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エルフの森7

 リャナンシー達を倒していい気になったミミックをシトリーがあっさり溶かしたのは実に面白かったが、そのまま蘇生魔法を試す機会を得る。
 結局ぶっつけ本番になり緊張したが、結果は上手くいった。もしかしたらミミックが綺麗に倒していたからかもしれないが。
 全員の蘇生を終えて何人かが動けるようになったのを確認した後、僕達はさっさとその場を離れて残りの魔族の掃討を開始する。
 それも僕の魔力を吸って機嫌よく魔族を狩るシトリーのおかげですぐに終わり、僕達は最初の位置に戻ってきていた。

「蘇生魔法が上手くいったのは良い収穫だったかな」

 やっぱりミミックは大したことなかったけれども、蘇生魔法が試せたのは大きかった。それも成功したので、少しは経験を得ることが出来た。

「鮮やかな御手並みでした」

 プラタの賛辞に少しこそばゆくなる。

「それにしても、変わったやり方だったね! あんな方法初めて見たよ」
「そうなの? 他のやり方なんて知らないけれど」

 シトリー言葉に興味を抱く。結果が同じ魔法でも、その過程は一つとは限らない。それが魔法の難しいところであり、面白いところだと思う。

「私が知るのは命を創造する方法と、かき集める方法ぐらいなんだけれど」
「何かもの凄く壮大そうだ」

 命ってそんな簡単に創ったり集めたり出来るモノなのか?

「だからこそ資格が必要なのです」
「はぁ・・・?」

 プラタの言葉に、謎は深まる。そもそもその資格が何の資格なのか僕は知らないんだけれども。

「そのはずなんだけねー・・・ねぇ、プラタ?」
「はい。まさかその絶対の前提を覆されえるとは思いもよりませんでした」

 シトリーの呆れたような視線と共に話を振られたプラタは、そう言って頷き同意する。

「オーガスト様のような存在を天才っていうのかね?」
「既にその域を超えているかと」
「まぁそうだね。いくら理論上は可能だとしても、真理を塗り替える何て普通出来ないよねー」
「ええ、前例がありません」
「えっと・・・なんの話?」

 僕を挟んで意味の解らない会話を続けるプラタとシトリーに、そろそろ我慢できなくなり、そう問い掛けた。

「ご主人様の蘇生魔法のやり方ですと、資格の有無を問わず誰でも再現可能という話です」
「可能っていっても、あんな曲芸並みに反則級の離れ業が出来る者が他にも居るとは思えないけどねー」
「複数人で行えば可能性はあるのでは?」
「無理無理! あんなの分業にしたとしても、どれだけぶっ壊れた技術と飛び抜けて突き抜けた感性が必要になってくると思ってるの。そもそもそんな者が居たらあんな事で死人を出す方が難しいと思うよ」
「それは確かにそうですが」

 何だろう、褒められているのか貶されているのか考えさせられるんだけれど。

「じゃ、例えばあれを私達で分業してやろうとしたら出来ると思う?」
「・・・不可能ではないかと」
「まぁね。だけど、どれか一つを修得しようとするだけでどれだけの時を費やす事になるか。分業せずに一人でこなすとなると、考えたくも無いね。正直私はそれなりに長く生きてるけれど、その生きた時間全てをこの蘇生魔法習得につぎ込んでも足りない気がするよ」
「そうなの?」
「オーガスト様はもう少し自分がとんでもない事をしたのだと自覚した方がいいよ」
「う、うん・・・?」
「はぁ」

