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1話

 ここは魂加工工場。
現世で死んだ魂の中でもより品質の良いものが集められる。
ここに集められた魂は最終的に異世界で肉体を与えられて蘇ることになるが、その前にロールが決められる。
つまり、勇者陣営か魔王陣営のどちらかに振り分けられるのである。

黒い魂は「自殺」してしまった魂。
これは魔王陣営として振り分けられる。




一つの魂がラインに乗ってやって来た。

「黒か」

男は黒い魂を掴み、魔王側のラインに移した。
その魂は「魔王の力」を組み込まれ、異世界へと出荷される。

ラインの後方は工場に入って初日の青年が担当していた。
包装担当だが、魂を包んだ後に白か黒かが分からなくなってしまった。

(やっべ、これどっちだっけ…… まぁほとんど白だもんな)

そして勇者陣営の方に乗せられた箱。
中身は黒だった。




(……また勉強か)

そう思ったのは精鋭養成機関「エデン」に先日間違って振り分けられた魂の主、三日月狩みかづきがりである。

前世の記憶はあまり残っていないが、勉強が嫌で自殺したのだけは覚えていた。

ここに来た時に、エデンで自分が何を学ぶべきかを教えられ、自分に特殊能力が備わっていることも知る。

(びっくりするくらいのクソ能力)

それは、武器を手のひらから取り出す力だが、現時点でひのきの棒しか取り出せていない。

今受けているのは魔法学の授業だが、内容は英語に似ていた。
新しい単語や文法を覚えなければならず、ガリにとってこの上なく苦痛だった。
更に担当のニャンクミはとんでもないことを言った。

「もし次のテストで赤点だったら落第にゃ」

落第、それはすなわち、異世界で魔物として転生することを意味していた。
そして、現世で赤点しか取ったことのないガリにとって、それは死刑宣告と同じだった。

(くっそ……)




さすがにやばい、そう思いガリは寮に戻って教科書を開いた。

「こうなったら、単語だけでも!」

ノートにガリガリ書き写していく。
三日月、三日月、三日月……
5分後……

「よっ」

ひのきの棒を頭の上に乗せてバランスを取る、という遊びに夢中になっていた。




試験当日。
用紙が順番に前から配られる。
教室は紙のこすれる音だけが響き、生徒全員に用紙が行き渡った。

「開始にゃ」

バッ!

生徒が一気に用紙を表に返す。
まず名前を書き、そのまま下の欄へ!




第一問。
次の単語を魔法語に直せ。

(1) 三日月
(2) 灰色
(3) 猫




「楽勝じゃんか!」

教室で誰かが叫んだ。
周りが安堵する中、一人だけ凍り付くものがいた。

(……)

30分後、テストは終了。
ガリは白紙を見られないよう、後ろから回って来た用紙の一番下に自分の用紙を隠し、前に渡した。
全ての用紙を回収し、ニャンクミが言い放った。

「あれだけ煽ったんだから、まさか勉強してない者はいにゃいと思うけど。 もしこれで赤点だったものは見込みなし! 魔物として一生を過ごすといいにゃ」

そんな宣言とは裏腹に、教室内はお祝いムードだった。

「くっそー…… 教科書20回も読み直してきたのにアレだけかよ…… 時間めちゃめちゃ余ったし」

「まあいいじゃん。 卒業まで全員生存できそうじゃない?」




ガリは腹痛を装い、廊下に出た。

(あの答案を見られる前に何とかしないと……)

ニャンクミの後をこっそりつける。
タイミングを見計らって自分の答案だけでも抜き取れれば、テストのやり直しという目がある。

次の角を曲がれば職員室。
答案を見られたらジエンド。

「こうなったら……」

ガリは手のひらから棒を取り出した。
そして、ゆっくり背後から近づき、後頭部を殴打すべく振りかぶった。

ブオン……

棒は空を切った。
ニャンクミは機敏な動きで棒をかわし、こちらに向き直った。

「一体どういうつもりにゃっ!」

「……」

こうなったらわずかな期待にかけるしかない。

「……追試ってありますか?」

だが、ニャンクミはまるで人を見下すかのような目でガリを見た。

「あの程度の試験ができないやつはクズにゃ。 負け犬にゃ。 人生の敗者にゃ」

(……)

