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ジャニュとオーガスト4

 ボクはセルパンが見てきたという海についての話を聞くことにする。

『それで、海ってどんなところだったの?』
『見渡す限り水を湛えた、とても広い水たまりでした』
『ほぅほぅ。それで?』
『それだけで御座います』
『え?』
『他には・・・そうで御座いますね、塩辛い水で御座いました』
『そうなの?』
『はい。潜ってみましたところ、魚などの水棲生物が多数確認出来ました』
『ほぅほぅ。それは文献通りだな』
『他には・・・ですね・・・』
『うん』
『・・・とても深かったです』
『なるほど』
『・・・水底には植物が生えておりました』
『陸のようだね』
『後は・・・えっと・・・独特のにおいがありました』
『独特のにおい?』
『色々なモノが積み重なったような、時を感じさせるにおいでした』
『時を感じさせるにおい?』

 セルパンの表現に困惑する。時を感じさせるにおいとはどんなのだろうか? 古い納屋の様なかび臭いとか、すえたにおいなのかな? それとも料理にかける液体調味料の様に幾つものにおいが混ざった、重厚で奥深いにおいという意味か?

『・・・申し訳ありません。吾ではそのにおいを言語化する事が困難なようです』

 セルパンは申し訳なさそうな声を出す。

『大丈夫だよ。いつか自分で見に行くから、その時の楽しみに取っておくよ』
『お心遣い感謝致します』

 セルパンの言語能力の基礎はボクのものだ。つまりはボクの能力不足でしかないので、責めることは出来ない。

『他にはどこに行って来たの?』
『海の手前にあった沼地も観光してきました』
『沼地か。確か今は魔族と魚人が争っているんだったか』
『はい。しかし、吾は海側から沼地を観光しましたので、まだ平和なモノでした』
『魔族は森側から攻めているみたいだからね。反対側、魚人の背後からならばそうだろう。むしろ、そこが忙しなかったら魚人も終わりそうだ』
『その魚人は珍奇な姿ではありましたが、中々に強力な戦士達ばかりでありました』

 プラタの話では、魚の身体に人間の手足が生えた姿をしているんだったか。それは確かに珍奇な姿ではあるが、やはり噂通りに強いのか。

『魚人はどうやって戦っているの?』
『少し眺めただけではありますが、魔法の他に三叉の矛を武器に戦っておりました』
『やっぱり魔法が使えるのか』

 人間界の外の世界において、魔法が使えない種族はかなり少ない。それは、魔法が優秀な矛であり盾であるからだ。
 とはいえ、少数ではあるが魔法が使えない種族も存在する。その場合、魔法に代わる武器を持っていた。例えば異形種は魔法がほとんど使えず、個の戦闘力は人間の魔法使いよりも劣る。それでも外の世界に地盤を有していられるのは、その弱さを補って余りあるまでに圧倒的な数の力を備えているが故だ。
 しかし、魚人は身体能力の高さだけではなく魔法も扱えるらしいので、確かに強敵だ。それでも少しずつ魔族に圧されているらしいが。

『他に生き物は居なかったの?』
『沼地に生息している小さな生き物でしたらおりましたが・・・ああそういえば他の魚人とは異なり、全身鱗で覆われた人間の様な身体に、顔だけが魚に近い生き物が海側の沼地に少数居りました』
『へぇ、なんだろう?』

 魚人以外は聞いた事ないな。プラタに訊けば分かるだろうか? 後で訊いてみよう。

『少数ではありましたが、魚人よりも強い戦士の様に感じました』
『ふむ。魚人の王とか、かな?』

 もしかしたらそれは魔物の変異種のように、魚人の変異種なのかもしれない。

『そういえば、王冠のような物を頭に載せておりました』
『なるほど。でも、それは少数居たという全員が?』
『いえ、一体だけです』
『ほぅ。それは興味深いね』

 魔物は変異種が王らしいが、魚人もそんな感じなのだろう。魔族も魔王は強いらしいし、ドラゴンもそんな感じみたいだ。もしかしたら、強くもないのに統治者をやっていけるのは人間ぐらいなのだろうか?