 シトリーが心底呆れた息を吐く。そんなものなのだろうか? 難しくはあるが、思いついたから試しただけなんだけれど。

「その顔は理解してないねー」
「え? う、うん」
「はぁ。あのねオーガスト様。まず時間を遡る、これを実行できる時点でおかしいの。更に時を取り出すとかもう何を言ってるの? って話だよ。そこから取り出した情報を記録する。どれだけ膨大な処理能力が必要になってくるのかと。その情報でもって現実を上書き、止めに定着させるまで情報を固定させる。実際見た私達ですら未だに信じられないし、こうやって改めて言葉にしてみても夢物語を口にしているような気分なんだけれど?」
「視ただけでそれだけ解るなら――」
「それは私達が並みの存在じゃないからだよ。それでも、オーガスト様が成した偉業の一部も今の私達ですら再現不可能なんだよ」
「・・・・・・そ、そうなの?」
「理解出来た?」
「何となくなら」
「それならいいんだけれど」
「でも」
「ん?」
「あの蘇生魔法の行程はそれで全部じゃないよ?」
「え? そうなの?」
「う、うん」

 どこか怒ったような雰囲気だったシトリーは、僕の言葉に驚愕に目を見開く。プラタも驚いているように思える。それにしても、一応しっかり考えたとはいえ、単なる思い付きなんだけれどな。言わない方がよかったかな。

「シトリーの言う通り、あれは蘇生対象が生きていた時まで遡り、その対象の生きていた時の情報を取り出し記憶する。そして、現在の死んでいる対象にその生きていた時の情報を上書きさせ、それを現実の状態として固定させるんだけれども・・・だけれどこの固定が思いの外難しくてね。最初は生きている情報を上書きさせると同時に、死んでいる状態の情報を消去もしてたんだよ。でもそれじゃあきつかったから、死んだという情報が出る直前から現在までの間を生きているという情報に書き換え、死んだという道を逸らして消失させ、そもそも対象の情報から死亡という状態が発生しなかった事にしてるんだけれども――」
「ちょ、ちょっと待って! オーガスト様!?」
「ん?」

 信じられないというように慌てたシトリーの言葉に、僕は説明を途中でやめる。

「今、自分が何を言っているか理解している?」
「え? うんまぁね。そもそも、時を停止もしくは遅延させるというのは品質維持や硬化魔法などの一部魔法にみられるし――」
「そうじゃなくてね、オーガスト様」
「ん、ん?」
「・・・いや、まぁいいや。多分それでこそオーガスト様なんだろうから」

 疲れたような息を吐くシトリー。何が言いたかったんだろう?

「プラタ、後でちょっと話があるんだけれど」
「ええ、解っております」
「???」

 二人は小さな声で言葉を交わす。
 その姿は、シトリーはどこか深刻そうながらも期待するようにプラタに言葉を掛け、受けたプラタは優越感のような誇らしさを垣間見せたような気がした。しかし、二人とも一体なんだというのだろうか?

「そうと決まれば! オーガスト様!」
「ん?」

 ニコリと可愛らしい笑みを浮かべると、シトリーはおねだりするように少し小首を傾けて覗き込むようにして僕を見る。

「残りの魔族軍を始末しちゃってもいい?」
「は?」

 いきなり何を言っているのだろうかとシトリーを凝視する。
 シトリーは可愛らしい笑みを湛えたまま僕を見ている。その表情からは冗談を言っているようには見えない。まぁ実際、あれぐらいの魔族軍ならば僕達の誰か一人で余裕だけれども。

「んー」

 僕は考える。約束の件もあるが、今やってもあんまり意味ない気もする。それに、時間はあるので焦っていないしな。ペリド姫達の事は気になりはするけれど、別に急ぐ事もないだろう。帰りには約一月掛かるんだけれども。

「それはもうちょっと待ってね」

 そう言って宥める様にシトリーの頭を撫でると、「はーい」 と了解の返事を得られる。

「プラタ、魔族軍の動きはどう?」

 視た感じ大きな動きはないが、エルフ側の攻撃には慣れてきたみたいだ。

「依然として再編中ではありますが、混乱は収まったようです。ミミックが討たれた事で警戒度は上がったようですが」
「そっか。侵攻はなさそう?」
「直ぐにはなさそうです」
「なるほど」

 ならば少し休むとしよう。気がつけば夜中だ。夜に暗視も使っていると明かりの感覚が麻痺して時間が判らなくなってくるな。
 僕達は魔族軍とエルフの動向を観察しながら移動すると、頑丈そうな木の枝に腰掛け休憩する。

