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鏡の中のお友達(アクトレス)

 私の声が、周囲に届かなくなってどれだけたっただろう?
 別に、そう何年ってわけでもない。多分だけど、ほんの数日と言った所だろうと思う。
 私の声と言っても、別に私の声が出なくなった訳ではない。
 ただ、この部屋から出られなくなってしまっただけだ。閉じ込められたのだ。
 何故かと言えば、私は罪を犯した。と言う事になっている。
 言っておくけど、誰もが否定すらしなくなって私をこの部屋に放り込んで声すらかけられなくなったけれど。私は、今でも自分が悪い事をしたとも犯罪者だと陰口を叩かれる事は何一つないと思っている……だって。
 だって、この世界は私が愛され崇められる為のゲームの世界。私の為に回っている世界だもの!

 私の事を、閉じ込められてから覗き見ている人達がいるのは知っていた……人の事をアレコレ好きなように言っている奴等がいたからだ。私は寛大だから……ではない、正直な所を言えばあいつらの会話によると、別に扉の小窓から覗かなくても監視する事だけなら出来るからだそうだ。
 そうしたら、私は「鏡病」だと診断された……。

 私は、この国で自意識を持ったのは割りと幼い頃だったと思う。
 転生した、のかどうかと言うと判らない。ただ、私には判る事が沢山あったと言う事だけで、他の事など何一つ判らなかった。
 判ったのは、この「ゲーム」の設定と攻略方法だけ。もし、転生したのならば「以前の私」の事を思い出したり懐かしんだり出来たのだろうけれど何一つ判らなかった。もしかしたら、本当に転生をしたけれど記憶容量の問題とか悲しい事があって忘れてしまったのかも知れない。
 だって、転生って一度死んだって事じゃない? 死んだ時の事を思い出そうとするのは、なんだか嫌じゃない? だったら、思い出す必要なんてないじゃない。
 とは言っても、ゲームのスタート時点とか以前なら主導権を握れたんだろうけど。すでに話は序盤戦を過ぎて選択ルートに入りかけていた。
 よくある数人の顔も地位もある子供をたらし込めば良いんだけど、残念な事にゲームだって言う事は判っていても細かい部分についてはよく思い出せない……と言うより、知識と少し違う部分もある? でも大体の方向はわかっているから、ゲームの中とは言っても自由度が高い状態なんだろうなって思うだけだった。
 実際、私をここに放り込んだ奴等は好き勝手言ったけど。簡単に見知らぬ女の台詞にいちいちヤられる子供達もどうかと思う……「たまには休んだ方が良いと思う」って言っただけで「君だけが僕を理解してくれる!」なんて、どんだけヌルゲーかと内心で冷や汗が流れたくらいだ。ダメだろう、それ。
 そうしたら、ある意味で当然だけど婚約者とか言う悪役令嬢達が現れた。
 なるべく攻略キャラの側にいるようにはしたけど、始終一緒にいられるわけではない。それに、たまには離れておかないと私の神経がそもそも保たないから、側を離れると当然のごとく悪役令嬢達は私をいじめにかかってくる。とは言っても、集団で悪口を言ってくる程度で「大丈夫か、悪役令嬢だろうお前達っ!?」と私の方が不安になったくらいだ。
 このゲーム、もしかしてレートがAとかだったんだろうかと冷や冷やした。
 流石に18禁とか言っちゃうと期待でドキドキしちゃうけど、同時に妊娠の可能性が出てくるからそれは慎重にならなければならない……そんな事になったら、他の攻略キャラの味見が出来なくて勿体無い。
 多分だけど、レート的に言えばBからCくらいじゃないかなって思ってる。いじめこそ大したことないけど、体で経験すると触れ合ったりすると流石にときめくもの。レートがAならぼかしたキスシーンくらいになるかも知れないけど、もしかしたらもう少し深い所まで行けそうって思った程度には期待してた。
 ……一度、ちょっと危ない目にあった事はある。

