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西門警固6

 増援が来るまでの間、残った僕達は家の周囲や地下への扉を警戒する。闇の中から向けられている視線は依然として多い。とはいえ、大半が観察するようなもの。しかし、中には悪意や焦りのようなものを感じる。
 そんな視線に晒されながらも、増援が来るのをその場で暫く待つ。
 視線は感じるものの、警備部隊が一緒だからか大きな動きはない。小さな、何やら相談するような動きはあるようだが。
 そんな動きも、増援が到着した事で更に闇の中に潜む。何か仕掛けてくるつもりはないらしい。奴隷売買の関係者だったのかな?
 警備部隊長は到着した増援に状況を説明し、それが終わると見張りの交代を指示して、僕達は確保した五人の住民を連れて一度兵舎へと戻る事になった。
 帰りもみんな無言であったが、そこには緊張以外にも疲労と困惑の雰囲気が感じられた。
 魔物が街中に居た事、それを匿っていたらしき住人、それらの出所や所属に地下についてなどなど、調べなければならない事は山ほどある。まぁ、僕はそのほとんどの答えを知っているんだけれど、話すつもりはない。情報の出所の説明が面倒だし。
 兵舎に戻ると、捕らえた五人を他の兵士に引き渡して警備任務は終了となる。
 解散の間際に警備部隊長が魔物の存在を発見した男子生徒を褒めたので、僕はそれに全力で乗っかった。
 男子生徒は真実を話そうとしていたが、この男子生徒は押しに弱いとみたので、褒め称えながら周囲をそれとなく扇動してみんなで褒めると、暫く「あの、あの」 と言っていたが、直ぐに黙ってその賞賛を受け入れたのだった。僕も同じ事をやられたら同じ反応するだろうから、狙い通りにいってよかったよ。
 男子生徒には悪い事をしたが、小さいとはいえ功績を得られたのだからそれで赦して欲しいものだ。大層な事ではないので、実力にそぐわない功績という事にはならないだろうし。
 解散後、夜中だったのでそのまま駐屯地に戻るのではなく、西門街の警備兵用の宿舎にある空き部屋を宛がわれるらしいので、駐屯地に帰るのは明日の朝になりそうだ。
 兵士に案内された部屋は個室であった。
 広くはないものの、実家の僕の部屋よりは広いので十分すぎる。置かれている家具は簡素なベッドのみで、天井近くの壁に採光用の小窓が設置されている。
 食堂についても案内があったが、明日も早いので僕は早々に寝る事にした。
 そして翌朝。見慣れない天井を視界に収め、昨夜のことを思い出す。その天井近くにある小窓から見える空は暗い。太陽がまだあまり昇っていないというのもあるが、どうやら雲の量が多いようだ。
 僕は上体を起こすと、宿舎の外に眼を向けてみる。そこには兵士達が忙しそうに動き回っている。昨夜の地下の事で忙しいのかもしれない。
 時間的には朝と言える時間なので、僕は食堂へ行くことにする。
 朝食を終えたら駐屯地に戻る予定だが、特別な理由がない限り、原則個別ではなく西門街の警備任務に就いた生徒全員で一緒に帰らなければならないらしい。面倒ではあるが、一応規則なので従っておく。別に今のところ面倒以外に規則を破る理由も無いしな。
 とりあえず食堂へと移動する事にする。
 宿舎を出ると、兵士が忙しなく行き来しているのを肉眼で確認出来た。そんな兵士を横目に、僕は食堂へ悠々と歩いて移動する。
 やはり忙しいからか、近くにある食堂にはほとんど人が居なかった。生徒の姿も見当たらないので、朝食を終えても直ぐには帰れないだろう。一応集合時間のようなものが伝えられているが、それはそれまでに集まらなければならないという最終的な集合時間だ。その前に帰っても何の問題も無いし、むしろそうするべきなのだが、よもや誰も居ないとは思わなかった。集合場所に居るのかな?
 僕は貰った硬く黒いパンを齧りながら、早く帰りたいものだと息を吐く。駐屯地に戻っても、僕は休みではないのだ。
 今日の予定は防壁の点検・補修への同行。主に魔法での補佐らしいが、このまま待ってて間に合うのだろうか? 食べ終わったら僕だけ先に帰っていいか尋ねに行く事にしよう。
 いつも通りにパンの最後の一口を水で流し込むと、僕は席を立つ。使った食器類を返却すると、兵舎へと向かう。
 西門街の警備に来たばかりの時にここの責任者とは会っているので、直談判しに行く事にする。
 途中で前を通った集合場所を確認してから責任者が居る兵舎に行くと、すんなりと会う事が出来た。とはいえ、忙しいので本当に僅かな時間しかもらえなかったが、十分だ。

