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花言葉は乙女の真心

「ン~、今日も秋晴れ!空が高くてきっもちいい~♪じゃんじゃん歩いてお花の写真を撮るわ。」10月下旬の空は高く、筆でサッとペイントしたようなすじ雲が空の青を軽やかにしている。

あたしは島田有希乃(しまだゆきの)。33才。ファミリーレストラン明星(みょうじょう)に勤めているの。ホール係よ。出勤前にすっごく早起きして、この大きな公園をウォーキングするのが大好き。仕事場でも超歩くんだけどね、アハハ。

「あ!ンン?」デジカメをかまえ被写体に近づいてゆく有希乃。「ツリガネニンジンだわ、わぁ~綺麗な色!優しい紫が可愛いわ。・・・て、なんかアングルも一つだな~、あれ?あれ・・・ンー。」おしりを突き出し中腰になった時「よし、これで行こう!」

有希乃はいつもそう。人がいる時は声には出さず心の中でだが、お花に声を掛けながら撮影する。「い~いよ!キミ最高!綺麗に咲いてくれてありがとうね。」そんな感じだ。すると本当に美麗にお花が撮れる。

パシャリ!!どっし―ん!!・・・えッ!?!!「い、痛いっ!」

なんと、ランニング中のランナーである男性がぶつかって来たではないか。「大丈夫ですか?!申し訳ありません。」かなりのスピードだったよう。中腰のままカメラを持って倒れた有希乃。大事なカメラをとっさに守ったらしい、カメラを赤ちゃんでも抱くみたいな恰好でコロンッ!と転がった。

男性の顔を見た。「あ...」(なんだろ、なんで?懐かしい…の?)「頭もぶつけられましたかね?」彼はボーっとしている有希乃をとても心配した。「あ、いえ。大丈夫です。奇蹟的にケガもないです。ハッ!」「どうされましたか?」「この子!この子大丈夫かな。」すぐにカメラのシャッタースピードや色合い調節、記録の有無などを確認する有希乃。「だいじょうぶでした!この子も、良かった。」「本当に申し訳ございません、僕はランニングが趣味でして、最近この公園のことを知り、一駅分向こうの街から走って来るんです。気合い入り過ぎて凄いぶつかりようだったでしょう。念のために病院へ行かれて下さい。」「いえいえ、カメラもあたしもへっちゃらでした!あたしほぼ毎朝ウォーキングでここへきてるんで、なにかあればたぶん・・・お会い出来ますよ、その時にお伝えします。でも、何もなさそう。」目を伏せる有希乃。(なんかあったらよかったのに)だなんて考えがなぜだか浮かんでしまった。

彼が、懐かしいのだ、とても。

今日は日曜日。でも出勤の有希乃。「あ!あたしお仕事があるからもう行かなくっちゃ。」「そうですか、ではお大事に。そして何かあったら必ず僕に...」「はい。」笑顔を返し長い黒髪を揺らし去って行く有希乃。

その男性は高根直(たかねなお)31才。彼は暫く彼女の姿勢の良い後ろ姿を見送っていた。直はとおる建設株式会社に勤めている解体作業員だ。

直は有希乃が角を曲がるまで見つめていた。角を曲がる時、有希乃が振り返った。有希乃は立ち止まり、少しじっと見つめ…ニコッと笑い手を振った、そして消えた。

次の日も有希乃は『ランニングのひと』に逢いたくて、カメラを首からぶら下げ公園をそぞろに歩いた。大きな公園で、ランナー用に舗装された道がある。そこには右周り・左周りと安全に人が走れるよう線が引いてある。

今日は有希乃の休日。「あのひと・・・どこかで昔会ったかな?もしかして同級生とかっ!??」懸命に思い浮かべる昔のクラスメート男子の顔ぶれ。

「ああいう・・・男くささがありながらクールな佇まいの子、居ない居ない!」お休みだから一日中歩きまくった有希乃。スマホの万歩計をみると3万歩!「ぅっわ、われながらスゴ。」よく歩くので有希乃はグラマーだがキュッと引き締まった体形だ。

「ン、もうまっくらじゃん!」10月の日暮れは夏のようにはいかない。有希乃の家はすぐそこだ。「スーパーへ寄ってか~えろっと。」

駅前のスーパーの前のスクランブル交差点、手をグーにし腕を曲げランニング姿・足踏みで信号を待つ男性が居る。遠くから見てもなぜだか分かった。『あのひと』だ!公園側へ渡ろうとしている。(今から走るのね?)