 私が最終的に捕まった……世間で言うところの、ざまぁをされたのは夜会の一つに参加した時だった。
 それが、全部罠だと気がついたのは。いつもの様に贈られた素敵なドレスと靴と宝飾品で自分自身を飾り立て、いつもの様に鏡の前で気分良く一回りしてから踊り出て。気分良く馬車に乗って、着いた先に攻略キャラのハーレムが迎えてくれなくて、流石に「もう、今日のパートナーなのに出迎えてもくれないなんて!」と憤慨してからだった。
 ここに来るまで、まったく状況に気がつかなかった。
 馬鹿じゃないの。
 攻略キャラ達も、悪役令嬢達も、雑魚やってるモブキャラも、私の家族だって人達も、全部がそうだと思ってた。
 だってそうじゃない?
 回りから見たらつまんない事で一喜一憂して、でも勝手に落ち込んで勝手に期待して勝手に失望する攻略キャラ達。
 政略結婚もそうだし、愛情があるのもそうだけど、結局はやりたい事だけやってるだけのオジョウサマ達。しかも、あいつら自分じゃ何一つ出来ないで勝手に嘆いている。
 雑魚なんてもっと無意味、あいつらは世界から何の力も与えられていない背景そのもの。だから、声をあげる事もないし手も出さないし、ただ流れに任せるだけ。だって、私に声すらまともにかけられない……世界から力を与えられていないから。
 私の家族は、同じ程度に酷い。兄は隠しキャラだし、両親はどっちも幼い頃からお互いの愛人に入り浸って帰ってくる事さえしない。私を育てたのも、私に最初の愛情を傾けたのも、世界から「ヒロインを育てる」と言う役目を与えられた乳母だけ。しかも、乳母が死んだ時も死んだ後も家族って名札をつけた奴等は「ヒロインを生ませる」と言う役目と「ヒロインを生む」と言う役目を終えたら清々しいとでも言うかの様に好き勝手にしていた……だったら、あいつらは用済みでしかない。とっとと兄に爵位を渡して世界と言う舞台から退場すれば良いのにって散々思ってた。
 だって……どっちも、私が高い地位の息子を侍らしている事を知ったら連絡してきたくらいだもの。
 今更フザケルナって、冗談じゃないって、そう言えたら良かったのかなって気もしないでもないけどね。

 最終的に、私が連行される時に親達はぎゃあぎゃあ喚いていた。
 あの様子からしてみると、見栄っ張りなところだけは共通点だからお互いの愛人の家でヨロシクしていた所を踏み込まれたのかも知れない。だから、余計に機嫌が悪かったんだろう……側に何人もの男と女と子供がいたから、もしかしたらあいつらの愛人とその子供達が全員集められたのかも知れない。しかも、その中に攻略キャラの一人がいたのがお笑いだった。
 隠しキャラで実の兄が、普通の攻略キャラで半分血の繋がった兄弟達が混じってるなんてぞっとした。
 恐らく……この世界で生まれてはじめて、私はぞっとした。
 他家の嫡子とかなら、まだ良い……そっちは「同じ兄弟」でも戸籍的には別人と言う扱いだから。それで良いのかって言われても、貴族なんてどこかで薄くても誰かと血が繋がっているものだから今更って話もある。
 でも、ダメだ。
 これはダメだ。
 流石に、幾らゲームだからってダメだろう……攻略対象のほとんどが血の繋がった兄弟だなんて。
 父か母が産んだり孕ませたりした事が確実に判ってる相手が、その相手だなんて!
 私の精神的にもそうだが片親でも血が繋がっていたら「結婚」は出来ない……隠しキャラの兄は、私は若い騎士と結婚したあとで騎士が死亡し、実家に帰って一生を兄と過ごすと言うシナリオだった。死因は不明って事になっている。

 私は、始めて戸惑った。恐怖した。
 誰も側にいなかったから、使用人は「側にいる」には含まれないから、始めておかしいと思った。

 そんな時、現れたのは攻略キャラの婚約者……そのうち、ざまぁしてやろうと思っていた悪役令嬢の中心人物的な女だった。
 ずらりと並んで、こちらを見ている人達。その目はとても好意的とは言えなくて、いつもとは違って冷たく鋭い。がなり声をあげて取り押さえられている親と、拘束されているらしい攻略キャラ達。兄はまだ落としていなかったから、その視線は冷たくて……でも、苦悩しているんだろうなって思える表情で。その隣には兄の婚約者……これも悪役令嬢と言うより、普段は気が弱くて物音がするだけでびくびくと怯えていたのに。

「貴方は心の病なのよ」
「……何言ってるの?」

 思わず、素になってしまう程度には驚いて呆れた。
 心の病気だなんて失礼だな、と思う。電波とか言いたいのかと思ったけど、この世界に電気はないから当然電波もないから無理だって事に後から気づいた。

 この世界には、独特の言い伝えがある……遅くまで起きてるとお化けが出るよ的な寝物語的な意味だけど。でも、私は寝物語なんて乳母がしてくれた事くらいしか知らない。
 そんな私でも、ちらっと記憶に残っている言い伝えがある……「鏡の悪魔」と言うものだ。
 大抵の人が経験あると思うんだけど、誰でも「他人には見えない自分だけの友達」がいると思う。それは、大人になる事には割りと忘れちゃうけど覚えてしがみついてると「見えない友達」にぱくりと飲み込まれて、とって替わられてしまうと言う、何ともありがちっぽい話だ。
 けれど、この国ではその物語が信仰されていて特に子供はより「鏡を見てはいけない」と言われて育つらしい……だから、私はそんな風に育てられてないんだって!