「それで? どんな要件だ?」

 西門街の警備責任者である、神経質そうな雰囲気の細身の男性は、僕が部屋に入るなりそう問い掛けてくる。

「はい。私は本日も駐屯地で任務が在りますので、先に駐屯地に戻ってもよろしいでしょうか?」
「他の生徒は?」
「宿舎を出て、食堂に寄ってからここに来ましたが一人も目にしていません。途中で確認した集合場所にも誰も居ませんでした」

 僕の報告に、責任者の男性は一度時計を確認する。

「こんな時間でもまだ寝てるのか。最終的な集合時間まではまだあるとはいえ、相変わらずここに来る生徒達は腑抜けているな」

 時計を見ながら責任者の男性はそう呟くと、視線を僕の方に向ける。

「そういう事ならば許可する。仕事に遅れるなどあってはならない事だからな。他に何かあるか?」
「いえ。私の用件はそれだけです」
「そうか。では話は終わりだな」
「はい。私の話をお聞き入れいただき、ありがとうございました」

 僕は一礼して部屋を出ていくと、忘れ物はないのでそのまま宿舎には戻らず西門の外に出る。朝になったばかりではあるが、少々急いだほうが賢明だろう。





 西門街から急いで戻ったおかげで、まだギリギリ朝と言えるぐらいの時間で到着する。
 荷物が全て手元にあるというのは非常に便利だ。一々部屋に戻らなくていいのだから。
 集合場所の西門前に行くと、既に全員揃っていた。時間的にはほぼ予定通りなので一応遅刻ではない。

「やっと集まったか。では行くぞ」

 僕が合流した事を確認すると、不愛想な短髪の女性が疲れた様な呆れた様な声音でそう口にした。
 その女性を先頭に移動を開始する。遅刻はしていないのだが、ギリギリだったからな。それでもそこまで露骨に不機嫌にならなくても。
 部隊の人数は僕も含めて二十五人。大所帯だが、兵士が手にしている荷物は大きく、それでいて数があるようなのでそのせいだろう。
 壁伝いに西門から北へと移動する。
 欠損部分がないかと壁に目を向けながら、補修の要請があった地点を目指す。今回の補修個所は二ヵ所。僕以外の生徒は三人だが、全員どこか重苦しそうな表情をしている。原因は先頭を行く件の気難しそうな女性が発する息苦しい空気。
 周囲の兵士が平気な顔をしているのは、慣れていてるからだろうか。まぁ僕は別に気にならないからいいのだけれども。例え僕が原因だったとしても。
 とはいえ、時間が経つにつれて三人の生徒が不憫に思えてきた。目的地まではもう少し掛かる。
 いつまでも変わらない女性の雰囲気に、もしかしたらこういう女性なのではないかと思えてきた。どうでもいい事だが。
 それから昼を過ぎても休むことなく進み続ける。幸いと曇り空なので、晴天の日に比べれば多少はマシだ。それにしても、僕は昼食を食べなくても何の問題もないのだが、三人の生徒は大丈夫だろうか? 兵士は慣れているだろうから支障がないのかもしれないが。
 重そうな荷物を持っている割には平気そうな兵士の人達に感心しつつ進むと、やっと目的の個所に到着する。
 要請のあった防壁の部分には、何か硬いものでもぶつけたような放射状のヒビが数ヵ所入っている。硬化の魔法が掛かっているというのに酷い有様だったが、よく視ると硬化の魔法がかなり弱っていた。維持の魔法は主に壁の位置関係に効いているようで、今回のような事にはほとんど効果がない。あるとすれば割れても崩れない程度のものだ。

