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彫刻と余興6

 作業に入る前に、念のためにもう一度周囲に誰も居ないのを確認する。彫刻しているだけなので別に見られても問題ないのだが、見られたくはないので、人の目には注意を払う。
 大丈夫そうなので、作業を開始する。
 とりあえず、今までの作業で脚の外側は粗削りながらも済んでいるので、次は脚の内側の部分に取り掛かる。
 脚と脚の間の部分を切り離す為に、余白部分を少しずつ削っていく。もう大分薄くはなったが、切り離すにはまだ掛かるな。しかし、作業がし辛いし、脚の部分から少し離れた位置までは、一気に切った方がいいのかな?

「・・・そうだな」

 思いついたことを実行に移す為に、一応一緒に構築していた平刃の小刀に持ち替え、余白を十分に取った範囲を切り取っていく。これは削るよりも切っていきたいので、切れ味上昇の効果を強め、一時的に刃を伸ばす。
 それで感触が手に伝わらないぐらいに容易く刃が吸い込まれていき、簡単に脚と脚の間に空間が出来たことで、脚の感じが出てきた。
 後は付加した切れ味上昇の効果と刃の長さを元に戻し、そのまま平刃の小刀で、切断部分から残した余白を削っていく。

「・・・・・・」

 少しずつ様子を見ながら削っていくと、片脚の部分が何とか削り終わる。

「・・・んー・・・ちょっと、削りすぎた?」

 何となく、予定していた脚の太さよりも細くなっている様な気がして、少しの間その部分を凝視する。これはまだ、許容範囲だろう。
 そういう事にしておいて、もう片方の脚の部分に取り掛かる。左右の大きさを整えないといけないな。
 少し削っては確認していく。左右の大きさも見比べる必要がある。
 そうして削っていき、半ばほどまで削れた辺りで朝になったようで、起きてくる気配を感じて急いで片付けを行う。

「おはようございます」

 何とか片付けが間に合い、起きてきた部隊長に挨拶を行う。
 挨拶を行った後に、部隊長は朝食を取りに一度通路に戻るが、その頃には他の部隊員達が起きてくる。
 それから全員が揃った後に朝食を摂って詰め所を出ると、見回りを開始した。
 しかし、折り返している途中なので、見回るのは平和な防壁の内側だ。多分、今日はギリギリで東門に戻ると思うので、自室で続きをどういう風に行うかを考えていく。
 片脚が少し細くなったので、その辺りを考えないとな。もう片方も引きずられて細くしては、脚の間の空間が変に広がってしまい、見た目が悪くなってしまう。そうなってはやり直しだろう。
 ではどうするかだが、今更脚の形を変えるのも難しいし、片方は予定通りの太さで作るかな。削りすぎたといっても、ほんの少しだけなので、多分大丈夫だと思う。
 そういう事にして、次は足の部分だ。
 靴は特に飾りや柄などの無い簡素な物なのだが、それでも、細かな部分はある。例えば靴と足首の境や、側面の靴底の部分などだ。下衣の裾も意識して彫らなければならないので、その辺りも難しいな。
 後は服の皺や折り目だが、これは少しぐらい付けた方が立体感があるだろう。
 そう考えたところで、一つ閃く。服に動きを取り入れる事で、もう少し動的な感じを取り入れてはどうだろうか? いくら立ち姿でも、風が吹いて少したなびいているような感じを出してもいいだろう。そういう動的な感じを使って、脚が細くなった部分をごまかせないだろうか?
 その考えに、どうだろうかと頭で作りかけの置物の姿を思い浮かべる。幸いというか、まだ片方の余白の部分は少しは残っているので、今ならまだ間に合うかもしれない。しかし、削りすぎてしまった方も、同じように何かしらの動きを取り入れなければ不自然になってしまうだろうから、その辺りの調整が中々に難しい。
 それが終われば、次は上半身だ。
 腕や胴体もだが、手もまた大変そうだし、それが終わったら最後は顔だ。ここが最も細かい作業が必要で、一番難しそうなんだよな。
 完成図は頭の中にはあるので、顔の部分を彫る時は、一度少し描いてから彫る作業に移った方がいいかもしれない。
 そんな事を考えている内に昼になり、一度近くの詰め所に寄って昼休憩を挿む。
 昼食を食べてから食休みを取り、詰め所を出てから整列する。今日中には東門に到着したいからか、昼休憩は少し短めだった。
 整列後に見回りを開始すると、気持ち速めに歩いていく。そうして少しだけ急いだことで、東門へは夕方には到着できた。
 東門前で解散すると、茜色に染まる世界の中、宿舎へと直行する。
 自室にはギギは居なかったが、一度お風呂に入る事にした。
 個室の浴場にはほとんど人が居なかったので、さっさと服を脱いで浴室に入る。
 浴槽に湯を張り、身体を流して湯に浸かる。