「この森に入って一月半ぐらいだっけ? 結構経つな」

 魔法で水を生み出しそれを飲む。ナイアードの湖の水を飲み慣れた為に、いちいち浄化の魔法を併用しなければならないのが面倒に思えてくる。

「帰りに約一月だから、帰ったら西門警固の期間も半分過ぎてるな」

 色々初めての事ばかりであっという間だった。これがもし警固や警備だけだったら長く感じたかもしれない。

「あれ? ・・・僕ってペリド姫達と一緒に進級出来るのかな」

 ぺリド姫達が帝都に帰っている間の期間はおそらく警固期間に入らないはずだ。僕達は頻繁に調査で森近くまで行っていた為に、一月程で既に倒した魔物などの数は規定数を超えている。つまり、ペリド姫達が帝都に帰還している期間分、先に僕が進級するという可能性がなる。

「まぁいっか」

 パーティーを組んではいるが、別にパーティーメンバーは揃って進級しなければいけない訳ではない。滅多にないが、進行具合にバラつきが出る事もあるし、そうした場合はパーティーを解散する事もあるらしい。それに、僕は別に独りでも問題ない。というか、プラタ達が居るからな。

「そういえば、シトリーはこの戦いの後はどうするの?」
「どうって?」
「何処かに行くのかなって」
「? オーガスト様と一緒に居ちゃダメなの?」
「シトリーがそれでいいならいいけど」
「それなら最初に言った通りにずっと一緒に居るつもりだよ!」
「そうか。なら人間界でのシトリーの事はプラタに任せるよ」
「畏まりました」
「よろしくね。シトリーもプラタの言う事をちゃんと聞くんだよ?」
「はーい」

 プラタに任せれば大丈夫だろう。これで人間界に帰っても安心だな。

「・・・・・・んー」
「ご主人様?」
「いや、人間界に居てなんか意味あるのかなーと思ってね」

 引き籠れるのであれば意味もあるだろうが、それはもう無理だろう。家族は居るが、それは人間界に居続ける理由には少し弱い。何より、こうして外の世界を見て、わくわくしてしまった。

「ご主人様の御心のままに」

 まぁ直ぐに出ていこうとは思わないけれど、将来的には考えてもいいな。外には人が居ないし。

「魔族軍が何かやってるね」
「はい。ゾフィ自身が動く準備をしているようです」
「大将自らね」

 魔族軍はまだ軽く二十万を越えるだけの数が揃っている。その全てが戦闘の為だけではないにしても、それでも圧倒的な数だ。
 観察している間も物資の補給が行われているので、戦闘継続は容易。それでも出るというのは、この形振(なりふ)り構わない本隊の攻撃といい、ゾフィは余程短気らしい。それとも、ミミックがやられたことで自分以外では勝てないと踏んだのか。

「まぁどんな理由であれ、大将が最前線まで出てくれるのはこちらとしては好都合だけれど」

 シトリーにはもうちょっと待つように言ったけれど、正直もう興味が無いので早く終わらせたかった。ゾフィは視る限り強そうではあるが、それでも敵ではない。せめて単体でドラゴンが倒せるぐらいの強さは欲しいところ。

「・・・敵ではない、ね」

 その言葉に何か引っかかりを覚える。そのままその引っかかる何かに思考を任せていると。

『やはり君は強いな。おかげでいい発見が出来た。でもまぁ残念ながら我の敵ではなかったな』

 それを言ったのが誰かも、場所がどこかも何もかもが思い出せない。ただ、ひとつ思い出した事があった。それは、かつて僕は誰かに負けた事。きっと封じた記憶の中にあるのだろうその記憶は、知らねばならない記憶の一つ。そんな気がする。

