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マリーボローのエミリー・ポポンス番外編

  番外編 
 オウムの傘と、タカの傘

 オウムの頭が柄になっている傘は、メアリー・ポピンズの自慢だった。エミリー・ポポンスのタカの頭が柄になっている傘は、それに対抗してエミリーが、特別に作ったものだ。
しかし、作ったものだけに、猛禽類のタカというより、かわいいお茶目なオウムのほうに似ているタカであった。

「おい、大きさは俺と同じくらいだろう? お前さんはどっから来たんだい?」
 そう言いながら、オウムの傘の頭は、黒い傘のボディについた星を、一つひとつむしりとって、床にほうりだしている。小さな星は、しばらくきらきらと光っていたが、そのうちに光らなくなり、床に溶けるように消えてしまった。
「なに言ってんだい。わしは、鏡の世界からご主人様に助けられて来たのさ。あんたもだろう?」と、タカの傘は、ちょっとクルクルと回った。
「俺は、昔は六十センチで二キロだった。遠くの空から落ちて、山林から下って都会に来る途中に密猟者に捕まったところを助けられたんだ。ところで、大きさをお前さんに聞いたんだよ」
「わしは、少なくとも本当のタカならオウムのあんたよりも大きいだろうよ。伝説でも、あんたより強くて権力もある。怖いものなしの鳥の王様さ」
「フン、俺様は、空から生まれた。宇宙だぞ! 見てみろ、星をたくさんにつけてきてしまった」
「なに! オウムのくせに生意気なやつだ。いっちょ、飛ぶ競争でもするか!」
「フン、俺達は、普通の鳥じゃないんだぜ。こうもり傘だ......お前さんのは、黒いレースまでついているじゃないか! なにが王様さ、それじゃ迫力ないっしょ」
「あったま来るやつだなぁ。わしは、水平飛行じゃ、時速八十キロ、急降下なら百三十キロはだせるんだぜ」
「俺も昔は、優雅な高速飛行ができる大きな羽を持っていたものだ。今でもお前さんと同じくらいには飛べるけどな」
「それじゃあ、どうだ。速度だけでなくて、美しく飛ぶ姿の競技だ」
「シャープな顔のお前さんより、どこか柔和な感じの俺様のほうが、どうしたって美しい形に飛ぶように見えるだろうよ。俺の勝ちだね」
「まん丸目で、おもろい顔で、よたよた歩きのあんたがどうして......美しい?」
「俺は、この華やかな立たせられる冠羽がある。ヘアをリーゼントのようにクールにできるんだ。ダンスもうまいんだ」
「空! でかぁ? できるの? まっ、やってみな。いざ、勝負だ」
 この鳥達は、ボディは同じ黒い色の傘である。その傘の柄の顔だけが違う。どうやって、違って飛ぶんだ?
 顔=頭が違う。オウムとタカ......脳みそが違えば違うことができる。それぞれのご主人様と家族の中での経験も違う。さてさて、どう勝負がつくだろう?
「ジャン・ケン・ポン!」と、オウムが声にだした。
「なんだ、ダサいな、最初はジャンケンか?」
「そうだ。ジャンケンほどシンプルな勝負はない。最初にどっちがやるかを決める! そこから、運! が始まってるんだ」
「アホくさい......よし、ジャンケンだ。ジャン・ケン・ポン!」って、「どこで、手を出すんだよ! バーカ、わしらは手がないじゃないか」
「頭でイメージするんだよ。俺らは、異界から来た鳥だろうが。なんでもできるさ」
 タカは、思いっきり首をかしげた。インコのようだ。
「確かに、わしらは普通ではない。でも手、ハンド! はどこにあるんだ?」
「いいから、いいか、行くぞ! 頭で強くイメージする。形で現れるのだ。ジャン・ケン
・ポン!」
 タカは、オウムの言うとおりにした。(よし、チョキだ。わしに合って、シャープな感じ!)タカは、頭にイメージが浮かんだ。(勝った)とほくそえんだ。
 オウムは、グーを出す。それぞれの傘の黒いボディの一部分が、ニョキ! とのびて一瞬、人の手の形になった。
「よっしゃ。ほら、できたじゃないか。それにしても、お前さん......超わかりやすい、わかりやす過ぎる。チョキだってわかるぜ」
「なに、わしを本当に怒らせる気か! 早く勝負の決着をつけよう。当然、勝つのはこのわし! と、世間では決まってるからな」
「タカよ、自惚れるなよ。お前さんの仲間は、みーんな自信家だ。でも、落ちこぼれのお前さんは、俺らと同じナッツやフルーツを食べたりしてるじゃないか。本来の狩り! を忘れてしまったタカなんてダメさ」
「うるさい! 飛ぶのは速いし、カッコよさでは、絶対に負けない!」
 オウムとタカは、少し離れてにらみ合った。
「あの山とそこの山の間、それを飛ぶのはどうだ?」と、タカはチョキのままの指を差した。そのまま傘のボディに手を戻すと、元の黒い傘になった。オウムも傘に戻った。
 いつの間にか、オウムとタカの周りの景色は、四方をゆるやかな山に囲まれている盆地となっていた。集落はない。が、鳥達の声は聞こえた。自分達も鳥なのだが、普通の鳥達は、オウムとタカにとってはなんの問題もない、つまり相手にはならない。
 でも、彼らほどの大きさではない鳥達は、「ピー、ピー、ピーチ、チュン、チュン、チ