「人為的なものだな。面倒な事をする奴が居たものだ」

 そのヒビを確認した女性が、頭をガリガリと掻きながら心底面倒くさそうに呟く。

「この壁が我らを守っているというのに!」

 近くに居た兵士の少し怒りの籠った言葉を聞いた女性は、それを鼻で笑う。

「ハッ、こんな壁が何の役に立つというのか。大結界が破られた時点で人間は終わりだよ。この壁は人間の領地を主張するのと監視程度にしか役に立たん」

 防壁修繕の準備をしながら、女性はくだらないとばかりにそう口にした。

「ですが――」
「口だけじゃなく手も動かせ」

 なおも何か言葉を紡ごうとした兵士に、女性は苛立ち混じりにそう注意する。そんな様子を横目に、僕は他の兵士の人達の指示に従いながら準備を手伝う。
 準備が終わると、生徒を含む魔法使い組が修繕をする技術者と道具を修繕個所まで風系統の魔法で持ち上げる。
 修繕個所に到着すると、女性を含む技術者達が修繕に取り掛かった。

「凄いな」

 魔法の様に修復していくその光景は鮮やかなもので、そんな言葉が漏れる。特に常に不機嫌そうな女性の技術は群を抜いている。まるで撫でただけでヒビが消えたかのような錯覚を覚えるほどの早業で、修繕していく速度は作業をしている他の技術者の倍以上。正直、この女性一人で修繕は十分な気がしてくる。
 それから程なくして修繕が終わり、合図を受けて修繕をしていた技術者と道具が下ろされる。

「さ、次に行くぞ」
「そろそろ少し休憩を挿みませんか?」

 道具を片付けると、もう一ヵ所ある修繕個所へと向かおうとする女性に、兵士の一人がそう言って引き留めた。

「あ? なんだ、もうばてたのか。しょうがないな、さっさと休め。今日中にこっち方面の補修は終わらせたいから、そんなに時間は取らんぞ」

 相変わらず不機嫌そうではあったが、あっさり休憩を認めて女性は壁に寄りかかるように腰を下ろす。
 それを確認した周囲もそれぞれ休憩に入ると、ほとんどが遅い昼食を食べ始めていた。
 僕は適当に腰を下ろしながら、見えない様に構築した水筒から水を飲む。
 それにしても、いいものが見れた。修繕を終えた壁を見上げながら、事前に知らなければどこを修繕したのか分からないなと、その技術に改めて感心する。
 そのまま視線を防壁に寄りかかるようにして座っている女性に向ける。気難しそうな表情で地面を見つめているその女性が、先程の素晴らしい補修技術を見せた人物と同一とは思えない。正直近寄りたくない類いの人物だ。
 視線をもう一度防壁に向ける。
 それにしても、誰があんなことをやったのか。硬化の魔法が弱っているのと何か関係があるのどろうか。それとも単に時間が経って魔法の効果が弱くなっただけなのかは分からないが、硬化の魔法は掛け直さないのかな? それは別の人が行うのかね?
 そんな疑問を抱きながら休憩をしていると、壁に寄りかかっていた女性が立ち上がる。

「さ、もう休憩は十分だろう?」

 その言葉に、全員が荷物をまとめて立ち上がる。

「行くぞ」

 それを確認すると、女性はさっさと次の地点に向けて歩き出したので、僕達はそれに続く。この調子で行くと、補修が終わった頃には日暮れ前だろうな。





「ここも似たようなものか」

 次の修繕地点に到着すると、先程の防壁と同じように何かがぶつけられたような放射状のヒビが幾つも出来ていた。
 それを確認した女性は苛立ち混じりに呟きながら、修繕の準備に入る。
 先程手伝ったばかりなので、同じ手伝いは問題なく出来た。それが終わると、技術者と道具を修繕個所まで持ち上げる。
 相変わらず時間を戻しているかのような鮮やかさで修復していく女性の手際は感動するものがあった。
 その手際の良さのおかげで修繕は直ぐに終わったものの、既に周囲は暮色蒼然としていた。そう経たずに日暮れとなるだろう。

「ほら、さっさと片して帰るよ」

 女性はテキパキと使った道具を片付けながら、そう口にする。
 それに周囲は返事をしながらも手を動かし続ける。先程よりも全員の手際がいいのは補修が二ヵ所とも終わったからか、早く帰りたいからか。多分両方だろう。
 道具を片付け終わっても、まだギリギリ夕陽が空の端を茜色に染めていた。

「片し終わったな。じゃ、戻るぞ」

 全員を見回した女性は、そう言って来た道を戻り始めた。
 それから直ぐに陽が沈むも、魔法使い組の魔法光や兵士の懐中電灯などの明かりがあるので問題はない。そういえば、防壁周辺にはほとんど外灯がないのは何故だろうか? 配備が間に合っていないのかな? でも、それなら列車の噂は噂だったのかな? それとも石炭?