有希乃は青信号を渡らず公園側で待った。ドキドキ… ドキドキ…信号が青に変わると真っ直ぐ見て走り出すそのひと。有希乃はなにも言えずに見つめるだけ。でも「あ!」彼のほうが気づいたのだ。

「きのうの方ですね!」と直。「はい。」ちょぴりもじもじしてしまう有希乃。「こんな遅くまで歩いてらっしゃったのですか?」「はい。今日は3万歩です!」「すごいな~!!」「あ、ごめんなさい、あたし...ランニングのお邪魔をしてしまい。」「いえ、僕、気になっていたんですよあなたの事。病院へはあのまま行かれなかったんですか?痛くない?」「あ・・・ああ、『気になってた』って、そういう...事。あ、はいどっこも痛くない。ピンピンしています。」「それは、ひと安心です。僕は高根直と言います。日曜日と祝日が休みだから、それ以外はこうして夕方に走ります。」「あ、あたしは…島田有希乃。ファミレスに勤めていて今日はお休みだったんです。休日はシフト制です。でも仕事前でも歩きたくなっちゃうんです。」「あ、わかるな~!その気持ち。僕も、走らないとなんだか体が重~い感じがしちゃうんだよな。」「はい。体を動かすと爽やかですね!」「うんうん。」(とっても気恥ずかしい。あたし・・・そう、直さんのこと好きになっちゃったんだわ。おしりにドーン!で恋に堕ちるなんて、まるで映画みたいね...)「じゃあ、僕はそろそろ行こうかな。走ってきます!」「はい」ニコッ!「いってらっしゃーい!」

必ずまた逢える。なんでわかるのかな?あたし・・・

(そして日曜日。なんとシフトでたまたま今日はお休み!曇り空だけど、降水確率は20%だし、降らないかな!)有希乃はせいたかノッポの姿が見事な皇帝ダリアの写真を今日はたくさん撮りたいと思った。でも・・・いちばんの願いは、直さんにばったり逢えること。逢えたら良いな。

有希乃はお目当てのお花が堂々と咲いているところを目掛け少々速足で向かった。皇帝ダリアは少し離れていても見えてくる。茎が3メートルはあるお花だ。花びらはヒラヒラと可憐なのに背が高いから『皇帝』だなんて呼ばれるのね!

「あら?」皇帝ダリアが見て取れた。そばに立っているのは、直さん!50メートルぐらい離れていたけどすぐわかった。ランニングの装いだけれど、走らないで皇帝ダリアを見上げている。

「直さん!」「あ、有希乃ちゃん。」(チャンて呼ばれた~、嬉しいよぉ。それに、1回で名前を憶えて下さったんだ…)

「こんにちは、直さん。お花を見ているんですね。」「うん、僕は花なんてわからないんだ。でも、有希乃ちゃんがお好きだから、興味がわいてきた。」(あ...)「これはね、皇帝ダリアという花ですよ。華麗な姿でしょう。」「うん、こんなおっきな花があるんだー。」「はい♪」しばらく黙って直はまじまじと花の様子を観察していた。(ウフフ、まるで少年みたいで素敵!)