ガリは腹の底が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。

(どこに行っても教師は同じこと言いやがる)

ニャンクミはガリの答案を見て失笑した。

「全然できてにゃい。 笑えるにゃ」

「うおおおおおおおっ」

ブオン!

しかし、また空を切った。

「どうせ魔物になるなら、ここで死んでも同じことにゃ」

そう言うと、ニャンクミは杖を取り出し、魔法の詠唱を行った。

「究極魔法、アルマゲドン!」

ドオオオオオオオン!!

廊下に轟音がとどろき、地面に直径5メーターほどの穴が開いた。

「あれ? 威力が弱いにゃ」





ガリの目の前に、見知らぬ男が立っていた。
どうやらニャンクミの魔法から守ってくれたらしい。
煙で視界が覆われている隙に、教室に隠れるよう促された。

「てか、あんた誰? 外人?」

黒人ハーフのような男である。 
しかし、話し方はバリバリの関西弁であった。

「そんなんええねん。 今はアイツを何とかせな」

この男の言うように、今はそちらが最優先であった。

「これ、つけてーや」

そう言って渡されたのは腕時計だった。

「魔法道具っつーアイテムや。 魔力の受け渡しができんねん」

ガリが腕時計をつけ、魔力を貰う。
すると、持っていたひのきの棒が、巨大な鎌に姿を変えた。

「それで、あいつを真っ二つにしてやったらええ」

「……殺すのか?」

「どうせ霊体やろ? 生身の人間ちゃうで」

「……」

ガリは意を決し、教室を飛び出した。
背後から突然現れたガリに反応できず、ニャンクミはあっさり両断された。





両断されたニャンクミの体は粉々になり消滅した。
ニャンクミは異世界から連れてこられた魔法使いで、ここの生徒と同じように実体を持たない。

自分のテストの答案を処分しようと、散らばった紙を調べた始めた所で、さっき助けてくれた関西弁の男に腕を引かれた。

「もうじき生徒が来るで! はよ逃げんと」

「答案を何とかしないと!」

「平気や。 あの小テストはニャンクミの独断でやったことや。 採点されることなく処分されるやろ。 あと俺、灰色ルシファーって言う名前やねん、よろしくな」

唐突に自己紹介。
しかも、灰色ルシファー……
変わった名前だ、と思ったのもつかの間、すぐに他の生徒が廊下に集まって来た。

「すげえ音したな」

「何だったんだろ……」

ガリは空いてる教室に身を隠し、しばらくして脱出した。




一方、職員室の教師たちは、ニャンクミが死んだことで大騒ぎになっていた。
傍らに落ちていた杖から、ニャンクミが何者かにやられたことが発覚したのである。

もしかしたらこの学園の中に魔王の手のものが侵入できる抜け穴があるのではないか?
そんな仮説を立てているさなか、机でこのことを考察する教師がいた。
名を「ヘビ」
追跡、尋問のプロである。

(ニャンクミは魔王の手の者に殺されたのか?)

腕を組み、独り言をぶつぶつ言っている。

(だがクレーターに違和感アリだな。 ニャンクミにしては威力が低い。 相手が生徒で手加減したのか、それとも敵が作ったものなのか…… だが魔王の手のものが紛れ込んでいたらすぐに分かるし、今まで侵入を許したことなどなかった。 となると、生徒が犯人の可能性か……)

しかし、ニャンクミにタイマンで勝てる生徒などいるはずがない。
もしニャンクミがやられるとしたら、不意を突かれた場合だ。

(生徒が犯人なら、最低でも2人は関わっている?)