ュン......」と、さえずりながらうるさく飛び回る。鳥達は、山の一つに整列するように全員が止まった。それぞれが、木の枝などに止まっている。小鳥達は、どうやら見物と決め込んだらしい。
「勝ったほうがあとだ。お前さんが先に演技を見せてくれ」
「なにが演技だ......フィギュアスケートじゃあるまいし。わしの華麗なる飛び方と、技術力の高い速度の水平飛行を見せてやる」と、タカはいきまいた。
「この山のてっぺんと向かいの山のてっぺんの距離で、中間に、三十秒のパフォーマンスを入れていかに速く飛ぶかを競う」と、オウムは言った。
「いいだろう。OKだ」
 タカも賢いが、オウムは知能が発達している。さて、この勝負はどうなるのやら.......と、
見物の小鳥達も興味津々だ。
 タカは、頭の毛を逆立てた。向かいの山の方向に、風が吹いてくる。タカは、一瞬目を閉じた。意識を集中してイメージする。狩りをするときの、昔覚えていた本能を呼び覚ます。(最初、山の頂上に上昇、それから急降下、水平飛行になる前にいっちょ、パフォーマンスのすごいのをかましてやる)
 狩り! を忘れたタカは、黒い傘のボディを垂直にして山の頂上に上がり、それから横向きになった。
 タカの優れた目を使い、注意深く観察するように、ゆっくりと旋回する。その視力は、人間の八倍だ。一度後退して、それから、傘を閉じて急降下した。
 途中で横になり水平飛行に移る一歩手前で、横転宙返りして、少しだけ片方の傘(羽)を広げると、風がそこに入り込む。また、反対側の傘(羽)を少しだけ広げるとそちらに傾いた。ジグザグを繰り返し、タカは落ちながら飛んだ。全部開いて、一直線になり空中で美しくポーズを決めた。すまし顔で、三回転をゆっくりとして上昇する。
 タカの顔の頭の柄を横にして、その体も水平飛行に移った。傘は閉じた。それからは、弾丸のように全力疾走で飛んだ。山の上を目指す速度は、百五十キロに達した。二分十秒だった。
 (どんなもんじゃい! 落ちてから瞬発力をつけて、どんな鳥でもこんなに飛べないだろうよ)それは、確かにオスプレイの最新航空機のようだ。
 あちらこちらで、小鳥達が騒がしく飛び跳ねて、鳴いている。(ブラボー!)、(ファンタスティック!)と、言っているようだ。
「ざっと、こんなもんだ。まだまだ、もっとパフォーマンスができるぞ。わしは、あんたみたいなオウムには負けない」
「タカさんよ、自分が王者なんて思い上がっちゃいけないよ。オウムには知恵がある。人のものまねも得意で、なにしろ俺らは、こまめに動くのよ。この冠羽だって、リーゼントのように立たせたり閉じたりも可能なんだぜ」
 そう言って、ヘアを膨らまして立たせた。また、それをぺタッとさせてみたりもした。
また、「ハロー、ハロー。おーい、お茶! 元気ですか?」などと、はっきりと人の言葉をまねして言った。オウム返しという技だ。
 周りにいる小鳥達も、いっそう鳴いて騒がしくしていた。「そうだ、勝負だ。早くやれ
!」と、せかす。 オウムは、自分で「よーい! スタート」と、勢いをつけた。
 オウムは、まずゆっくりと急上昇した。上昇気流に乗る。ちょっとカッコつけて、その垂直のまま、ホバリングのまねごとをする。見物の小鳥達には、超ウケる。小鳥達の仲間は皆、ホバリング(空中静止)は、得意で好きだからだ。それから、くちばしの中から大きな舌を出して、空に飛んでいる虫を食べるふりと、首を上下に揺らしてリズムをとった。少し後ろに傘が下がっていく。黒い傘のムーンウォークのような? 早くもパフォーマンスの始まりだ。それから、今度は空中散歩で、得意の毛づくろいという作戦だ。人気を取ることには、自信がある。
 すると、今度はパッと逆さまになった。「これぞ、雨の中の傘の逆さで宙返り......クゥ
ー、役立たず、でもそれはオウムの水浴びだ」と、オウムはたてに一回転してみせて、頭を下にした。絹の傘を、まるで羽のようにパサパサと、開いたり閉じたりと羽ばたかせた。
 黒い顔に赤いほっぺ、まん丸目を輝かして、「ぎゃー!」と一声あげて、今度は垂直に上がっていき、スピードをどんどんと上げた。それから、突如、水平飛行に頭を向ける。
思いっきりのスピードをだしていく。それは流れ星のように速かった。パフォーマンスに費やした時間がタカよりちょっと多くて、それでも、一分五十八秒だ。
 タカよりもオウムのほうが、どうやら圧倒的な勝利だろう。周りの小鳥達も、「ワンダフル! すばらしい......エクセレント」と、賞賛の声だ。
「わしが負けるはずがないのに......わしはご主人に作られたタカだから、仕方がないかもしれないが、タカは絶対に強者だ」
「そうだよ。お前さんはすごい。俺らは、目的からの後退、あきらめが早いが、お前さん達は違う。ハンターでやっぱり鳥の中の王様さ。俺が勝ったと思うのは、俺のご主人様が、偉大なメアリー・ポピンズだからさ。人生に勝ち負けなどない。そう思わないかい? 大体、お前さんと俺は、時代が違うでしょう! 一緒に戦えるわけないんだ。夢の競演だね。すごいじゃん」と、オウムの頭の柄がついた黒いこうもり傘は、またすっと浮いて、反対になった。つまり普通の傘の形.....でも、メアリー・ポピンズを空に連れて行くという仕事はないのだが、そういう通常の形のまま、静かに消えていってしまった。景色も消えた。

