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初めての……

  明日が営業会議とあって、遠方の支社の
  営業さん達も続々と前日入りして来た。
  
  
「よぅ、和泉。元気そうだな」

「あ、西園寺さん。お久しぶりです」


  彼は杜の都、宮城県の仙台支社第1営業部部長の
  西園寺要さん。
  
  2年前まで、この本社で働いていたけど、当時の役職・
  係長補佐から一気に出世し部長となって、
  仙台支社へ栄転して行かれた。
  
  
「今年も宜しくな」

「はい。こちらこそ宜しくお願い致します」


  アルバイトでも勤続・3年目ともなれば、年に2回ある
  営業会議も6回目になるわけで。
  
  それなりに顔見知りの営業さんも多い。
  
  そんな各支社の営業さん達と、幾度となく
  挨拶を繰り返していると。
  
  氷室統括から声がかかった。
  
  
「和泉、社外に出るからそのままついて来い」

「―― 社外、ですか?」


  プロ企のお局・笠井さんが訝しげな視線で
  部長と私を見ているので、
  自然と私の目も笠井さんに向いてしまう。
  
  
「氷室部長、和泉さんをどこへ連れて行かれる
 おつもりですか?」


  笠井さんが部長に尋ねた。
  
  
「なぁに、**物産へプレゼンの資料渡しに行くだけだ。
 時間は取らせん。和泉、行くぞ」
 

  2度も言われては……と、いう訳で、
  とりあえず黙ってついて行った。
  背中に笠井さんの何ともいえない視線を
  感じながら……。
  
  
  私、会社へは基本自転車かバス通勤だから、
  地下駐車場へは初めて降りた。
  
  さすが、高級車が整然と並んでいる ――。
  
  そのまま部長の後ろをついて行くと、ややあって、
  メタリックブラックのセダンのフロントライトが
  点滅した。
  
  部長が助手席側のドアを開けてくれ、
  
  
「どうぞ」

「は、ぁ ―― では、お邪魔します……」


  う、わぁ―― 何気に緊張する……せやかて、
  男の人の運転する車 ―― しかも助手席!に
  座るなんて、子供の時以来だもの。
  
  勧められたまま、図々しくも座ってしまったが。
  
  
「あ、あの ―― 助手席で、宜しいんですか?」

「もちろん大丈夫だよ。彼女なんて、おらへんし」     
   

  ふ~ん、そうなんだぁ……意外。
  
  
「今、オレの事、遊び人なのに珍しいとか思ったろ?
 顔に出てる」
 
「あ、いえっ ―― ただ、部長なら、彼女の1人や
 2人いても可笑しくはないなぁ、とか、寧ろ
 いない方が可怪しいと言うか……」
 
 
  あぁ ―― あかん! 
  喋れば喋るだけドツボに嵌ってく。
  
  
「ハハハ ――。ま、いいさ。ほら、行くぞ。
 シートベルト締めてな」


  部長は笑いながら車を発進させた。
  
  緩やかに、自然に車は加速していく。
  
  その意外に穏やかな運転に私は少し驚いた。
  
  部長のドライビングテクニックにもそうだが、
  この車、祐太朗が中古で買った軽とは乗り心地が
  雲泥の差だ。
  
  
  
  しばらくすると、取引先の**物産へ到着。
  
  部長はA4サイズの封筒を担当の人に手渡し、
  2~3言、他愛もない雑談を交わしただけだった。
  
  
  帰路について車を走らせながら、ふと部長が
  言った。
  
  
「……昼、済まして行くか」

「はい。でも部長、私手ぶらなんです。携帯も
 お財布も会社に置いて来てしまったので……」
 
「いいよ。付き合ってくれたお礼に奢る」

「そんな……」


  悪い、と、思いつつも心の中では
  ”ラッキー、助かった。ちょうど今日は寝坊して、
   お弁当作ってるヒマなかったんだぁ”
  と、顔も綻ぶ。
  
  
「何が食いたい?」

「お安くてボリュームのあるモノなら何でも」


  まるで、近所のお兄ちゃんについて来たような……
  そんな、優しい時間が流れていく。
  
  
 ***  ***  ***

 
「―― さ、着いたぞ」


  そのお店のドアマンらしいロマンスグレーの
  小父さんが車外からドアを開けてくれた。
  
  えっ ―― ドアマンなんているの?
  
  少し、焦りつつ、降り立った目の前にあるその
  レストランの外観を見て、足が動かなくなった。
  
  どう見ても ”安くてボリューム満天系”の
  庶民的なお店ではない。
  
  
「あ、あの ―― このお店、ドレスコードとかは……」

「服着てりゃあ充分だ」


  どんどん歩いて、先を進む部長に、ただペット
  のようについて行くしかなかった。
  
  
 ***  ***  ***
 
 
「いらっしゃいませ、氷室様。ようこそおいで下さい
 ました」


  気持ちの良いマネージャーの挨拶。
  まるで、上得意客にでもなったかのような
  出迎えだった。
  
  
「こちらへどうぞ ――」


  案内された席は、間違いなくこのお店で
  1番良いお席。
  
  完全な個室ではないけど、一般のお客がいる
  スペースとはお洒落な衝立で隔たれていて。
  目の前には手入れの行き届いた、
  見事なイングリッシュガーデンが広がっている。  
  
  
「わぁ ―― キレイ……」


  思わず、感嘆の言葉が洩れた。
  
  
「実は、ココ、入社試験代わりにと、社長から初めて
 1人でコーディネートを任された店なんだ」
 
 
  えっ、入社試験代わりって……ほな、今の私と
  ほとんど変わらない年の時、こんな大仕事を
  やってしまったの?
  