 取り押さえられながら、私は理解出来なくて混乱した。多分、素もかなり出ていたんだろうと思うのはバカみたいに力強く押さえつけられて凄く痛かったからだ。二日は痛かった。
 そんな中で、私は何かをされて幾つか聞かれたり答えたりしたら私が病気だとか言ってきたって訳だ。こっちの言う言葉なんて聞こえていないんじゃないかって言うくらいで、もの凄く腹が立ったけど身動きが出来ないようにされていた。
 どうやら、今回用意されたドレスも宝飾品も、私が暴れる事を見越して簡単に身動きがとれない様な作りになっていた。
 何、その無駄な行動力。

 私が、この牢獄のような部屋に放り込まれてから一日くらいだろうか。部屋の隅に大きな布で覆われた場所を見つけた。
 布をめくってみると、そこには大きな鏡があった。とても大きなもので、私の全身を写してもまだあまりある程の素晴らしい輝きと細かい細工が素晴らしくて思わずため息が出てきたくらいだ。
 鏡を見る事を子供を中心に親達が止めるくらい、国がらみで鏡を怖がっている……流石に、自分の姿が見えないとか身だしなみとか不便だし。他のもので代用できてしまう事も含めて完全に禁止するわけにもいかなかったのだろう。鏡にしなくても、他にインテリアとかにも使えるしね。その辺りは世知辛いのかも知れない?
 ただ、不思議なことに他の人には鏡が見えないらしい事が数日後にわかった……だから、あいつらは覗きから直接様子を見に来たのだろう。そこで幾つか質問をされて、私は始めて私である事を認識した時に元の私……つまり、私のうまれた時の人格が「鏡の悪魔」に食われたんだと結論を出した。
 その後、私の家は色々とゴタゴタとしたんだろうとは思う。もっとも、私は部屋から出られないし興味もないけれど。
 でも、まともな神経なら名の知れた大きな家全てに何らかの血の繋がりを持っているなんて。しかも、その原因が一応私の血縁上の親だって言うのはちょっとヤバイんじゃないかな? この世界に遺伝子異常があるかは判らないけど。

「お嬢様……日がな一日、壁ばかり見つめているのもどうかと思いますよ?」

 五月蝿いな、とは思ったけど部屋の中で私を除けば唯一の音源だから黙っておく。別にいいじゃない、これで誰かに迷惑をかけているわけでもないんだし?

「確かに、他にやるべき事もありませんけど……壁ばかり見て飽きません?」
「外に出られるわけでもない、夜会があるわけでもないんだから別に問題じゃないでしょ」
「そりゃそうですけど」

 彼女は、私の世話を勝手出た唯一の侍女だ。
 私を幼い頃に育ててくれた乳母の孫娘で、実を言うと私の半分血の繋がった姉に当たる……父は、もしかしたらだけど兄は私の乳母にも手を出していたらしい。乳母は死ぬまで証拠を残さなかったから、実を言うとどっちなのか侍女にも判らないのだそうだ……兄の一面を見てしまって絶望した。
 兄はそこまで酷くないらしいが、父は本当に無駄に行動力に長けているらしくて最悪。あのまま家にいたら久しぶりに会ったら父に孕まされていたかも知れないらしい……何それ怖い。が、父はどうも人の事を覚えるのが苦手らしくて、妻の事もしょっちゅう忘れる為に会う異性は片っ端から口説いておくと言う性質になったんだと……どうしてそうなった、父。
 母は、そんな父の病気に耐えられなくて家出はするけど出戻りは恥ずかしいから離婚しなかったんだと。
 んでもって、母も母で若い頃から遊び歩いていて有能株の男とその父親は片っ端から食べていて。そんなお手軽尻軽女なら父の病気も笑って受け入れられるだろうと周囲に思われて無理やり婚姻させられたんだと。そんな事を知らなかった母は、まだまだ遊びたい盛りだったのにと言う不満の中で暴露されて不満を爆発させた結果が、余計に男遊びどころか女遊びにも走ったんだとか……駄目じゃん、母。
 普通なら体に負担のかかる妊娠出産も、なんだか定期的な作業としてやるけど生んだ子には興味が無かったしくて孕まさせた男に押し付けたのだそうだ。都合良く男の子ばっかりで、母親が生んだ唯一の女の子が私だったらしい。
 ある意味、似た者夫婦だよあんた達。

 そんな事を、私は鏡を見て知った。
 部屋にそびえている「私にしか見えない鏡」は、どうやら「過去を映す」らしい。
 いったい全体、どんな機能なのかと言いたくなるけど誰にも聞くわけにはいかない……何となく、その方が良い気がしたのだ。それに、仮に鏡の事が誰かに信じられても他の人には見えないのだから意味はないだろう。

 私は、もしかしたらと思う。
 本当に「鏡の悪魔」に幼かった私は食べられてしまったのかもしれない、と思う時がある。でも、違う気もする。
 乳母を亡くして一人きりになった私は、止める人もいないから好き勝手に生きていた。とは言っても、幼い子供のやる事だし大したことは出来ない。ただ引き込もって、毎日鏡に写った自分自身を誰かに見立てて一人芝居を空想していただけだ。
 もっとも、その頃の記憶は少し曖昧だけど。

 私は、一生をここから出る事が出来ないだろう。
 もしかしたら、姉がいなくなったら一人きりになるのかもしれない。生きている間に出られるかも判らないし、そもそも死ぬ予感がまったくしない。そう言う意味では、悪魔に食われたのだろうか?
 でも、それもいずれ少しは判る事もあるだろう……すべてが過去になれば、この鏡には写るだろうから。
 その時を、私は待っている。

終わり

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