「ご主人様? 大丈夫ですか?」

 プラタが心配そうにのぞき込んでくる。それに「大丈夫」 と笑って返す。

「そうですか・・・」

 顔を前に戻しはしたが、それでもまだ心配なのだろう、プラタの心配げな視線は向けられたままだ。
 それにしてもそんなにおかしな顔をしていただろうかと思い、悪い事をしたなと反省する。考えるにしてももう少し表に出さないようにしないとな。
 何やらゾフィに動きはあるものの、まだ大きなものではない。エルフ側もまだ森に侵入した異形種を撃退しきれていないようであった。

「無駄に高性能な身体強化と防御障壁が張られているのが混ざっているね」

 おそらくミミックの直属の部隊なのだろう。二小隊と数はかなり少ないが、防御障壁付きはリャナンシー達にとっては中々に面倒な相手だろう。それも身体能力が強化された異形種だ、接近戦はエルフでも厳しいかもしれない。

「さて、どう倒すのかね?」

 ゾフィが直接動き出した以上、のんびりもしていられないだろう。

「あれぐらいで苦戦するのかなー」
「貴女の基準で考えた場合、大半の存在が取るに足らない存在になるのでしょうね」
「はは、まぁねー」
「別に誉めた訳ではないのですが」

 照れたように笑うシトリーに、プラタは冷ややかな目を向ける。

「あれに精霊魔法が効くと思う?」
「単独でもかなり時間は掛かりますが、可能でしょう。ですが、障壁持ちの異形種の数は少ないので、ここは火力を集中させての各個撃破を狙うべきかと」
「まぁそうなるか。しかし火力集中ね、難しそうだ」
「精霊魔法を使えるので大丈夫かと」
「ああ、そうか。あれをエルフ間でもやればいい訳か・・・ふむ」
「どうかされましたか?」
「いや、何やら新しい事を閃きそうな気がしてね」
「流石でございます」
「次はどんなビックリをくれるの?」
「いや、そんな期待されても・・・」

 敬服するように頭を下げるプラタと、目を輝かせてこちらに身を乗り出して見上げてくるシトリー。そんな二人に軽く頬を引き攣らせる。何か蘇生魔法のせいで変に期待値を上げてしまったような気がする。
 そんな風に語り合っていると、魔力の流れに変化が生じたのを感じて、そちらに眼を向ける。

「へぇー、巧い事やるものだ」

 眼を向けた先では、予想通りに複数人の火力を一体の異形種に集中させて防御障壁を破り、異形種の頭部を吹き飛ばしたところであった。
 同じ場所への同時攻撃は、下手をすれば互いの攻撃が邪魔し合い不発に終わったり弱体したりする。それを同調魔法のように的に当たる直前に重ね合わせるように一つに纏めてしまうのは、同調魔法が使えるにしても離れ業のような気がする。

「精霊が手助けしているようですね」
「え?」

 プラタのその言葉に、精霊の眼でエルフ達を視る。そこには幾人もの大人精霊が居た。

「おお、精霊の眼で大きな精霊初めて視た!」

 視たと言っても距離が離れているうえに、間には障害物がある為にほとんど全体の輪郭だけだが、それでも視てみたかったのでちょっと感動した。
 そんな中、次の攻撃が行われる。詳しくは解らなかったが、精霊が接着剤というより緩衝材のような事をして魔法を一つに纏めているようであった。

「なるほど、なるほど」

 あれならば失敗はないだろう。同じ場所を狙う練度や意思疎通もそこまで問題ないし、魔力の調整などは最初から出来ているようだから、後は精霊が最後の手助けをちょっとしているだけのようだ。
 その後もリャナンシーの部隊は場所を変えつつ異形種を倒していく。途中から他のエルフの部隊が合流したために殲滅速度が上がる。
 そして全ての防御障壁付き異形種を狩り終えると、次の敵を探して部隊ごとに散開した。