一人が囮で、一人がニャンクミをやったという考えだ。

(確かニャンクミが教室を出て、三日月狩って生徒が腹痛でトイレに行った数分後に事が起こった。 そう話してた生徒がいたらしい。 クサイぞ……)

ヘビは、現場に落ちていた答案を調べ始めた。
三日月狩の答案を探し、見つけた。

「……!」

ヘビはすぐさま教室を飛び出した。




ガリとルシファーは下校途中であった。
この学園の周りには、ショッピングモールや住宅街がある。
ルシファーは住宅街に住んでいるので、ガリとは別々の帰り道だが、途中までは一緒だ。

「俺は魔王の側近になる予定やったんよ。 けどなぜかここに転移してきた」

ことの次第をガリに歩きながら説明していた。

「魔王のもんがこっちに来ることはできんけど、メールのやりとりはできるんよ。 それで俺も自分がそっち側って知ったし、今回お前のフォローも頼むって言われた」

「フォローって?」

「お前を卒業させて、異世界に転移すりゃ、勇者陣営のスパイとして潜り込めるやろ?」

「……」

正直、ガリは魔王のスパイとして今後生きていきたいなどとは思っていなかった。

(すげえ面倒だ……)

「お前絶対乗り気ちゃうやろ? でもな、魔王の側近はそういう適正のあるやつがなるんやで」

「俺にそんなものが?」

その適正は気になるな、と質問をしようとしたところで、ルシファーが「静かに!」 と言った。

「……おい、つけられてるやんけ。 しかも、あのウザったいおっさんに」

「誰?」

「ヘビって教師や。 なんかに感づいたんちゃうんか? ここは2手に別れて、あいつをまかなあかんな」

しかし、相手はヘビである。
そうそう簡単にまけないことは、ルシファーが一番良く分かっていた。

「もし俺の方に来たら、しらばっくれてしまい。 お前の方に行ったら…… もう諦めるしかない。 戦うんや」

戦うと言っても、ガリには魔力がなく、恐らく教師相手では太刀打ちできない。
戦うには、ニャンクミの時みたいに魔力が必要だ。

「俺に手がある。 それまで何とか持ちこたえるんや」

2人は別れ道に差し掛かったところで、それぞれ違う道を行った。
ヘビはためらわずにガリの方に向かった。
それをチラと確認する。

(やるしかないのか……)




ルシファーが向かったのは、生物の担任の飼っているドラゴンの小屋であった。
学園の中で魔力を所有するもの。
音楽のエルフと、ドラゴン。
できるだけ自分の力を見せたくなかったルシファーは、ドラゴンのもとに向かった。




ガリは何とかヘビをまこうと走り出した。
10分間走り続けたが、結局まくことはできなかった。
そしてとうとう捕まった。

「何で逃げる?」

「……」

「お前がニャンクミをやったのか?」

「ち、違います!」

ヘビはニヤリ、とした。

「嘘だな。 お前の体温や息遣いが俺には分かる。 お前がやったんだろ?」

どんどん相手との距離が縮まる。
ガリは息苦しくなり、動けなくなってしまった。
その時、携帯が鳴った。

「プルルル……」

ガリは慌ててそれに出た。
数秒後、ガリの口元が歪んだ。

「先生、ごめんなさい」

そう言って手から剣を取り出すと、ヘビの脳天に斬撃を食らわせた。





ヘビは対処する間もなく消滅した。
突如丸腰の生徒が武器を持って斬りつけてきたのだ。
当然の成り行きだった。

「ニャンクミをやったのは俺だよ」

ガリは消えゆく体に向かってそう呟いた。




ニャンクミ、ヘビがやられたことにより、教師たちは戦慄、みな個人で最大源警戒するよう注意が促された。
そんな状況とは裏腹に、ガリは悠々と学園生活を続けていた。
そんなある日……




