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思い出す、負の記憶

「おとーさん!」

「よしよし、学校はどうだったかい? 結羅」

父が帰ってくると子供はドタドタと足音を立てて玄関まで走り、父親に抱きついた。父親はその子供を撫でてやる。

「たのしかった!」

「よしよし」

あの頃はいささか無垢だったのかもしれない。
まだ、父親が帰ってくる頃は。

これは、主人公の針野結羅のどこにでも<なりうる>過去の話である──
父は、結羅が小学2年生になってすぐに、姿を消した。

「おとーさんはどうしてかえってこないの?」

「……今は旅をしているのよ」

少年の無垢な質問に言葉を濁す母親。
少年は「どうしたのかな?」くらいは思ったであろうが、今は父親よりもゲームが大事だったのかもしれない、すぐにテレビと向き合いコントローラを持った。



その日から、母はため息を多くつくようになった。
食事の量も少なくなった。
そして、あまり家に帰ってこなくなった。

しかし少年としては好都合で、「おかーさんにしかられずともずっとゲームができる」という感情のみであったので、その時は母親のことなどどうとも思っていなかった。
そう、その時は。






父が帰ってこなくなり、母の帰りが遅くなる訳がわかったのは、小学五年生の頃であった。
そうすると必然的に。
父が逮捕され、そして死刑の判決が下ったのは、俺が小学五年生の時であった。

父の死刑が決まったその瞬間、俺の父と思わしき無精髭を生やした痩せ気味の男は叫びを上げた。
母は泣き崩れた。



「……あなたは」

裁判所から出る時、母は俺の肩を掴んで言った。
肩をつかむ手は非常に強く、肩の骨が折れそうだった。
そして母は泣きながら言うのだ。

「あなたがこの世で1番いい子なんだから、しっかり勉強して、全てにおいて1番になるのよ」

この敵だらけの状況を打開するために。
このクズだらけの状況を打開するために。








彼はそれから、猫を被った。
そう、母の言った通りの<この世で1番いい子>になるために。

そのうち勉強していくと、父の捕まった理由、そして死刑となった決め手が少年に分かるように頭に入ってきた。
父の容疑は<殺人及び強姦>である。それも10人の女を同じ手段で乱暴し、殺してきたという。




それを見てしまった少年の目には、紅いナニカがあった。
それは、失望。
それは、憎悪。
それは、憤怒。
それは、絶望。
それは、殺意。
それは──







「ハァ……ハァ……」

手には金属バット。
ベコベコに凹んだ机や本棚。
穴の空いた障子。

「……くそったれが……」








その後、必死に勉強し、走り、狙い、母の言った<この世で1番いい子>になるために、努力を続けた。

「結羅ー、おはよー」

「おはよー、雪風」

雪風と出会ったのもここら辺だ。彼女は万人に優しく、女神のような微笑みを振りまくいわば<天使>であった。
その頃には、学校も転校していたし、苗字も棚原から針野になり、いつも通りの日常が戻った──


と、結羅自身も母も確信していたのだろう。
しかし、そんな希望は神は許してくれないようだ。
神は、天誅を下した。
結羅に天誅を下した。
<人格破綻>という、天誅をだ──







「申し訳ございませんでした!」

警察官のお偉いさんだろうか。そんな人たちが一人残らず俺に土下座をした。
母はその日は仕事だったので、「1人で行ってこい」と言った感じで埼玉は秩父からはるばる東京のど真ん中まで一人で行き、一人で警視庁へ入ったら誘導され、書類を渡されてこの始末だ。

最高に意味が分からない。

「あの……どういう意味でしょうか」

「部下の不手際によりッ! あなたの父、<棚原一也>は冤罪ながらも部下の拷問のごとき取り調べやでたらめなDNA検査などにより罪を被せられッ!父を死に追いやってしまったこと、そしてあなたや母親様に多大なるご迷惑をおかけしてしまった事ッ!本当に申し訳ございませんでしたッ!」








1歩仰け反り、そして後ろの椅子に倒れるように座った。

「それって……」

ダメだ、思考が追いつかない。

「賠償金は沢山ご用意したので! どうか裁判だけは勘弁を……!」

金で釣っているのか?
頭が回らなくともそれは分かった。

「お願いします!」

と土下座をする警察官一同。
俺1人だと戦える気はしないが……やるか。
見せしめたい。
苦しめたい。
だって、この俺が苦しんだんだよ?
それなのに低脳ゴミ野郎のこの警察官一同に金で釣られている俺を主観的に見ても客観的に見ても腹が立つ。

「いらないです」

警察一同の顔がパッと輝く。

俺はスマホで賄賂の書類の写真を撮り、帰った。

「法廷で会いましょう」








結局、数千万単位の賠償金を貰った。あの時、警視庁に賄賂として渡されたのは500万であったので、だいぶ貰った。

しかし、心の中で何かが毎日のように訴えている。
人間なんて信用しちゃいけないんだと。
もう、いい人なんてやめちまえ、と。

「あぁ、そうだな」



人間馬鹿ばかり。
信じる俺も、馬鹿だったんだ。








「ねぇ……今日、放課後、教室にいてて」

ある日、雪風にそう言われた。
結羅はテレビなど見なく、むしろ永遠と戦争のゲームやRPGだのをやっていたので、そういうのには無縁だった。

ので、

「あ、うんいいけど」

と、そんな無垢な答えを出した。それが唯一、結羅の無垢な点だったのかもしれない。


放課後。

「どうしたの?」

「あの……私……あなたが……好きなの」

かなりの間を開けてそう言われた。
動揺はした。
が。

雪風はお金持ちだったはず。
そんなのと付き合えるなんて幸福。

信用はしない。
利用する。


「じゃあ、付き合おう」






そうは言っても。

やっぱり俺は雪風、いや春海を好いていたのかもしれない。
春海には色々と話したものだ。










「……なるほど」

リーベは俺の顔をまっすぐ見て、そう言った。

「大丈夫です。ボクはあなたを信用しているので、ね」

体に電流が流れる感覚がした。
そうして自室へ戻っていくリーベの口角が上がっていることにも気付かず──














「何を固まっちゃってんだよ」

リーベは自室へ入るとベッドに飛び込み、頭を布団でくるんだ。

「絶対、殺してやるんだから──針野結羅」

団長を目の前で殺されて、仇を討たない人間がいるのかどうか。

「見ててね団長……ボクが、殺すから……に、ひひ」

そのリーベの笑みは、この上なく不敵で、悪役で、憎悪に満ちた笑いであった。

ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」

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