  しかもたった1人で!
  
  部長への尊敬の念を、また新たにした。   
  
  そして、その端正な顔立ちと、
  無邪気そうにキラキラ光る澄んだ瞳に……
  思わず見惚れる。
  
  これがデートなら、お伴のパートナーは
  間違いなくイチコロだろう。
  
  あぁ、危ない 危ない……危ない?! 
  一体何が?
  
  危うく、私までもが勘違いしちゃうところだった、
  部長と私はそんな関係ではない。
  
  と、言いながらも、私は部長の大人な立ち振舞いに
  すっかり惹き込まれていた。
  

  
「―― とても美味しかったです」

「喜んでもらえて良かった」


  デザートも食べ終わり、しばらく食後の
  エスプレッソを楽しんでいると ―― 
  そこへこれまた、部長に負けず劣らず
  端正な顔立ちのハンサムさんがやって来た。
  
  
「竜二、来るならもっと早うに連絡よこせよ」

「んン ―― お前に会うつもりはなかった」


  けど、このハンサムさん、よ~く見ると顔の作りが
  部長と似ているような気がした。
  
  
「相変わらず冷たい奴ちゃなぁ~」

「仕事の途中で寄っただけだし」


  ホント、見れば見るほどそっくりに見える……。
  
  
「あ、こいつはオレの兄貴、この店のオーナーシェフ
 なんだ」

「へぇ~、お前が連れてきた女の子紹介してくれたの、
 初めてやなぁ。初めまして、竜二の兄で伸吾言います
 宜しゅう。ところで、こいつにはもう食われた?」
 
「えっ?! あ、いや、何と言うか……」


  あぁ、あかん……ボロボロやわ。
  

「竜二のストライクゾーン、ど真ん中やな」


  と、ニヤリ不敵な笑みを浮かべた。         

       
「からかうなよ。彼女は会社のアルバイト。
 つまりオレの部下なのっ。和泉だ」
 
「ふぅ~ん、和泉さん、ね。下の名前、
 おせーてくれる?」

「凪って言います」

「凪ちゃんか。キミに似合いの可愛い名前やね。
 竜二に愛想が尽きたら
 いつでも俺んとこにおいで?」
 
 
  伸吾さんは、言いながらウィンクを送ってきた。
  
  
  初対面とは思えないくらい、
  いいようにからかわれ、
  何度も真っ赤になった私。
  
  けど、真っ赤になる度、また心臓が高鳴った。
  
  コレって、もしや……。
  
  まさかね。
  
  部長と私じゃ、まさに ”月とスッポン”だ。
  
  オトナのジョークくらい、さらりと躱(かわ)せる
  ようにならんと。
  
  自分へ言い聞かせる。
  
  何か、普通に仕事するより疲れちゃったよ……。
  
  
  とは言え、ちゃっかりご馳走して頂き、
  お店を後にした。
  
  帰り際に伸吾さんが、投げキッスを飛ばしながら
  言った。
  
  
「キミの為ならいつでも一番の席を用意するから、
 またいつでもおいで。未来の若奥さん」
 
 
  も、伸吾さんてば……。
  
    
 ***  ***  ***
  
 
  もう、一か所取引先を回ったので、京都御所の横を
  通過した頃には、辺りは夕闇が迫り始めていた。
  
  
「あっと、いけね。つい調子にのって連れ回してたら
 こんな時間になっちまったな。和泉の自宅まで
 ナビしてくれるか?」
 
「あ、そこいらで落としてくれれば、自分で適当に
 帰りますから」

「いや、就業時間外まで付き合ってくれたお礼に、
 送らせて欲しい、それとも、よう知らん男に
 自宅を知られるんは怖い?」
 
「いえ、そんな事は……ほな、四条通りの方へ ――」

「あ~ぁ、ダメダメ」

「へ?」

「和泉ぃ、お前、年頃女子のくせしてかなり無防備だ。
 いくら職場の上司だからって、知らん男に変わりは
 ないやろ?」
 
「じゃあ、祇園四条駅の近くで降ろして下さい」

「送らせてはくれんのかぁ……」

「ほな、どうすればええんですか??」


  部長はいたずらっ子みたいに笑って。
  
  
「ごめん ごめん、お前からかってるとマジ
 面白いから」

「部長 ――っ!」

「ほな、惣右衛門筋のセブン-イレブンの前で
 ええな」


  私はハッとした。
  
  部長の言った、惣右衛門筋のセブン-イレブンから
  私の実家までは徒歩2~3分。
  
  一番近くにあるコンビニなんだ。
  
  そっかぁ……統括部長なんだから、
  部下のパーソナルデータくらい
  知っていて当然や。         



  間もなく車はセブン-イレブン前の路肩へ
  横付けされた。
  
  
「気を付けてな。お疲れ様」

「お疲れ様でした。あと、食事、ごちそうさまでした」

「あんなんでよかったら、また一緒に行こう」

「はい、是非に」


  返事をして、車から降り立ち。バタン! と、
  ドアを閉めた。
  
  ゆっくり走り出した車のテールランプを車の形が
  小さくなって完全に見えなくなるまで見送り、
  実家へ足を向けた。
  

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