「やっぱり苦戦しなかったなー」

 それを見届けたシトリーが頷くように呟いた。

「精霊の補助の御蔭でしょう」

 それをプラタが一言でそう評する。

「まぁねー」

 その評価をあっさり肯定するシトリー。実際そうなのだからしょうがないが、僕からすればそれでも凄いんだけれどな。

「・・・・・・」
「何か思いついたー?」

 先程の戦闘があった場所をジッと見詰めていると、シトリーが興味津々にそう訊いてくる。

「んー、まだ微妙だね」
「そっかー」
「でも」
「ん?」
「絵はキャンパスで描いてもいいんだよなー」
「どいうこと?」
「何でもないよ」

 シトリーに笑いかけると、その頭を撫でる。

「異形種の生き残りは退いたね。エルフも再度位置に就こうとしているし、魔族軍は大将自ら動こうとしている。この争いもそろそろ最終局面かねー」
「それは判りませんが、終盤ではあるでしょう」
「さてさて、演者はどう演じてくれるのか」
「楽しみだねー」
「ええ全く。ご主人様が御照覧遊ばされるのですから、是非とも楽しませて頂きたいものです。まぁ尤も、その価値があれば、ですが」
「はは、あんな雑魚どもでも役に立てればいいね」
「・・・まぁ面倒くさくなってきたし、僕は早く終わる事を望むよ」

 僕はひとつ息を吐く。これが終われば調査も完了だろう。あとは帰るだけだ。
 当事者ではない僕達はのんびり決戦が始まるのを傍観する。ゾフィが森に入ってきたところを狩ればそれで終わりだ。
 それにしても、ゾフィはどうするつもりなのだろうか。やはり突撃一択なのかな? それにしては魔族軍全体の動きが鈍いみたいだけれど。
 奇襲や奇策の類いは話に聞く異形種では実行するのは難しそうではあるから、残るは少数精鋭での攻撃かな? ミミックみたいに。あれは僕達が居なければ成功するけれど・・・っていうか、僕達が居る以上大抵の作戦は上手くいかないか。

「ご愁傷様だねー」

 彼の不幸は僕達がここに居た事。だけど、何となくこの状況に作為的なにおいがするような気がしてくるのは気のせいなのかね。
 そう思いつつも、そのまま暫く観察していると、異形種の結構な数の部隊が森の中へと入っていく。

「あの中に魔族は?」
「居ません」
「ふむ?」

 ならば出る必要はないが、何がしたいのだろうか? そう思い魔族軍の方を観察していると。

「おや? ここで退却かな?」

 魔族軍の後方の動きが活発化すると、先程森へと入っていった異形種の部隊を囮に、まず後続が後方へと退いていく。

「突撃するほど我を忘れてはいなかったという事かな?」

 退却速度は速くは無いものの、整然としていた。
 魔族軍の外縁を重装兵と、もう数える程しか残っていない貴重な魔族で固めつつ、複数の部隊に分けての行軍隊形での順次撤退は、囮の異形種の部隊が全滅する直前に魔族軍が森を脱した事で成功する。

「このまま帰ってくれればいいんだけれども」

 森から離れた場所で撤退した部隊が合流し、歩みを止める魔族軍。そこに囮となっていた異形種部隊の生き残りの数名が森から逃げてきて合流する。
 それから暫くその場で陣形を整えつつ待機していた魔族軍ではあったが、新たな合流者もエルフの追撃も無いままに時を過ごすと、じりじりと後退を始める。
 魔族軍は防御隊形のまま約一日掛けて森から距離を取ると、再度幾つかに分けた部隊を順次行軍隊形に変えて撤退していった。

「完全に撤退していったかな?」

 魔族軍が撤退した後、一日近くその場で観察して魔族軍が確実に撤退した事を確認する。念の為にプラタに確認を取る。

「はい。虚偽の撤退ではないようです」
「そっか」

 僕はエルフの方へと眼を向ける。戦闘隊形を維持したまま魔族軍が撤退した方角を向いていた。流石に追撃する余力も兵力も無かったようだ。

「じゃ、帰ろうか」
「エルフに声を掛けなくてもよろしいのですか?」
「返ってくる反応は大体予想できるけれど、一応約束を果たした事を告げといた方が筋は通るかね」
「もしエルフに会う事が御不快でしたら、私が報告だけ済ませますが? もしくはナイアードにするだけでもよいかもしれません」
「・・・いや、自分で行くさ」

