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気ままな休日

 調査を終えた翌日。
 一日休日となっている僕は、水筒を持って前回の休日の時に行った森へと足を向ける。
 森の中は相変わらず人の気配がなく、少し落ち着く。そのまま暫く森を歩くと、前回と同じ場所に到着した。

「フェン」
「御呼びでしょうか、創造主」

 名を呼ぶだけでフェンは意を酌んで姿を現してくれる。

「今日も背に乗りたいところだけれども――」

 そこで言葉を切ると、僕は懐から短剣の鞘に納まった長剣を取り出す。

「フェンはこの剣で斬られたら傷を負う?」

 鞘から長剣を引き抜いて問い掛ける。

「それぐらいでしたら傷は負いません」
「なるほど」

 プラタとシトリーからは外の世界でも通じるそれなりの性能の剣だと評価されたが、どうやらフェンにはそれでも届かないらしい。

「それなら良かった。フェンに少し剣の相手になってほしかったんだ」
「剣の相手で御座いますか?」

 僕の言葉に、フェンは困惑する様な声音を出す。まぁそれもそうだろう。フェンと僕とでは体格や歩き方など色々と違い過ぎる。

「これからこの剣で戦う事が増えるかもしれないからね、今の内に慣れておきたいんだ。それに、相手は人間と同じ様な姿形とは限らないからね」
「そういう事でしたか」
「うん。だから、もしこの剣でフェンが斬れちゃうなら、木の棒ででも代用しようかとも考えていたんだけれど」

 真剣での練習とはいえ、練習は練習だ。間違えたり何かの弾みで斬ってしまう訳にはいかない。

「でも心配なかったみたいで安心したよ」
「偉大なる創造主より頂いたこの身です。例え創造主が手ずから生み出された剣とて、半端なモノではこの身に傷一つ付けられませぬ」
「はは、それは僕が何かした訳ではなく、フェンの成長の賜物だよ」

 僕は軽く笑うと、剣を抜いたまま鞘を懐に仕舞う。

「最初はとりあえず剣を振った感触を確かめたいから僕は極力魔法は使わないけれども、フェンは使ってもいいからね」
「承知いたしました」
「あ、でも――」

 そこで僕は悪戯っぽく笑みを浮かべる。

「僕を殺さない程度で頼むよ」
「勿論で御座います。そんな畏れ多い事出来ようはずがありません」

 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、フェンはもの凄く真面目な声音でそう承諾した。

「じゃあいくよ?」
「はっ!」

 一応両手剣なので、最初は両手で剣を掴み構える。重量的には付加魔法が問題なく常時発動している為に片手でも容易に扱えるのだが、それでも両手の方が力は入るはず。
 まずは剣先を下げて下段に構えると、フェンの動きを観察する。
 体高を僕より少し低いぐらいにしているフェンは、今にも飛び掛からんばかりに足を曲げてこちらを窺っている。
 目の前に居るのは、今まで戦ってきた中でも最強の相手。漂う緊張感は唾を飲み込む音が大きく聞こえる程。
 そんな緊張感漂う睨み合いが暫く続く。どうやらフェンは攻めるより迎え撃つ方を選んだらしい。ならば、いつまでもこうして睨み合っていては訓練の意味がない。
 意を決して僕は身体を前に倒すと同時に地を蹴る。この時ばかりは多少柔らかい森の土が憎らしく思えてくる。
 正面から一気に近づくと、フェンが剣の間合いに入った瞬間に身体を捻っておもいっきり斬り上げる。
 僕の長剣とフェンの前脚の間合いでは、僕の剣の方が僅かに有利ではあるが、フェンは身を引く事でギリギリ間合いの外に出た。
 身を引いた事で体重を後ろ脚に移したフェンは、そのまま重量を地面に叩きつけた反発で前へと身を乗り出すと、勢いを乗せた片足を持ち上げるようにして僕に襲い掛かってくる。

「くっ!」

 持ち上げた勢いのままに後方へと円を描くように動く剣を力づくで引き寄せると、自力と上段からの落下の勢い、それに一時的に重量軽減を解除した剣自身の重量を足した一撃を、迫りくるフェンへとぶつける。
 その渾身の一撃は、フェンが繰り出していた前脚とぶつかり、トンという、適度な柔らかさを持つ物に当たった時の様な鈍く小さな音と僅かに食い込む様な感触を感じた頃には、僕は腕ごと剣を弾かれていた。
 剣が強く上に弾かれたことで、それに引っ張られた両腕が持ち上がり、胴の部分が無防備に晒される。そこにフェンが剣を弾いた前脚を振り下ろした。

