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第一章 港町署 鑑識課 6

 大打に目を覚ませと言わんばかりに、大津は言い放った。それに対して……
「果たしてそうかな?」
 不敵な笑みを口元に浮かべて大打は大津を狂気走った眼差で睨みつけた。
「ない、ないったらないんだ! 今は科学捜査の時代だ。SF捜査の時代ではない!
 相棒の桜木に、鑑識課からの分析資料を見せて妥当な現実的路線で捜査の方向性を定めてくれ! 大打刑事、頼むから」
 桜木と言う名前を聞いて、何故か大打の顔色が変わる。よほど気に障る何かがあるようだ。
「桜木に聞けだと…………あの小娘に……何が出来る。せいぜいメルヘンの世界にでも事件を持ち込むのが落ちだからな。犯人は、魔法世界の住人で時間移動の魔法を取得した異世界の魔人、彼は恋敵に自分の恋人を奪われたために彼女のこっちの世界の分身を殺害しに来たとか、それも魔法でだ。あいつの考える推理は推理と呼べた代物じゃない、空想だよ少女小説さ、ケッケッケッケッ。
 両面ジャムとバターベッタリのトーストみたいなメルヘンは、SFよりよっぽどたちが悪いわなぁ……だろう大津」

 大津は大打の後ろを指さして小声で言った。
「後ろ……後ろ」
 
 大津のそのアクションを全く意に介さず、大打は続けた。頭に浮かんだ言葉をとりあえずしゃべり切るまで、相手の言う言葉は聞かないのが彼の身上の一つだ。
「あいつに推理させると妖精とかがさ……海竜を召還して化石に変えたりしている話を真顔でされる訳よ……科学考証まるで無視!」
 大打の背中で桜木巡査の小さい咳払いが聞こえた。
「コホン……誰が妖精に魔法使わせて、恐竜を化石にしたり、殺害の凶器を作ったとか言いましたか? 何時何処でぇ!! 
そんな事言ったことありましたか、私が……」
 優美子の言葉の語尾は、トーンがぐっと下がり、かなりドスが利いている。
 その言葉に、蒼ざめた大打は、素早く背後を振り返った。
「なぜそこに……盗み聞きは良くないぞ、桜木君、異空間から現れたな!!  ひょっとして! 得意の手を使いおって……マジマジ,マジーロ」
「人を魔法使いにしないで下さい。聞こえますって、ドア開けっ放しでした!
 大きな声で、前の廊下通れば誰だって大打さんの声でわかりますよ。所構わず私の悪口しゃべってる時の言い方でしたよね。分かります。大打さんの声のトーン、口調が……」
 そこまで言いかけた桜木は、気持ちを切り替えたように大津の方を向いた。

「大津さん、資料預かります。捜査2課で責任を持って犯人を上げさせていただきます。
現時点で、異世界からの恋争いの線と時空の歪みからの時間逃亡者の犯人像は排除させていただきます。桜木判断で……」
 そこにまた大打が口を挟んだ。
「それそれ、その桜木判断っていうのが危ないのよね。
 まだ世間の常識や社会の仕組みがろくにわかっていないうちから、一端(いっぱし)の大人になった気で人生を語ろうとするから捜査の方向性を大きく踏み外す危険性を感じちゃう訳よ、おじさんは……」

「大打さん!」
「ひぃ」

 優美子に睨み付けられた大打は思わず怯んで、一歩後ずさった。
「大津さんのお時間を無駄使いさせてしまいますから、とりあえず捜査2課の会議室まで資料を持って同行願います」
 桜木の剣幕に、もはや口が挟めずに、大打の顔が引きつっていく。
「同行……? どうこうするのぉ……」
 首を傾げて、無邪気な子供か子猫の様に円らな瞳で桜木を下から見上げる大打に、桜井は答えない。
 彼女はただ無言で、足元にじゃれつこうとする大打の耳をはっしと掴んで、鑑識課から引っ張りだしていった。そのまま、会議室に向かう。
「痛てってってってってってってっ……」
 大打の眼に涙が滲んできた。
 
 二人の去った鑑識課は嵐が去った後の様な静寂に包まれた。鑑識課のメンバーはあっけに取られて2人が立ち去ったドアを見つめて全員がフリーズしていた。
その間、拿捕されていく大打の姿を見ていられずじっと天井を見つめていた大津は、改めて大きくため息を吐いた。
「どうやら、やっと静かになったようだな……桜木が来てくれて助かった。初動捜査でもたついているとせっかくの逮捕の決め手を掴み損ねる場合があるからな。
 それにしても、桜木は大打と組んでまだ日が浅いと言うのに、なかなか大打の手綱の締め方を心得ている。
まぁ、絞め方にコツがあったとして、そのコツは割と簡単だ。
 俺に言わせれば、ただ閉めっぱなしにしておけば良いんだが、それだと息が詰まって大打の奴も相方と一緒にいるのが嫌になってどこかに姿をくらましちゃうからかも知れんからな、それだけの操縦法では、結果ヤツのコントロールはだめなんだろう。そこそこに緩めないと捜査が先に進んで行かなくなる。
 その緩急の捉え方が奴の相棒になるには必須条件なんだが……。以前殉職した堂画警部補以上に今の彼女にそれが出来るのかどうか……。
 今日見ている範囲ではまずまず桜木優美子、及第点だが……」

  第二章 捜査会議 に続きまーす。

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