 普段からプラタに頼り過ぎなのだ、自分で出来る事は自分でやろう。面倒な事この上ないんだけれど。

「畏まりました」

 了承したと会釈するプラタを目にして、僕達は未だに警戒しているエルフの一隊、リャナンシーの率いている部隊に近づく。

「魔族軍は完全に撤退しましたよ」
「オーガスト様!」

 僕の声に振り向いたリャナンシーが声を上げる。僕を見た周囲のエルフの空気が変わるが、リャナンシーの部隊からは嫌悪などの負の感情は薄く、敬意にも似た別の何かを感じる。
 リャナンシーの部隊と行動を共にしている他の部隊から感じる負の感情に変わりがないので、もしかしたら蘇生した事に感謝ぐらいはされているのかもしれない。

「完全に撤退したというのは本当ですか?」
「ええ、虚偽の撤退ではないようですよ」
「そうですか」

 僕の言葉にホッとするリャナンシー。

「人間の言葉なんか信じられるか!」

 しかし、リャナンシーの近くに居た男性エルフが吐き捨てるようにそう呟く。
 そのエルフから向けられる視線には、今すぐ襲い掛かってきそうなほどの憎悪しかない。そのエルフの言葉に同調した周囲のエルフが一斉に頷く。

「まぁ、信じるかどうかはお任せしますよ。それでは、約束は果たしましたので私はこれで」
「あ! 待っ――!」

 リャナンシーが声を上げるも、僕は気にせず背を向けその場を去る。あのままだとプラタとシトリーがエルフを殲滅しかねない。そう思ったのだが。

「逃がすか人間が!!」

 少し離れたところで、僕に向けて雷の矢が数発飛来してくる。
 勿論そんなものは念のために張っていた防御障壁のおかげで防げたが。
 僕は顔だけを後ろに向け相手を確認する。そこにはやはり先程の憎悪に満ちた目をした男性エルフが居た。一瞬消そうかとも思ったのだが。

「ヒッ!! 化け物!!」

 僕の向けた視線に短く悲鳴を上げて尻餅をつく男性エルフに興味が失せる。もう終わったのだ、面倒は御免蒙る。それに、両隣の殺意を本気でこれ以上抑えられそうにない。もしかしたら先程の男性エルフはこの二人の殺意にビビったのかもしれない。

「これで役目は果たしたな。後はナイアードだけか」

 そのまま何もせずにリャナンシー達の前から去った後、僕は背嚢を回収する為に少し遠回りする。
 背嚢を回収し終えると、森の入り口に向けて移動しながら残りの報告相手を思い浮かべる。それが終われば西へ帰るだけだが、さて、ペリド姫達は帝都から帰ってきているのかね? それにしても。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 僕は半歩後ろから付いてきている両側のプラタとシトリーの方を盗み見る。そこには爆破寸前の爆弾が二つあった。

「えっと・・・まぁ僕は気にしてないから」

 そう言って僕は前を向いたまま無理に笑う。正直足元からも感じる黒い気配は無視したかった。僕でもこれ以上この三人を止めきれないよ。

「寛大なご主人様が御赦しになられても、ご主人様を敬愛する我らの気持ちは怒りを覚えてしまいます」
「まぁゴミがほざいたところでどうでもいいんだけれど、何事にも限度ってものはあるよね。取るに足らないからって調子に乗りすぎてて、今すぐ責任を取らせるために全てのエルフを消し去りたい気分だよ!」
『創造主よ、貴方様の寛大さは敬服いたしますが、情けを掛けられる相手は選んだ方がよろしいかと愚考致します』
「ま、まぁ報告終えて役目を果たせた事だし、今はもうこれでいいよ。もうエルフに関わる事もないだろうし、さっさと帰ろうか」

