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「…だから、言っているじゃないか。ごめんって」
「それで許されると思っているわけじゃないだろうな、クラーク」
怪物を倒した後の町長室でかれこれ一時間はこうしている。
あれだけのことをしたのにまだ喧嘩する余裕があるのか、とアイリスは呆れた。
「なぁ、アイリス。君もそう思うだろ?」
ロイはアイリスに話を振った。
「う~ん、確かに私もてっきり監禁されているのかと思ったけれど…」
アイリスはちらっとクラークのほうを見る。
クラークはアイリスの視線に気づくと微笑みを返した。
「のんきに笑ってるんじゃない」
ロイの静かな怒りが垣間見えた。
しかし肝心のクラークがそれに気づかない。
ロイの怒りはますますたまっていった。
「君はもう大人だろ?それなのに仕事が面倒くさいからって物まねモンスターを呼び出すなよ」
クラークは叱られた子供のような顔をしてロイを見る。
アイリスはもういい歳なのにそんなことをやれるのはむしろすごいことに感じた。
「私は人に迷惑をかけずにこの仕事をさぼっていただけだ!」
クラークは胸を張ってそう答える。
「町長という仕事はやってみると意外と大変でな、私も休息がほしかったんだよ。だから今回の作戦を思いついた」
クラークは事の顛末を話し出す。
「まず、物まねを召喚し、私に化けさせる。物まねは化けたものの能力を受け継ぐから町長としての仕事もできるわけだ。そうして物まねを町長の椅子に座らせた後、私も変装して宿屋に行く。そうしたら物まねは町長の仕事をし、私は寝ることができる。
作戦は成功したように見えたが、一つイレギュラーが存在した。君たちの存在だ。君たちはその鋭さで町長としている物まねを見抜いた。そのせいで私は昼寝していたところをアイリスさんに起こされ、慌てて町長室に行けばロイが殺されそうになっていたと。全く、“触らぬ神に祟りなし”という言葉を知らないのか?」
「それ、どういう意味だ?」
ロイは訝しむような眼をした。
「君らが騒ぎ立てなければ俺も休めたし、その間に誰も困っていなかったじゃないか」
クラークはロイにそう返した。
クラークが強く出るのはよくわからないが、今回の騒動の流れはよく分かった。
アイリスは懐からメモを出し、クラークの言葉を書き綴った。
「でも、今回はアイリスがいてくれて助かったよ。ありがとう」
ロイは少し恥ずかしそうに礼を言った。
アイリスは一瞬驚いた顔をして、満面の笑みで「どういたしまして」と言う。
私は?という感じでクラークが自分のことを指さしていたが無視した。
「ところで、あの巨人の正体は何だったんだ?物まねが言っていたことは嘘だろ?」
確か、物まねは近くの街から保護したとか言っていた。
アイリスは頭に手を当てて記憶をたどった。
「ああ、彼か。まぁ大体は物まねが言った通りなんだろうけど、彼は物まねが地位を確実なものにするためにやったことだよ。彼が暴れたところに登場して見事解決。こうすれば、街の皆からの支持も大きくなると思ったんだろう」
アイリスは憤慨した。
巨人をそんな風に利用するなんて。
「彼には悪いことしたな…」
ロイはうつむいてしまった。
そんなロイを慰めるようにクラークは話す。
「でも君がいなければこの町が大変なことになっていたのは事実だ。助かったよ」
「……」
二人とも黙ってしまった。
アイリスはなんとなく居心地が悪くなって、一人だけ外に出た。
外は存外普通で、巨人の事すら何でもなかったかのようなにぎやかさだった。
「みんな平然としているわね…。まぁ、巨人のいたところも元に戻したから当然なのだけれど」
アイリスは一つ、大きなため息をついた。
どれだけ自分が助けても、ノーツを使えばそれも戻る。
感謝されることもなく世界は回り続けるのだ。
アイリスは自分のノーツが呪いのような気がした。
「終わったよ、アイリス」
ロイが庁舎から出てくる。
ロイは最初に出会った時よりずいぶんと柔らかくなった。
あまり笑わないのは相変わらずだが、口調が優しくなった気がする。
「どうした?人の顔を覗き込むとは、そういう類の変態か?」
…。口調が優しくなったのは気のせいだと思う。
アイリスは口には出さずに心の奥にしまった。
「何でもないわ。さ、宿屋に帰りましょう?」
ロイは首をかしげたが、そのままついてきた。

「君はこの後どうするつもり?」
宿屋で軽食のスープを一口すすってロイが言った。
「そうねぇ…。とりあえずこの近くの街に行ってみることにするわ。まだ、全然世界を見ることができていないし」
アイリスはお茶を飲んで一息ついた。
「そうか。いつ発つつもりだ?」
「まだ決めていないけれど、明日にでも出発しようかな」
ロイと離れてしまうことに少し寂しさを覚えたが、自分のわがままに突き合わせてしまうのは申し訳ない。
アイリスは平静を装った。
「なら、今日は早く寝ないとな」
ロイは食べ終わったスープの皿を宿屋のおばちゃんのもとに運んだ。
ロイは戻ってくるとそのまま部屋に戻る。
その日の晩ロイは一言もしゃべることなく眠りについた。
月明かりに照らされる部屋の中でアイリスは物思いにふけっていた。
(最初ロイにあった時は礼儀のなっていない子供だと思っていた。でも、それは間違いでロイは300年以上生きる魔術師だった。とても強く、でも狂気じみていて、それでも私を導いてくれた。こんなに不思議な人にあったのは生まれて初めてだわ。できることならもう少しだけそばにいてほしい。でも、明日でお別れね。明日からはまた一人旅が始まる)
「さて、明日も早いしもう寝よう」
アイリスは独り言を言って眠りについた。

翌朝、アイリスはクラークに別れを告げに行った。
クラークは少し寂しそうな顔をしたがすぐに笑顔になった。
「またいつでもおいで。歓迎しよう」
アイリスはクラークに一礼して部屋を出る。
「それだけでいいの?アイリス」
部屋を出るとロイが壁にもたれかかっていた。
「ええ」
アイリスは短く返事をする。
ロイは体勢を正した。
「それじゃ行こうか」
ロイはすたすたと歩きだす。
アイリスがそのあとに続いて行った。
街の門を出てアイリスはロイに向き合った。
「短い間だったけどありがとうね。それじゃあ」
こんな短い文じゃ足りないほど感謝していたが、ここでスピーチを始めてもしょうがない。
そう思いつつアイリスは歩きだした。
「何言ってるんだ?僕もついて行くよ?」
「え?」
ロイは不思議そうにアイリスを見つめる。
こうして二人だけの旅団、“ノーツアクト”が結成されたのだった。

クラークは門から出ていくアイリスたちを窓から見つめていた。
「はぁ…。私も行きたかったなぁ」
大きくため息をつくクラークの後ろに立つ謎の人影。
「だめですよ、クラーク町長。早く例の物をください」
深く帽子をかぶり、服のジッパーを限界まで上げて顔が見えないようにしているその人物は声こそ男だったが容姿だけでは性別すらわからなかった。
「ああ…。そこの棚に入っているから取っていってくれ」
クラークは壁の棚を指さした。
男は黙って棚を漁る。
「これが、あらゆるモンスターを召喚することができるという禁書“モンスターテイル”ですか」
男はそれを懐にしまう。
「これであなたが物まねや巨人を使ってやろうとしていたことが世間に知られることもなくなりました。それでは」
クラークに一礼して去っていった。
「はぁ…」
クラークは大きくため息をついた。

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