『他に珍しいモノはあった?』
『他に珍しいモノですか・・・そうで御座いますね、海の近くに墓の様な物がありました』
『墓?』
『はい。加工された石で、何か文字のような物が刻まれておりましたが、知らぬ文字故に読む事は出来ませんでした』
『そっか。石碑なのかな?』

 単なる墓にしろ石碑にしろ、気にはなるな。そもそも何故そんな場所に在るのだろうか。魚人が拵えたのかな? 創造したばかりのセルパンが読めないという事は、今のボクでは分からないという事だろうが、何の言語なんだろうか。

『他には特に珍しいモノは在りませんでした』
『そっか。ありがとう、色々教えてくれて』
『いえ、我が主のお役に立てたのであれば、これに勝る喜びはありません』

 それでセルパンとの話を終える。
 それにしても海か、外の世界を自由に旅するのは楽しそうだな。人間界に無いモノが沢山あるだろうし、何よりとても広大な世界なので、人間界がとても小さく思えることだろう。
 まぁそんな世界に思いを馳せるのもいいのだが、まずは目の前の現実からだろう。とりあえず直近ではお披露目会だが、少し視野を広げれば進級、いや学園を卒業するのが目標か。まだまだ先は長いな。
 先に続く道のりが険しいのを再認識したところで時刻を確認すると、いい時間になっていたのでお風呂に入りに行く。それが終わると就寝の準備をして、ボクは眠ることにした。
 そして翌朝目を覚ますも、レイペスはまだ帰ってきていなかった。
 ボクは朝の支度をさっさと済ませると、学園に戻る為に宿舎を後にする。
 まだ明るくなってきて間もない世界を進み、駐屯地を出て駅舎を目指す。
 駅舎自体は、西門の駐屯地同様に駐屯地から少し離れた場所に在るのだが、駐屯地と駅舎との間に少し距離があるのは、人間の支配域が今よりも狭い頃に造られたかららしい。
 その駅舎には誰も居ない。ボクは駅舎内に設置されている長椅子に腰掛けると、独り列車が到着するのを大人しく待つ。
 そうしていると、新たなお客さんが駅舎に入ってくる。
 男子生徒三人と女子生徒五人の計八人だが、全員ジーニアス魔法学園とは違う制服を着ているので、他校生だろう。
 列車は人間界中に張り巡らされているが、ここの駅舎から延びている線路は、主要な魔法学園と東西南北に設置されている門の前に展開する各駐屯地近くの駅舎までで、それらへの専用路線だ。
 つまりは、ジーニアス魔法学園以外の学生が使っていてもなんら不思議ではない。それどころか、たまに兵士達も使用しているらしい。
 その他校生達は、列車待ちしていたボクに気がついて挨拶してきてくれたので、ボクもそれに挨拶を返す。
 互いに挨拶を終えると、列車が来るまで軽い雑談を行った。とはいえ、相手は八人でボクは一人なので、八人それぞれに話を振って一方的な質問攻めにならない様に気を付けた。
 そうして時間が経つと、列車がやってくる。いつもとは反対の方向からの列車なので、ボクの乗る車両ではないだろう。彼らはハンバーグ公国とナン大公国の国境付近の学園生らしいし。
 八人はやってきた列車に乗って先に帰っていく。ボクはそれから少ししてやってきた次の列車に乗ってジーニアス魔法学園へと向かう。
 車内の個室には、例の如くプラタとシトリーが先回りしていた。
 二人に迎え入れられて個室内に入ると、駅舎で待機していた時に戻ってきたばかりのフェンとセルパンに影から出てきてもらう。そうしていると、ゆっくり車両が動き出した。
 五人でいつもの配置でソファーに腰掛け、少しずつ速度が上がっていく車窓の風景に目を向ける。
 暫くそうして流れていく景色に目を向けた後、プラタに昨夜聞いたセルパンの話に出てきた、魚人に混ざっていた少数の変わった存在について質問する。