「はぁ」

 湯に浸かると自然と息が零れ、浴室に少し反響した。そのままのんびりとした時間を過ごしながら、置物の事を考えていく。
 とりあえず脚の作業だけでも、あと最低数回は必要だろう。少し作業を進めるだけで、結構な時間が掛かってしまっている。それでも、それぐらい必要なのだからしょうがない。
 これも慣れれば、早く彫れるようになるのだろうか? もしもそうなったとしたら、その頃になれば、もう少し巧く彫れるようになっているんだろうな。
 そんなこと想像もつかないが、そうなったら量産出来るようになるだろう。とはいえ、それぐらい出来るようにはなりたいものだ。

「・・・あ」

 ぼんやりと浴室の天井を眺めながらそんな事を考えていると、置物を作る以外にも、まだ本を読んでいなかった事を思い出す。

「・・・まあいいか」

 先日十冊買って、まだ一冊にざっと目を通しただけだ。あと数回は目を通す予定なので、まだ全然読めていない。
 それでも本は逃げないしな。情報の鮮度は落ちるが、ほとんどが実用本の類いなので、そこまで鮮度を気にするような内容ではなかった。なので、今は置物の製作に重点を置くとしよう。
 十分に身体が温まったところでお風呂場を後にする。
 部屋に戻ると、就寝の準備をした後に、周囲を確認して作業に取り掛かる。
 まずは作りかけの置物、平刃と平刃に角度をつけた三角刃の二本の小刀を構築して用意すると、作りかけの置物を手に取り、一度進行具合を確認していく。
 今は脚部を彫っているので、そこを特に確認していくが、この彫りすぎた部分をごまかす為に、どういう風な動きを取り入れればいいだろうか。
 まだ残っているもう片方の余白部分を巧く活用したいが・・・ふむ。片方の脚を少し内側に曲げたように立たせる? しかし、そんな恰好してはいなかったし、なにより、それはなんか違う。
 動きを取り入れるにしても、片方は既に輪郭を彫り終えているから、これ以上は細くすることしか出来ないしな。

「・・・うーん」

 また一から作り直すのは凄く面倒だし・・・下半身部分だけ別で作って付け替えるのもな・・・。

「しょうがない」

 小難しい話は後回しにして、ここは一度普通に彫ってみる事にしよう。その後にでも考えればいいや。
 特に名案も浮かばなかったので、そう言う事にして、残っているもう片方の余白部分を慎重に削っていく。
 今度こそ失敗しないように慎重に削っていき、何とか予定していた太さまで削り終えたので、改めて確認してみる。

「・・・うーん。問題ないと言えば問題ないが、製作者としては気になるな」

 本当に僅かだが、微妙に細い片方の脚に、何か気持ちの悪さを感じてしまう。しかし、そこらに置いていて気になるか? と問われれば、おそらく全く気にはならないだろう。なので、これは自己満足の域でしかない。

「初作品だからと諦めるのもな・・・」

 そう考えつつ、置物を持ったまま手を伸ばして、顔から離して確認してみる。

「ふむ。これ、このままじゃ立ちにくいか」

 そこでやっと、脚だけで直立させるのが難しい事に気がつく。

「下に足場を取り付けないといけないな。そうなると、そこで何かをこの脚の辺りに取りつけられないだろうか?」

 例えば、クリスタロスさんの住んでいる空間は岩を掘った空間なので、足下に岩を置いてみるとか・・・駄目か。脚を隠すほどの大きな岩など邪魔でしかないか。
 ならば他の物だが、あの空間に在る、もしくはクリスタロスさんに関連する物は何か在ったかな?