そこにあったベンチになんとなく・・・腰かける有希乃。あたしは、ダリアを眺める直さんを眺めていたい。

「ン?」「いえ、とってもかわいらいいな、あ!ごめんなさい、あたしったら失礼なことを!素敵だなと思ったんですよ、ダリアにくぎ付けの直さん。」「アハハハ、僕がやっている解体作業はね、壊せばいいってものじゃないんだ。危険があり、技術も伴うの。だから普段から人の顔も何でもかんでも、観察する癖がある。」「へ~、そうなんですね。仕事か...あたしは今のお店、勤めて5年目ですけど、向いてないな接客業。」「どうして?」「はい、人が苦手です。このお仕事に就いてからよく分かりました。」「有希乃ちゃん、そんなに明るいのにね。」「ああ、ネクラですよ~~~~~~。」「ねくら!?古っ!」大爆笑するふたり。

「あたし、ダリアを撮影します。」「じゃあ僕はみているよ。」「え?」「職人は観察するものだ。」「うふふ♪」

有希乃は真剣なまなざしでレンズを向ける、モニターを見て、タイミングを待つ。アングルだけじゃないのだ。自分の呼吸がある。秋風も吹く。ジャストなタイミングで撮る!

パシャリ!

「今見れるの?そのカメラ。」「はい、見れますよ。」「わ~、これは・・・スマホで撮るより何かやわらかな雰囲気があるね。」「はい。わたしはパキっとした感じよりもふんわりした写真が好きなの。」「そうか~!楽しい時間が過ごせたな。じゃあ僕、走ってきます!」「はい、いってらっしゃーい。」

直の背中を見送る有希乃。この間と同じ曲がり角で今日は、直が振り返った。足踏みしながら有希乃に向かって手を上げた。手を振り返す有希乃。

なんだか不思議。素晴らしい出逢いだわ。いつか云えるかな、直さんに「あなたは懐かしい。」って・・・でもなんか変に思われちゃうかな。

ところ変わり、ここは街のカフェ。「ねぇ!ね、ぇっ!聞いてんの、直?」「あ・・・あ、ごめん。似合ってるよ、新しいヘアスタイル、その話じゃなかった?透子(とうこ)?」

町元透子(まちもととうこ)、28才。大企業である|赤谷(あかや)製粉の社長令嬢。そして、直の恋人だ。二人は交際3年。友人と行った先のスキー場で直は透子に逆ナンされたのだ。透子も女友達と一緒に雪山に来ていた。

直は最近、透子はネコをかぶっていたんだなと思い知らされている。直は呑み屋まで迎えに来いと深夜1時に叩き起こされたりする。彼は優しいので女性を足蹴にするような事はしない。

「ち・が・う・わよ!直!髪型じゃなくて今日の洋服の話をしたの!似合ってる?」ハイブランドのワンピースだ。「うん、とても似合っているよ。」「そう。最近なんだか気もそぞろね、直。」「そう?」「ええ、デートもあたしが言わなきゃ誘ってくんないし、ランニング漬けね!」「ああ。」アイスカフェオレの氷をいつまでもかきまぜ続ける直。「ねぇ直?解体屋なんて辞めちゃって、うちのパパの工場で働いたら?あたし言ってあげるわよ?話はすぐ通る。」直は不愉快だ。解体業は技術を要する大変な仕事だ。確かに休みも少ないが、直自身は誇りを持ち中学を出てからずっと見習いから頑張り続けて来た。でも透子に分かってもらいたいとも思わない。「透子、俺帰るわ。」「え、食事も行くんじゃなかったの?」「なんか体調が悪くなってきちゃったよ、御免。」「そう、じゃああたしはここで。」「いや、家まで車で送るよ。」「ありがと。」透子は仏頂面だ。

一方、有希乃は毎日公園に通い続けた。平日仕事のある時はは夕方に歩き、休みでも日曜日と祝日以外は直が居ないと知ったので、夕方だ。そして日曜日と祝日は、仕事前ちょっとぐらい調子が悪くても必ず早朝に公園を歩いた。

「直さ~ん!」手を振る有希乃。「あ!有希乃ちゃん!」有希乃を見つけると、必ず直は足を止めベンチで語らった。他愛のない話だ。今日のお天気だとか、きのうは何を食べたとか。花言葉の話を有希乃が直にして聴かせたり。人が見ればふたりは恋人同士に見えるだろう。