「それは半魚人で御座いますね」
「半魚人?」
「はい。元々は魚人の変異種で御座いましたが、存在が安定していたようで、今では新たな種族の一つとなっております」
「そうなんだ」
「元が魚人ですので、魚人と半魚人は共生出来ておりますが、半魚人の方が能力が高い為に、現在では半魚人が魚人を統治するようなかたちをとっているようです。それでも魚人が虐げられているというような事は御座いません」
「なるほど。どれぐらい強いの?」
「そうで御座いますね。勿論個体差や地形の得手不得手なども御座いますが、大体魚人一体ですと、目安としましてはエルフ二三人ぐらいでしょうか。半魚人ですと、その倍ぐらいは必要かもしれません」
「倍かぁ。それは大分性能差が出るね」
「はい。ただ、数は圧倒的に魚人の方が多いですが」
「それで均衡を保っていられるのかもね」

 そこまで話したところで、そういえば墓か石碑のような物が海の近くにあったという話を思い出す。

「そういえばさ、海の近くに墓か石碑のような物があったらしいけれど、それが何か分かる?」
「墓か石碑ですか・・・ああ、もしかしたらアレの事でしょうか」
「アレ?」
「正確な年数までは判りませんが、そこに刻まれているのは大分昔の恋の話です」
「へぇー。それはどんな話?」
「遥か昔、その海の周辺には魚人とは違う種族が住んでおりました。その種族のある若者が、海中に住む種族の娘に恋をしたという話で御座います」
「・・・その恋の行方は?」
「この話は悲恋で御座いますれば」
「そっか。でも何でそんな石碑が?」
「・・・アレは石碑でもありますが、どちらかといえば墓の様なモノで御座います」
「墓の様なモノ? ・・・その若者の?」
「はい」
「近くに他にも同族の墓があるの?」
「いいえ。存在しません」
「では、何故その墓だけが在るの?」
「若者の親と若者が恋した娘が、若者を偲んで建てたようです。その墓の下に若者は眠っておりませんが」
「そうなのか」

 当たり前ではあるが、外の世界には外の世界の物語があるんだな。

「因みに、その二つの種族は現在どうなってるの?」
「若者が属していた種族はもう存在しておりません。若者が恋した娘の種族は現在でも海の中で存続しておりますが、住処は移しております」
「ふむ。魚人にでも滅ぼされたの?」
「はい。御明察の通り、魚人との生存競争に敗れました」
「なるほどね。海中には他の種族は居ないの?」
「幾つかの種族が存在していますが、現在は争いらしい争いは起きておりません」
「そうなのか」

 主に魔族が暴れている影響で騒がしい地上とは違うのだな。というか、海の中の暮らしというのはどんな感じなのだろうか? それにはとても興味が湧いたので、海中で動ける魔法を考えてみようかな? 既存の魔法では魔力の消耗が激しいからな。短時間ジッとしている分には問題ないんだが。
 そういう新しい魔法の考察もいいが、今は四人と語らう時間だろう。
 プラタへの質問を終えると、次はフェンに話を聞く。セルパンと交代で昨日の昼頃から今朝まで一日近くボクの影を離れて何処かへと行っていたようだし。

「フェンは今朝まで何処に行ってたの?」
「少し南の森の様子を見てまいりました」
「南の森か」

 南の森には西の森とは違ったエルフが居住しているという。情報が少ない為に何が違うのかは分からないが、周囲の森の中でも強い部類に入るという事だけは伝わっている。

「どんな所だった?」
「西の森とさほど代わり映えしない森で御座いました。ただ、西の森よりは浅い部分が少ない印象で御座いました」
「なるほど、暗い森か。そこに住まうとされているエルフは見かけた?」
「はい。しっかりと観察してまいりました」
「どんな感じだった?」
「見た目は西のエルフと大差ありませんでしたが、全体的に西のエルフよりも強い、というのには納得が出来ました」
「そうなのか。何でそんなに違うんだろう?」