今行われているのは数学の授業である。
黒板に問題が書かれ、誰かが適当に当てられて前に出る、という形式だ。

「さて、今日は15日か…… 佐藤! 前に出ろ」

「は、はい……」

当てられたのは佐藤サヤカ。
黒板に立たされたはいいが、チョークを持ったきり固まってしまった。

「分からないなら分からない、どうなんだ?」

「……」

サヤカはうつむいたきり何も言わない。

「これじゃ授業が終わらんぞ。 どうするんだ?」

「先生のプレッシャーで言いにくいんじゃないですか?」

突然、誰かが手を上げて答えた。
その声の主は、ガリであった。

「プレッシャーなんてかけてないだろう」

「先生ってケーワイなんですか? 生徒の気持ち全然掴めてないですよね」

「あのなぁ、生徒の頭の中なんて分かるわけないだろ! 文句があるなら口で言え!」

「そんなんだから、誰かの恨み買って殺されるんですよ」

教室内がシンと静まり返った。




授業が終わり、帰り道を歩いていると後ろからちょん、と指で突かれた。

「ん?」

佐藤サヤカだった。

「さっきはありがとね」

「……ああ」

「でもちょっと良くないかなぁ、火に油と言うか、殺人の疑いかけられちゃうよ?」

ガリは一瞬ドキリとしたが、冗談で言っているのは分かった。

「……別に。 あいつら教師はテストとかいう嫌がらせが好きな性悪だからな。 もし俺に力があったら同じことしてるさ」

「ひねくれ者だなぁ。 私、魔法学のニャンクミの授業が唯一の楽しみだったのに。 異世界に行ったら魔法使いとして活躍するのが夢なんだ」

……!
ガリは少し悪い気がした。
その授業を楽しみにしている生徒もいたのだ。
すると、反対側からルシファーがやって来た。

「ガリ、夕飯行こうや。 お前は帰ってええで」

ガリの肩を組み、しっしとサヤカを追い払う素振りをした。




ショッピングモール内のマックでモスバーガーを注目し、席に着く。

「ああいう変な虫は厄介や。 せっかくいい傾向になってきてるんや」

「いい傾向?」

「お前にとって教師は敵、それでええねん。 それより、中間テストが始まる前にもっと教師を減らした方がええ」

中間テスト……
これで躓いたら意味が無い。

「2人おらんからテストはそれ以外をやるんちゃうんかなぁ。 だから、お前の苦手科目の教師を始末しようや」

「……分かった」

そこまで話すとルシファーが立ち上がった。

「ちょ、トイレ行くわ。 ここのマック肉腐ってるんちゃうか?」

内股でテケテケとトイレに向かって行く。

「……」

目の前には携帯が置かれていた。

(魔王からどんな指示を受けているんだ?)

ガリはトイレを振り返り、すぐには戻ってこないのを確認して携帯のメールをチェックした。
次の文面を読んで、ガリは絶句した。




やつはお前の力がなければ何の役にも立たん。
お前が卒業する前にできるだけ多く教師どもを始末しろ。 それが戦力を削るのに効果的だ。




色々なことが頭を駆け巡った。
よくよく考えたら、卒業には3年かかる。
それまでには抜けの教師も補充されるだろうし、どの道ルシファーがいなければ凌げない。
要するに自分は捨て駒だったのだ。

騙されたという思い。
ガリの殺意はルシファーに向いた。




(さて……)

携帯をさりげなく机の上に戻し待っていると、ルシファーが帰って来た。

「あースッキリした。 次のターゲットどないする?」

「その前に、先に魔力を補充しとかないか?」

「それがなぁ、補充できへんねん」

ルシファーの取り込んだ魔力は使わないとどんどん外に漏れだしていくとのことだった。 

「今まで通りのやり方でええやろ?」

「……了解。 次は数学の担当がいいな」

こうして次のターゲットが決まった。
数学のタカスギだ。
しかし、ガリは大人しくタカスギを狙うつもりはなかった。





作戦決行日。
いつも通りルシファーが魔力を調達して、ガリが隙を見つけて斬るという作戦だが、ガリはタカスギの所にはいなかった。
ルシファーがドラゴンの炎を食らって魔力を吸収すると、ガリのもとに電話をかける。