ある時、有希乃はどーーーしても知りたくなった。ついに訊いてしまった。「直さん、直さんって彼女いるの?…」直は少し黙り、うつむいた。「居るよ。」直後そう答えた。「そ、そうだよね!素敵だから。」「有希乃ちゃんも…良い人いるんでしょう?」「ブー。はずれ~、残念ながらあたしにはいませーん!」明るく振る舞う有希乃。でも、それが心からの笑顔じゃないことを直は感じ取る。有希乃の本心も。

直も、有希乃に惹かれて行っている。でも恋人のある身では気持ちを伝えられない。

直はその時、(透子に別れを告げよう)と決意した。

いつものように一人暮らしの直の自宅に押し掛ける透子。「今日はあたし、肉じゃがを作ってあげる!うふふ♪凄いでしょ~、直!」「要らない。」「え?」「ごめん、せっかくの気持ちを。透子・・・別れたいんだ。」震え出す透子。「な、なんで・・・何がいけないの?どうしちゃったのよーーーーーッ!!!」ガッシャーン!!皿を床にたたきつける透子。「辞めろ!透子、怪我するじゃないか!辞めろっ。」止めにかかろうとしたその時、透子が、キッチン台に置いていた包丁で自分の左手首を切ってしまった。「透子っ?!!透子っ!!」慌ててタオルで止血をし、即119番する直。透子は興奮状態が少しずつ鎮まり力を失って行く。救急車はすぐに駆け付けた、警察もやって来た。事情を説明する直。「はい、僕が別れ話を持ち出したら彼女は...自分で、こんな事を。」直は胸が張り裂けそうだ。透子をもう愛してはいない。しかし、こんなにも透子の精神を追い詰めてしまった。いったいどうすれば・・・

透子の傷は思っていた以上に深かった。すぐにICUに運ばれた。病院の廊下の長椅子に座り、じりじりとする不安と悲しみに襲われる直。(ごめん!透子...!)(透子!どうか助かってくれ。透子!)

1時間弱経った頃医師が出て来て言った。「直さん、彼女は大丈夫です。意識がはっきりと戻られました。しかし様子見のために少しの間ICUに居て戴きます。」「はい。透子には会えますか?」「いえ、今は駄目です。」「分かりました。」とぼとぼと帰路を辿る直。

直はどうしたらいいか分からない。もう透子に気持ちが無いのは確かなことだ。別に透子の事を怨んだり憎んでいる訳ではない。

(有希乃ちゃんに逢いたい!今一番逢いたい!オレは・・・)

直は有希乃を求めている。すっかり愛していることに自分で気づいた。得も知れぬ化け物のような罪悪感にさいなまれる。

(それでもオレは、有希乃ちゃんが好きだ。)

透子はICUに一週間は居る事が決まった。

直は懸命に翌日からも解体作業にいそしんだ。そして休日。今の苦しみを振り切るように、ランニングをした。もちろんいつもの公園へも走りに行った。

「あ!直さ~ん!」今日は祝日だがたまたま休みの有希乃。ウォーキングの最中に直を見つけた。「ハーハー・・・」息が上がる直。いつものように走れない。「有希乃…ちゃん、ゼーハー・・・」「どうしたんですか?直さん?体調が良くないの?」「いや・・・。」「でも、元気がないし息切れしているわ直さん、大丈夫?」「う…うん。ベンチに一緒に座ってくれる?」