「・・・・・・」

 まぁどうでもいい事だ。それにしても、防壁上からこの辺りを見た事はあっても、今まで防壁の下を通った事はなかったな。暗くはあるが、周囲を様々な光源が照らしてるので多少は見える。それに暗視や魔力視なんかも併用すれば、日中に肉眼で見るよりもはっきりと視えるのだが。
 とはいえ、周囲は平坦な地形が続くだけで特筆するべきものは何もない。あえて何か上げるとするならば、遠くに視える森や村ぐらいだろうか。更に先に行けば街もあるのだが、そこは少々離れ過ぎている。
 他にはその森や村、街の中に例の魔物の巣の出入り口があるぐらいだろう。因みに、その三点の出入り口は同じ魔物の巣へと繋がっている。結構広く地下を掘っているが、これがただ魔物の巣を作る為だけに掘られたものであるのだとすれば、その無駄な労力を無駄に賞賛したい気持ちになってくるな。
 それ以外に何かないものかと更に周囲に眼を向ける。しかし、どれだけ探してみても他には何も無かった。いや、畑とか人の営みの中で必要な物はあるのだが、大して興味が持てなかった。食事が楽しいものであったならば、抱く感想も違ったのだろうか?
 ああ、そういえばこの食事が微量に必要な中途半端な体質について何も調べてなかったな。エルフに訊けば何か分かるかと思ったが、満足に話すら出来なかったし。

『プラタ』
『何で御座いましょうか?』
『僕があまり食事を必要としないのってなんでか分かる?』

 考えても分からないので、もうプラタに訊いてみる事にする。しかし、このカンニングするような妙な気持ち悪さは何なんだろうね。

『それは魔力を力としているからかと』
『魔力を?』
『はい。魔力を吸収し、栄養に変換する事により、必要な活力を補給しているからです』
『魔物みたいに? でも、そんな事した覚えが無いし、少量とはいえ食事は必要だけれど?』
『はい。魔物の様に魔力を力に変換しています。しかし、ご主人様の御指摘の通りに食事が微量に必要なのは、その魔力を取り込む工程が不完全である事と、人間界の魔力濃度の薄さが原因のようです。それと、おそらくそれを行っているのはご主人様自身というよりも・・・ああいえ、ご主人様自身が無意識のうちに行っているせいでしょう』
『魔力を吸収してるのは僕ではないの?』
『いえ、ご主人様自身で間違い御座いません』
『でも・・・』
『いえ、ご主人様自身で間違い御座いません』
『・・・まぁ、いいや』

 言いたくないのならば無理には問うまい。というか、こういう時のプラタはこれ以上何を訊いても喋らない。

『じゃ、これは人間界の外に出て完成させれば、食事は不要になるの?』
『はい。その通りで御座います』
『そうか』

 だけど、シトリーは人間界でも食事をしなくても普通に生活しているんだよな。魔物だからなのか? まぁ普段何処で何をしているのかは知らないんだけれども、シトリーぐらいの魔力保有量なら人間界だけでは足りなさそうな気もするのだが。・・・普段は人間界の外にでも出てるのかな?
 結局気になる疑問は残ったものの、とりあえず当初の疑問は解決出来たから良しとしよう。
 プラタとの会話を終えてからも、僕達は相変わらず西門へと向けて歩みを進み続け、西門に到着できたのは日付が変わる少し前ぐらいであった。
 西門に到着してから直ぐに解散すると、僕は部屋に戻り、諸々就寝の準備をしてからベッドで横になる。それにしても、僕以外の誰が魔力を取り込んでいるというのだろうか? あの白い人かとも思ったが、何となくそれは違うような気がした。それを考えている内に、僕は眠りについたのだった。