 ボクのそんな疑問に、隣のプラタが答えてくれる。

「南の森を支配しているエルフ達は森の外に出ることを止め、深い森の中でのみ生活しています。元来森の中で本来の強さを発揮出来るエルフではありましたが、住処を森の中、それも深い森に限定した事でそれに適応し、能力が上昇したようです」
「へぇー」
「ただし、その為に深い森の外では一気に弱体してしまい、平原では一般的な人間の魔法使いにすら劣るでしょう。ですので、まともに戦えるのは森の中が精々で御座いましょう。エルフ達もそれを重々承知している為に、絶対に森を出ませんし、森を全力で守護しています」
「ふむ。それで、深い森の中での強さはどれぐらいなの?」
「有利な地形や立ち位置、万全な状態、連携が取れる場合と、あらゆる事がエルフに有利な状況だと仮定いたしまして、単純に戦闘能力だけで比較するのでしたら、南のエルフの軍隊一つで、下級のドラゴン数匹に匹敵します」
「ほぅ」
「ですが前提としまして、ドラゴンが深い森の中で戦っている時点で現実的ではないので、もう少し現実的に比べるとしますと、魔族軍でしたら正規軍の連隊一つも呼ばなければ、制圧はほぼ不可能といったところでしょうか」
「なるほど。森の中では人間に勝ち目がない訳だ」

 南の森にはナン大公国が幾度か遠征したものの、大半が森にも入れなかったとか。人間側が弱かったとはいえ、森の中からの攻撃でもそれだけの強さという事だ。

「そういえば、南の森のエルフも精霊魔法を使うの?」
「はい。精霊魔法はエルフに共通する奥の手の一つで御座いますから」
「ふむ。その精霊魔法は西のエルフと同じモノ?」
「そうで御座います。ただし、南の森のエルフが力を借りている精霊もまた、南の森のエルフ同様に暗き森に住まう精霊でありますれば、西のエルフが力を借りている精霊よりは少し強い精霊で御座います。例によって森の外ではあまり役には立ちませんが」
「へぇー。精霊でもそういう住み分けがあるんだ」

 大きさは違えど、(あまね)く存在出来るのかと思ったが、精霊にも特色があるんだな。

「はい。数少ない例外は妖精の森に住まう精霊ぐらいで御座います」
「なるほどね。妖精の森は万能なんだ」
「妖精が守護する地ですので」

 何処となく自慢するような感じのプラタ。やはり己が故郷は誇らしいのだろう。

「それで、他には何かあった? フェン」

 森とエルフについては聞いたが、他には何か面白い事があっただろうか?

「西のエルフと違い、南の森のエルフ達は寄り集まり一つの集合体を築いておりました」
「なるほど。西だと幾つも集落がある感じだったもんね」
「その為に、少数のみならず多数での連携も得意としているようで御座いました」
「ふむ。同じ種族でも全然違うな」

 所変われば品変わるとはよく言ったものだ。

「居住環境は木の上や木の洞の中で、地面の上では暮らしておらず、見た限りは西のエルフと似たようなモノでありました」
「そうか」
「しかし、南のエルフの支配地域には強力な結界が張られておりました。それも支配地域全体と深い森に居住地域と何重にも」
「結界への出入りは?」
「エルフは自由に出入り可能な特殊な結界のようです」
「ほぅ。それは中々に興味深いな。でも、フェンは入れたんだよね?」
「小生の影渡りを防げるほどに強力なものではありませんでしたので」
「そうか。結界も過信は出来ないな」

 フェンほどの強者を防げる結界などそうはないだろうが、気がついたら内部に侵入されていたとか悪夢だろうな。
 いやその前に、影渡りを防ぐ結界ってどんな結界なのだろうか。影渡りを防げたら転移も防げそうだな。

「そういえばプラタ」
「何で御座いましょうか?」
「南の森にはナイアードみたいな上位精霊は存在するの?」
「はい。存在致します」
「そうなんだ」

 森にはどこにでも上位精霊が存在するのだろうか?