「・・・そうだな」

 本やお茶、机なんかは流石に小さかったり不自然なので却下だが、もう一つクリスタロスさんに関連するモノが在った。

「フェネクスはどうだろうか?」

 あの変わった姿と憎たらしい顔はよく覚えている。大きさは違うが、あれの小さいのを足元に置くのはどうだろうか? 飼い犬の様な感じで。

「いいかもしれない、が・・・」

 問題は、あの外観の細かさを再現できるかだ。外見は鳥類なので、あの羽毛を再現するのは難しそうだ。

「・・・もういっそ、台所に立っているようにしようかな?」

 そうすれば、下半身は流しに隠せるので、後ろ姿は壁でもつけて見えないようにするというのも手だし、それであれば、今ならまだ間に合う。

「むむむ・・・とりあえず、脚部だけ先に作ってしまうか」

 あれこれ考えても仕方がないので、手を動かす事にした。これからどうするかは、下半身の完成度を見てから考えればいい。それに、どちらにしろ完成させなければならないからな。
 まずは脚の部分の輪郭を整え、服の皺を再現するべく、斜めの短い溝を薄く彫ったり、曲線を彫ってみたりと試していく。途中で刃の角度を変えて、線の太さも変えてみた。
 それをやりすぎない様に注意しながら少し彫り、次は足の部分に取り掛かろうと思ったが、そこで目の端に明かりを捉えたので、そちらに目を向ければ、もう空が白んでいた。あまりにも集中してやっていたので、夜が明けたことにも気づかなかったな。
 まだ時間的には早朝なのでいいが、危うく遅刻してしまうところであった。今度から集中して作業を行う時の為に、何か時刻を報せる仕掛けでも考えないとな。目覚まし時計でもいいが、周囲には分からない仕掛けの方が望ましい。
 とりあえず朝の支度を行いながら、どうしようか考える。魔法で目覚まし時計のように設定した時刻を告げるものを組み上げようかな? それとも、設定した時刻になると振動して知らせてくれる魔法道具とか? もしくは、プラタ達に頼むとかかな? それは流石に気が引けるか。
 なので、どれも仕組みは割と単純なので、魔法道具でも創るとしよう。
 どんなものがいいだろうか? 振動ぐらいじゃ気づかなそうだし・・・そうだな、時間になったら軽く刺激を与えてくるようにでもしようかな? ・・・うん。そういう腕輪でも製作してみることにするか。
 別に凝った造りにする訳でもないので、腕輪を創造するのは直ぐに出来る。なので、まだ時間も少しあることだし、手早く創るとしよう。
 飾り気は全く無く、地味で厚みの無い小さな腕輪を創造し、更に装着している部分の色と同化するような魔法を組み込み、他にも耐久性を上げて、大きさを勝手に調節してくれる魔法も組み込む。
 それらが終わると、肝心の設定した時間になったら起動する魔法を組み込んでいく。その際に起動する魔法は、装着者に微弱な電撃を浴びせるものにしよう。

「さて、これで完成したと思うが・・・」

 手元の創ったばかりの腕輪を左腕に装着すると、大きさが自動的に調節された。それと同時に、腕輪の色が肌の色と同色に変化する。服の袖を腕輪に触れさせてみると、触れた場所が袖と同じ色に変わった。
 最後に時間を計測する機能を組み込むが、別に時計自体を組み込んでいる訳ではないので、ただ設定した時間から零まで数えていくだけの機能だ。
 それで十分だろうが、不便そうであれば、改めて時計を組み込むとしよう。
 次にどれぐらいの電流が流れるかを試す為に、時間を三秒に設定する。