 翌朝。まだ暗いうちに目を覚ました僕は、静かに朝の支度を済ませる。
 頭をしっかりと覚ました後に食堂へと向かっている途中、僕は思い出してプラタに連絡を取った。

『そういえば、プラタ』
『何で御座いましょうか?』
『この前教えてもらった帝国領内での魔物の巣の位置だけれども、あれをどうにかしてペリド姫達に伝えられないかな?』

 帝国領内の事なので任せるつもりではあるが、元パーティーメンバーの誼みで伝えてもいいだろう。一応最初に助力をしたことだし。しかし、その手段がなかった。表には出たくないもんな。

『ご主人様の御要望でしたら、今すぐにでも向かいますが?』
『それもいいんだけれども、信じてもらえるかな?』
『では、ご主人様からだと判るようなものを添えては?』
『そうだな・・・』

 どうやれば信じてもらえるか。それと、届ける手段だった。プラタに届けてもらってもいいのだが、それでいいのかどうか・・・。

『う~~ん。どうしたものか』

 そうやって考えている内に食堂に到着したので、入り口近くの新聞を確認すると、どうやら魔物の巣を一つ見つけた様であった。先日見つけた地下の先にあった魔物の巣のようなので、あの隠し通路を見つけたのだろう。これはあの男子生徒は大手柄になるのかな?

『一ヵ所魔物の巣を潰したみたいだね』
『そのようです』
『これで魔物の巣の存在が知られたから、信じてもらえるかな。後はそうだな・・・』

 新聞を戻して食事を貰うと、席に着いて朝食を摂る。

『僕が魔物の巣の位置を説明した魔法球を持って行けばどうかな?』
『それでしたら大丈夫でしょうが・・・』
『うん。伝え終わったら回収するか壊す予定だよ。場所を記した地図でも一緒に持って行けばいいでしょう』
『畏まりました。地図の方はこちらで御用意致します』
『よろしくね。魔法球は用意しておくから』

 プラタにそう頼むと、会話を終える。他に届ける手段も無いしな、プラタに頼むとするか。
 そのまま食事を終えると、宿舎を出るまでに魔法球を生成する。
 魔法球は水晶などを媒体にした物が一般的ではあるが、別に魔法だけで創れない訳ではない。ただ、記録として長く残すなら水晶などの形あるものを媒介にした方が確実というだけだ。今回はそんなつもりはないので、細工もしやすい魔法のみで創る事にした。お金もかからないし。
 宿舎を出ると、まだ時間があるので人目につかないような場所を探して移動を始める。
 それにしても、地図を添付するのであれば説明は不要かもしれないな。まぁ簡単な説明だけはしておくか。
 一応帝国領の大雑把な地図は持っているので、わざわざ用意してもらわなくてもそれに印を付けて、「ここに魔物の巣が在りますよ」 とでも言えば十分な気がする。とりあえず僕からだと判ればいい訳だし。
 自室のある宿舎からそう離れていない場所に椅子が置かれた場所があった。
 宿舎と宿舎の影にひっそりと存在する、その従業員の休憩所みたいな場所は、何の為に在るのかは不明だ。そもそもここを使っている人を未だに一人も見ていない。そんな用途不明な場所ではあるが、人目が無い場所である事には変わりがない。念の為に徹底的に目視と魔力視、世界の眼まで使って調べてみたものの、監視や盗聴などの機械や魔法の類いに、盗み見や盗み聞ぎをしている人物など何も確認出来なかった。

「ここならいいだろう」

 直径五センチ程度の魔法球を手のひらに乗せながら、まずは地図を取り出そうとすると。

「ご主人様。地図の用意が出来ました」

 真横からプラタの声がした。
 相変わらず突然の登場に驚かされるものの、少しは耐性がついたのか、脈拍が多少早くなるぐらいで表情に驚きが出ないぐらいにはなった。
 顔をそちらに向けると、そこにはシトリーも立っていた。

「ありがとう。丁度地図を使って説明しようと思っていたところなんだ」

 そう言って差し出された帝国領の地図を受け取ると、その地図を確認する。僕が持っている地図以上に詳しいその地図上には、沢山の点が記されている。

「えっと・・・なんか増えてる様に見えるんだけれども、僕の気のせいかな?」
「いえ。あの後二ヵ所増えましたので、潰された一ヵ所を除いても一ヵ所増えた計算になります」
「そ、そうか。この短期間でご苦労な事で」
「今回は主に詰め込み過ぎた魔物を移動させただけで、新たな魔物の数は少数のようです」
「それでも増えてるんだ」

