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「──ぇ。ねぇー、聞いてる? 遥香―?」

 詩織の声がやけに近くから聞こえて、ようやく我に返った。

 ふらふらと揺れる手の向こう側に、私を覗き込んでくる詩織の顔がある。珍しく心配そうな顔をしていて、その分だけ彼女の光が弱まっていた。

 詩織に感情の色が見えて、背に悪寒が走る。

「あ……」

「心ここにあらずー……って感じだったけど、ていうか今もそうだけど、大丈夫? もしかして気分悪い?」

「いや、大丈夫、だけど」

「そうー?」

 はやく元通りの詩織に戻ってほしい──と、自分を棚に上げて思う。

 しかし、彼女が色を持っているのは私のせいで、つまり私が平静を取り戻さなければならない。呼吸を落ち着かせて、記憶を整理する。

 高校が長期休暇に入ってすぐ、詩織から映画に誘われて、私は彼女と出かけていたのだった。よく分からない恋愛映画を見て、その後、語りたがる詩織に連れられて近くのカフェに入って──それからはほとんど覚えてない。

「んんー? まさか……遥香、さっきの映画結構気に入っちゃった……!? それでちょっと上の空だった的な!?」

「あ、えっと……それでいいかな」

「なーんか返事がヒトゴトっぽいように聞こえるけど! いつも通りに戻ったみたいだし、まぁいいかー」

 少し腰を上げていた詩織は、椅子に座り直してストローを口に挟む。コップの中に半分ほど残ったアイスティーがするすると量を減らしていく。

 私の手元にあるカフェオレは、運ばれてきたときとほとんど量が変わっていない。自分が本当に最初から上の空だったことを思い知る。

「うーん、でも、遥香、前とは雰囲気が変わったようなー」

 ストローをくわえたまま、詩織は私と目を合わせずに言う。

 光は相変わらず弱ったままで、私はそれを認めたくなかった。詩織は特別な存在、というよりも、特別でなければならない存在だった。

 だって、その特別さがなければ、私は社会に適合できない。

「変わったかな? 気のせいだと思うんだけど……」

「そーかなー、なんか、遠くに行っちゃいそうな気がして」

 行ってしまいそう、というのが引っかかった。

 私はすでに、越えてはならない一線を踏み越えている。連続殺人鬼、しかも殺人を止められない異常者だ。

 その点で言えば、すでに詩織からは離れていそうなものだが。

「……別に、引っ越しの予定はないけど」

「あのねぇ、そーいう物理的な話じゃなくてね? んー、今日は詩織さん不調っぽいなぁ、なーんか引っかかるんだけど、うまく言えないというかー」

「詩織がそんな風になるのは、確かに珍しい」

「でしょー?」

 今度は詩織が上の空になる番だった。

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