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憎めない奴

「―― で、その後、どうしたん?」


  手元にあるA定食には目もくれず、
  話しの続きに目を輝かせる親友・森下利沙。
  
  
「どうしたって……速攻、家に帰っただけよ」


  利沙の隣にいる男子・森下あつしが
  嘆くように呟いた。
  
  
「あぁ ―― おらぁ、その見合い相手につくづく同情
 するよー。キン蹴りの痛みは男じゃねぇと分からん」
 
 
  あつしは、利沙の双子の弟だが、二卵性なので
  ちっとも似ていない。
  
  
「んなの、分かんなくて結構だけど ―― にしたって
 なぎぃー、あんた何考えてんのー」
 
「え?」

「バツなし・独身・超セレブなイケメン ~ 三拍子も
 四拍子も揃った男の何処が不満なの? いい?
 あんたには左うちわのバラ色な結婚生活が確約された
 ようなもんなのよ!」
 
「左うちわのバラ色な、ねぇ……」


  ため息をつき、伏せかけた視界の隅であるモノを
  捉え、ゆっくりそちらへ目を向けた。
  
  1枚板の大きなガラス張りの窓の向こうは、
  正面玄関に隣設された駐車場。
  
  今、そこへ4000ccクラスの
  大型スポーツクーペが1台停まった。                              
      
  凪と同じくそれに気が付いた数人の男子が
  ざわつき始める。
  
  あつしも気が付いた。
  
  
「うわっ、すっげぇー …… 本物、初めて見た……」

「なに、アレ、そんなに凄い車なの?」


  とは、車(メカ)音痴の利沙。
  
  
「たった500万台しか生産されなかった限定販売車。
 おそらく中古でもうン千万は下らないだろうな」    
  

  車好きな男子達はその車の優美なフォルムに
  目が釘付けで。
  
  女子達は、その車から颯爽と降り立った男に
  目を奪われ、ギャーギャー騒ぎ出す。
  
  
『チョーかっこいいんだけどー』

『芸能人かなー』

『誰の父兄やろ』

『何の用事で来はったんかなー』


  何の用事だろうと、凪にとっては迷惑この上ない
  来訪だった。
  
  女子達の注目の的は氷室竜二。
  
  見合いの締めくくりに(?!)、
  凪から股間を蹴り上げられた男だ。


 ***  ***  ***

  
  私立祠堂学院大学。

  4年前創立された新設校。
  
  医学部・医学科、
    〃 ・保健学科(看護学専攻)
    〃 ・法医学科
  政治経済学部、教育学部 ――
  等がある。
  
  全在籍生の半数が現役医師や資産家の
  子息又は子女。
  
  従って、生まれてこの方何の苦労も不自由も知らず
  暮らしてきたので、障害やプレッシャーに弱く、
  世間知らずのわがまま。
  
  全国大学ランキングとしては、毎年最下位を
  独走するど底辺校(Fランク校)として知られ――
  

  ① 正にチ/ンピラな雰囲気のDQ/N。
  ② オタクとは限らなくとも、
     どうも挙動不審な動きをする奴。
  ③ 勉強面倒 ――、そもそも
     Fランの講義なんか聴かなくても分かるし、
     という、今が楽しけりゃいいと考える奴。
     
   ―― 大体この3タイプに分かれる。
    
  ・ 就職率98%、フリーター(就職浪人)含む
  ・ 卒業(国家試験合格)後、
    半数が親のコネで有名大学の附属病院や
    有名企業へ。
    3割、開業医。
    約2割、大学と提携している海外の医療機関。
  ・ 但し、医師になった5割強が想像以上にハードな
    研修医生活についてゆけず脱落する……。    
    


  因みに、凪達2013年(平成25年)度新入生が
  この学院から巣立つ初めての卒業生となる。  



 ***  ***  ***
 
 
  ―― 関わり合いにはなりたくない!
  
