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3−2: 講義 2

「でも、まずはクズも含めて話すわね」
 エリーは指を並めた後、紙ナプキンで指を拭いた。
「人間の認識にはいくつかの形態しかないって言ったことは憶えてる?」
 イルヴィンの目はしばらく泳いだが、何とかイルヴィンはうなずいた。
「そんなことを言っていたな」
「じゃぁ、こういうものを考えてみましょう」
 エリーはこめかみに右手の人差し指を当てた。
「今日は晴れていた。私は街に出かけた」
 TVには新しいウィンドウが開き、その二文が表示された。
「これをあなたはどう解釈する?」
 エリーはイルヴィンを覗き込んだ。
「あぁ、それは。晴れていたから出かけたのなか」
 左からはテリーが拍手をしていた。
「じゃぁ、これはどうかしら。私は街に出かけた。今日は晴れていた。」
 TVにはその二文が追加された。
「街に出かけたのは、晴れていたからかな」
 テリーは二箱めのピザの箱を開き、また一切れ取り、口に咥えようとしていた。
「なら、これはどう? 今日は雨だった。今日は晴だった」
 またそれがTVに表示された。
 イルヴィンはTVを見ながら考えた。
「一日めは雨で、二日めは晴だったのかな」
 テリーはピザを左手で支えながら、右手で新しい缶を取り、人差し指をかけてプルタブを開けていた。
「じゃぁ、イルヴィン、TVに表示されている三つの組をもう一度よく読んでみて」
 エリーもピザを二切れ取り、一つをイルヴィンに渡しながら言った。どういうことかとイルヴィンが考えていると、缶も手に押し当てられた。だが、エリーの意図がどういうものなのかは掴めなかった。テリーを見ると、やはり楽しそうに見ている。おそらく、意味のないことがらではないのだろう。
 だが、ではどういう意味があるのかはわからなかった。
「他にどういう理解のしかたがあるっていうんだ……」
 その言葉を聞くとテリーが手を叩いた。
「そうなの。それをまず確認して欲しの。でも、もう一度よく見て」
 ピザと缶を口にやりながらイルヴィンは考えた。だが、何を良く見ろというのか。
「やっぱり他の理解のしかたなんて……」
「そう。だから少しヒントをあげるわね。三つの組のそれぞれを構成する二つの文の間の関係は、どう示されているか考えて」
 そう言われてイルヴィンはまたTVを眺めた。しばらく眺めたが、どういう関係があるのかはわからなかった。
「関係なんて…… ないだろう?」
「そうなの、」
 また左からはテリーの拍手が聞こえた。
「関係なんてどこにも示されていないの」
 イルヴィンは手の残っていたピザを口に押し込み、ドリンクで流し込んだ
「関係が示されていないっていうことはないだろう? さっき言ったように関係がるように思えるが。」
「いいぞ、そこが核心だ」
 テリーはドリンクを飲みながら囃し立てた。
 イルヴィンはテリーを見ると、手を振った。
「よせよ。何もないのに、何が確信んだ」
 それを聞くとテリーは手を叩いた。
「そこだよ、そこなんだ」
 イルヴィンはエリーに顔を戻した。エリーは笑顔を浮かべていた。
「テリーが言うとおり、そこが確信なの。人間は続いて起きたことには関係があるとして認識してしまうの。『続いて起きたこと』の単位の人間はまた別の話だけど。だから、二つの文、いえもっと多くても、同じように関連があるものとして理解してしまうの。一つめ二つめを見た後に三つめを見せられても、『それは違う日のことじゃないか』って平然と言えるくらいに」
 イルヴィンはドリンクを飲んで考えた。
「そんな奇妙なことは……」
「でも、あなたが今、言ったとおりね」
 そう言われると、イルヴィンには他に答えようがなかった。
「でも、気にしなくていいわよ、」
 エリーはピザに手を伸ばした。つられるようにイルヴィンも手を伸ばした。
「人間の認識の形態にはいくつかの種類しかないっていうのの、何よりの基礎がそれなの」
「そういうこと」
 テリーがそう言いながら、またピザに手を伸ばした。
「そこのこと自体はね、」
 ピザにかぶりつきながらテリーが言った。
「人間が進化の過程で身に付けたことだろうと思う。ただ、それを脳のどこがそういうふうに処理しているのかは簡単な話じゃないけどね。こっちが上げた基礎モデルを参考に国際文化人類学研究所がマイクロ領域fMRIや、コネクトームの追跡で実証しようとしている」
「それはいい?」
 エリーはドリンクを飲んでからピザに手を伸ばし、イルヴィンの目を見てから二箱めの最後の一切れに目をやった。
「いいかどうかはわからないが。そういうものなんだろう。なら、そういうものだと思うだけだ」
 イルヴィンは最後の一切れを取った。
「じゃぁ、本態の話に進むわよ。どれでもいいから表示して」
 その言葉に答え、アシスタントは一つの都市伝説を表示した。
 エリーとテリーはそれを眺め、満足したようだった。
「これは、テリーが『現代の怪談』の一つ。問題は、何かが起こって、それは何かのせいだという形になっていること」
 エリーの声に合わせ、それぞれの箇所が淡い緑色と淡い青色でハイライトされた。
「どれだけ不思議だったり不気味だったりしても、それは何かのせい。その何かが理解できないものだとしても。その何かが理解できるかどうかはどうでもいいの。その何かのせいだっていうのが重要なの。いい?」
「あぁ、一つ補足していいかな?」
 テリーが声を挙げた。
「その何かは現代の怪談にはそれとして現われていなくてもかまわないんだ。人間が、『何か背後にありそうだ』と思うだけでも充分。それも含めての何かなんだ」
「つまり…… 何かが起きたら、理由や原因があるっていうことかな」
「いや、そうじゃないんだ。何かが起きたら、何かを理由や原因にしてしまうだけかな」
 テリーはそう答えた。
「何が起きたかも、理由や原因も、それとしてタグ付けすらできないってことか?」
「そういうこと。それを聞いた人間が、不安だろうと安心だろうと、何かが起きたと考え、それが落ち着いたと考える。それだけだね。それだけのタグならつけられるわけだけど。それだけだからこそ都市伝説の本態なんだけど、だからこそ扱う必要がないクズなんだ。数万年前には役に立ったんだろうけど」
 イルヴィンは缶を飲み干して応えた。
「何か、もっと厳密な方法があるのかと思っていたけど」
「極めて厳密よ。でもそれは説明には面倒なだけっていうこと」
 エリーはもう空になっていた缶を振りながら答えた。

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