして姿を見せたのは、やはり質素な格好をしているが、かなりの高級素材で身を包む女性だ。金髪もわざと崩しているようで、後頭部に団子を作るように纏めている。さらに化粧さえ一般人に見えるように細工されている。

「おお、我が妻よ。セリナとシーナを見かけたから声をかけたのだ」

 王の妻。つまり王妃。
 なんですか。揃いも揃ってなんでこんなとこにいやがるんですか。
 確かに王都の治安はかなり良さそうで、現世の日本とも差し支えなさそうだ。つか、そんな日本でもトップはそう簡単に表へ出てこれないぞ?

「なぁ、幾ら何でもちょっとおかしすぎやしませんか?」
「……言うな」

 俺のツッコミはシーナには通用するらしく、シーナは沈痛の表情で眉間を押さえていた。
 ちなみに王妃はセリナへ気さくに声をかけていた。

 どうも、シーナとセリナは王妃の妹の子供らしい。って、どこが末端だよ。思いっきり身内じゃねぇか。

 俺は思いっきりシーナを睨みつけるが、シーナはそれどころではないらしい。

「ともあれ、伯父上、伯母上。このままではいけません。人の目についたら大変なことになります。とにかく城へ帰りましょう」

 シーナはすっかり憔悴の見える表情で諫める。
 この様子だと、絶対普段から抜け出してるな、この人ら。

「むう、やっと公務の合間を縫うことができたというのに」
「シーナは硬いわねぇ。そのうち石になるんじゃないかしら」

 いや、むしろあんたらがフリーダム過ぎるんだよ。
 俺は内心でシーナの代弁をしておいた。
 ともあれ、これに乗じて俺はさっさと立ち去ることにしよう。宿の手配もあるし。時間的に考えて、そろそろ宿を取らないと、アホみたいに高いとこか、バカみたいに安くてボロい宿しか取れなくなる。

「そうだ、伯父上、伯母上。紹介しますわ。スフィリトリアの一件でお世話になった、グラナダ様と、その付き人のメイさんです。私とシーナお姉さまの大切な友人ですわ」

 タイミングを見計らおうとしたタイミングで、セリナが俺たちを紹介してくる。
 これは絶対狙ってやりやがったな!
 先手を打たれ、しかも二人の視線を浴びて、俺はどうしようもなくなった。さすがに王と王妃への不敬は即処刑に値するだろう。

「ご紹介に預かりました、グラナダ・アベンジャーです。こっちはメイ。メイ・アルフォンソです」

 俺は一礼をし、メイもそれに従う。

「ほう、君があの……フィルニーアの遺児たちか」

 瞬間、王の声色が変わった。まるでこっちを値踏みするような重さがあった。
 それに耐えていると、ぽん、と肩に手が置かれた。
 頭をあげろ、という意味と受け取ってそうすると、王と王妃は柔和な顔になっていた。

「いや、それは関係ないな。シーナとセリナが世話になった。国を代表して礼を言おう」
「はい。王妃としても礼を尽くさねばなりませんね」

 っておい、いきなり頭を下げるなよっ!?
 なんなの、この国の王は! ホントにおかしいんじゃねぇの!
 俺は慌ててシーナへ諫めるように視線を送るが、何故かシーナは粛々とした表情だった。あれか、これは当然だとでも思ってるのか! おかしいと思え!
 後でたっぷりと抗議してやると思いながら、俺は自分でそう言うことにした。

「そんな、俺は王国の民として当然のことをしたまでです。ですから、どうか頭を」

 そっと声を忍ばせて言うと、二人は申し訳なさそうに頭をあげてくれた。
 ホントあれだな、なんか、地で良い人なんだな。
 王国の統治が良いのもきっとこの人柄が大きく関与してるんじゃないだろうか。

「そうか、済まないな。我々はまだ褒章も与えられていないというのに」

 それは当然だ。
 何故なら、あの一件はスフィリトリアの問題であり、王である彼らは関与していない。むしろ褒章を出す方がおかしい話だ。
 とはいえ、この人はそんな建前が嫌なのだろう。まだ出会って数分だが、篤実な様子はビシビシと伝わってきた。それでいて威厳があるのだから、思わず跪いてしまいそうになる。

「そうだ。あなた。今日はこのお二人を招いて晩餐会をしてみては?」

 ……………………は?

「おお! それは良いアイデアだ」

 いや断れやオッサン。
 さすがにツッコミは入れられないが、俺の内心は完全に荒れていた。

「ああ、ちょうど良かったですねぇ。伯父上、伯母上。私もそれを提案しようとしていたのです」

 すかさずセリナがその案に乗っかる。思わずシーナに助けを求めるが、シーナは諦めろと言わんばかりに首を左右に振るばかりだ。つまり、逃げ道がないってことか。
 俺としてはちょっと良い宿に泊まって、今夜はゆっくりしたい所だったのに。

 ちくしょう、これは理不尽だ。あまりに理不尽だ。

 王城とか王様とか王妃とか、そんな偉い方々を前にして(といってもこの人たちにならそこまでじゃないけど)緊張しないとかありえないし、そもそも城の中は警備がいたり、色んな連中がいたり、心が休まるとは思えない。
 とはいえ、それをセリナに訴えても意味がないことも分かっている。
 何せセリナは俺をそんな王城に連れて行きたがっているからな。もちろん、これは彼女の悪意じゃないことぐらいは分かってる。それでも、それでも、だ。

 俺はぐるぐるして気持ち悪い怒りの行方を求めて、視界の端にあるものを捉えた。

「そうかそうか。セリナもそう言っているし、どうだろう、グラナダ殿、メイ殿」

 きさくな中に断りを許さない色を見せてくる王に向けて、俺は会釈を送る。こうなったら一蓮托生。

「分かりました。せっかくのご厚意ですし、お言葉に甘えます。ですが、俺一人じゃあやはり心細いので、友人を連れてきてもよろしいですか? 道に迷っていたところを助けてくれた友人です」
「おお、そういうことならもちろんだ!」

 人助け、というキーワードに弱いらしい王は、二の返事で了承した。

 というわけで、俺は晩餐会へ招かれる運びとなった。
 王城ではそれはそれは貴賓レベルで取り扱われ、俺たちは客間でも特別室に案内された。
 豪華絢爛な調度品の数々に広い部屋。ぶっちゃけ落ち着かない。トイレが黄金だった時はもうマジで泣きそうになった。

 それから、セリナから正装を渡され、俺たちは着替えて晩餐会へ臨むことになった。
 王と王妃、セリナにシーナ、そして俺たちしかいないテーブル席らしい。
 そんな説明を執事から受けながら、それ専用の間に案内される。道中の廊下も天井も広ければ幅も広いし赤絨毯だし、シャンデリアぶら下がってるし、もう焦る。

「で」

 その中で、口を開いた人物がいる。

「なんで僕まで招待されてるの!?」

 ほとんど悲鳴に近い、それでも小さい声で、俺と同じく正装に身を包んだウルムガルトは訴えてきた。
 あの後、俺の視界の端で

「一蓮托生だ」
「何それ意味わかんないんだけど」

 ウルムガルトからの非難の目線を受けながら、俺は、ふっと笑う。

「諦めろ」
「だからなんでぇ!?」
「決まってるだろ、俺だけ理不尽を味わうなんて卑怯極まりないからだ」
「いやホントに意味わからん!」

 ウルムガルトは頭を抱えて言った。

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