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閑話 トゥール村の危機

 王都より東に7日ほど歩いたところに小規模なトゥール村という村落がある。街道と河川交通もあり、人々の往来は絶えず周辺の豊かな自然に恵まれ、100戸ほどの家が立ち並んでいた。
ある程度以上の規模の村や町にはギルドが存在し、自由戦士や冒険者への仕事の斡旋をしたり住民の困りごとの解決などをしている。
今までずっと続いてきた日常、同じ明日が続くと信じて疑わない、そんな日々はとびっきりの凶報とともに終焉を告げた。
ギルドに深手を負った兵が門番とともに転がり込んできたのは日が傾き始め、人々が帰路につく時間帯だった。

「ギルドマスターはいるか、報告がある!」
「少しお待ち下さい、すぐに呼んできます!」

 どうやらろくでもない状況になりつつあるらしい。仕事を終えて食事をしたり飲んだくれている冒険者達が一斉にそのやり取りに注目し始めた。領主が近隣に現れた盗賊を討伐に向かったのは3日前の早朝であった。小規模な盗賊団で、100の兵を率いていればまず負けはない状況である。事実盗賊団の討伐には成功しつつあったが、森の大型魔獣が乱入してきた。交戦中のところに群れで殴り込まれ、双方多大な死傷者を出したらしい。更に間が悪いことに、指揮官の男爵が真っ先に魔獣の胃袋に収まったため兵たちはこのトゥール村めがけて敗走中で、当然のように魔物の群れもそれを追いかけて接近中である。時間の猶予はほぼ無いと実に絶望的である。マスターの指示で近隣にいる冒険者や自由戦士に召集の指令が飛んだ。

「この場にいるものよ、状況は理解しているものと思う。モンスターの群れが村に向かっている。村長の居館に住民を避難させる時間を稼ぎたい。問題は、領主が戦死しており隣のオルレアンに伝令を飛ばしたが、短くて1週間を持ちこたえねばならん。緊急依頼となるのでスマンが拒否権はない。わしが総指揮を執るので、皆の助力に期待する」

 冗談じゃねえ、死にたくねえなどのさざめきが広がるがギルドは地方では領主以上の影響力を持つこともある。ひとしきりぼやいたあと覚悟を決めた戦士たちがギルド前広場に整列していった。
奇襲とはいえ100の兵を敗走させた魔物の群れである。全てが戦死したわけではないとのことで、集まった兵力の半数、50ほどが偵察部隊として編成され北西の森に向け出撃した。移動するに連れ、負傷した兵を収容し、後送したうえで歩を進める。平原と森の境界線で息絶えた兵にかぶりつく魔物の群れの先遣隊と出くわした。数は30ほどで、数にまさる上に、日ごろ森の魔物駆除を生業としている冒険者達である。手慣れた連携で駆逐していった。森の奥から第2波の魔物が来たが、これもなんとか撃退しており、一息ついた時に軽傷だったために後方でついてきていた兵が叫んだ。村から火の手が上がっていると。偵察部隊のリーダーは村に引き返すように叫んでいた。

 一方その頃、村では住民の避難作業がほぼ終わりに近づいていた。東西の門以外は、境界は柵のみで大型魔獣の攻撃にはほぼ意味が無い状態である。村長の館は南のやや小高い丘にあり、堀切と兵が築かれており、簡単な防衛施設としての設備が整っていた。村の外周を警戒していた冒険者から敵発見の合図である火球が打ち上げられ、交戦が始まったこと認識した。
 村長の息子であるカイルが自警団を率いて村の北に向かった。カイル自身は長剣を装備しているが、それ以外は農具に毛が生えたようなものや狩猟用のショートボウなどが中心で、お世辞にも装備は整っていない。森に住んでいた猟師のロビンが、獲物を売りに来るついでに村長宅に逗留していたため、カイルとともに出撃していた。北から柵を破って50ほどのゴブリンとオークが侵入しており、駆けつけた冒険者が迎撃していた。オークメイジが混じっており、先ほどの合図の火球に対抗しようとしているのかファイアボールを投げ込んできている。今にも投擲しようとしているオークメイジの鼻面に矢が突き立った。制御を失った火球はその場で爆裂し、オークたちに混乱を巻き起こす。自警団が弓矢を打ち込み、こちらの敵襲はなんとか撃退できそうだった。そして村の東門付近から大型魔獣の方向が轟き、魔法の雷鳴が東門と近隣の住宅を吹き飛ばした。

「キマイラだと?!」

 ギルドマスターは顔色を失って絶句した。知能が高く、魔法を使いこなす上位魔獣で、騎士団が出てくるレベルの相手である。

「……誰か、キマイラを食い止めてくれるものはいないか?この館もキマイラの攻撃は防げぬ、皆殺しにされる。正直に言えば、死んでくれと言っているのと変わらん」

 お互いの顔を見合っても前に出てくるものはいなかった。落雷の音がどんどんこちらに近づいており、キマイラがこちらに近づくのがわかる。村人もパニック寸前だった。そんなさなか、大剣を担いだ少年と、同じ年頃に見える少女が進み出た。

「俺達が行こう。少しは腕に覚えがある。俺は見ての通り剣を、こいつは魔法が使える」
隣の少女が頷いた。
「すまぬ、行ってくれるか、報酬は望みのものを約束しよう。わしの手の届く範囲になるがの」
「いいだろう、弾んでくれよ」

そう言って少年はにやりと笑みを浮かべ、門を開き出撃した。彼の握りしめた拳が震えているのを、その場にいた誰も気づくことはなかった。

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