「アルセイドという精霊でして、南のエルフが住まう深い森でのみ存在出来る精霊で御座います」
「南の森の守護神?」
「そうで御座います」
「フェンはそのアルセイドって精霊を目にした?」
「いえ、生憎と出会う機会はありませんでした」
「そうか」

 もしかして見えなかったのだろうか? いや、ナイアードは精霊の眼無しでも見えるらしいから、大丈夫だと思うけれど、どうなんだろう?

「アルセイドはナイアードみたいに普通でも見えるの?」
「見えます。ただし、ナイアードも含めて姿を消すことも可能です」
「ふむ。なるほど」

 流石は上位精霊といったところか。まぁ今回はただ単に縁がなかっただけの可能性の方が高いと思うんだけれど。

「他には何か気になる事はあった?」
「いえ、他には西の森やそこに住まうエルフと違うところは確認出来ませんでした」
「そうか。でも、住居の様子やエルフが強いのが分かっただけも大収穫だろう。それに何重もの結界は重要な情報だ」

 南の森やそこに住むエルフについては、人間側にはほとんど情報がない。なので、フェンの話は十分貴重な情報であった。・・・プラタは既に知っていたようだが、南の森のエルフについては訊いた事がなかったしな。

「それと、南の森の上位精霊であるアルセイドは人間では知り得なかった情報だからね」

 西の森に居たナイアード曰く、精霊は人間には視ることが出来ず、上位精霊も人間の前では姿をみせないらしい。プラタは全ての精霊がそうではないと言っていたが、近い森同士ならば同じ対応をする可能性が高い。
 まぁアルセイドの存在が知れたのはプラタのおかげではあるが、知ることになったきっかけは、フェンが南の森について語ってくれたからだ。

「それにしても、知れば知るほど人間じゃ勝てそうにない相手だな」
「我が主でしたら可能でしょう」
「んーそれは分からないけれど、侵略に興味はないな。南のエルフやアルセイドには少し興味があるけれど・・・あとその特殊な結界も調べてみたいな」

 それは世界の眼を用いれば可能だろうが、今は練習がてら変異種の監視に使っているし、何よりそれは少々無粋な気がしている。必要ならば実行に移すが、今は必要ではない。

「とはいえ、南の森に入るのはまだ先だしな」

 南の森に入れるのは九年生からだ。それでも、エルフの支配地域から外れた端の方を探索するだけだ。西の森同様に、別に南の森全域がエルフの支配地域という訳ではないのだから。
 それにプラタの話通りであれば、基本的に南のエルフは深い森から出てこないらしいので、比較的安全といえた。それでも比較的でしかないが。人間では絶対に勝てそうにないので、遭遇したら確実に始末される訳だし。
 少なくとも、南の門の警固任務に就く五年生までは無縁の地だな。それまでに少しぐらいは情報を集めておこう。

「だからそれよりも、だ。そろそろ雲行きが怪しくなってきた北の森の変異種についての方がいまは先決だな」

 変異種を追っている魔族の動きに少し変化が出てきていた。
 今までは包囲するような動きながらも、ある程度の距離を保って追っていたのだが、しかし最近はその距離を縮めているようで、数日中にでも戦闘が起きそうなきな臭さがあった。
 前に東の森で変異種と魔物が戦闘になった際に東の門へと流れ弾が飛んできたのだから、今回もその辺りを注意しておかねばならない。