「三、二、一、ッ!」

 設定した時間が経過すると、組み込んだ雷撃が起動して腕に電流が走る。組み込んだ魔法の威力はかなり弱くしていたので、腕に流れた電流は微弱なものだ。しかし、思っていたよりも威力が強かったようで、少し痛かった。なので、威力を調節する。
 調節が終わると、もう一度起動してみた。

「こんなものかな?」

 一瞬ビリっとするぐらいの威力になったので、満足する。これぐらいであれば、集中していても気づく事が出来るだろう。
 数分で腕輪の創造を終えると、朝の支度も終わったので部屋を出る。時間はまだ少し余裕があるな。
 食堂で簡単に朝食を食べ終えると、東門前へ移動する。今日から討伐任務だが、今回は三日の予定だ。
 東門前には既に大分人が集まっていたが、まだ出発の時間ではないので、間に合った。
 軽く挨拶を交わして、時間になるまで雑談行い、大結界を出る。
 平原に出ると、各自好きなように移動を開始した。
 今回ボクは、南へと足を延ばすことにする。南側の境界近くまで目指してみようかな。期限は三日なので、休まなければ、戦いながらでも往復する時間はあるだろう。
 南側の平原も魔物が多いらしいが、強さは東の平原ほどではない。なので、流れてくる魔物が居ても脅威ではない。
 南は森のエルフが強すぎる為に、弱い敵性生物は森を出るしかないのだろう。その分、エルフと縄張りを分けている森の中の敵性生物は、東の森並に強いとかなんとか。
 とはいえ、その敵性生物もエルフに勝てる訳ではない。個では分からないが、森の中に於いて、エルフの群での強さの目安はドラゴン並らしいからな。
 まあ今回は森に用が無いから関係ないが。南のエルフは森から出てこないらしいし、そもそも南にはまだ行かない。
 東の平原を南に向かいながら、その道中で遭遇した魔物を次々狩っていく。また魔物以外の敵性生物と遭遇しないだろうかとは思うが、この辺りではあまり見掛けない。
 しかし、相変わらずこの平原は魔物がいっぱい居るな。生徒や兵士達も大勢平原に出ているというのに、討伐が微妙に追い付いていないようだ。
 少し移動すれば魔物の群れと遭遇するので、討伐数はガンガン稼げているが、東の門では北門での後半の時のように、目標討伐数を達しても、それで討伐任務が終わる訳ではない。
 というよりも、東門での学生の主な任務は、平原での敵性生物討伐らしいからな。それも、一度この平原での討伐任務に就いてみれば理解出来る。これだけ生徒と兵士達が居て、たまに大結界が破られるのだから、むしろまだ少ないぐらいだ。
 戦闘が多いので、移動速度は早くない。三日で往復することを考えれば休みは無いのだが、監督役の魔法使いは大丈夫だろうか? 前回、結局一日一回ぐらい休憩を挿んでいたが、まあ多分大丈夫だろう。訓練された兵士な訳だし、少し顔色が悪い気もするが、そんなに柔ではないと思う。それに、戦闘を行う際には少し立ち止まるので、それで休憩になるだろう。
 そういう訳で、東門を発ってから一日進んで、現在真夜中だ。魔物に時間は関係ないので、いつでも遭遇出来る。途中で砦も見掛けたが、攻め寄せる魔物と戦っていた。平原に出ているので、常に防衛している感じだろうか。
 そんな砦に寄る訳でもなく、一日中ひたすらに進んでいたので、途中で幾度も戦闘を挿んだことで移動速度が出ていなくとも、結構距離を稼げた。やはり昼夜休まず進むというのが功を奏したのだろう。
 それでも、今のままでギリギリかもしれないな。防壁上ではそこまで感じなかったが、平原だと感じが違う。
 しかし、やはり夜中は行動している生徒の数が少ない。その分兵士の数が増えているが、総数でいえば、日中よりは対処している人が減っている。魔物は昼夜関係ないので、その分戦闘回数が増えている。
 大結界の方は、夜の間は大結界周辺を重点的に警邏する部隊が居るので、それで何とかなっているようだ。
 それにしても、先程から周囲の魔物達がこちらに向かって駆けてきている気がするのだが、気のせいだろうか? 小一時間ほどで、ここまでの一日分ぐらいの討伐数が稼げているのだが・・・。