「おい、シナモン、なにをドリーミングしてるのさ。あなたが、起きてくれないから、なかなかメリーズ・ショップに行けないじゃないか!」と、タカの頭の柄が傘のシナモンは、銅像のエミリー・ポポンスに、怒られていた。
「夢......か! あの、オウムに競争しようといどまれまして、戦っておりました」
「あんた、なに馬鹿なことを言ってるの。オウムって......あの偉いメアリー・ポピンズの子分のことかい? 本来の動物のタカなら、あんたのほうが勝つかもしれないけれど、傘のあんたは、このあったしが、崖っぷちでくちばしを壊し、爪を抜いていたあんたを助けて連れてきた。そして、作ったんだからサイボーグと同じさ。あちらさんのことは、私でも知らないね。だけど、細工せずに生じたものなら、そちらのほうが勝ちさ。いつの世でも、自然に作られたもの、宇宙万物、人が手を下さずに創られたものなら、そっちが偉大なんだ。さて、それより今日も仕事だよ。あったしの魂は、まだまだ仕事中だわさ。ホホ
ホホー」
 そうエミリー・ポポンスは、笑って言った。
「さて、行こう! シナモン」
 シナモンは、黒い頭のヘアを逆立て、赤い目を鋭く光らせた。その視力で、辺りを注意深く見渡す。
「今日は、どんなことが起こるんだろうね。先が見えないからこの世界はおもしろい。今日も、あったしのガードマン......相棒のシナモン、たのんだわよ」
「アイ・アイ・サー」
 

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