有希乃は、うれしい!でも・・・いつもと様子が違う直を心配する。有希乃は直の話を待った。

「恋人が、深くリストカットをしてしまった...」「え!!!?」有希乃から笑顔が消え悲しい表情へ変わった。「その、彼女さんは大丈夫なんですか?!」「うん。今ICUに居る」「ICUって」「大丈夫、有希乃ちゃん。意識はしっかり戻ったらしく、一週間は様子見のためにICUに居るんだ。」「そうですか。命があって良かったわ。でも、お可哀相に...」有希乃は何があったか分からぬが、直のプライベートな領域に踏み込むような事は避けた。「ありがとうね、有希乃ちゃん、心配してくれて。優しいね。暗い話をしてしまって御免なさい。」「謝らないで下さい!大きな森やお花畑の中で、みんな自由に悲しみだって吐き出していいんです。あたしね・・・直さん、笑われちゃうかもしれないけど、植物の妖精を信じているんです。だから彼らを撮影する時は必ず声を掛ける、すると、それに応えるように煌びやかな写真として残ってくれます。ここは優しい場所です。どんな話も、木々が包んでくれます。」直は泣いた、声を上げて泣いた。有希乃はそんな直をいつまでもそっと見守っている。背中を撫でてやった。すると、直は抱きついてきた。「情けない男でごめんなさい。こんな時にごめんなさい。オレは・・・オレは、有希乃ちゃんが好きなんだ!」驚き、有希乃の瞳からこぼれ出る複雑な、それでいて澄んだ涙。ギュ!しっかりと抱き合うふたり。安堵の中「あたしの気持ちを知っていたんでしょう?直さん。」と有希乃が問う。「うん、そうだよ。」涙声で答える直。「『あなたが懐かしい』ずっと、ずっとそう言いたかったの。変な日本語だけど。」「解るよ。わかるんだ。」そう言って、直は有希乃にそっとくちづけた。「好きです、直さん。」「うん。」俯いたままの直。

有希乃は恋人と別れて!などとは言わない。(それは直さんが決める事・・・ただ、直さんが辛いだろうなと心配するよ。真面目なひとだから...)

直もケジメのついていない状態ではいけないと思っているのだろう。ふたりは連絡先の交換をしない。

直はひとしきり泣き、有希乃のおおらかさに包まれ落ち着きを取り戻した。

「ネェ直さん、生まれる前に出逢ってたよね、直さんとあたし。」恥ずかしそうに有希乃が言う。「うん。そうだね。オレね・・・実は初めて有希乃ちゃんに逢った時(あれ?こんな同級生居たっけ??)って一生懸命子どもの頃を回想してたの。」「え!あたしもです!ビックリ!!」ふたりにスマイルの花が咲いた。

それから一週間後に病棟へ移った透子だったが、透子は病室のシーツをめくり取り、そのシーツで首を吊ろうとするなど、自傷行為がやまない。精神科への入院が決まった。

直は胸が疼き辛い日々を送っていた。

「直、ねぇなんで!なんで別れるの!絶対に嫌よ。あたしは生きていけないわ、あなたが居なくなったら、死ぬだけよ!!」繰り言のように訴え続ける透子。

「別れないさ。元気になろう、透子。お見舞いも必ず来るからね!」直は、心と裏腹を言う自分に苦しんでいる。でもそうでも言わなきゃ人が死んでしまいそうで。

ある平日の日中。有希乃はファミレスの休日だったので、カメラを携え公園へ来ていた。向こうから歩いて来る男性が居る。(直さんだ!)でも・・・ランニング姿ではない。デニムパンツにシャツにジャンパー、スニーカー。(今日は、走らないのね。珍しいな...あれ?それに今日はお休みなのかしら...)直が手を上げた。手を振る有希乃。そして直に駆け寄った。

「こんにちは、直さん・・・今日お仕事は?」「うん。彼女が朝、精神科へ入院したんでね、休みをもらったんだ。」「え!...そうですか。」「うん・・・座ろ、有希乃ちゃん。」「はい。」

ふたりはベンチに腰かけた。有希乃は・・・なるべく直に体がくっつかぬよう気を付けて座った。(あたしは、プラトニックラブを今貫くわ。だって直さんには彼女が居る。)直は有希乃の気遣いを感じ取ればこそ、切なさが増した。

「有希乃ちゃん、オレは頭がよくないから…今どうして良いか分かんないよ。」「直さん、ご自分をそんなに卑下しないで下さい。責めないで下さい。直さんは素敵です。とっても。一緒に居ると胸がスーッとするの。直さん、もしかして・・・妖精ですか?」「ン?」一瞬間があき、直後笑い出すふたり。