「プルルルル……」

「プルルて」

なぜか廊下の方から音が鳴っている。
ガリも携帯を取らない。

(何でこんな近くで鳴ってんのや……)

廊下に出るとガリの姿はなく、トイレの方から音が聞こえてくる。

「何やねん!」

ルシファーが音の鳴る方に向かっていくと、男子トイレの中にたどり着いた。
どうやら個室の中にガリがいるらしい。

「ガリ! ふざけてんのか! 出て来い」

ガチャリ、と個室の扉を開けると、携帯だけがそこに置かれていた。

ズン……

背後から何者かに刺された。

「まだ学園には人が残ってるからな」

「……どういう、つもりや」

「お前に利用されるのなんざ、まっぴらごめんだ」

「メールを…… 見たんか……」

ルシファーの体は崩れ去り、消えた。
後に残された携帯を拾うと、魔王宛のメールをうち始めた。





初めまして、三日月狩です。
あなたの側近は始末しました。
俺を見くびった報いだと思ってください。
それと、あなたに取引を持ち掛けます。
もし俺がこの学園の教師を全員始末できたら、俺を代わりに側近にしてください。
返事を待ってます。

メールを送信し、落ちている魔法道具の腕時計を回収した。





ガリは寮に帰ると、ベッドに横になりながらあることを考えていた。

(魔力を補充する手を考えないといけないな。 ルシファーの話じゃ、この学園の中にはドラゴン以外にも音楽の担当のエルフが魔力を持っているらしい。 そのエルフにこの腕時計をつけることができれば、魔力を奪うことができる)

しかし、そのためには腕時計を日常的につけさせなければならない。
一般の生徒からそんなものを貰っても、正直困るだろう。

(恋人からのプレゼントならどうだ? それならつけていても不自然じゃない)

ガリはエルフに恋人がいるのかどうか、それを調べるべく接触を試みた。




ガリは音楽の授業の終わりに、それとなくエルフに恋人がいるのかを聞いた。
自分が先生に好意がある、そんな素振りを交えて。

「あの…… 先生って恋人とかいるんですか?」

「急にどうしたの?」

「その、まあ、聞いてみただけです」

困った風な顔つきになっていたが、実は好きな人がいるから、と断られた。

「この学園の人ですか? 嘘はつかないでください」

エルフはあっさりと告白した。

「絶対秘密よ! いいわね?」

その相手と言うのは、この学校の社会学の先生らしい。
なるほど、穏やかな先生だし、相性は悪くなさそうだ。

俺はがっかりしたフリをして教室を出た。
教室の時計に細工を施して……




別な日に社会学の授業の後、先生にあるものを渡すために話しかけた。

「あの、エルフの先生にこれ渡して貰えますか?」

「僕からかい?」

「その、教室の時計が壊れてて困ってるって言ってたんで。 ただ、俺から渡すのは恥ずかしかったから、先生にお願いしたいんです。 2人がいい感じなのは知ってるんで」

社会学の教師はギクリ、とした表情になったがプレゼントで押すのも悪くないと思ったのか、それを受け取った。





次の音楽の授業では、まんまとエルフが腕時計をつけていた。
そして、ガリは夜な夜なあることを始めた。

この街はドームのように包まれており、外からの侵入者を拒んでいる。
外面はコンクリートのような壁が立ち上がっているが、そこにやって来ると手のひらからツルハシを取り出し、その壁に穴を開け始めた。

(ここが開通すれば、潜入ルートになる)

先日、魔王からのメールで約束を守ってもいいと返事が来た。
ガリはそれに加えて、そちらから一人手下をよこせとメールした。
ここに潜入するためのルートは自分が確保すると言い、ここで開けようとしている穴がそれだ。