 なんかここまで病的なまでに増やしていると、少しは認めてもいいような気になってくる。こういう方面もあるのだろう・・・無駄な努力ではあるが、数を行う事で効率化や改善点を探ってるのかもしれないし・・・。

「それはないか」

 そういう熱意はあまり感じられなかった。もはや自分を守る事しか考えていないような感じがする。あれは多分時間を稼いでいるのだろう。可能性の一つとしては他に協力者がいるという事か。それもそれなりに顔の通った人物が。

「・・・少々きな臭いか?」

 とはいえ、これはペリド姫達次第だろう。

「まぁいい。とにかく記録するかな」

 椅子の汚れを手で払って取り除くと、その上に地図を広げる。

「ん? プラタ、この丸は何を表しているの?」

 点の一つを囲む円を指差し問い掛ける。

「それは現段階での頭目が潜んでいる場所で御座います」
「なるほど」

 そういえば、魔物の巣を隠れ家にしていたっけか。

「こんなものかな」

 円の意味を聞いた後、魔法球を地図が全て入る位置に浮かせる。

「コホン。さて、では始めようかな」

 地図がしっかり映っているのを確認してから記録を始めようとして。

「畏れながら、最初はご主人様が映られたほうがよろしいのでは?」

 プラタにそう指摘される。

「・・・そうだな。その方がいいか」

 魔法球の向きを変えて、宿舎の壁を背景に自分を映す。

「これでいいかな」

 自分の頭から胸元辺りまでがしっかり映っているのを確認しながら、他に余計なものが映ってない事を確認すると、記録を開始する。
 記録が開始されたのを確認して、僕は魔法球に向けて口を開く。

「お久しぶりです。オーガストです。僕の事を忘れていなければいいのですが。まずは進級おめでとうございます。これで皆さんの方が先輩になりましたね。まぁそれはそれとしまして本題ですが、この魔法球と一緒に地図をお渡ししたと思うのですが、その地図に書かれた点は先日皆様が潰した魔物の巣と同様に魔物が集まった場所を示しています。そして、一つだけある円は現段階での頭目が身を隠している魔物の巣です。皆さんが追っている頭目のフラッグ・ドラボー氏は、魔物の巣を隠れ家として転々としています。これをご覧になっている時には別の場所に移動しているやもしれませんので、魔物の巣を襲撃する際はお気を付けください。それと、現在でも魔物の巣を増やしているようですので、それ以外の魔物の巣が増えている場合もございますが、それはご了承ください。――ああそういえば、他国に在った魔物の巣については掃除しておきましたので、ドラボー氏が魔物の巣に(こだわ)っている内は国外逃亡はないと思いますよ。それでは、一応地図を映しますね」

 挨拶が終わると、僕の姿から地図の全景へと魔法球の向きを変える。

「一緒にお渡しした地図と同じ物です。それではご武運を。・・・それと、この魔法球は再生後に自壊しますので悪しからず」

 そこまで記録に載せると、魔法球の記録を止める。

「・・・こんなものでいいかな」

 魔法球の仕掛けを一時的に止めて、記録の確認を始めた。

「やっぱり自分の姿や声は好きにはなれないな」

 そう思いつつも記録を観終わり、とりあえずこんなものかと止めていた仕掛けを作動させる。

「これをよろしくね」

 そう言って魔法球と地図をプラタの方に差し出すと。

「任せといてー」

 横からシトリーがそれを受け取る。

「?」
「私の代わりにシトリーが届けたいようです」
「そうなんだ」
「オーガスト様のお役に立ちたくて! プラタばっかり相手にしててつまんないし!」

 頬を膨らませるシトリー。シトリーとフェンとも定期的に会話はするようにしているんだけれども、何かあった場合はまずプラタに相談しているからな。
 それに申し訳なく思い、謝罪の意味を込めてシトリーの頭を優しく撫でる。

「ごめんね。それじゃあ届け物よろしく。届ける相手はスクレさんがいいかな。この前もスクレさんに渡したし。その辺りの説明はプラタが教えてあげてね」
「畏まりました」
「それじゃ、僕はそろそろ任務に行ってくるから」