  とは、いっても、天敵は教室の前で待ち伏せていた
  
  
「―― よっ。また、会ったな」


  凪はガン無視で教室内へ入ろうとする。
  氷室はその凪の腕をすかさず掴んだ。
  
  室内にいるクラスメイトも、お隣のクラスや
  通りすがりの学生達まで、
  凪と氷室の動向に興味津々だ。
  
  
「……また、蹴っ飛ばされたいですか?」

「いやぁ~、参った。オレって結構Mっ気あったん
 かなぁ。あれからお前の事思い出して、2回も
 ヌイちゃったよ~」
 
「やっぱ変態っ!」


  氷室は”蹴っ飛ばされ防止”の為、
  凪をぐいっと抱き寄せた。
  
  
「変態な上に無節操な欲情魔」

「ありがと」

「大声出すから」

「あの時みたいに?」


  ―― あの時。
  
  つまり、初対面にもかかわらず、行きつけの店の
  トイレで最後までイタしてしまった、
  あの時を指しているのだろう……。
  
  情事の一部始終をまざまざと思い出し、
  かぁぁぁっと顔を真赤にする凪。
  
  
「そのカオ、唆るねぇ ―― 付き合え」


  凪の腕を掴んだまま、階段に向かってズンズン
  歩き出す。
  
  
「って、私はまだ午後の ――」

「講義は欠席すると講師に伝えておいた」

「そんな勝手に ――!」

「四の五の言わずに黙って着いて来いっ。絶対悪いよう
 にはしない」
 
 
  いいえ!
  あなたと一緒にいるってこと自体。
  悪い事が起きる前兆としか思えないんですが?         
    

 ***  ***  ***      


  結局、あれよあれよという間に外へ連れ出されて、
  あつし他ほとんどの男子が羨望の眼差しで見ていた
  レクサスLFAの助手席へ押し込まれ ――、
  
  
「さぁ、シートベルト締めて~♬」


  凪は、股間を蹴り上げてまで逃げた男の運転する
  車で何処へか? 連れて行かれる。

  
  そして凪は乗ってから気が付いた。
  
  この車……うちの会社のおんぼろ社用車よか、
  よっぽど乗り心地ええかも……。
  
  車はとても滑らかに走り出したが。

  イザって時すぐに逃げられるよう、  
  凪の手はシートベルトを外すスイッチとドアノブに
  ずっと掛けられたままだ。
  
  傍目にも緊張しているのがはっきり分かる。
  
  
「参ったなぁ。オレってそんな信用ない?」

「(はっきり即答)はい」


  沈黙…………
  
  こんなおっさんと共通する話題などないと思うが、
  こんな沈黙には耐えられない……。
  
  何か喋らないと……。
  
  
「おっさんって、社長のくせに平日の真っ昼間から
 ふらふら遊び呆けててええん?」
 
 
  凪は氷室に問うた。
  
  
「……おっさん?」


  少しの間があいて、凪をチラ見した。
  
  この反応……、
  
  
「おっさん ―― や、なかった?」

「……釣り書にも載せてたと思うが ―― 一応
 今年33だ」
 
 
  因みに、うちの長兄も義理の姉も
  共に34才。
  やっぱ ”おばさん” 呼ばわりされると、
  めっちゃ怒る。
  
  まぁ、まだ20代前半の私にとって33・4の
  年上は”おじさん・おばさん” 以外の何者でも
  ないんだけどね。
  
  
「あ ―― すんません」

「……祠堂にもお前みたいな学生がいるなんて、
 意外だった」
 
「……それどうゆう意味ー?」

「ふふふ……ご想像にお任せします」

「はぁっ??」 何気にムカつく!