「っ!!」

 僕はそれを咄嗟に張った防御障壁で防ごうとするが。

「僕の負けか」

 その時点で勝敗は決した。練習なので勝ち負けもないかもしれないが、防御魔法を使った時点で僕の負けだ。そもそも、どうやらフェンは寸止めするつもりだったらしく、ギリギリで張った防御障壁からは大して衝撃を受けなかった。

「いやー、フェンは強いな」

 付加魔法以外に魔法を使っていなかったとはいえ、手も足も出なかった。渾身の一撃もあっさり弾かれたし。

「小生は戦う為に創られた様なモノですから」

 当たり前の如くそう口にしたフェンに、僕は首を傾げた。

「ん? 違うよ? まぁ形の元になった存在の存在理由までは流石に分からないけれど、僕は魔物創造に興味があったから行っただけだし、その後は一緒に暮らそうとは思っていても、戦いの道具として創った覚えは全くないんだけれども?」
「・・・・・・」

 僕の言葉に、フェンは驚いたように固まる。というか、そういう風に思っていたのか。意思を与える際にそういう事も知らぬ間に考えていたのかな?

「ほ、本当で御座いますか!?」
「うん。今でも戦闘の道具というより仲間? もしくは家族かな? まぁ今後は移動の際にはお世話になるかもしれないけれど、少なくともそれ以外は特に考えてないな。フェンの好きにすればいいさ。・・・哀しいけれど、僕に愛想が尽きたならば、無理に近くに居なくても自由に生きればいいとも思ってるし」

 そもそも僕はフェンを道具として見たことないしな。

「御傍に、永久に創造主の御傍に控えさせて頂きます。この身は創造主の為だけに!」

 頭を下げるフェンに、僕は困ったように頭をかく。まぁさっき言葉にしたように、好きにすればいいんだけれども。

「これからもよろしくね」

 とりあえずそう返しておく。一緒に居てくれると言うのであれば、歓迎はしよう。

「はい! 我が創造主!」

 にこやかな雰囲気で元気よく答えるフェン。

「少し休憩にしようか」

 昼になったので、区切りも丁度いいと一度休む事にする。休憩が終わったら、次は身体強化ぐらいは使ってみようかな。
 フェンとの戦闘訓練を一時中断してから休憩を挿むと、僕はその場に腰を下ろす。その隣でフェンが寝そべった。
 そんなフェンの身体を撫でながら、持ってきていた小振りの水筒を腰の小さな荷物入れから取り出す。中身の水を飲んでから水筒を仕舞うと、今度は鞘に納めた剣を手に取った。
 重力軽減のおかげで大分軽くなっている為に振り回す分には何の問題も無いし、重量を元に戻すのも、その逆も難しくはなかった。
 切れ味も鉄の塊が難なく斬れるぐらいだから十分だろう。
 水属性の自浄はプラタとシトリーが外でもやっていけると認めるぐらいには高性能で、実際手入れがかなり楽になってとても便利だ。
 それにしても、この鞘に施している空間を歪める魔法は便利なモノで、主に背嚢などに使われているので収納魔法と呼ばれている。
 収納量を増やすこの魔法の需要は非常に高いものの、これを施すのも維持するのも魔力の消費量が多い為に、あまり容量を増やせない事が難点だろうか。袋などに使われている収納魔法は、一般的に元の容量から二三割増やせればいい方で、市場などで売られている品物は、値段や供給量的にも一割増ぐらいが一番多かったような気がする。
 つまりは手元のこの鞘は収容倍率がとても高いという事になる。とはいえ、鞘自体が小さいのでそんなに魔力を必要としていない。
 まぁそれはそれとしても、日常生活を送る分には一割でも容量が増えれば十分便利なモノだろう。

「とはいえ、背嚢自体が邪魔なんだよな」

 それでも、その程度では大量の水は入らない。

「大量の収納が欲しいけれど、背嚢などの現物は邪魔。となると・・・どうすればいいんだ?」

 僕は思案しながら手慰みで手元に小さな魔法を発現させたり分解したりを試みる。数度それを繰り返した後に、前に考えていた吸収を追加してみる。流石に自分の魔法だからか、一発目からとても簡単に成功した。
 それを行いながらも思案を続ける。
 とはいえ、漠然と考えていても分からないので、まずは問題を分解するところから始めてみる。要点は二つ。一つは容量の大きな収納という事。二つ目が持ち運び時に現物の必要ない収納だという事。
 これを踏まえて、まずは大容量収納について考えるよりも前に、どうやって背嚢などの現物が無い状態での収納空間を確保するか、だ。
 記憶を探るも、僕の記憶の中にはそんな便利なモノや、応用や転用が出来そうなモノはない。そもそも荷物を入れる物があるのが普通なのであって、それが無ければ手で直接持ち歩くなり、何かに載せてそれを曳くなりしなければ持ち運べない。
 その荷物を持ち運ぶべき手段を従来とは別のやり方で見つけなければならない訳だが。