「うーん」

 とりあえず、どれだけ来ようとも敵ではないので、全て返り討ちにしてはいるが、何か魔物を惹きつけるようなものでも持っていたかな? でも日中は問題なかったんだが。それとも、夜間になったら魔物の特性が変わるとか? ・・・うーん、分からないな。
 考えても分からないので、魔物の事は魔物に訊いてみる事にする。このままでは、満足に前へ進めそうにないし。

『シトリー』
『ん? ジュライ様どったのー?』
『訊きたい事があるんだけれども、今時間大丈夫?』
『大丈夫だよー!』
『今もの凄く魔物に襲われているんだけれど、何でか分かる?』
『んー?』

 ボクの問いに、シトリーは怪訝そうな声を上げる。

『ジュライ様は別に襲われてないよー?』
『でも、短時間に結構襲われてるんだけれど・・・』
『んー? それは向かってきているだけだと思うけれど?』
『まぁ、そうとも言えるが』

 それにしては、数が多すぎるような。

『というか、たまたまジュライ様が近くに居るだけで、魔物が目指しているのはジュライ様ではないよ?』
『そうなの? じゃあ、魔物達は何を目指しているの?』
『何って、そりゃあ、ジュライ様の後ろにいる人間だよ?』
『え!?』

 驚きつつ、ボクは後ろを振り返る。

「?」

 そこには、顔色が悪い監督役の魔法使いの男性が付いてきているだけであった。

『この監督役の男性が標的? なんで?』
『そりゃあ、それだけ魔力を垂れ流していたらねぇ。そこら辺の魔物は弱いから、直接魔力を吸収できる恰好の餌な訳だし、御馳走じゃないかな?』

 シトリーの言葉に、改めて監督役の男性に眼を向けると、全身から周囲に漂うように魔力を垂れ流しているのが判る。顔色ばかり窺っていたので気づくのが遅れたが、こんなの、未熟な生徒でももう少しマシだろう。
 昼間までは問題なかったはずなので、どうしたのだろうかと思い、一つ尋ねてみる。

「疲れましたか?」
「え?」

 ボクの問いに、監督役の男性は首を傾げる。

「いえ、周囲に随分と魔力を漂わせているので、お疲れなのかと思いまして」

 ボクのその言葉に、監督役の男性は言葉の意味を理解すると共に、焦ったように自分の身体に眼を向けた。

「うぉ!! 本当だ! すまない、気がつかなかった!!」

 そこで、魔力を垂れ流しているのに気がつき、慌てて魔力を制御する。やはり、疲労で魔力制御がおぼつかないのだろう。しょうがない、境界近くまではいけないが、ここは休憩するとしよう。