 怒りを向けられていなくても、こんな強者達の怒りを間近で感じてちょっと恐かった。というか泣きたかった。

「今は、ですか。畏まりました」
「そうだね。次は、無いもんね」
『御意に。今回は、創造主に従いましょう』

 あれ? 言葉を間違えたかな? そうは思ったものの、もう言葉は発してしまったし、怒りを収めてくれるのであればもうこの際どうでもいいや。

「はは」

 もう、半ば自棄だった。何かあってもエルフの自己責任だろう。それにしても、あそこまで徹底的に嫌われるって、一体人間はエルフに何をやったんだろうか? それはナイアードに訊けば判るかな?





 魔族軍を撃退した後、僕達はナイアードの住まう湖を目指して森の中を進む。
 急ぐ帰路でもない為に速度はそこまで速くはない。休憩回数を多めにして、プラタやシトリー、フェンとの会話を増やしながら約十四日掛けてナイアードの住まう湖に到着した。
 湖に着くと、姿を現していたナイアードに迎えられる。

「ようこそ御出で下さいました。オーガスト様」

 ナイアードから恭しいお辞儀を受けた後、僕は魔族軍との経緯を報告する。

「ありがとうございました。お陰様でこの森は護られました」

 ナイアードの礼を受け、僕はエルフと人間の事を訊こうと思い口を開く。

「一つ訊きたい事があるのだけれど、いいかな?」
「私に答えられる事でしたら何なりと」

 ナイアードの答えに小さくコホンとひとつ咳払いをすると、意を決して問い掛ける。

「過去にエルフと人間に何があったのか知っていますか?」

 僕の言葉にピクリと僅かに反応する両脇の二人。余程エルフの態度が腹に据えかねているのだろう。

「どういう事でしょうか?」
「いえ、ただエルフが頑なに人間を拒絶するのには何か理由があるのかと思いまして」
「なるほど。それはさぞ御不快な想いをされた事でしょう。エルフに代わり私が心より謝罪致します。それでエルフの事を御赦し願えませんでしょうか? 必要とあらば何なりと私にお申し付けください」

 深々と頭を下げるナイアード。

「いや、それは――」
「本当です、ナイアード。貴女はエルフ達にどういう教育をしているのですか? それに、貴女の謝罪程度が贖罪になるとでも? エルフの大罪が如何ほどのモノか理解できない貴女ではないでしょう?」
「やっぱ滅ぼすべき? この森の上位精霊がこの程度なら、もういっそ森ごと消し飛ばそうか?」

 プラタとシトリーのたまりにたまった抑えきれない怒りを向けられ、ナイアードは恐怖に顔を強張らせる。二人に挟まれている僕も恐かったのだから、ナイアードが感じているその恐怖はもはや絶望だろう。
 とはいえ、このまま放っておいては本当に森が消えてしまう。それに話が先に進まない。

「いや、それはいいよ。僕は気にしていない。それより、何故ああも頑ななのかが知りたい」

 宥める様に両隣のプラタとシトリーの頭を撫でながら、ナイアードに問い掛ける。

「は、はい。それは今から少し前の話になります。正確な年数は判りませんが、森に入ってきた人間にエルフが魔法の基礎を伝えた辺りだったと記憶しています」

 という事は、今から大体二百年ぐらい前か。それが少し前ね、長く生きている者の時間の感覚は難しいな。

「最初はエルフも人間に対して友好的に接していました。といいますのも、その時にエルフは長年の闘争の果てにこの辺りの森の主導権を掴み取ったばかりで疲弊していたので、あまり新たな敵を作りたくなかったのです。それからエルフと人間の交流が始まりました。しかしそれは信頼関係を築く前に直ぐに潰えてしまいます」