  『ホラ、着いたぞ』の声で、降り立った所は
  清水寺本堂近くの駐車場。
  
  そこから本堂下への参道沿いには
  ”全国さくら普及協会”
   (こんな団体があるなんて! 初めて知った)
   
  から、寄贈された約1500本もの、
  枝垂れ桜、江戸彼岸桜やお馴染みのソメイヨシノが
  一斉に咲き誇っている。
  
  個々の桜が季節外れに咲くのは時々
  見受けられている事らしいが。
  それぞれ、開花時期が微妙に違うこんなに多くの
  桜が一斉に咲く様はまさに圧観。
  
  ”晴明の宵(酔い)桜の狂い咲き” として
  地元民に広く知られ。
  清水の新七不思議とも呼ばれている、そうな……。
  
  
  私も噂に聞いたり、
  雑誌とかで見た事はあっても、
  実物をこんな間近で見たのは初めてだった。
  
  欲を言えばライトアップされてる夜じゃないのが
  残念だったけど。
  
  すっきり晴れ渡った青空に ――、
  
  仁王門の朱色と、風に吹かれて舞い上がる
  桜の花びらがとても映えて凄くキレイ。      
  

  スゥーっとさり気なく、私の肩口へ回された
  彼の手は燃えるように熱かった。
  
  それを妙に意識してしまって、
  心臓がドキドキ高鳴る。
  
  
  傍(はた)から見たら、ラブラブな恋人同士の
  ような私達が、参道をそぞろ歩き再び駐車場へ
  戻ると、氷室の車の隣に同じようないかにも
  高そうな国産セダンが停まっていて、
  上品なダークスーツ姿の若い男の人が
  私と氷室を出迎えた。
  
  
「あ、宜しゅうございました。何とか無事仲直り
 出来たようですね」
 
「あぁ、おかげさんで。 ―― 紹介しとこう、
 彼は秘書の浜尾良守」
 
「初めまして、凪さん。私の事は”マオ”と呼んで
 下さい。ところで ――」
 
 
  そう言い、マオさんが私に顔をぐっと寄せてきて。
  
  
「今日は途中何も妙な事はされませんでした?」


  氷室は仏頂面で咳払い。
  私は小さく噴き出した。
  
  
「え、えぇ、何とか」


  『それは良うございました』と、マオさんは
  自身の乗ってきた車の後部席のドアを        
  私達の為開けてくれた。



  
  その車が走りだしてしばらくし ――、
  
  ストンって、肩に軽い振動が伝わった。
  
  
  見ると氷室が私に寄りかかって眠っている。
  
  さっきまで綺麗にオールバックで整髪されていた
  前髪が車の振動でおでこに垂れていて、
  そんな様子が彼を2~3才は幼い印象に見せていて
  
  ……意外と、かーわいい?

  やっぱ、会社経営ってかなりの激務なのかなぁ……
  凄く疲れてそう。

  これから夜の便でアメリカに出張だって言ってたし
    
  今さら起こすのも何だか可哀想だし、
  少し仏心を出して。  
  ひざ枕で彼を眠らせておいてあげる。

  
  でも、目前に実家が見えてきた。
  
  私が”どうしましょう~?” って意をこめて
  フロントミラー越しにマオさんを見ると ――、
  
  
「あぁ、さっさと叩き起こしても差し支えござい
 ませんよ。その男、甘やかすとどんどんつけ上がり
 ますので」
 
 
  マオさんってかなり辛辣。
  
  車がゆっくり家の前に停められた。
  
  
「―― だぁれが、甘やかすとつけ上がるってぇ?」


  と、声を発したのは眠っていたハズの氷室。
  
  
「起きたならさっさとどいて下さい。重いです」

「せっかく凪の、ふわふわ極上ひざ枕堪能してた
 のによー」
 
 
  と、言いつつ私を”ちょい ちょい”と指招き。
  ??、顔を寄せた私の耳元へ何か小声で囁いた。  
  
  次の瞬間、氷室の股間に凪の容赦無い
  鉄拳がボスッと食い込んだ。
  
  
「う”っ ―― オ、オレの玉が……」

「自業自得です」


  と、ポーカーフェイスを崩さない浜尾。
  
  
「2週間だけといわずいっそアメリカへ移住でもしたら
 如何です? 氷室社長」
 
「くっ、そ、なぎぃ~、覚えてろよぉ……」

「じゃ、マオさん送ってくれてどうもありがとう」

「いえいえ、どういたしまして~」


しおり