「直さん、聴いてください。あたしはね、小学校の低学年の頃までとっても内気だったの。例えば、学校にお芝居の人たちがやって来て鑑賞する時、生徒がそれぞれ自分の椅子を持ち、教室から体育館まで移動するのね。あたしはその...いつもと違う雰囲気がとっても恐ろしく寂しい気分になったの。母親に見せるお帳面にもね『有希乃ちゃんは答えがわかっているのに、どうしていつも、手を上げないのかな?』だなんて書かれていたぐらいです。」「えー、今の有希乃ちゃんからは想像つかないね!」「いいえ。あたしやっぱり、今でも『ネクラ』ですから!」「またそれ言う!」またまた笑う直。

(直さんの笑顔が見ていたい。それだけでもいい。1秒でも多く笑って居て欲しい。そばで、見ていたい。)祈るような心地の有希乃。

「あ!そういえばこの公園、お土産物売り場でちょっとしたカフェがあったね?」「はい、あります!」「有希乃ちゃん、良かったらお茶しませんか。おごらせて。」「ぁいえ、おごって戴くだなんて...」「お笑いのギャラだから。」「え!ンもぉーーー!!」ちょっと怒りながら笑う有希乃。「ごめんごめん!」「はい、じゃあ直さんのお言葉に甘えて!」

カフェまでゆっくりと歩いて行くふたり。(キャー♪なんかデートみたい!直さんとデート!嬉しすぎるっ。)

そして席に着いた。メニューを開く。「ン~なんにしようかなー。あ、有希乃ちゃん好きなの選んでくださいね!」「はい!あたしもう決めちゃった。」「はやいね、なぁに?」「うふ♡プリンパフェ!大好きなのっ。」「そうなんだー。じゃあオレは・・・あ、『オレ』とかごめんなさい!」「いえ、『オレ』でいきましょ(ニッコリ)。」「うん、じゃあオレは、抹茶ケーキセットのアイスコーヒーで!」

「ここしばらく秋晴れが続いていますね、直さん。直さんのお仕事も雨だと大変でしょう?晴れてるほうが良いですよね?」「そうだよ。大雨だと休みになるけど、少々の雨なら仕事するからね。雨の日は滑るしやりにくいね。しかし夏は暑かった~。」「年々暑くなっているものね。現場仕事の方は本当に大変ですね!あたしの職場はエアコンが効いてるから良いですけど。」

「お待たせしました。」

「わ!ここのプリンパフェ果物が少なめ!やった~!」「え、パフェにフルーツって付き物じゃないの?」「いいえ、あたしはなるべくフルーツが載っていないアマアマなのが、イイ♪」「へ~、そんなもんなんだぁー。」「そ!いっただきまーす。もぐもぐもぐ。ン~至極の幸せ♡」「アハハ、可愛いな~有希乃ちゃん」と言ってすぐに顔を赤くする直。有希乃も頬を桜色に染めた。

「あ、あの・・・有希乃、ちゃん。オレのこと、待ってほしい。オレ、有希乃ちゃんを心から愛してる。」有希乃は改めての鮮やかな告白に喜びを隠し切れない。「・・・うん、うん。」視界がぼやけて行く。「待ちます。大好きよ。」顔を上げたとき涙が引力に素直に従った。

ふたりは愛ある時間をカフェで過ごした。

それから数日経ち、日曜日がやって来た。(この日曜日は祝日と重なるから、直さん連休だわ!はやく逢いたい!直さん。)