ガリは10日かけてその穴を開通させた。
中間テストが目前に迫っていたが、ガリは教師に仕掛ける別なテストを考えていた。

(これから俺が仕掛けるのは、逆中間テストだ。 魔王の手下を学園に放ってやつらの力を試してやる)





夜中、ガリが開通させた穴で待っていると、一人乗りの宇宙船がやって来た。
その中から現れたのは、魔王の手下であった。

「三日月狩様ですね。 魔王様の命でこちらにまいりました、キツネです」

キツネは魔王の手下というイメージと違い、礼儀正しかった。
特徴としては、頭からツノが生えていて、切れ長の目をしている。

「ああ、早速明日から俺と組んで教師たちを始末していく」

ガリの考えでは、放課後単独行動をしている教師を見つけて、一人ずつ倒していくつもりだ。

「今日はうちに止まって、明日の放課後まで待機だ」

「分かりました」





ガリは全く授業の内容が頭に入ってこなかった。

(いよいよだ)

この日の放課後から、自分の仕掛ける教師狩りが始まる。
そのことで頭が一杯だった。
タカスギが黒板にチョークで問題を書き写していく。

ガラガラ……

誰かが教室に入って来た。

「ん?」

タカスギが扉の方に目をやる。
見たこともない男が立っていて、こちらに近づいてくる。

「……なっ!」

タカスギは何かに気が付き、思わずチョークを落とした。
現れた男は手から剣を取り出し、素早くタカスギの胸に突き立てた。

「ぐっ…… 逃げろ……」

ドサリ、と仰向けに倒れ、タカスギの体は崩れてなくなった。

「う、うわああああああああああっ」

教室内に上がる悲鳴。
ガリ自身も何が起こったのか分からなかった。
目の前にいるのはキツネだ。

(どういうことだ!? 話が違うぞ)

キツネが剣を拾い上げる。
そして、今度はこちらに向き直った。

(まさか…… やめろっ!)

すぐにキツネがここの生徒まで手にかけようとしていたのが分かった。
ガリは立ち上がって能力で鎖を取り出した。
それを相手の足元を狙って投げつけた。

ガキン!

しかし、剣に絡め取られる。

「みんな逃げろ!」

ガリが叫ぶと、生徒はみな一斉に駆け出した。
一瞬、佐藤サヤカと目が合った。

「……」

佐藤が自分のことをどう思ったかは分からないが、手から武器を取り出すという能力がバレてしまった。
これで色々なことに説明がつき、自分はもうここにはいられなくなるな、そうガリは思った。

膠着状態。
鎖が剣に巻き付いたことで、相手も行動できない。

(この状況、俺も攻撃できないが、相手もできない。 クラスのみんなが逃げる時間を作れる)

しかし、相手は待ってはくれない。
剣をこちらに向けて投げつけてきたのだ。

グサリ、と肩口に剣が刺さり、そのまま横転した。

「ぐあっ」

「三日月狩、なぜ邪魔をした?」

「話と…… 違うっ」

「どんな手を使っても結果は同じだ。 そして、この学園の生徒まで始末できればなお良しだろう。 お前はそこで寝ていろ」

そう言い残して、キツネは廊下に出て行った。





ガリの仰向けのまま、諦めかけていた。

(まさか、こんなことになるとは)

罪のない生徒の未来まで奪うことになってしまった。
ただ教師が嫌いってだけだったのに。
何でこんなことになってしまったのか。

(とことんダサい)

過去の自分も、今の自分も、何をしてもうまくいかない。
テストだって、ちょっと勉強すればどうにかなったハズだ。
それをしてこなかった自分が悪い。
それを八つ当たりのように教師に当たるとは……
悪いのは全て自分だったのだ。

佐藤サヤカは魔法学が好きで、そのために学校に来ていると言っていた。
自分にも何か好きになれるものがあれば……

(俺のせいだ、俺が何とかしないと……)

ガリは肩口に刺さっている剣をわしづかみにして、引き抜こうとした。

「ぐあああああああっ」

肩口に触れただけでも激痛が走ったが、それでも力を入れた。
剣は抜け、どうにか起き上がれた。

「くそ、急いで追いかけないと」





肩から血が滴る。
幸い利き腕とは逆の肩に刺さったため、武器を握ることはできる。
しかし、それより大きな問題があった。

(そもそも、剣で勝負になるのか?)