「監視は続けております」
「うん。引き続きお願いね」
「畏まりました」

 プラタとシトリーが監視しているので大丈夫だとは思うし、一応ボクも監視しているので何かあったらすぐにわかると思うけれど、それでも気にはなった。
 それからも会話を続けていると、直ぐに夜になる。
 ボクは時間に余裕がある内に眠っておこうと思い、四人に寝る事を伝えて睡眠を取った。やはり人間眠れる時ぐらいは眠っておかないとな。
 それから暫くの間睡眠を取ると、ボクは目を覚ます。
 まだ暗いままの窓に向けた目を時計に移して現在の時刻を確認すると、その時計の時針が指す時刻的には、今は一応朝と言えた。もうすぐ一気に明るくなるだろう。
 それから程なくして、外が大分明るくなってきた頃には学園に着くが、今日は何をしようかな? クリスタロスさんの所に顔を出すにしても、訓練か雑談か語学かでプラタとシトリーを連れていくかどうかが変わってくる。

「ふぁ」

 起きて間もないからか、小さく欠伸が漏れる。
 とりあえず、初日は何をするにしても一人でクリスタロスさんの所に向かうとするか。
 それからジーニアス魔法学園近くの駅舎に到着するまでの短い時間、四人と会話を楽しんだ。





 プラタとシトリーに迎えられてジーニアス魔法学園の自室に入ると、二人に留守番を頼んで、クリスタロスさんの所へと独りで転移する。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 転移すると、いつも通りにクリスタロスさんに出迎えられた。

「今日もお世話になります」

 二人でクリスタロスさんの部屋まで移動して、いつもの席でクリスタロスさんに淹れてもらったお茶を一口飲む。

「今日は天使の言語を教えてほしいのですが」

 雑談でもよかったが、習熟度合いが心許ない天使の扱う言語を教えてもらう事にした。
 残念ながらまだ使う予定は全くないものの、先に何が待っているか分からないのだから、出来ることは今の内にやっておきたい。

「勿論いいですよ。では、早速始めますか?」
「是非お願いします」
「分かりました」

 クリスタロスさんは快諾してくれると、早速前回のおさらいを簡単に行う。
 それを早めに終わらせると、次へと進んでくれる。
 天使語は少々特殊な言語なので、修得が難しい。プラタとシトリーから習っている魔族語も難しくはあるが、人間の扱う言語との共通点が多いので、こちらほど難解ではない。
 しかし、そうも言ってはいられない。修得したいならば、解らないで終わらせずに理解しようと努めなければならないのだから。
 ボクはクリスタロスさんの言葉に集中して耳を傾けると、身に付くように自分なりに努力する。
 そうしてクリスタロスさんから天使語を教えてもらいながら、ジーニアス魔法学園での初日は過ぎていった。





 ジーニアス魔法学園に戻ってきて二日目の朝。いつも通りにシトリーの抱き枕となり、プラタがその反対側で横になってこちらを見ている。
 まずは眠らないプラタに起床の挨拶をしてから、シトリーを丁寧に剥がす。
 そうすると直ぐにシトリーは起床するので、朝の挨拶を交わした。
 その後に朝の支度を済ませると、プラタとシトリーに見送られて自室を出る。
 食堂に寄って朝食を摂ると、今回は教室ではなく訓練所に移動した。
 訓練所では他の三年生パーティー三組と合同訓練を行う。どのパーティーも五六人と少数ではあるが、それが三組も集まればそれなりの数になる。
 訓練所自体は広いので問題はないが、まだ授業が始まっていないので、それぞれのパーティー内での会話や、パーティー同士での交流などで賑やかなものであった。
 そういう中には、決まってボクに話し掛けてくるような奇特な人が一人はいるもので、授業が始まる前に既に疲弊してしまう。
 そうこうしている内に、本日の授業の担当教諭達が訓練所内に入ってくる。ボクも入れて四組だからか、教諭もまた四人だった。その中にバンガローズ教諭も含まれているので、三年生の間は彼女がボクの担当教諭なのかもしれない。
 訓練所に入ってきた教諭達の指示のもと、ボク達は行動を開始する。
 最初は北門側で姿を見かける各敵性生物に対処がしやすい魔法や使い方について指導を受けた。
 パーティーの生徒は連携も指導されるが、ボクはその間、バンガローズ教諭の個人指導を受けた。といっても、バンガローズ教諭はボクが北の森でもやっていけるのを知っているので、北門での敵性生物対策ではなく、単純に魔法の鍛錬であったが。
 そんな事をやっている内に時間がきて授業が終わる。
 訓練所からは大食堂が近いので、一度寄って昼食を摂る事にした。
 食堂に寄って昼食を摂ったあと自室に戻ると、プラタとシトリーに迎えられる。
 今日はクリスタロスさんのところで雑談と訓練を半々やろうかと思うので、時間的には丁度いい。
 プラタとシトリーを近くに呼んで転移装置を起動させると、ボク達は二番目のダンジョンの奥に到着した。