 疲弊していたのは知らなかったが、そこまでは人間側の資料と同じだな。

「エルフには神聖視しているモノが三つあります。一つは自ら住処にして恵みをもたらすこの森です。二つ目がエルフに力を貸している我ら精霊。そして、三つ目が癒し手と呼ばれる存在です」
「癒し手?」
「いかな傷も癒し、死者さえ蘇らせる者の呼び名です」
「なるほど」
「現在は居りませんが、当時癒し手が一人存在していました。その癒し手はエルフの中でも大層美しく慈しみにあふれた女性でした。その癒し手が人間界へ訪れた事で、関係が今のようになってしまったのです。そもそも、癒し手が人間界へ赴いたのは、人間界に蔓延していた病を治して欲しいと、当時の皇帝を筆頭に、各国の王達に懇願されたからでした。その要請に応えて救護の一団を自ら率いて人間界に赴いた癒し手は、見事にその依頼を果たしてみせました。それどころか、病に罹り死んでしまった皇帝の愛娘をその奇跡の力により蘇らせました」

 そこまで聞けば後は容易に想像がついた。
 使者を蘇らせるのは昔から禁忌とされているうえに、帝国は成り立ちからして宗教勢力を利用していた国なので、昔から他国よりも宗教勢力の力が強い国らしい・・・それに、エルフは美麗だ。

「それを禁忌を犯したとして枢機卿なる人物が癒し手を糾弾しました。最初、それに皇帝をはじめとした助けられた大勢の者が抗議しましたが、蘇生で弱っていた癒し手とその救護団は投獄されてしまいました。それでも皇帝を信じながら力が回復するのを待っていた癒し手ですが、しかし皇帝は直ぐにその手のひらを返します。その後は言葉にするのも憚られるような凌辱の限りを尽くされました。弱っていた癒し手は抵抗もままならず皇帝に弄ばれ、癒し手を人質に取られた救護団もそのまま枢機卿をはじめとした帝国の中枢の者と、各国の王や貴族に嬲られました。その果ては・・・」

 そこでナイアードは初めて黒い感情を漂わせる。

「奴らはそのエルフ達を散々貪り楽しみ甚振(いたぶ)った挙げ句、信じられない事に弱り切ったエルフ達の生皮を生きたまま剥ぎ、剥製にしてしまったのです。現在でもそのエルフ達の剥製は各国の王達や貴族達が所持し、皇帝の手元には今でも癒し手の剥製があるはずです。それに、奴らは癒し手の持っていた魔法道具を奪い無断で使用しています。あれは使い方を誤ればただの呪いの道具だとも知らずに」

 それは気分のいい話ではないし、エルフ達の態度も納得できた。しかし、何故だかいまいち興味が持てなかった。というか呪いの道具って何だろう? 魔法道具は魔法的な何かを付加した道具だろうし。まぁいいか。

「なるほど。話してくれてありがとう」

 僕は礼を告げる。やはり人は人か。なまじ魔法を教えてしまったが為に起きた事態だな。魔法が使えなければ、いくら弱っていても逃げるぐらいは出来ただろうから。

「いえ。そういった事があった為に、我ら精霊は人の前に姿を現わさないようにしたのです」
「そうなんだ。だけど、僕には視えるけれども?」
「それはプラタ様が認められたオーガスト様だからこそです。本来であれば私とて例外ではないのです」
「なるほど」

 チラリとプラタの方に目を向ける。相変らずよく分からないが、凄いんだな。

「でも、人間界にも精霊は居るよね?」
「あれは情報を得る為の精霊です。とはいえ、元から人間界に力ある精霊は居ませんでしたが・・・もし居ればあんな事には」
「ふむふむ。勉強になったよ、ありがとうナイアード」

 僕の返答に、ナイアードは会釈する。

「そういう事なら、僕はもう行くよ。ここに人間が居るのは精霊もエルフも不快だろうし」
「そんな事は!」
「じゃあね、ナイアード。精霊にこんなこと言うのも変だけれど、お元気で」

 僕はまだ不満げな二人を連れて森の入り口を目指して歩き出す。もう採水する気分でもなかったし、異物はさっさとお暇するとしよう。といっても、まだ森の半ばなんだけれども。

しおり