「そんな天才みたいな事出来るはずがないよなー」

 僕は至って凡人だ。まぁちょっと人よりも魔力量は多いものの、それ以外にろくな取柄が無い。
 そんな僕には無から有を生み出すような天才的な発想は持ち合わせがないので、まずは現存する知識からどうにか応用や転用が利かないかを探る。もしかしたら既存のモノを組み合わせる事で新たな発想に繋がるのかもしれないし。
 持ち運びが出来て、いつでも取り出せるのが理想だが、それには背嚢やポーチの様な収納が必要。これを現物ではない何かで代用しなければならない訳だが・・・うーん。そこに在るのに無いモノと言えば・・・魔力? いや、魔力に物を収納するのは無理だし、そんな概念を与えてしまえば現出してしまい、結局手元に物が在る状態になってしまう。

「うーーん。難問だ」

 しかしいくら考えてみても、僕の知識の中では魔力以外に該当するモノは無い。空気は・・・多分違うと思うし。
 魔力に形を与えないで収納空間としての性質を持たせるというのは、無理なような気がするな。でも、それ以外に形の無い収納というのは考えられないし。
 僕は頭を悩ませるも、答えは出ずに息を吐く。

「もう一つは大容量収納か」

 空間を捻じ曲げ、そこの空間を広げるというのは結構丁寧な作業が必要になってくる。この作業を大雑把に表現すると、同量の大きさでも形が違えば収納量が変わってくるとでも言えばいいのだろうか。
 しかし、空間に細工をする作業には大量の魔力が必要になってくるうえに、捻じ曲げた空間をその状態で維持し続けるのもまた大量の魔力が必要だ。
 通常、この手の魔法道具は周囲の魔力を吸って効果を発揮するのだが、空間を捻じ曲げすぎるとあまりに膨大な魔力が必要になってきて、周囲の魔力だけでは空間を捻じ曲げ続ける事が出来なくなってしまう。そういう魔法道具は大抵の場合、所有者の魔力を吸い取る事になる。それ故に体内の魔力保有量が少ない者の多い人間界では需要が無く、例え作ったとしても少数しか売りに出せないという悩みもあった。売っている間は商人が所有者になるので、売り出す前に商人の魔力が干からびてしまうのも問題だろう。もっとも、それ程の収納魔法を組み込める人間自体、かなり限られてくるのだが。
 では、どうにかして自分のではなく他人の魔力を強引に吸わせるようにするとなると、その時点で犯罪者だ。それもかなり重い罪の。そもそもそんな魔法道具は扱いづらいだろう。所有者も近くに居たら巻き添えになりそうだし。
 大容量となると、そういった壁を乗り越えなければならない。その辺りの工夫は、残念ながら腹案は無ければ、閃きも勿論無い。

「うーむ、困った」

 そこで僕は続けていた手慰みを止める。自分の魔法ではあるが、大分分解からの吸収が出来るようになってきた気がする。
 そのまま現実から顔を背けるように、隣で寝そべっているフェンのモフモフに顔を埋める。魔物だからかにおいは特に無かったが、柔らかい毛並みはふっくらとした布団の様であった。
 そのままモフモフを堪能して顔を上げると、反対を向いて背を預けてみる。

「フェン。これ苦しくない?」
「大丈夫で御座います」

 特に嫌がる素振りを見せる事無くそう答えが返ってきたので、僕は引き続き椅子にもたれるようにして身体を預ける。

「ふぁー、気持ちいなー」

 このまま眠ってしまいそうなふかふかに、思わず声が出てしまう。

「創造主に気に入っていただけたのでしたら何よりで御座います」

 嬉しそうなフェンの言葉に「最高だよ」 と蕩け気味に返す。フェンの毛並みに身体を預けるのは、気分的にはお湯にでも浸かっている様な気持ちよさだ。
 そうやってフェンに背を預けたままのんびりしていると、戦闘訓練なんてどうでもよくなってくる。このまま日暮れ前まで過ごそうかと思いながらも、木々の合間から空を見上げ、顔を見せては去っていく雲を眺める。もう昼過ぎか。
 ずっと新しい収納魔法について考えたが、結局直ぐに名案は浮かばないらしい。それでも何か閃きそうな感じはするんだけれどな。