「いらっしゃいませ」

 到着と同時に、クリスタロスさんに柔らかな声音と共に出迎えられる。
 それに挨拶を返すと、クリスタロスさんを先頭にクリスタロスさんの部屋へと移動した。
 もう慣れたもので、勝手知ったる何とやらとばかりにボクはいつもの席に腰掛け、クリスタロスさんも軽く手振りで椅子を勧めただけで、何も言わずにお茶を淹れに奥へと消える。プラタとシトリーはボクの両隣の席に座った。
 暫くしてクリスタロスさんがお茶を淹れた湯呑を持ってきてくれる。
 それぞれの前にお茶が置かれると、クリスタロスさんもボクの正面の席に腰を落ち着けた。
 話を始める前に口を潤そうと、目の前に置かれたそのお茶を啜る。クリスタロスさんはお茶を淹れるのが上手なので、相変わらずお茶が美味しい。
 お茶を飲んで一息つくと、クリスタロスさんと雑談を交わす。
 内容は主に前回雑談を交わした後の出来事だが、今回はそこまで面白い話は多くはない。しかし、それでもクリスタロスさんは嬉しそうに楽しそうに笑みを浮かべたまま聞いていた。
 とはいえ、一方的に話すわけではない。時折外の話や昔の話を質問してみたりして、クリスタロスさんと会話をする。それが終わる頃には夕方になっていた。
 クリスタロスさんに許可を得てから訓練所を借りると、訓練所へとクリスタロスさんの案内で移動する。
 訓練所に到着するとクリスタロスさんは自室へと戻っていった。
 さて、何の訓練をしようかな。・・・戦闘訓練をしたいが、プラタもシトリーもフェンもセルパンも訓練だとしても頑なにボクに攻撃してくれないからな。
 逆にボクが攻撃をする分には多分問題ない。この面子だとちゃんと防いでくれるだろう。つまりは攻撃の練習は出来るが、防御の訓練は出来ないという事か。
 兄さんのように分身体を生成して訓練相手にすればいいのだろうが、そもそも分身体を生成するにはどうすればいいのだろうか? 分身体を生み出せるシトリーに訊いてみればどうにかなるかな? でも、兄さんのはほとんど生き写しで能力も互角のようだったから、シトリーに訊いてもあそこまでは難しいか。

「ふむ」

 どうしたものかと頭を悩ませる。別に戦闘訓練だけが全てでは無いが、それでも相手が居た方が訓練もはかどりそうな気もする。
 暫く考え、とりあえず防御障壁を張って一人で訓練をする事に決めた。
 まずは魔法に特化した防御障壁を内向きに展開する。

「・・・・・・!!」

 そこで閃く。天啓という程大仰なモノではないが、単独でもそれなりに訓練になりそうな案が頭に浮かぶ。
 その案に従い、ボクは先程張った魔法障壁に反射特性を付与させる。こうする事で、攻撃しながら反射してきた魔法を防ぐという防御も出来る。反射の性能はこの前創った魔法道具で軽く確認しているからな。
 しっかり事前準備を整えると、ボクは防御障壁から適度な距離を取って早速攻撃魔法を発現させることにする。
 反射の最終確認の為に最初に発現する魔法は、やはり魔法の基本である基礎魔法が相応しいだろう。

しおり