「少し休みます」
「・・・すまない」

 男性は恐縮したように頭を下げると、その場に腰掛けた。
 その間、ボクは周囲を警戒する。
 魔力の漏れが減ったとはいえ、直ぐに周囲の魔力が霧散する訳ではない。そこまで濃い魔力ではないが、魔力が周囲の魔力に溶け込むにはもう少し時間が掛かるので、それまでの間に向かってくる魔物の相手をしなければならない。
 休憩している監督役の男性を横目に、押し寄せてくる魔物の相手をしていく。それにしても、何でこんなに疲れているのだろうか? 前回の監督役は、ここまでではなかったのだが、これもまた個人差があるということか。
 こんな事もあるかと諦め、暫くの間休憩していく。
 魔力が霧散して魔物が襲ってこなくなっても、それで一緒に疲れが無くなる訳ではないので、ボクは空を仰ぎ見ながら、彫刻の事を考えつつ時間を潰す。戻ったら続きを彫らないとな。まだ脚の部分さえ終わっていないのだから。
 しかし、彫るのも結構時間が掛かるな。難しいというのもあるが、思うように彫り進められないのも原因か。小刀はいいものを使っていると思うので、単に腕の問題だろうが。
 とはいえ、その分面白いのだが。読書と彫刻だけで一日を過ごしてもいいかもしれない。
 周囲を警戒しつつ色々と考えていると、空の色が大分薄くなる。そろそろ休憩は十分だろう。

「そろそろ先に進んでもいいでしょうか?」
「あ、ああ。問題ない。すまなかった」

 申し訳なさそうにする監督役の男性に、ボクは気にしていないと首を振ると、南へと歩みを進める。
 途中で往復の為に折り返さなければならないので、目標は達せられそうにはないが、それでもそこそこまではいけるだろう。また途中で休憩を挿む事も考えないといけないしな。
 とりあえず、少し余裕をもって昼前には折り返すとして、それまでひたすらに進むとしよう。
 魔物を狩りつつ進み、昼前には折り返す。結局、東門から南の境界近くまでの三分の二ぐらいまでは進むことは出来た。十分だろう。
 それから夜中まで移動し、監督役の男性の疲れがみえてきた辺りで休憩する。少しだけ、人が疲れた時の様子が判ってきたような気がしてきた。
 休憩している間も周囲を警戒するが、止まっていると、魔物はあまり襲っては来ない。もしかしたら、動くと疲れや緊張などで魔力制御が乱れてしまうから見つかりやすくなり、休憩中はそれが少ないから、あまり襲ってこないのかな? でも、警戒しているから緊張はするよな? うーん、難しい。
 とはいえ、魔力制御が乱れるからというのは、あながち間違っていないような気もする。魔物が最も敏感に感知しているのが魔力である以上、そこは考慮しても問題ないだろう。
 そうであれば、もう少し魔力視の精度を上げるのと、周囲の魔力を読み取るのにも慣れなければならないな。そうすれば、原因が解らずとも、魔物が襲ってきやすい状況かどうかの判断ぐらいはつくからな。
 さて、そろそろ休憩もいいだろうか? まだ夜中ではあるが、そろそろ先へと進みたいところだ。

「そろそろ休憩はよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。すまない」

 ボクの言葉に、監督役の男性は申し訳なさそうに頷くと、立ち上がる。
 どうやら、昨夜のことを大分気にしているようだ。まぁ、それも当然だろうが。あんな監督役にあるまじき失態はどう考えても不味い。しかも、たった一日後ろを付いてきただけでだ。
 とはいえ、ボクは大して気にしていないので別にいいのだが、そこは矜持というものでもあるのだろう。なので、そこには触れないようにしつつ、歩みを再開させる。
 昨夜の様な大量の魔物との戦闘が無い分、移動速度は少し上がっているが、日中に比べれば若干速度は落ちている。やはり、平原で敵性生物の討伐を担っている人員が減ると、戦闘回数が僅かに増えてしまうのが原因だろう。
 平原での討伐対象が主に魔物なので、時間は関係ないもんな。この辺りをどうにかする方法はないだろうか?