「まぁいいか」

 僕は一度頭を切り換えると、戦闘訓練を再開する為に名残惜しくもフェンから身体を離す。

「ん、訓練を再開しようか」

 立ち上がって一度大きく伸びをすると、起き上がったフェンに顔を向ける。

「畏まりました。創造主」
「今回は身体強化を使うね」

 最初に前回の戦闘訓練と今回の戦闘訓練の違いを伝える。

「フェンは前回と同じで魔法も使っていいからね」

 僕の言葉に了承の意を込めて頭を下げるフェン。

「それじゃ、始めようか」

 フェンと距離を取ると、僕は鞘から剣を抜いて下段に構える。前回と同じ動きでどれだけ違うか試してみよう。
 身体強化を使用して一気にフェンとの距離を詰める。視界が流れて一瞬のうちにフェンの目の前に移動すると、フェンの前脚目掛けて剣を斬り上げる。
 今度は回避こそされなかったが、狙っていた前脚で僕の剣は容易く横に弾かれた。そのまま弾かれた剣に身体が持っていかれそうになるのを、腕と脚に集中して強化を施して強引に剣を引き寄せる。その勢いのままに身体ごと剣を薙いで、フェンの前脚の付け根辺りを狙う。

「っ!!」

 その振り抜きは、フェンが張った防御障壁にあっさりと阻まれる。結果的に自分の方に勢いが返ってきて、痛みが全身を駆け巡る。
 痛みで硬直しそうになる身体に無理矢理力を入れて跳び退くと、目の前をフェンの前脚での横薙ぎが通過する。当たりはしなかったものの、それで起こった風に煽られて思った以上に後退してしまう。

「はぁ、はー」

 呼吸を整えながらフェンと対峙する。刃が通る通らない以前に、剣が掠りもしない程の力量さがある相手というものは、実像よりも大きく見えるものらしい。
 これからどう攻めようかと行く通りも思案するが、どれだけ考えてみてもフェンに剣が届く想像が上手く出来ない。これがただの訓練で良かったと心底思う。実戦では他の魔法も使うとはいえ、フェンとでは少々勝利は覚束ない。
 それでも折角の訓練なのだ、諦めずに考え挑む事にも意味があるだろう。
 僕は両手で掴んでいる剣の柄を握り直すと、腰を落として腕を持ち上げ、鋭利な切っ先をフェンへと向ける。

「ふぅ。行くよ!」

 脚に強化を集中して地を蹴ると、フェン目掛けて突撃する。最初の突撃よりも明らかに速い速度の突撃ではあったが、フェンはそれに難なく前脚を合わせてくる。

「はっ!」

 斜めに突き上げるように迎撃してきたフェンの前脚が、僕が突き出した剣先とぶつかる。その一瞬の激突で剣がフェンの前脚に突き刺さる様な事は無く、そのまま押し出される様にして吹き飛ばされた。

「よっと」

 後方から自身に向けて風を起こす事で勢いを殺すと、木にぶつかる前に着地する。

「むぅ。また負けたか。しかし、全く届かないな」

 身体強化以外の魔法を使ったので負けと、勝手に決めて剣を鞘に納める。それでフェンも訓練終了を解して脱力する。

「うーむ。もう少し剣術を学ぶべきか・・・僕の剣技なんてほとんど剣を振り回しているだけな感じだしな」

 僕は顎に手を当てて思案する。剣に出来る事なんて斬るか突くかだけだ。一応殴る事も出来るには出来るが、それは切れ味が鈍った後の話だろう。とはいえ、切れ味は付加魔法のおかげでそうそう鈍らないからな。
 他にも防御にも使えるとはいえ、僕の鉄剣は幅がそこまで広くないので厳しいだろう。強度も付加魔法のおかげで高いから、多少の無茶は利くんだけれどもね。
 という事は、斬る・突くをどう効果的に組み合わせるかという事か。その為には状況を想定して考えなければならない訳だけれども。

「・・・・・・」

 なんか面倒くさくなってきた。もう攻撃を組み合わせる事を考えるよりも、どうやって相手の攻撃を避けて隙を衝くかを考えた方がいいような気がしてくる。速度なら上げられるからな。反応速度も知覚速度を上げればまだ何とかなる。

「・・・うん。その方が早いかもな」

 現在はもうすぐ夕方になろうかという時刻。つまり時間的にはまだ少し余裕があるという事なので、少しフェンに背を預けながら思案する。
 ぐるぐると様々な考えが浮かぶも、そんなに時間も無い為に、結局は身体強化と五感強化の運用方法を考える事にした。
 どれだけ今以上に効率的に魔法を運用するか、特定部位を集中して強化する際に素早くその部位に強化を集中させるにはどうすればいいか、という事に焦点を当てて考えた。
 そのまま夕暮れ前までの僅かな時間をそうして思考に費やすと、森の出口までフェンに乗って移動し、残りは徒歩で移動する。その道中は部位強化を素早く切り替える訓練をしながらの帰途とした。
 宿舎に到着したのはすっかり周囲が暗くなった頃で、部屋にはセフィラとティファレトさんが居た。アルパルカルとヴルフルは今日も夜警らしい。
 僕はお風呂で身を清めると、その日は他に用も無かったので、大人しく就寝する事に決めた。

しおり