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4.盗賊襲来(1)

 城館の外――前庭は雑草の海の中となっている。
 ボロボロの朽ちた玄関扉から、錆びついた格子(こうし)門に向かって、真っ直ぐに石畳の道がのびる。その石畳の道を中心とし、左右の面には枯れた噴水が一基ずつ配置されていた。

(わざわざこんな所に足を運ぶような、酔狂な観光客でも無さそうね。
 一、二……五人、いや門の外に居るのを合わせて六人か……さっさと終わらせちゃわないと)

 厚い雲が覆い始めた空の下、セラフィーナは眉をひそめながら、城館の玄関門の前でつっ立っていた。
 姉が鋭い視線を向けたのは、視線の先の茂みに潜んでいる侵入者に気づいたからだ。

 ――私のせいだ

 ここに向かう直前、確かに“何か”の気配を感じていたはずである。
 その当人たちは気づいているか不明であるが、何か所か雑草が不自然に曲がっているのを一望しながら、セラフィーナは小さく息を吐いた。

(ま、この後のことは、アイツら始末してから考えよ)

 セラフィーナはあまり物事を深く考えない性質である。
 彼女は両目をそっと瞑り、両手をゆっくりと胸の前に掲げ始め――

【大地の鎖よ、地を這う蛇よ、我が繰糸となれ】

 真っ暗な世界に身を落とし始めると同時に、彼女の足下でパキパキと音を立て始めた。


 ◆ ◆ ◆


 女の潜伏先を突き止めた盗賊たちは皆、気を昂らせていた。
 目の前の、朽ちたボロ扉の前にいる褐色肌の女――白を基調とした服は、その肌をより引き立てる。胸元を隠すのはチューブトップのみ、腰から大胆なスリットが入ったパンツをはいているセラフィーナを見て、“お楽しみ”を期待していたのだ。
 妹ですらあれなのだ、彼らのお頭・ランバーより管理を許された姉は、もっと凄いはずだ……そう思うと、“男”がいきり立つのも無理はなかった。
 しかし、スタンドプレーは決して行わない。誰が先に捕まえても、『報酬(おんな)は全員で管理する』と事前に取り決めていたのである。

(へ、へへへっ……妹の方も、おこぼれ貰えねぇかなぁ……)

 最初に居場所を突き止め、ランバーに報告した男・〔キリス〕は特に口元を緩めた。
 彼の目に映る女――健康的な腹に、スラリと覗く脚は、お頭も入れ込んで当然だと思っている。
 茂みの中に潜む彼は、手に握り締めた短弓に矢をつがえ、ゆっくりと引き絞った。
 矢じりには、神経毒が塗られている。肌を掠めただけで、グリズリーですら動けなくなるほどの強力なものだ。
 動けなくなった妹を人質にすれば、姉も簡単に降伏させられると考えていた。
 幸いにも、正面に捉えている獲物(セラフィーナ)は、目を瞑ったまま、前に突き出した両手をマリオネットを操るように動かしているだけだ。

 限界まで引き絞られた弓で、しっかりと今一度狙いを付け直す。
 キリスは、元々は狩猟で生計を立ててきたため、弓の扱いは得意である。盗賊に身をやつしてからこれまで、同じような方法で何人もの女を捕え、男たちの慰み者にしてきた。その経験が彼を落ち着かせ、狙いを正確にしている。
 魔女と対峙するのは初めてだが、想像していたよりも普通の女――『魔女は“魔法”を駆使し、目についた人間を殺す』と聞いているが、キリスにはさほど恐ろしい存在でもなさそうに見えた。

 彼の反対側にも、同じく矢をつがえた仲間と部下が控えている。
 いくら魔女と言えど、複数の矢を一度に、それも目を瞑った状態では避けられまい。
 特に仲間の方は長年の付き合いであり、何を考えているのかまで分かるほどの仲である。余程の事がなければ、彼らの毒矢からは逃れられないのだ。しかしそれは、邪魔さえなければ――の話である。

(いただきッ――ん?)

 矢を離そうとした瞬間、彼はふと何かの()()に気づいた。

(何だ、アオダイショウか……驚かせやがって)

 丸みを帯びた頭を見て、安堵の息を吐いた。
 チョロチョロと舌を出し、くりっとした可愛らしい瞳が彼をじっと見つめている。
 狩りの際、最も気を付けねばならないのは、マムシなどの毒蛇の存在だ。長い狩猟生活でそれが刷り込まれており、反射的に蛇に反応してしまった。
 アオダイショウなら害はない――そう思った瞬間、蛇の口元が僅かに微笑んだ気がして、彼はふいに顔をしかめた。
 この僅かに目線を逸らした隙が、アダとなる。

『がッ――!?』

 反対側に居る仲間の方から、突然小さな悲鳴があがった。
 すぐにその方向に目をやると、そこには……地面を突き破った、先端に赤い物を付着させた木の根が飛び出していた。
 頭を上げず、草木の隙間から何とか見えたのは、両膝をついたまま両腕を、だらん……と下げている仲間の姿――首の後ろから、頸椎の辺りを木の根が貫いている。
 即死だった。盗賊稼業は常に“死”と隣り合わせ――しかし、今の彼らの“天敵”が存在しないため、最近の若い盗賊は“死”を知らぬ。
 もう既に息絶え、驚愕に歪めたままの死に顔、貫かれた首から血がだらだらと流れ落ちているのを見た若い部下は、途端にこれまでの余裕を失い、冷静さを欠き始めた。
 隠す気もなくガサガサと音を立て、連携も無いまま弓を引く。

(バカがっ! やみくもに動いたら居場所を教えるだけだっ!!)

