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屈辱と実戦、そして孤児

下僕。

それが今俺に名付けられた名前であった。
「やつがれはまず、何をすれば?」

「そうだね……とりあえず、俺の家に来い」

そう言われたままについて行った。

悔しい。

金も、名誉も、地位も、女も、食料も、能力も、この世に存在するもの全てが欲しい、といった強欲さを心に秘めている彼にとって、これはかなり堪えるものであった。
街を見渡してみると、大体の建物はコンクリートで出来ている。それ位の文明はある、という事か。
人間は白人だったり黒人だったり沢山いる。これがキング牧師の望んでいた世界なのかもな。
なにはともあれ。

「この街、なんていう名前なんですか?」

「ここは<コーラル>っていう人間しかいない町だ」






そうして案内されたのは──

超豪邸であった。
プールやテラス、さらには南側に海が。
芝の大きなお庭があって、そこにはバーベキューセットのようなものが置いてある。
イメージ的には某骨川家の豪邸を想像して欲しい。
なんだこの豪邸。
ここに俺も住めるのか、そう思った時。

「勘違いするな。お前はこっちだ」








そこは、勇者の家の敷地内にあるコンクリートで出来た小屋であった。いやー、冷たそう。

「お前の家はここだ」

……ん?
いやいや?
こんな家に俺を住まわせようって言うの!? なんなの!?御恩と奉公のような関係じゃないのか!?何なんだここは!?鎌倉時代よりも脳みその文明はひどいのか!?平安時代なのか!?

「風呂代と食事代は毎日出してやる。だから俺の家には入るなよ」









初めての夜。いやー、コンクリートが冷たくて寝れないし体は痛くなる。そして何より。
寒い!
初めて段ボールのような紙をたくさん積んで布団として寝た。
なんだかホームレスって悲しいなぁ、と、そんなことを思いながら眠りにつく。
つけないんだけど。

畜生。
あんなのなら俺は殺せる。畜生平安貴族め。肥えやがって。
馬車があったはず。その馬車の車輪は鉄っぽかったはず。
アレを形状変化させて槍にしてしまえば。
勝てる。
この家も乗っ取れる。平安貴族とはおさらばで、鎌倉時代が訪れる。
しかし、そんな野望とは裏腹に、体の、特に膀胱が自己主張を始めていた。
そういえば、トイレどこ?








トイレ、のようなペットボトルの形のビンが置いてあるけど、それだと匂いが溜まるし、それを毎朝見るのは気が滅入るので、近くの郵便局に忍び入ってトイレをすることにした。
しかし、流石は郵便局。防御が硬いな。開かない。
そろそろ限界だ。膀胱の自己主張が止まらない。
やむを得ん、ここらで緊急便所でも作って済ませるか。





「……ふぅ」

郵便局の脇に済ませた。
漏らすよりかは何倍もマシだ。
そんな賢者タイムの中、俺は考えてみた。
どうしてこの世界に俺が転生されてしまったのか。それはもうしょうがないとして、問題は<他にも俺のような境遇の人間>がいるかどうか、そしてその人の生い立ちなどに共通点はないか、だ。
そんなことから分かるかもしれない。
自分の<すべきこと>が。
明日はこの薄汚い支給品の黒いシャツとマントの代わりになる服を買おう。汚いし。あとは学生バックの中から使えるものを総動員して何かDIYでもやってみるか。
そう思った時であった。


「ろ、露出狂ぉぉぉぉ!!!」











俺を見ていた。
明らかに俺を見ていた。
エメラルドグリーンの若干天然パーマのかかった髪をツインテールにした可愛い顔の女の子。
郵便局の制服であろうか。軍帽のような帽子に小さなフリルのついた制服、太ももの真ん中あたりしかないミニスカの中にはタイツをはいている。
正直、どタイプだったのだが、それはもう終わりを告げた。
だって、小便を見られたのだから。




殺すか?
よし殺そう。
即決である。
顔がタイプだが、これを見られてタダで帰れると思うなよ。
その14歳くらいの女の子は俺の殺気立った表情を見て畏怖の念を感じたのか、一目散に逃げ出した。
元々足は速いほうだ。
郵便局の壁のコンクリートを拝借し、右手を当て、槍をイメージする。
すると、そのコンクリートから肩幅程度の槍が浮かんで来た。
俺はその槍を、郵便局の路地裏に逃げ込んでいる女の子に投げる──




「いやぁぁぁ!!」

当たったか。
その路地裏を覗いてみると。
路地裏の奥のコンクリートにその槍が当たって落ちただけで女の子には当たってなかった。
しかしその女の子は足をガタガタと震えさせ、涙目になっている。
そのままその女の子は泣き崩れてしまった。
すると俺の方をキッと睨み、こう言ったのだった。

「話をしましょう。ですが、タイツとパンツだけ、履き返させてもらいます」










「「すみませんでした!!」」

2人で同時に土下座をした。
俺は槍を投げてしまったこと、そしてその女の子は何故か俺を露出狂と大声を出してしまったことだ。

「私はガラナと言います。ガラナ・ミントです。ミントが名前なんですが、どちらも名前っぽいので、お好きな方で呼んでください」

「俺……いや、やつがれの名は針野結羅と言います。よろしく」

「針野さん……ですか。記憶しておきました」

俺達は路地裏でこんなこともあったんだし仲良くしようぜ的なアレをやっている。

「私は仕事で郵便局の局員をやっております。あなたはどういったご職業で?」

「やつがれは勇者のお供を」

「……嘘ですね」

非常に不審な目つきに変わった。
俺を見る目が。
まぁ、しょうがないのかもしれない。

「俺の能力は──」










「なるほど。それは災難でしたね。勇者様とやらも、さぞかし鬼畜なようで。あ、コーヒーのおかわりいります?」

「あぁ。お願いします」

ミントがコーヒーを郵便局から持ってきてくれた。俺とミントは郵便局のオフィスでそれを啜る。

「ミントさんは、お家どこですか?こんな真夜中ですし、やつがれが送ります」

「いえ。家はここなので」







彼女は。
ただ雇われているだけのホームレスであった。

「いや、戦災孤児ですよ、私は。6歳からこの郵便局で働き始めました」

「お父さんとお母さんってまさか……」

「えぇ。ここは中央街セントラルシティですが、東部の方では頻繁に戦争が行われています。軍はこれを隠したがるのですが」

「それで……」

「えぇ。でも、うちのパパもママもろくでなしの人でしたから。私一人で生まれてから生きていたようなものです」

「そうなのか……」

あの勇者なら。
もしかしたらあの勇者なら。
女好きが興じて俺のように住処だけは与えてくれるかもしれない。平安貴族だし。光源氏だし。
否。あの豪邸すら俺は貰うのだから。
あのデブの全てを、俺がもらう──








「やつがれが家については勇者様に聞いてみます。明日、また来ます」

「ありがとうございます!」

元気いっぱいでしっかり者のこの女の子。
俺は初日からいい拾い物をしたかもしれない。
ミントに明日来ると行って郵便局を出た。
ともかく、明日であの勇者の寿命は終了だ。
体がうずうずするのを楽しみながら、家、いや、小屋に帰り段ボールのような紙を敷布団にして眠りにつくのだった──
朝。

昨日コンクリートで作った短槍を持って小屋の入口で待つ。

「おい下僕、朝だぞ」

「もらったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


首根元に刺したつもりなのに。

首根元に刺さる前に槍が折れていたのだ。

勇者の方を見ると──

薄い青のバリアによって守られていた。

「で、何のお願いごとを叶えてもらいたいの?」

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