ところが・・・(今日は、直さん、来なかった。)有希乃と直が出逢ってから初めてふたりが逢わない日曜日。(どしちゃったんだろ。)淋しい・・・

有希乃は陽が落ちるまで、公園中を歩きまくった。それはお花を撮るというよりも直を探すために。

翌日も直の休日だ。(今日は逢えるはず!直さん・・・)小雨の中カッパを着、今日はカメラを持たずに公園へウォーキングへ行った。

朝から元気に走ってくるランニング姿の直さんが居ない。手を上げ合図する直さんが居ない。お昼になり雨は本降りになった。

(彼女さんのご容態が、芳しくないのかなぁ...大丈夫だろうか、直さん。)雨がついには激しくなってきた夕方。有希乃の顔と前髪はびしょ濡れだ。直をずっとずっと待ち続けたが、明日もお仕事だし、と有希乃は帰宅した。

帰るとすぐ暖かいシャワーを浴び、綺麗にシャンプーもした。「フー。すっきり!・・・きっと明日の夕方にはひょっこり現れるわ、直さん。」

翌日。ファミレスから帰宅し、すぐに歩きやすい恰好に着替え公園へと向かう有希乃。

一緒に腰かけたベンチに暫く座っていた。街灯がいくつもついているから薄暗くはない。でも、11月の陽の暮れたあとの大きな公園にはもう人がいなかった。

(直さん、来ない。あたしのこと、きらいになった?そんなはずはない。その時にはあたしには分かるわ。)不思議とそう感じる。

直は有希乃に逢いに来なくなってしまった。「待っててね!って言ったもん。きっと彼女さんが元気になったら・・・」必死で自分自身に言い聞かせる有希乃。

そうやって1年が経過した。有希乃は公園へ通い続けた。愛しい、恋しい、直がやって来ない公園に。

ある夜有希乃は夢を見た。

「ハッ!直さん!直さん!!」(直さんの背中だ!)振り向く直。「ああ!!直さんっ。」直は血まみれだ。駈けてゆく有希乃。そして血まみれの直を思いっきり抱きしめた。「どうしたの?直さん?こんなにケガをして。直さん?」「有希乃ちゃん・・・ごめんね、明日で一周忌だよ。」(・・・!!!)「もしかして、彼女さん?ぃえ!...そうじゃないのね!?嘘!うそッ!!」「有希乃ちゃん・・・オレの一周忌なの。」「ああああああぁーッ!」泣きじゃくる有希乃。「雨の日の仕事中に仲間がさ、オレに気づかずに重機を当ててしまったんだ。オレは即死だった。」「いやです!信じない!信じない。もう黙って!」血まみれの直にくちづける有希乃。すると強い力で抱き返し、熱いキスを何度もし返す直。求め合う魂。「有希乃ちゃん・・・これ以上の悲しさを与えたくはない。だから、事実が把握できるよう、有希乃ちゃんが目覚めたらわかるように、ダリアの花びらをテーブルに置いておく。」「いや!いやよ!!信じたくない!直さん、待っててって言ったじゃない。うそつき!」泣き叫ぶ有希乃。「オレは有希乃ちゃんを愛してる。だから、素敵な人と巡り会って絶対に幸せになるんだ!」「いやです、いやです。直さんしか愛さない。」「オレを愛しているというのなら、お願いを聴いてほしいよ有希乃ちゃん...!」ふたりは、かたく固く抱き合ったまま。そうやって有希乃の記憶が薄れて行った。

気づくと朝だ。泣きながら起き、枕が涙でぐっしょり濡れていた。(あたし、悲しい夢でも見たのかな??)

あ・・・!

テーブルの上に桃色の美しいダリアの花びらが8枚ひっそりと佇んでいた。

ゆうべの出来事をすべて鮮明に想い出した。血だらけであっても、全く怖さを感じさせなかった直の温かな感触を。優しさを。

悲しい事実を。

自分は、会社などに電話を掛けて直の死を確認できるような関係ではない。それに確認しなくても、直本人がほんとうの事を告げにやって来てくれたんだ。

有希乃は、写真を撮ることを辞めてしまった。ウォーキングへも行かれなくなった。今は己の感情に向き合い小説を書いている。

『 直さん、あたしは直さんを裏切るかもしれません。一生あなただけを愛し、他の人と幸せにならない道を択んでも、赦してね。』

これは、新しいストーリーの書き始めの文句だ。

 
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