 プラタが拝承の礼をしたのを確認すると、後の事をプラタに任せて僕は任務の為に西門前へと向かった。





 オーガストが去った後、プラタはシトリーにスクレという少女の現在の所在地や特徴、渡す際の注意点などを伝える。それが終わると、プラタは少々呆れた様に、しかし警戒を込めてシトリーに言葉を掛ける。

「それにしましても、貴女が届け物ですか。それも姫の近くへ」
「大丈夫だよ。私はそんなに馬鹿じゃない。それに、姫の事なら既に調査済みだしね」
「そうですか」
「うん。伊達に分身体を世界中に配してないよ。人間界の事だって分身体を通して色々と知ったからね。プラタの身体の元になったと思われる人間も見つけたし。まぁそれでも、プラタには負けるんだけれどさ」
「世界の監視も我らの務めですから。それに、今はこれがご主人様の手助けになるのです、怠るなどある訳がないではないですか」
「そこは素直に羨ましいよ」
「しかし、本当に大丈夫ですか?」

 そう言ってスッと目を細めるプラタ。プラタの目には瞼が付いていないのでそう感じるだけではあるが。

「大丈夫だよ。プラタだって言ってたでしょう?」
「何をですか?」
「今はご主人様が全てだって。私だってオーガスト様が居るから姫なんて興味ないよ。それに、あれからは本当に微量しか感じられないから、気にする必要もないし・・・まぁ多少は不快にはなるけれど、それは大したものじゃないよ」
「それならいいのですが」
「それよりも、私としてはオーガスト様の中の魔力が大きくなってる方に興味が湧いてるんだけれども? あいつの魔力も大きくなってるのは不快なんだけれど」
「もうすぐ封印が解けるのでしょう」
「だろうね。それにしても、あいつの魔力よりも強く奇妙なあの魔力は誰のなの? これだけ大きくなってやっとはっきりわかったけれど、オーガスト様のに似ているのに微妙に違う感じがするんだよね」
「ご主人様のですよ」
「だから、微妙に違うって――」

 そこでシトリーはプラタの雰囲気がどこか妖しいものに変わっている事に気がつき、思わず口を(つぐ)んだ。

「ご主人様のですよ。ええ、あれもご主人様ですよ。ティターニア様が共に歩まれるもう一人の、いえ、本当のオーガスト様と御呼びすべき方でしょうか」
「どういう?」
「いずれ判る事でしょう」

 そんなプラタの様子にシトリーは首を傾げつつも、感じたことを口にする。

「まるで人間のようだね」
「どういう意味でしょうか?」
「感情が芽生え、表情を少しづつ浮かべるようになったし、その身体も大分生命体に近づいてきたんじゃない?」

 シトリーのその指摘に、プラタは自分の身体に目を向ける。

「・・・確かに、最初の頃よりは少し生命体に近づいていますね。ご主人様へのこの想いも増すばかり」
「それが妖精の恋ってやつなのかねー」
「さぁ。それは分かりませんが、今なら魔境にいけそうなぐらいには力が増していますね」

 自分の身体の様子に、プラタは小さな笑みを口元に浮かべる。

「それよりもです。そういう事の確認も大事ですが、今はご主人様の御要望を叶えるのが優先でしょう」
「もう地図と魔法球は届け先の近くに居た分身体に送ったから、直ぐに届くさ」

 シトリーは両手を広げて持ち上げると、手元に魔法球も地図もない事をプラタに示す。

「それならいいのですが」
「しかし、あの魔法球は欲しかったなー」
「そうですね」

 シトリーの呟きに、プラタは頷き同意する。

「ああそういえば、先日妖精の森に侵入者が居たみたいだね」
「ええ。その不届き者はしっかりと処理しましたが」
「そう。目的は何だったの?」
「精霊の涙かと」
「それで、犯人は魔族?」
「魔族もいましたね」
「他は?」
「・・・おそらく、顕現した落とし子の一部ではないかと」
「ほぅ。それがとうとう表に出てきたか」

 プラタのその言葉に、シトリーは凄絶な笑みをその可愛らしい唇に浮かべたのだった。

しおり