 仲間がやられても取り分が増えると考えろ――そう教えて来たはずだが、目の前で、それも得体の知れないモノに殺されたのだから無理もないだろう。

『ぎゃあああっ!!』

 キリスの予感は的中し、茂みの向こうで若い部下の情けない悲鳴が起った。
 引き絞られた矢も獲物には向かわず、明後日の方向に飛び、雑草の海の中に突き刺さる。

『俺の腹が、腹があぁぁ……た、助けっ……たすけてぇっ……』

 腹を貫かれ、宙に浮くような恰好で周囲に助けを請い始めた。
 もがくほどに木が揺れ、苦痛が増してゆく。それから逃れようと更にもがく……まさに悪循環だった。

(黙って死ねッ、馬鹿野郎ッ!!)

 死の恐怖が混じった声は伝染する。ここに居るのは五人――門で控えているのは、悲鳴を聞いてどう動くか分からないが、彼を含めた残り三人で()()をつけねばならない。
 しかし、他の若い部下二人はその悲鳴に慄き、完全にすくみ上ってしまっている。
 カタカタと震える指では、もはや狙いはつけられまい。そう思った彼は――

「たすけ……たす――っ」

 ドッ……と鈍い音が起った。
 キリスは部下の右のこめかみを射った。()()()()への警告、そして獲物(セラフィーナ)への誇示である。
 もし下手をすれば同じ目に逢う、周囲が薄暗くなり始めた中でも的確に狙える腕と、相応の覚悟を持っている事を示していた。
 他の二人にもそれが伝わったのだろう。がくり……と頭を垂らしたそれを一瞥すると、“恐怖”を無理やり飲み込んだようだ。

(――よしっ、作戦通りに進めろ!)

 キリスはそれに唇をあげ、再び矢をつがえた弓を強く引き絞った。
 部下二人は、反対側にいる。そこから狙えば、必ず一方向に動くはずだ――。
 そこを狙おうとした時だった。彼の目に、魔女の艶めかしい唇が僅かに浮いたように見えた。
 その瞬間……彼の部下が居る場所で異変が起きた。

『お前、何をっ――ぐあっ!?』

 そこからまた、ドッ……と鈍い音が起る。

「なっ――!?」

 キリスの視線の先には、信じられない光景が広がっていた。
 弓を手にした部下の一人が、立ち上がり……突如、仲間を射殺(いころ)していたのだ。
 その目は焦点の定まっていない。虚ろな目で呆然と立ち尽くす姿は、まさに傀儡のようであった。
 緩めた弓の弦を再び引き始めると同時に、操られた部下もキリスに向かって弓を引いた。
 そして、背後ではパキパキ……と何かが近づいてくる音が聞こえ、魔女の唇がゆっくりと動いた。

 ――エ・ラ・ン・デ

 部下を殺せば、その直後に根が己を貫くだろう。
 女を狙えば、その直後に部下の矢が己を貫くだろう。
 既に全員の居場所がバレ、魔女の策にハマっていた……と彼はようやく気づいた。

(くそっ……)

 絶望的だった。このままでは、彼自身に“生き残る”と言う選択肢がないのだ。
 もし魔女を射とめても、操られた部下がどうなるか――安否を心配しているわけではない。
 彼らにとって情報は宝であり、もしそれが敵の手に渡れば、全員を危険に晒す事になってしまう。

(だが……そんなこと、俺には知ったこっちゃねぇ!)

 キリスは大きく飛び退った。部下の矢が肩を掠め、熱い物が走った。
 彼の後ろでは、鋭く尖った木の根が空を切った――彼は生きている。
 これは賭けでもあった。仮に住処をバレたとしても、そこは荒くれ者どもの巣窟だ。
 女二人でやって来ても、“魔女裁判”と称した凌辱が繰り広げられるだけだろう。
 そのまま何もせず回避し、この場を立ち去ればいい……彼はそう考えていた。

「ぐっ……」

 矢じりに塗られた毒が回り始める。痺れ毒が回りきる前に、どうにかして森の中に逃げねばならない。
 門の上で、ツタで吊るし首にされている最後の一人には目もくれず、男は歯を食いしばり。必死の形相のまま森の中に消えた。


 ◆ ◆ ◆


「――あーあ、ツマンナイの」

 セラフィーナは、置いてけぼりにされた虚ろな目の部下に目をやった。

「上司に見捨てられちゃって、アンタも可哀相ね。
 賊なんてブラックなお仕事、とっとと辞めちゃいなさいな」

 彼女のその言葉を聞くと同時に、部下の男は自分の頭を両手で持ち始める。
 直後――その腕の筋肉がせり上がったかと思うと、ゴキッ……と鈍い音と共に、男は地面に倒れ込んだ。

「はぁ……。早々からケチついちゃったな……」

 夏の終わりを告げる風が、ざわざわと雑草を揺らす。
 セラフィーナは溜息をつきながら、群青色になり始めた空を仰いだ。
 放った犬が帰って来なければ、次もまた放ってくるだろう。今度はこの倍……三倍はくるかもしれない。
 熱感知する<蛇の目>で居場所を探り、木の根で貫く――今回は少なかったから、土に呼びかける魔法で対処する事が出来たが、せいぜい五人までが限界である。
 彼女らの“魔法”にも、一日での使用回数が決まっているため、人海戦術で来られると危険なのだ。

「うーん、どうしたもんかなぁ……。
 白兵戦にも限界があるし、ブラードに狩り(ハント)し続けてもらうわけにはいかないし」

 セラフィーナは森から響く男の悲鳴を聞きながら、その場でしばらく思案に耽っていた。

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