「・・・ふむ」

 そんな事を思案しつつ進んでいく。
 魔物を防ぐ手立てなど、それこそ視界に映る大結界のように、結界でも張るしかない。それでも確実ではないが。

「・・・うーん」

 そこで何かしら閃きそうな感覚が湧くが、それが中々形にはなってくれない。

「・・・・・・」

 言葉が喉元まで出ている様なもどかしさに苛まれながらも、戦闘と警戒を続けながら思案を継続していく。
 視線を右に左にと泳がせながら、もどかしさの正体を探るが、中々答えには辿り着けない。
 そうこうしているうちに朝になったが、東門を目指しているのは変わらないので、気にせず進んでいく。
 周囲が明るくなる頃には、平原で討伐を始める生徒が増えていくも、それでもまだ足りない。元々日中でもちょっと足りていないのでしょうがないが、まだ砦でのんびりしているのだろう。
 野営をしている生徒もたまに目撃するも、やはり基本は砦に泊まるらしく、野営している生徒はそこまで多くはない。中には夜に動いて、日中のうちに野営をしている生徒も居るが、あれは休めるのだろうか? 眩しいうえに騒がしくて眠れそうもないが、夜間よりは安全かもしれない。

「ふむ」

 そこで不意に思い出す。
 大結界は、その結界により人間界を守護しているものの、結界自体は伸ばし過ぎている為に脆い。それでも一応役目を全う出来ているのは、結界の生成・維持に結界内と結界外周辺の魔力を大量に使っている為に、その部分の魔力濃度が薄くなっているから、魔物をはじめとした敵性生物があまり近寄らない事に。
 そんな中でも東の平原の魔物は元気なものではあるが、討伐が追い付いていない数を考えれば、それでもまだ少ない方だろう。
 ならば、特に魔物が多いこの東の平原では、敢えて周囲の魔力濃度を下げれば、休憩中も襲われにくくなるのではないだろうか? そうすれば、魔力が漏れていても、遮断可能になるような? いや、それとも遮断結界で魔力を外に漏らさない方がいいのか?

「・・・うーむ」

 遮断結界は、防御力よりも内外の流れを絶つ事に重点を置いた結界なので、防御力はあまり期待できない。それこそ、現在の大結界の方がまだ頑丈なぐらいだ。
 それでも、その遮断結界は壊れた際に大きな音が鳴るので、それを利用しての警戒は出来る。しかし、遮断結界なので、内側から周囲の警戒がし難いという難点がある。完全に覆わなければ問題ないかもしれないが、それでは意味がないしな。
 遮断結界を応用して、鳴子代わりに使うという手もあるが、それならまだ、それ用の魔法を使用した方が使いやすそうだ。
 では、周囲の魔力濃度を薄くする場合だが、こちらは少し警戒がし辛くはなるが、遮断結界の時よりは格段に警戒しやすい。
 周囲の魔力濃度を薄くすると言っても、大結界の様な内側まで魔力を吸い取るようなものではなく、部分的に意図的に濃度を下げるだけだ。方法は幾つかあるが、一番簡単なのは、魔法道具で周囲の魔力を使って結界でも起動させることだろうか? 使用する魔力の対象を結界外にすればいいだろうし。
 検証も兼ねて、一考の価値はあるかもしれない。というか、後で創ってみよう。平原では監督役が付くから使いにくいが・・・お守り役とはいえ、邪魔なものだ。報告は、頭上にある監視球体だけで事足りるはずなんだがな。
 まあ文句を言っても仕方が無い。周囲の魔力を使って発動する結界自体は問題ないが、魔法道具が珍しいからな。使うのは少し躊躇われる。

「・・・ふむ?」

 魔法道具は珍しいが、周囲の魔力濃度を下げる分には問題ないか? それならば、普通に魔法を発現させればいいのか。しかし、時間もあまり残っていないので、東門まで休まず進む予定だから、休憩する機会は無いな。残念だが、また次回に挑戦してみよう。それまでに、一応魔法道具の方も創造しておくか。
 それにしても、今回は途中でかなり襲われた影響で、討伐数が凄いことになっている。討伐規定数にはまだ届かないが、あと数回で達成できそうな勢いだ。
 そのまま休まず移動して、日暮れ前には東門に到着できた。終始監督役の男性は、どこか申し訳なさそうにしていたが、正直、討伐数を稼げたのだから問題ない。魔物を釣るやり方も学べたし。使うかどうかは別ではあるが。

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