キツネが剣を取り出していた所を見ると、どうやらその扱いに長けているらしい。

(剣がダメなら……)

相手に対抗するための手を考え、廊下に出る。
逃げまどう生徒の背を、悠々と歩きながらキツネが追っている。

「止まれ! 俺が相手だ!」

ガリが叫んだ。

「……お前は殺していいと魔王様から言われている」

キツネがこちらに向き直る。
ガリは丸腰で走り出した。

ガリは相手の剣の間合い直前まで接近し、その外から槍で攻撃するという手を考えていた。
ギリギリまで槍を隠せば対処されにくい。
しかし……

「ボーガン!?」

キツネはボーガンを取り出して、ガリに放った。
とっさに避けようとしたが、無傷の方の肩に命中、そのまま転倒してしまった。
反撃の手段は潰えた。

(くそっ……)

その時、ガリの目にあるものが映った。

(この隣の教室は……)

ガリは立ち上がり、盾を取り出した。
盾も相手を押し出したり、武器としての用途があるため、取り出すことができる。

「悪あがきだな」

キツネがハンマーを取り出す。

ガリにとっては賭けだった。
さっき音楽室という銘板が見えた。
隣の音楽室にエルフの先生が残っていれば、挟み撃ちにできる。
しかし、生徒と一緒に逃げていたら……

(それでもやるしかない)

ガリは盾を構え、かかってこいと煽る。

「死ねっ!」

キツネが駆けだし、ハンマーを振り上げた。

ガァン!

強烈な一撃で、ガリは耐えきれず壁に押しやられた。
更にキツネはハンマーから剣に持ちかえると、盾の横から剣を入れた。
ズブリ、とガリの横っ腹に剣が刺さる

「ぐうっ」

想像を絶する痛みが走った。

(もうダメか……)

そのままガリは気を失った。





気を失ったガリにトドメを刺すべく、キツネは剣の切っ先を向けた。
すると、盾の影に隠れていた何かが目に入った。

「……くそったれ」

それは爆弾であった。
援軍が期待できないと踏んだガリは気を失う直前に爆弾を取り出していたのだ。

ドオオオオオオオオン……

爆風がガリとキツネを飲み込んだ。





こうして、魔族の襲撃は収束した。
後日、魔族が侵入したと思われる穴が発見された。
教師たちは、生徒と魔族が何らかの連絡を取り合い、連携して今回の騒動を起こしたと考えた。

騒動の際、手から武器を出していた生徒も目撃され、調べによってそれが三日月狩であることも分かった。

「人の皮を被った獣」

「冷酷な殺人鬼」

そう言って、教師たちはガリのことを罵った。





あれから数日後、佐藤サヤカはかつてガリと一緒に帰った道を歩いていた。
そして、ガリとの会話を思い出していた。

もし、自分に力があったら、同じことをしている。
そう言っていた。

(教師たちには理解出来ないかも知れない。 私たちの劣等感や、日々溜め込んでいるストレスがどれほど大きいか)

(私たちはたまにそれを爆発させてしまう。 誰かに理解してもらいたくて。 でもそんなことをしたら余計非難されてしまう)

(三日月君はそんな大人や教師たちに見切りをつけたのかも知れない…… 理解してもらえないならもういいと)

それでも、何かを見つけるべきだった。
自分が魔法学を好きになったように……

終わり

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